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51、俺にしかできないこと 後編
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「問題なのは薬物による脳へのダメージの方です」
「使われた誘発剤は、強制的にSubの本能を引き出し、さらに大量に摂取すると、どんなに嫌がろうが確実にSub Spaceに落とすことができます」
「確実…」
「つまり自分の都合の良いパートナーを作り上げられるということだ」
俺の呟きに、怒りの含まれた声で近藤さんは俺に向かって告げてきた。
それはまるで、晴兄は犯人のパートナーに作り変えられてしまったと言っているようだった。
――まさか薬なんかで、バカみたいだ
信じがたい話にツッコミを入れて欲しくて、俺は医者の方を見た。だけど至って真剣な話だったのだ、鋭く突き刺すような医者の視線に背筋が凍った。
「この誘発剤は違法風俗店などで使われ、問題になったものです。摘発後、保護された|Subは日常生活が送れないほどに思考能力が低下し、Domに依存し切っていました」
「じゃあ晴兄も」
それは希望だった。「植物状態になる」と言われ病院まで来た。だからどんな状態でも目を覚ましてくれればそれでいいと今は思う。だから俺はその話に期待した。
「ただこれは少量を定期的に服用した例です。1回での大量摂取は今回の事件が初めてで、私たちもどんな症状が出るのか全く分かりません」
「今回の場合ですと、脳への負担は大きいが依存度は定期的に与えられた人より少ないと考えられます。薬物が抜け切るのは早いが、脳機能の回復は遅いと思ってください」
「そ、それは目は覚ますということですか」
「目覚めます」と言う言葉が聞きたくて、俺は急かすように2人の前に出て迫った。
「検査でわかっていることは、脳機能が低下している状態ということです。まだ完全に働かなくなったわけではありません。なので手術が終わったら、根気強く声をかけ続け、刺激を与えてください。そうすることで完全に植物状態になることを防げると思われます」
話しかけ続ければ晴兄は戻ってくるかもしれない。そう思うと涙は自然と止まり、力の入らなかった手足にはしっかりと立てるくらいには戻っていた。
「保護した時に、俺の声掛けに晴陽くんは反応した。うっすらと目を開けて君の名前を呟いていたよ」
「俺のことを…」
「でも見えた顔が知らない男の顔で絶望していた。またすぐに意識を失ってしまって。それから何度呼びかけても起きることはなかった。その瞬間、君を連れて行かなかったことを後悔したよ」
無念そうに拳を握り近藤さんは言った。でも俺は近藤さんの判断は正しかったと思っている。
どんなに抑制されても冷静になれない今の俺じゃ、さらに晴兄の容態を悪化させたに違いない。助けに行ったのに、助けられなかったなんてなったら本末転倒だ。
「俺が行ったら晴兄から離れられなくて暴れてたと思う。そしたら晴兄の処置間に合わなかったと思うんだ。だからありがとう、止めてくれて。俺は近藤さんに言われた通り、晴兄が起きた時に安心するくらいの笑顔の準備しておく。俺にしかできないこと、だから」
近藤さんに向かって、俺は無理やりにでも笑顔を作って見せた。すると近藤さんは顔に「殴られるくらい覚悟はしていたのに」って書いてポカンとしていた。きっと俺の返答は近藤さんにとって予想外だったのだろう。
だけどそれが今の俺に取っては心の支えになった。近藤さんがそんな覚悟をするくらい、晴兄が俺を待っていたんだと知ることができたからだ。
すると近藤さんも俺につられたのか、笑い返してきた。
「はは、君は意外と冷静なんだな。陽介くんがいるなら彼はきっと大丈夫だ」
「ちょっと、無責任に大丈夫だなんて言わないでよ!」
「俺の刑事としての勘が大丈夫と言ってるんだ。言ったって――」
「大丈夫」なんて軽率に言ってしまった近藤さんは、医者に怒られながらそれでも笑っていた。もしかしたら、彼の中で俺を連れて行かなかったことが本当に正しかったのか、相当苦になっていたのかもしれない。
それでも俺は「大丈夫」と言ってくれたことに、笑わせてくれたことに、感謝しかなかった。
「使われた誘発剤は、強制的にSubの本能を引き出し、さらに大量に摂取すると、どんなに嫌がろうが確実にSub Spaceに落とすことができます」
「確実…」
「つまり自分の都合の良いパートナーを作り上げられるということだ」
俺の呟きに、怒りの含まれた声で近藤さんは俺に向かって告げてきた。
それはまるで、晴兄は犯人のパートナーに作り変えられてしまったと言っているようだった。
――まさか薬なんかで、バカみたいだ
信じがたい話にツッコミを入れて欲しくて、俺は医者の方を見た。だけど至って真剣な話だったのだ、鋭く突き刺すような医者の視線に背筋が凍った。
「この誘発剤は違法風俗店などで使われ、問題になったものです。摘発後、保護された|Subは日常生活が送れないほどに思考能力が低下し、Domに依存し切っていました」
「じゃあ晴兄も」
それは希望だった。「植物状態になる」と言われ病院まで来た。だからどんな状態でも目を覚ましてくれればそれでいいと今は思う。だから俺はその話に期待した。
「ただこれは少量を定期的に服用した例です。1回での大量摂取は今回の事件が初めてで、私たちもどんな症状が出るのか全く分かりません」
「今回の場合ですと、脳への負担は大きいが依存度は定期的に与えられた人より少ないと考えられます。薬物が抜け切るのは早いが、脳機能の回復は遅いと思ってください」
「そ、それは目は覚ますということですか」
「目覚めます」と言う言葉が聞きたくて、俺は急かすように2人の前に出て迫った。
「検査でわかっていることは、脳機能が低下している状態ということです。まだ完全に働かなくなったわけではありません。なので手術が終わったら、根気強く声をかけ続け、刺激を与えてください。そうすることで完全に植物状態になることを防げると思われます」
話しかけ続ければ晴兄は戻ってくるかもしれない。そう思うと涙は自然と止まり、力の入らなかった手足にはしっかりと立てるくらいには戻っていた。
「保護した時に、俺の声掛けに晴陽くんは反応した。うっすらと目を開けて君の名前を呟いていたよ」
「俺のことを…」
「でも見えた顔が知らない男の顔で絶望していた。またすぐに意識を失ってしまって。それから何度呼びかけても起きることはなかった。その瞬間、君を連れて行かなかったことを後悔したよ」
無念そうに拳を握り近藤さんは言った。でも俺は近藤さんの判断は正しかったと思っている。
どんなに抑制されても冷静になれない今の俺じゃ、さらに晴兄の容態を悪化させたに違いない。助けに行ったのに、助けられなかったなんてなったら本末転倒だ。
「俺が行ったら晴兄から離れられなくて暴れてたと思う。そしたら晴兄の処置間に合わなかったと思うんだ。だからありがとう、止めてくれて。俺は近藤さんに言われた通り、晴兄が起きた時に安心するくらいの笑顔の準備しておく。俺にしかできないこと、だから」
近藤さんに向かって、俺は無理やりにでも笑顔を作って見せた。すると近藤さんは顔に「殴られるくらい覚悟はしていたのに」って書いてポカンとしていた。きっと俺の返答は近藤さんにとって予想外だったのだろう。
だけどそれが今の俺に取っては心の支えになった。近藤さんがそんな覚悟をするくらい、晴兄が俺を待っていたんだと知ることができたからだ。
すると近藤さんも俺につられたのか、笑い返してきた。
「はは、君は意外と冷静なんだな。陽介くんがいるなら彼はきっと大丈夫だ」
「ちょっと、無責任に大丈夫だなんて言わないでよ!」
「俺の刑事としての勘が大丈夫と言ってるんだ。言ったって――」
「大丈夫」なんて軽率に言ってしまった近藤さんは、医者に怒られながらそれでも笑っていた。もしかしたら、彼の中で俺を連れて行かなかったことが本当に正しかったのか、相当苦になっていたのかもしれない。
それでも俺は「大丈夫」と言ってくれたことに、笑わせてくれたことに、感謝しかなかった。
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