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54、一歩前へ 後編
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「それじゃあ君も行こうか」
待ち焦がれていた言葉なのに、中に入るには“勇気”という通行証がいるかのように感じる。紺野先生は門番に、ガラスの扉は高い壁に見えて仕方なかった。
「どうしたんだい?行きたがっていただろう」
俺はさっきまで行きたがっていた、紺野先生の問いは何もおかしくない。なのに俺は責め立てられているような気持ちになって、ゴクリと喉を1回鳴らすことしかできなかった。
「立花先生、脅しすぎたんじゃないですか?」
「脅してません。あなたも男ならうじうじ考えてないで、とりあえず前へ進みなさい。何かあった時にどうするか考えた方が効率的です。幸いあなたを止められる人間がたくさんいるんです。無茶をするなら今ですよ」
言いたいことを言い切ると、立花先生は俺の背中を思い切り叩きHCUの中に押し込んできた。その強さは女性とは思えないほど力強く、俺はあっという間に中に入っていた。
その行動力に俺は呆気に取られ、高い壁を俺は難なく通ってしまっていた。
「全く、もう忘れてしまったんですか?とびきりの笑顔でいるんでしょ」
「あ…」
少し前に、安心するくらいの笑顔で晴兄を迎えるって俺は決意していたんだった。それを忘れていた俺に、立花先生は喝を入れてくれたのだと素直に思った。
――そうだ。“もしも”なんて考えてもしょうがない
――今できることを俺もしなきゃ
俺は気合いを入れるように頬をパシンと思い切り叩いた。
晴兄を傷付ける自分が嫌で怖くて立ち止まっていたけれど、晴兄はこんな俺でも求めてくれているんだ。それを思い出せて良かった。
「すみません。色々考えすぎてました。あの、俺がもしおかしくなったら問答無用で連れ出してください」
2人に深々とに頭を下げた。俺ができるのはこれくらいしかない。なんの力も無いのだから、素直に頼れば良かったんだ。
「もちろんですよ。それが仕事ですから」
「さぁ早く柊さんのところへ行きましょう」
俺はようやく晴兄の前へ本当の意味で一歩を踏み出せた気がした。それはふわふわと雲の上を歩いていた今までとは違う、しっかりと地面を踏み締めている感覚だった。
色々な機械の間を潜り抜けて、晴兄のベッドの前まで行くと、母さんたちが俺のことを待ってた。何も言わずにゆっくり2人は立ち上がり、俺と入れ替わるように俺をベッドの前へ誘導した。
ベッドの上の晴兄は、本当に“無”だった。いつものような気持ちよさそうな寝顔でも、うなされた苦しそうな寝顔でもない。本当に何もないのだ。
「晴兄、待たせてごめんね。俺が不安定だから、ここに来るまですごい時間掛かっちゃった」
話かけても反応はない。当たり前だけど、その事実が胸が張り裂けそうなほど苦しくて涙が自然と溢れて止まらなかった。
「晴兄が起きるまでずっといるから、だから今はゆっくり休んで。早く治してね」
自分でも意外なほど、スラスラと晴兄を思う言葉が溢れてきた。
責め立てるようなことを口にしたらどうしようかと悩んでいた時が嘘みたいだ。絶対に言ってしまうと思っていた、晴兄を傷付けるような言葉は出てこなかった。
「起きたらまず、目覚めた記念にケーキを食べなくちゃね。それから――」
そうして話しているうち、いつの間にか母さんも父さんも、医者もみんないなくなっていて、明るくて真っ白で、機械がいっぱいの部屋には俺と晴兄の2人だけになっていた。
待ち焦がれていた言葉なのに、中に入るには“勇気”という通行証がいるかのように感じる。紺野先生は門番に、ガラスの扉は高い壁に見えて仕方なかった。
「どうしたんだい?行きたがっていただろう」
俺はさっきまで行きたがっていた、紺野先生の問いは何もおかしくない。なのに俺は責め立てられているような気持ちになって、ゴクリと喉を1回鳴らすことしかできなかった。
「立花先生、脅しすぎたんじゃないですか?」
「脅してません。あなたも男ならうじうじ考えてないで、とりあえず前へ進みなさい。何かあった時にどうするか考えた方が効率的です。幸いあなたを止められる人間がたくさんいるんです。無茶をするなら今ですよ」
言いたいことを言い切ると、立花先生は俺の背中を思い切り叩きHCUの中に押し込んできた。その強さは女性とは思えないほど力強く、俺はあっという間に中に入っていた。
その行動力に俺は呆気に取られ、高い壁を俺は難なく通ってしまっていた。
「全く、もう忘れてしまったんですか?とびきりの笑顔でいるんでしょ」
「あ…」
少し前に、安心するくらいの笑顔で晴兄を迎えるって俺は決意していたんだった。それを忘れていた俺に、立花先生は喝を入れてくれたのだと素直に思った。
――そうだ。“もしも”なんて考えてもしょうがない
――今できることを俺もしなきゃ
俺は気合いを入れるように頬をパシンと思い切り叩いた。
晴兄を傷付ける自分が嫌で怖くて立ち止まっていたけれど、晴兄はこんな俺でも求めてくれているんだ。それを思い出せて良かった。
「すみません。色々考えすぎてました。あの、俺がもしおかしくなったら問答無用で連れ出してください」
2人に深々とに頭を下げた。俺ができるのはこれくらいしかない。なんの力も無いのだから、素直に頼れば良かったんだ。
「もちろんですよ。それが仕事ですから」
「さぁ早く柊さんのところへ行きましょう」
俺はようやく晴兄の前へ本当の意味で一歩を踏み出せた気がした。それはふわふわと雲の上を歩いていた今までとは違う、しっかりと地面を踏み締めている感覚だった。
色々な機械の間を潜り抜けて、晴兄のベッドの前まで行くと、母さんたちが俺のことを待ってた。何も言わずにゆっくり2人は立ち上がり、俺と入れ替わるように俺をベッドの前へ誘導した。
ベッドの上の晴兄は、本当に“無”だった。いつものような気持ちよさそうな寝顔でも、うなされた苦しそうな寝顔でもない。本当に何もないのだ。
「晴兄、待たせてごめんね。俺が不安定だから、ここに来るまですごい時間掛かっちゃった」
話かけても反応はない。当たり前だけど、その事実が胸が張り裂けそうなほど苦しくて涙が自然と溢れて止まらなかった。
「晴兄が起きるまでずっといるから、だから今はゆっくり休んで。早く治してね」
自分でも意外なほど、スラスラと晴兄を思う言葉が溢れてきた。
責め立てるようなことを口にしたらどうしようかと悩んでいた時が嘘みたいだ。絶対に言ってしまうと思っていた、晴兄を傷付けるような言葉は出てこなかった。
「起きたらまず、目覚めた記念にケーキを食べなくちゃね。それから――」
そうして話しているうち、いつの間にか母さんも父さんも、医者もみんないなくなっていて、明るくて真っ白で、機械がいっぱいの部屋には俺と晴兄の2人だけになっていた。
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