モラトリアムの俺たちはー

木陰みもり

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61、ベッドの上の再会 ①

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 屋上で爆睡した日、俺は久々に家でも少しの間だけ眠りについた。それだけでも身体は幾分か動きやすくて軽くなった感じがした。それでも元気には見えないほどの酷い隈は俺の顔を暗く見せていた。それに気づいたのは晴兄が転院してくる日の朝のことだった。

「うわ、こんな顔見せられないよ…」

俺は鏡に向かって深いため息をついた。こんなことなら無理にでも眠るべきだった。眠れなくても目を瞑れば寝られたかもしれないのに、俺はそれをしなかった。そのことを今になって後悔した。

「陽介早くしなさーい。置いてくわよ」
「待ってー!今行くから」

少しでも隈を消そうと、俺は気持ち程度にお湯で目を温めた。じっと待ってお湯から顔を離そうとした時、デジャブのように頭に鈍器で殴られたような激しい痛みが走った。

「もう早くして」
「ぶはっ、痛い!」
「遅れたら病院に迷惑でしょ」

母さんのゲンコツにももう慣れたもので、俺は「分かってるよ」といい加減に返事をして、鏡で隈を確認した。

「やっぱこれじゃあ消えないか」
「自業自得でしょ。諦めなさい」
「あ、ちょっと!イタッ」

母さんは近くにあったタオルを掴むと、俺の顔をゴシゴシと強めに拭いた。そして水気がなくなると、俺の腕を引っ張って無理やり車に押し込んできた。
 それは本当に一瞬の出来事で、何かを言う暇もなく車は病院に向かって出発した。きっといい加減な返事をしたことが母さんの逆鱗に触れたのだろう、車の中では終始母さんの小言が止まらなかった。
 だけどその皮肉たっぷりの言葉も、今の俺は痛くも痒くもないくらいに浮かれていた。
 もうすぐ晴兄が帰ってくる。例え眠ったままでも、実際に触れられる距離にいるということが、俺の心を弾ませた。
 もう手に触れられるだろうか、身体は抱きしめても大丈夫だろうか、頭の機械はつけっぱなしなのだろうか、だったら付ける前に少しだけ触らせてくれないだろうか。2週間でどれくらい身体が回復したのか分からないけれど、できることなら触れられたらいいなと思った。そしてできることなら今度は晴兄のろうそくのような温かさを感じたいと願った。
 地元の総合病院は家から車で15分、学校からだとバスで40分のところにある。小さい頃に1回だけ第二性の健診で来て以来の昔からある地元の病院だ。昔は大きくて古くて怖いと思っていた。
 だけど最近改装したらしい病院は、俺の記憶とは似ても似つかない真新しい姿に生まれ変わっていた。
 そんな明るい受付で待っていると、2人の医者が俺に向かって一直線に歩いてくるのが見えた。
 1人は長身のショートカットが似合う綺麗な女性、もう1人は白衣に着られている髪の毛がふわふわの犬のような男性だ。飼い主と飼い犬のような変な組み合わせに見えた。

「初めまして、今日から柊晴陽さんの担当をさせていただきます。杉本です」
「僕は精神科医の立花です。向こうでは姉が迷惑をかけたようでごめんね」
「えっ、あ、こちらこそご迷惑をおかけしました」

精神科医の男性は、旅行先でお世話になった立花先生の弟だった。言われてみれば、笑った顔は姉弟を思わせるくらいそっくりだ。
 だけどそれ以外はあまり似ていなさそうだった。旅行先の立花先生よりもどことなく頼りなさそうというか、ぽやっとしていて少しだけ不安になる佇まいだ。
 そんなことを思いながら、俺が2人に挨拶をしていると受付から母さんたちがビックリした様子で戻ってきた。話を聞いていると、どうやらこの2人はわざわざ俺を探しに来たらしい。

「いやぁ見てすぐ分かったよ。姉が心配してた通り、Domドムの性が満たされていないのが丸分かり。Domドムでここまで顕著に出る人いないよ」

確かに隈は酷いと思うけど、そこまで顕著に表れているのだろうか。自分では全く分からなかったが、心配している2人の見るとそうなのだと素直に思えた。

「さぁ晴陽くんもう病室にいるよ。行こう」
「えっ、もうですか」
「大丈夫、ご両親と杉本先生は大人の話をしないといけないから、陽介くんは先に行こう」
「陽介行っておいで。一刻も早く会いたいでしょ」
「あ、ありがとう」

本当は俺も杉本先生の話を聞くべきなのだろう。だけど晴兄のことが気になって、きっと大人しく聞くなんて無理だった。だから立花先生が「先に行こう」と言ってくれた時、自分でも気付くくらいには喜びが顔に出ていたと思う。大人たちにはそれがバレバレで、立花先生に子供のように手を繋がれた自分が少し恥ずかしくなった。
 そんな恥ずかしさと共に母さんたちから遠ざかって、エレベーターに乗って5階、晴兄の病室までの廊下、立花先生はずっと俺の手を繋いでいた。
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