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59、日記②
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今日は退院の日。
入院してからの1年ちょっと、俺はどうして生きているのだろうと日々思っていた。陽介とは中途半端に“さよなら”をして、裕人は俺のせいで少年院、それから更生施設に入ったと警察が言っていた。
裕人は俺のこと恨んでいるに違いない。夢で見る裕人はいつも憎しみに満ちた目で俺を刺すように睨みつけている。きっと現実でのことを夢でも見せられているのだろう。そう思わざるを得ないほどに裕人の目つきは生々しく俺の心を抉ってくる。
それに加え、陽介の別れ際の興奮した顔が頭から離れない。一瞬すごく怖かったのに、思い出すだけで毎日体が疼くあの顔が。
陽介のことを考えると、会いたくてたまらなくなる。だけど会いにはもういけない。俺が近くにいたら陽介の人生がめちゃくちゃになってしまう。それだけは絶対にダメだし、会いにいく資格もない。
だから思い出すのはこの日記を書いている時だけにしようと思い、今日から日記を付けていくことに決めた。
裕人への懺悔も、陽介の思いも、この中に閉じ込めて、生きながらえてしまった俺は2人への思いを背負って生きていく。それを忘れないための日記だ。
そう書き出された日記は、次のページから所々字が滲んでいたり、濡れてよれていて、晴兄が辛い毎日を送っていたことを表していた。
温泉で話してくれた父親とのことは、退院したその日からの出来事だったらしい。それでも晴兄は毎日、日記の最後の数行は俺のことを書いてくれていた。
今日は何を食べたのか。身長はどれくらい伸びたのか。お腹を出して寝てないか。泳げるようになったのか。一緒に行った近所の花火大会に今年も行ったのか。自分のことなんて忘れてくれているだろうか。
一体当時の俺を何歳だと思っていたのかと思うような内容もあったけれど、どれの俺の成長を願ってくれているものだったり、一緒に行きたかったところ、やりたかったこと、叶わない願望と共に“会いたい”の4文字が必ず最後に書かれていた。
俺はその文字たちを指でなぞりながら、当時の晴兄のことを思った。今の俺より1つ下の晴兄は、強要されたPlayに、親からの必要以上の暴力、学校にも通えなくて、頼れる人もいない、そんなところずっと身を置いていたんだ。
それは言葉が見つからないほどの苦しい毎日だったのだろう。それでも晴兄は毎日楽しみを1つ見つけていた。
初めは母親が大好きな甘いものを用意してくれていたこと、それから徐々に勉強で学ぶ楽しさを知ったこと、何もない時間はひたすら勉強をしていたらしい。幸いにも買い揃えた高校1年生の教科書は残っていたらしい。
そうして1年目が終わって2年目の秋口の日記を境に1回日記が途切れていた。
――この間に一体何が…
早く続きが読みたくてページを捲ると、頭に何かが当たった激しい痛みが走った。
「イタッ」
「いい加減にしなさい。何回呼んだと思ってるの」
「えっ…」
何事かと声のする方に視線を向けると、カンカンに怒った母さんが拳を顔の前に作りながら立っていた。
「時間も忘れて読むくらいなら没収するわよ」
「そ、それはダメ!」
「だったら時間は守りなさい。勉強もしっかりして、その合間に読む。分かった?」
母さんだって夢中で読んでたくせにと言いたい気持ちを抑え、俺は「分かった」と返事を返した。
読みたい気持ちを抑え、俺は母さんに連れられて夕飯を取り、さっさとお風呂に入った。付けっぱなしにしていたライブカメラの映像は、いつの間にか切れていた。それを確認した後、夏休み後の試験のために勉強をして、タイマーをかけて再び日記を読み始める。
だけど結局途切れていた間のことは何も書かれていなかった。その代わりに続きは今までとは違って明るい話題ばかりだった。
どうやら路頭に迷い、Domに襲われそうになったところを、“カミラ”という人物に助けてもらったらしい。襲われた場所はたまたまその人が経営する店で、助けたついでに店で働かせてくれたと書いてあった。
それからは昼間はその店で働いて、夜は勉強する日々を送っていたみたいだ。
その中には新たに夢ができたことが書かれていた。どうやら「教師になりたい」と思ったのはこの時みたいだった。「邪な気持ちだけど、送れなかった高校生活を疑似体験できるんじゃないかと思っている」とも書いてあった。
それからは毎日、高卒認定試験を受けるために頑張っていること、店であった出来事が内容の大半を占めていた。友人の裕人のことも俺のことも、忘れたくなってしまったのか、ほとんど書かれなくなっていった。
「この時の晴兄は、もう忘れてしまいたかったのかな…それはなんだか、嫌だな…」
俺のことだけでもずっと書いていてほしかった。そう思うのはわがままなのだろうか。
俺はなんとも言えないモヤモヤした気持ちのまま、次の日記を手に取った。瞬間、向きしなタイマーの音が部屋中に鳴り響いた。
――ピピピピッ
「もう時間…」
今日はここまでにして寝ろ、そう淡々と伝えてきている。ふと現実に戻された俺は読み終わった日記の数を数えた。その数は3冊。毎日付けられていた日記をたった数時間で3冊も読んでしまうなんて、思いもよらなかった。気になってどんどん進んでしまったが、もう少し大切に読み進めるべきだっただろうか。そう思いつつも読むことを止めることはできなかった。
それでも母さんとの約束を思い出し、俺は読みたい気持ちを抑えて日記を閉じた。そして俺はまた眠れぬ夜を過ごすためにベッドに入るのだった。
入院してからの1年ちょっと、俺はどうして生きているのだろうと日々思っていた。陽介とは中途半端に“さよなら”をして、裕人は俺のせいで少年院、それから更生施設に入ったと警察が言っていた。
裕人は俺のこと恨んでいるに違いない。夢で見る裕人はいつも憎しみに満ちた目で俺を刺すように睨みつけている。きっと現実でのことを夢でも見せられているのだろう。そう思わざるを得ないほどに裕人の目つきは生々しく俺の心を抉ってくる。
それに加え、陽介の別れ際の興奮した顔が頭から離れない。一瞬すごく怖かったのに、思い出すだけで毎日体が疼くあの顔が。
陽介のことを考えると、会いたくてたまらなくなる。だけど会いにはもういけない。俺が近くにいたら陽介の人生がめちゃくちゃになってしまう。それだけは絶対にダメだし、会いにいく資格もない。
だから思い出すのはこの日記を書いている時だけにしようと思い、今日から日記を付けていくことに決めた。
裕人への懺悔も、陽介の思いも、この中に閉じ込めて、生きながらえてしまった俺は2人への思いを背負って生きていく。それを忘れないための日記だ。
そう書き出された日記は、次のページから所々字が滲んでいたり、濡れてよれていて、晴兄が辛い毎日を送っていたことを表していた。
温泉で話してくれた父親とのことは、退院したその日からの出来事だったらしい。それでも晴兄は毎日、日記の最後の数行は俺のことを書いてくれていた。
今日は何を食べたのか。身長はどれくらい伸びたのか。お腹を出して寝てないか。泳げるようになったのか。一緒に行った近所の花火大会に今年も行ったのか。自分のことなんて忘れてくれているだろうか。
一体当時の俺を何歳だと思っていたのかと思うような内容もあったけれど、どれの俺の成長を願ってくれているものだったり、一緒に行きたかったところ、やりたかったこと、叶わない願望と共に“会いたい”の4文字が必ず最後に書かれていた。
俺はその文字たちを指でなぞりながら、当時の晴兄のことを思った。今の俺より1つ下の晴兄は、強要されたPlayに、親からの必要以上の暴力、学校にも通えなくて、頼れる人もいない、そんなところずっと身を置いていたんだ。
それは言葉が見つからないほどの苦しい毎日だったのだろう。それでも晴兄は毎日楽しみを1つ見つけていた。
初めは母親が大好きな甘いものを用意してくれていたこと、それから徐々に勉強で学ぶ楽しさを知ったこと、何もない時間はひたすら勉強をしていたらしい。幸いにも買い揃えた高校1年生の教科書は残っていたらしい。
そうして1年目が終わって2年目の秋口の日記を境に1回日記が途切れていた。
――この間に一体何が…
早く続きが読みたくてページを捲ると、頭に何かが当たった激しい痛みが走った。
「イタッ」
「いい加減にしなさい。何回呼んだと思ってるの」
「えっ…」
何事かと声のする方に視線を向けると、カンカンに怒った母さんが拳を顔の前に作りながら立っていた。
「時間も忘れて読むくらいなら没収するわよ」
「そ、それはダメ!」
「だったら時間は守りなさい。勉強もしっかりして、その合間に読む。分かった?」
母さんだって夢中で読んでたくせにと言いたい気持ちを抑え、俺は「分かった」と返事を返した。
読みたい気持ちを抑え、俺は母さんに連れられて夕飯を取り、さっさとお風呂に入った。付けっぱなしにしていたライブカメラの映像は、いつの間にか切れていた。それを確認した後、夏休み後の試験のために勉強をして、タイマーをかけて再び日記を読み始める。
だけど結局途切れていた間のことは何も書かれていなかった。その代わりに続きは今までとは違って明るい話題ばかりだった。
どうやら路頭に迷い、Domに襲われそうになったところを、“カミラ”という人物に助けてもらったらしい。襲われた場所はたまたまその人が経営する店で、助けたついでに店で働かせてくれたと書いてあった。
それからは昼間はその店で働いて、夜は勉強する日々を送っていたみたいだ。
その中には新たに夢ができたことが書かれていた。どうやら「教師になりたい」と思ったのはこの時みたいだった。「邪な気持ちだけど、送れなかった高校生活を疑似体験できるんじゃないかと思っている」とも書いてあった。
それからは毎日、高卒認定試験を受けるために頑張っていること、店であった出来事が内容の大半を占めていた。友人の裕人のことも俺のことも、忘れたくなってしまったのか、ほとんど書かれなくなっていった。
「この時の晴兄は、もう忘れてしまいたかったのかな…それはなんだか、嫌だな…」
俺のことだけでもずっと書いていてほしかった。そう思うのはわがままなのだろうか。
俺はなんとも言えないモヤモヤした気持ちのまま、次の日記を手に取った。瞬間、向きしなタイマーの音が部屋中に鳴り響いた。
――ピピピピッ
「もう時間…」
今日はここまでにして寝ろ、そう淡々と伝えてきている。ふと現実に戻された俺は読み終わった日記の数を数えた。その数は3冊。毎日付けられていた日記をたった数時間で3冊も読んでしまうなんて、思いもよらなかった。気になってどんどん進んでしまったが、もう少し大切に読み進めるべきだっただろうか。そう思いつつも読むことを止めることはできなかった。
それでも母さんとの約束を思い出し、俺は読みたい気持ちを抑えて日記を閉じた。そして俺はまた眠れぬ夜を過ごすためにベッドに入るのだった。
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