愛を注いで

木陰みもり

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14、お酒は飲んでも飲まれるな

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 すると沈黙を破るように男が言葉を発した。
「どうして俺じゃ駄目なんですか…俺の方が先だったのに…」
「えっ…」
一体何の話をしているんだ。何と比べて先なのか、この男と俺は知り合いなのか、ぼんやりした頭では何も導き出すことはできなかった。
「どうせ絆されたんでしょ、二階堂さんって押しに弱いし」
「何のこと…」
「二階堂さんって恋愛とか無縁って感じだったのに、いつの間に恋人できてたんですか?そんな暇与えなかったのにな…しかも男だったなんて…余計許せない…」
「何を言って…」
「だってそうでしょ?ずっと俺と残業してたのに、俺だけが独り占めできる時間だったのに、あっさり別のやつのものになっていった」
「お前…四乃…か?」
「そうですよ。あぁお酒たくさん飲んでもらいましたから判断つかなかったんですね」
俺の上に乗っていたのは、まさかの四乃だった。四乃は俺に恋人ができたせいで残業仲間が減るのが寂しかったのか。そりゃ少しは尊くんのために残業を減らす努力をしようと思っていたけれど、一緒に仕事をするのは変わらないんだ。それだけでも分かってもらわないと。
「四乃聞いてくれ」
「聞きませんよ。どうせ見当違いな答えが返ってくるだけだと思いますから。それより自分の心配した方がいいんじゃないですか?」
「どういう…」
「もうすぐ彼氏さんが迎えに来るんでしょ?男に組み敷かれている姿なんて見たら、幻滅しちゃうんじゃないんですか?」
四乃の言葉に血の気が引いた。せっかく心が通じ合ったばかりなのに、誤解されたら困る。俺は四乃を引き剥がそうと、重たく感じる手足を必死に動かした。
「と、とりあえずどいてくれ!」
「非力ですね、二階堂さん。暴れたら服も髪も乱れて、さらに誤解を生んでしまうと思いますよ」
さらに俺を煽るように言いながら、四乃は俺の手足を押さえつけ、顔を寄せてきた。本当にこの状況は不味すぎるんじゃないか。もうどう足掻いても抜け出せないこの状況に思わず涙がこぼれた。
「いっ…ほんと…やめっ…」
「このタイミングで泣いちゃうなんて最高…やっぱり欲しいな」
その言葉に俺の酔いは完全に醒めた。さっきまで鈍っていた感覚も鋭敏になり、四乃から感じるピリピリとした空気を全身に感じる。怖くて身体が動かないなんて、こんなこと本当にあるのかと疑うくらい、俺の身体は動かなかった。
「逃げようとしないってことは、本当は俺でもいいってことですか?」
「ちがっ…」
「違うって言うなら逃げないとですよ」
四乃はいつものように笑っているけれど、目は確実に獲物を狙うハンターのようだった。それが不気味で、俺はさらに恐怖で硬直した。それを面白がるように四乃はさらに俺の顔に自分の顔を近づけてきた。
「キス、しちゃいますよ」
何バカなこと言ってるんだ、と怒りたくても、声は出なかった。せめてもの抵抗でギュッと唇を噛んだ。だがお互いの唇が触れるギリギリのところで四乃は動きを止めた。
 四乃がニヤリと笑うと同時に、扉を叩く音が聞こえた。店員が来たのか、それとも……。俺は喉を鳴らしながら扉の方を見つめた。
「拓真さん、迎えに来ましたよ?」
「来たのは彼氏の方ですね、ではこの状況を見てもらいますか」
そう言って四乃は片脚で扉を少し開けた。そして俺の首元に顔を埋めて首筋を舐め上げた。
「ひっ…ぅ…」
ついさっきまで会社の単なる後輩だったやつが、今は俺の上で馬乗りになって俺の首筋を舐めている。尊くんに舐められた時は気持ち良かったのに、今はこんなに気持ち悪い。しかもこんな状況を今、尊くんに見られようとしている。そんな状況に俺の心臓は今までにないくらいドクドクと音を立てていた。
「拓真さん、大丈夫ですか?」
扉がゆっくりと軋みながら開いた。その先には何も知らない尊くんの姿があった。いやだ、気付かないでくれ、見ないでくれ、部屋を間違えたと他人と勘違いしてくれ。あわよくば今の出来事が酔って寝たせいで見ている長い夢の中の出来事であってほしいと願った。
 だがその願いは無惨にも崩れ去った。扉の前に立つ尊くんと目があった。状況を把握出来ないような動揺した目線で俺をしっかりと捉えていた。
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