モラトリアムの俺たちはー

木陰みもり

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55、目を覚まして 前編

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「晴兄見て!ついにこの問題を自力で解けるようになったんだよ。あ、あとね――」
「陽介くん、そろそろ抑制剤を飲む時間だろ」
「あ、そうだった。ちょっと行ってくるね」

晴兄の瞼に優しく唇を触れさせ、俺は刑事の近藤さんがいる入口に急いだ。

「今日も面会ギリギリまでここにいるのか?」
「そのつもりですけど」
「そうだよな。いやなんだ、人様の子を預かっているのにちゃんとしたものを食わせてないと思ってな」
「そんな、食欲そんなにないし、気にしないでください。十分お世話になってます」
「俺が気にするんだ。今日早上がりだから、良かったらどこか食いに行かないか?」
「そう、ですね…」
「晴陽くんと一緒に行けるようなオシャレな店を教えてやるから、な?」
「そうやって誘えば俺が行くと思ってるんでしょ」
「はは、バレたか。だが君もそう言いながら来てくれるんだろ」
「行かないって言っても無駄だって、この1週間で分かったからね」

晴兄が保護されて入院した日から、俺は近藤さんの家でお世話になっている。
 病院に駆けつけたあの日、麻酔が切れても、何時間経とうとも、晴兄が目を覚ますことはなかった。それに加え脳波は不安定なままだ。
 本当なら地元の病院に転院する予定だったらしいが、落ち着くまでは安静に、運び込まれた病院で治療することとなった。
 そうなると問題になったのは、晴兄と離れ離れになってしまうことだ。ただ「離れたくないから居させてくれ」と言ってOKを出してくれるほど、うちは裕福ではない。それでも両親は我儘な俺のために手を尽くしてくれた。
 その時に俺を預かってくれると言ってくれたのが近藤さんだったのだ。

「そういやもう夏休み終わるだろ。学校はどうするんだ」

近藤さんのことでもう1つ、この1週間で分かったことがある。この人は本当に人の触れてほしくない部分に平気で触れてくるということだ。
 心配して言ってくれているのは分かるけど、今の俺にとっては責められているようでたまらなかった。
 とりあえず俺は今の問いに「考え中」と一言だけ返して、すぐに晴兄の所に戻った。

「晴兄…あと1週間したら学校が始まるよ。うちの学校は夏休み明けから文化祭の準備が始まるって話したよね。晴兄、教師がクラスの準備を手伝ってもいいのかって不安に思ってたみたいだけど、きっとみんな喜んだと思うよ」

高校に通ってない晴兄は、学生ならではの行事にずっと憧れがあったようだった。文化祭や体育祭に、教師としてでも関われることを楽しみに話していたことを、つい昨日のことのように思い出す。
 その話を聞きながら、俺も晴兄と出し物を巡るの計画を密かにしていた。新任だから変装したらバレないと思って、早まって晴兄に着てほしい衣装を買っていた。だけどその姿はもう見られない。

「あれ…俺、なんで泣いてんだろ…」

学校のことを思い出し、晴兄から離れる時のことを無意識に考えてしまったからだろうか、気付いたら俺の頬を涙がつたっていた。
 思えばこの1週間、初めてHCUに入った時以来、俺は1回も泣いていなかった。「泣き虫」と言われた俺が、晴兄のこんな姿を見て泣かないでいられるなんて、自分でもおかしいと思う。それだけ気を張っていたと言ってしまえばそれまでだけど、俺はこれが日常だと思い込もうとしていたのかもしれない。
 そう思うと余計に涙が本音と共に溢れて止まらなかった。
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