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58、日記① 後編
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咄嗟に見てはいけないものだと思った俺は、勢いよく本を閉じた。と同時に、母さんも勢いよく部屋へ戻ってきた。
「私さっき陽介に本のようなもの渡さなかった?」
「これのこと?」
「そう、それ。ありがとう」
母さんの手が本に向かって一直線に伸びてきた。何も聞かずにこのまま渡すか、それともどうしてこれを持っていて、今読んでいたのか聞くべきか、俺は迷いあぐねていた。そうこうしているうちに、いつの間にか母さんの手が本を掴んでいた。
「手を離して」
「………………」
焦った声で母さんは本を強く引っ張った。それに対し、俺も頑なに離そうとはしなかった。だけど離さないからといって、返す気がないわけではなかった。ただここで手を離してしまったら、もうこの本のことを聞くことができないと思ったから離すに離せないくなってしまったのだ。
本当ならすぐに「これは何?」と聞けばよかったんだ。だけどそれが咄嗟には出てこなかった。喉につっかえて、うまく音となって出てこなかった。
そうやって引っ張り合っているうちに、ついに母さんの方が根負けした。大きな溜め息をついて、ついに本から手を離した。
「中を見たのね」
その問いに、俺は小さく頷いた。
「じゃあもう分かっていると思うけど、それは晴陽くんの日記よ」
ビッシリとページを埋め尽くしていた文字でできたこの本は、晴兄の日記だった。
「今陽介が持っているのは去年のもの。昼にリビングで読んでたのが今年のもの。ここにはそれ以外の年のものもあるわ」
母さんが指差した先の本棚には似たような装丁の本がたくさん並んでいた。それからどうしてその日記を読んでいたのかを教えてくれた。
母さんが言うには、週末遊びに来た時は必ずと言っていいほど晴兄の話を聞いていたらしい。それから一緒に住むようになってからは毎日のようにここで話していたことも教えてくれた。
「キッカケは本当にたまたまなの。深夜にこっそり机に向かっているのが見えて」
「そうだったんだ。全然気付かなかった」
「大切な思い出を忘れないように、いつでもその時感じた気持ちを思い出せるように書いてるって言ってたわ」
「それをなんで母さんは読んでたの?」
「晴陽くんがいつでも読んでいいって言ってくれたの。楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、そういったことを親と楽しく話すのは憧れだったって。だからそのお礼で、陽介が私には話さなさそうなことを書き留めてるから読んでくれていいって言ってくれたの」
母さんは俺の手からそっと日記を抜くと、懐かしそうにパラパラとめくり、瞳を潤ませていた。その姿を見て、母さんにとっても晴兄と話す時間は特別楽しい時間だったのだと感じた。
「これ、俺も読んでいいかな?」
「そうね…私に見せてくれたんだもの、陽介だってきっといいって言ってくれるわ」
少し悩んでから、母さんはまた俺に日記を渡してくれた。それから「晴陽くんを起こすキッカケが見つかるといいわね」と言い残し、夕飯の支度へと戻っていった。
きっと母さんは俺にこの日記を見せたくなかっただろうに、それでも俺を信じて預けてくれたことが単純に嬉しかった。
俺は全部読んでみようと、時系列に並ぶ晴兄の日記を端から取り出し、自分の部屋へと持っていった。携帯を充電器に繋ぎ、晴兄の様子を見ながら日記に目を通す。
日記の日付は今からちょうど7年前、晴兄が俺の前から消えて1年後の夏から始まっていた。
「私さっき陽介に本のようなもの渡さなかった?」
「これのこと?」
「そう、それ。ありがとう」
母さんの手が本に向かって一直線に伸びてきた。何も聞かずにこのまま渡すか、それともどうしてこれを持っていて、今読んでいたのか聞くべきか、俺は迷いあぐねていた。そうこうしているうちに、いつの間にか母さんの手が本を掴んでいた。
「手を離して」
「………………」
焦った声で母さんは本を強く引っ張った。それに対し、俺も頑なに離そうとはしなかった。だけど離さないからといって、返す気がないわけではなかった。ただここで手を離してしまったら、もうこの本のことを聞くことができないと思ったから離すに離せないくなってしまったのだ。
本当ならすぐに「これは何?」と聞けばよかったんだ。だけどそれが咄嗟には出てこなかった。喉につっかえて、うまく音となって出てこなかった。
そうやって引っ張り合っているうちに、ついに母さんの方が根負けした。大きな溜め息をついて、ついに本から手を離した。
「中を見たのね」
その問いに、俺は小さく頷いた。
「じゃあもう分かっていると思うけど、それは晴陽くんの日記よ」
ビッシリとページを埋め尽くしていた文字でできたこの本は、晴兄の日記だった。
「今陽介が持っているのは去年のもの。昼にリビングで読んでたのが今年のもの。ここにはそれ以外の年のものもあるわ」
母さんが指差した先の本棚には似たような装丁の本がたくさん並んでいた。それからどうしてその日記を読んでいたのかを教えてくれた。
母さんが言うには、週末遊びに来た時は必ずと言っていいほど晴兄の話を聞いていたらしい。それから一緒に住むようになってからは毎日のようにここで話していたことも教えてくれた。
「キッカケは本当にたまたまなの。深夜にこっそり机に向かっているのが見えて」
「そうだったんだ。全然気付かなかった」
「大切な思い出を忘れないように、いつでもその時感じた気持ちを思い出せるように書いてるって言ってたわ」
「それをなんで母さんは読んでたの?」
「晴陽くんがいつでも読んでいいって言ってくれたの。楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、そういったことを親と楽しく話すのは憧れだったって。だからそのお礼で、陽介が私には話さなさそうなことを書き留めてるから読んでくれていいって言ってくれたの」
母さんは俺の手からそっと日記を抜くと、懐かしそうにパラパラとめくり、瞳を潤ませていた。その姿を見て、母さんにとっても晴兄と話す時間は特別楽しい時間だったのだと感じた。
「これ、俺も読んでいいかな?」
「そうね…私に見せてくれたんだもの、陽介だってきっといいって言ってくれるわ」
少し悩んでから、母さんはまた俺に日記を渡してくれた。それから「晴陽くんを起こすキッカケが見つかるといいわね」と言い残し、夕飯の支度へと戻っていった。
きっと母さんは俺にこの日記を見せたくなかっただろうに、それでも俺を信じて預けてくれたことが単純に嬉しかった。
俺は全部読んでみようと、時系列に並ぶ晴兄の日記を端から取り出し、自分の部屋へと持っていった。携帯を充電器に繋ぎ、晴兄の様子を見ながら日記に目を通す。
日記の日付は今からちょうど7年前、晴兄が俺の前から消えて1年後の夏から始まっていた。
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