モラトリアムの俺たちはー

木陰みもり

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56、あなたのいない家で

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 僅かに反応があった日から1週間、結局そのあとは何も反応を示さないまま俺の夏休みは終わりを告げた。
 だけどこの1週間、何もなかったわけではなかった。まず、晴兄の転院の日取りが決まった。夏休みの終わりには間に合わなかったけど、9月の2週目には地元の総合病院に入れることになった。
 その間、俺が安心して勉強できるようにと、ライブカメラとスピーカーの設置を特別にしてくれると、立花先生は説明してくれた。
 俺と母さん、父さんの携帯からいつでも見られて、声をかけられるようになっているらしい。母さんたちにそのことを話したらすごく喜んでいた。

「忘れ物はないな」
「はい、2週間お世話になりました」
「また遊びに来な。いつでも歓迎するよ」
「はい、ありがとうございます」

お世話になった近藤さんに別れを告げ、俺は家路についた。
 行きは車できた道を、帰りはバスと電車を乗り継いで家へと帰る。同じような風景を眺めて、時折揺れるバスはとても長く感じたし、進むにつれて人が増えていく電車は蒸し蒸ししていて早く着かないかと思うほどだった。
 駅には母さんと父さんが揃って迎えにきてくれた。2人はちょっと疲れた顔をしていて、たった2週間会ってなかっただけだけど、なんだか何年も会っていなかったような不思議な感覚が込み上げてきた。

「ただいま」
「おかえりなさい」
「おかえり」

家路は静かなものだった。それは晴兄がいなかった8年間を思い出させる静けさだった。母さんも父さんも俺に気を遣って黙っているのが空気感でわかる。それが心苦しくて、それでいてありがたかった。
 家に着いたのは夕飯時だった。夕食はすでに準備されていて、久しぶりに3人で食卓に着いた。母さんのご飯はいつもと変わらず美味しかった。なのに満たされた感覚はなくて、忘れていた空な自分を思い出させた。
 ご飯を食べ終わってから、俺はすぐにお風呂に入り、疲れていた俺は明日の準備をして早々にベッドに入った。
 ベッドの中はいつもより広く感じた。それから凍えそうなほど冷たくて、温もりのない寂しさが俺の胸を締め付けた。
 旅行先では感じなかったけど、やはりずっと一緒にいた家だからだろうか、晴兄がいない虚しさや虚無感が顕著に現れた。
 明日から2週間は会えない。その物理的な距離に自然と涙が溢れ出す。

「会いたいよ…晴兄…」

込み上げてくる寂しさを抑えられず、俺は泣き疲れるまで泣き続けた。もう何も出ないほど泣き腫らしたと思った頃には、朝を迎えていた。どうやら俺は一晩中泣いていたようだ。

「陽介、早くしないと遅刻するわよ」

母さんのいつもの明るい声が家中に鳴り響く。それはいつもと変わらぬ朝を知らせる合図だった。
 俺は重たい瞼を擦り、疲れの取れていない重たい身体を引きずりながら準備をした。
 それからまた眠れない日々を送るのだろうかという不安を抱えながら階段を降りる。顔を洗いに洗面所に入ると、酷い顔をした自分が目に入った。だけどそんなのどうでも良かった。カッコイイと思ってほしい人はここにはいないのだから、どんな顔だろうが興味はない。
 顔を洗ってリビングに向かうと、母さんがいつものように朝ご飯を用意してくれていた。

「早くご飯食べちゃいなさい。って目パンパンじゃない」
「あー…うん」
「寝癖もちゃんと整えなさい」
「遅れるから今日はいいよ」
「全く…」

母さんは呆れたように肩をすくめると、ご飯を食べる俺の頭を整え始めた。それから「手がかからなかった時とは大違い」と少し楽しそうに呟いて俺の寝癖を綺麗に直してくれた。

「身だしなみはちゃんとしないと。今日のお昼からでしょ、ライブカメラが見られるの」
「あ、そう、そうだった」
「その鼻声も腫れた目も、きっと晴陽くんには伝わるわよ」

起きていたとしてもこっちからは見えないのにそう思ったけど、なんとなく本当に伝わりそうな気がして俺は言い返すのをやめた。
 俺は整えられた前髪を少し触ってから「ありがとう」と母さんに伝えた。

「今日はお昼には戻ってくるんでしょ?」
「そのつもりだけど」
「じゃあ一緒に晴陽くんの様子見ましょ」
「えー、まあいいけど…」

何故か和かに「一緒に様子を見よう」と言ってきた母さんに「行ってきます」と短く返事をして俺は学校へと急いだ。
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