モラトリアムの俺たちはー

木陰みもり

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69、次の春が来たら 前編

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 晴兄が眠りについてから2回目の春が終わった。気付けば20歳になり、もう3回目の春がすぐそこまで来ていた。
 桜が舞う季節は、出会いと別れの季節だ。俺と晴兄もそうだったように。だからこそ期待してしまう。春という特別な季節に、晴兄も目覚めるんじゃないかと。
 そう思っていたけれど、実際は2回越した春は何もなかった。三度目の正直ということわざがあるが、果たしてその通りになるのか、それとも二度あることは三度あるということわざのとおりになってしまうのか、20歳の誕生日を迎えた瞬間から俺は気が気では無かった。
 だから俺は最後の希望に賭けた。Collarカラーが晴兄の安定剤となってくれて、晴兄を目覚めさせてくれることを。

「明日、晴陽くんのギプス外れるって」

遅い夕食を取っていると、台所から母さんが話しかけてきた。

「ようやく外れるんだ」
Collarカラーはもう買ったの?」
「買ってないよ。直して、新しく宝石をはめ込んだ」
「結局そうしたのね…」
「うん。新しいのは2人で探しにいくのもいいかなって」

気持ちの整理ができたころ、俺は壊されたCollarカラーを直すか新しいものを買うか、母さんに相談した。
 母さんは、人に外された感覚のある物より新しくプレゼントした方がいいと言ってくれた。だけどそれを聞いていた父さんが、Subサブにとって大切なCollarカラーはこの世にたった1つと言ってきた。
 普段は母さんの意見を尊重する父さんが、Collarカラーのことは譲らないといった風に俺に力説してきたものだから、俺は驚いて綺麗に直した方がいいのかと思い、結局買い替えるのをやめたのだ。
 だけど母さんは、あまり納得はしてくれていないみたいだった。複雑そうな顔をしてこちらをずっと見ている。

「あのさ、俺、明日は行くのやめるから」
「どうしたの、急に」
「かわりに明後日は2人きりにしてほしいんだよね」
「そう、分かったわ。だったら抑制剤はちゃんと飲みなさいよ」

念を押すように抑制剤のことを付け加えると、片付けを俺に任せて寝にいってしまった。
 1人になったリビングで、黙々とご飯を食べ、俺も足早に自室へと戻る。
 月明かりが差し込む薄暗い部屋は、3年前と変わらない。ただ1人の空間だ。
 俺はその部屋で、電気もつけずにカバンから直し終わったCollarカラーを取り出した。それを抱きしめて、これが本当に正しい選択だったのかと不安に思いながら願った。

「これが、俺との記憶を思い出すきっかけになりますように」

父さんは大丈夫だと言っていたけれど、さっきの母さんの顔を見ると、やっぱり自分の選択は正しかったのかと迷ってしまう。
 目覚めるキッカケになるのか、それともさらに深い眠りについてしまうのか、間違えるわけにはいかないというプレッシャーがここにきて俺を襲った。
 それでも、このCollarカラーは俺にとっても大切なものだ。たとえ他人に外されようと、こうして手元に戻ってきたということは、ちゃんと意味があると思えた。

「もう、こうやって祈るのは明後日で終わりにしたいな」

そう声に出しながらも、この葛藤は晴兄が目を覚ますまで続くのだろうと半分諦めている自分がいた。

 翌日、先にギプスの外れた晴兄と触れ合った母さんたちは、複雑そうな面持ちで帰ってきた。

「どうしたの?」
「やっぱり私たちじゃダメみたい」
「先生たちは何か反応があるかもしれないと言ってくれていたけれど、実際は何もなかったんだ」
「そう、なんだ…」
「陽介も、明日あまり期待しない方がいいかもね」
「わかった、ありがとう」

晴兄が反応を示さなかったことが相当堪えたのか、母さんは体調があまり良さそうではなかった。そんな母さんを父さんが支えて、そのまま寝室へと向かってしまった。
 残された俺は「どうすればいいんだよ」と呟きながら、ただ立ち尽くすしかなかった。
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