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45、捜索
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この時俺はまだ冷静だった。たくさんのお客さんに、働く店員、誰かが必ず晴兄がどこに向かったか、見ている人がいると思ったからだ。
だけどそんな淡い希望はすぐに打ち砕かれる。
「あの、すみません。テラス席に座ってた人、どこに行ったか分かりますか?」
「先ほど、テラスの外から声をかけてきた男性と出ていかれましたよ。ご友人のようでしたけど」
「どっちに行ったとか」
「さぁ、そこまでは」
「そうですか…ありがとうございます」
忙しい時間帯、会話に夢中の客たち、テラスの片隅なんて誰も気にかけてなどいなかった。一緒に来た俺と晴兄を連れて行った人物、どちらが晴兄と出ていっても回りには関係のないことだったのだ。
俺は湧き上がる怒りを抑えながら店員にお礼を言い、どの道を行ったかも分からない晴兄たちを追って店を飛び出した。
当てもなく走り回りながら、晴兄の携帯に電話しながら、俺は店員が言っていた人物のことを考えた。
友人と思われるほど仲良さげだった。つまり晴兄の知り合いに間違いはない。だけど晴兄は俺を待たずにその人物とどこかに行ってしまった。
――それだけ会いたかった人?
――俺を置いて一緒に行ってしまうくらい?
そう思った瞬間、ドロリとした黒い沼に身体を絡め取られたかのような感覚がして、手足は完全に止まってしまった。そして一緒に俺の思考も止まった。
それから自分が自惚れていたのだと思い知った。晴兄が過去の辛い経験を話してくれたから、晴兄が甘えてくれたから、晴兄が外でも俺とキスしたいって言ってくれたから、俺は晴兄とこの先の未来を思い描いて、一緒に歩んでいいんだって思っていた。
でもそれは俺の大きな勘違いだったのかもしれない。俺が1人でただ道化のように踊っていただけけなのだ。
そう思い道の隅で項垂れていると、突然携帯が鳴り響いた。それは晴兄からの着信だった。
――今更、連絡してきたって、俺は晴兄を許すことができないよ…
そう思いながらも、晴兄のメールを開くと、どこか分からない路地の写真と、それと――
「なに…これ…」
目を疑うほど酷い姿の晴兄の写真が添付されていた。
額から血が流れている。さっき食べたものが散らばっている。誰だかわからないヤツに踏み付けられている。痛いと泣いている。それでも晴兄は笑っていた。
その瞬間、身体の中心から沸々とドス黒い何かが湧き出てくるのを感じた。
――誰だか分からないDomのCommandを聞いたのか
――俺のCommandだけを聞いていればいいって言ったよな
――何踏みつけられて笑ってんの。そういうのはトラウマなんじゃないのかよ
連れ去ったヤツのことなんて俺はもうどうでもよかった。それよりも晴兄が俺以外のヤツのCommandに従っていることや、酷い姿で笑っていることの方が腹立たしい。
「誰でもいいなら俺でもいいだろ…絶対取り戻してやる…」
俺は送られてきた写真を頼りに走った。地元の人らしき人に心当たりはあるか聞き、それらしき場所に行っては晴兄がいないことに憤怒した。
聞き回っている間、俺が通った後には数人が倒れていた。
吐き気を催すもの。悪寒に震えるもの。気絶するもの。まさに阿鼻叫喚。
そうこの時の俺は冷静さを失い、Glareを放ちながら走り回っていたのだ。
温泉街は一時騒然となるも、パートナーを連れ去られたDomが、Glareを撒き散らしながらSubを探していると瞬く間に噂は温泉街に広がっていった。
それによって警察が出動したことを今の俺はまだ知らなかった。
――ここだ!
ようやく見つけた路地を曲がり、行き止まりまで駆け抜けた。
だが、そこに晴兄の姿はなかった――
だけどそんな淡い希望はすぐに打ち砕かれる。
「あの、すみません。テラス席に座ってた人、どこに行ったか分かりますか?」
「先ほど、テラスの外から声をかけてきた男性と出ていかれましたよ。ご友人のようでしたけど」
「どっちに行ったとか」
「さぁ、そこまでは」
「そうですか…ありがとうございます」
忙しい時間帯、会話に夢中の客たち、テラスの片隅なんて誰も気にかけてなどいなかった。一緒に来た俺と晴兄を連れて行った人物、どちらが晴兄と出ていっても回りには関係のないことだったのだ。
俺は湧き上がる怒りを抑えながら店員にお礼を言い、どの道を行ったかも分からない晴兄たちを追って店を飛び出した。
当てもなく走り回りながら、晴兄の携帯に電話しながら、俺は店員が言っていた人物のことを考えた。
友人と思われるほど仲良さげだった。つまり晴兄の知り合いに間違いはない。だけど晴兄は俺を待たずにその人物とどこかに行ってしまった。
――それだけ会いたかった人?
――俺を置いて一緒に行ってしまうくらい?
そう思った瞬間、ドロリとした黒い沼に身体を絡め取られたかのような感覚がして、手足は完全に止まってしまった。そして一緒に俺の思考も止まった。
それから自分が自惚れていたのだと思い知った。晴兄が過去の辛い経験を話してくれたから、晴兄が甘えてくれたから、晴兄が外でも俺とキスしたいって言ってくれたから、俺は晴兄とこの先の未来を思い描いて、一緒に歩んでいいんだって思っていた。
でもそれは俺の大きな勘違いだったのかもしれない。俺が1人でただ道化のように踊っていただけけなのだ。
そう思い道の隅で項垂れていると、突然携帯が鳴り響いた。それは晴兄からの着信だった。
――今更、連絡してきたって、俺は晴兄を許すことができないよ…
そう思いながらも、晴兄のメールを開くと、どこか分からない路地の写真と、それと――
「なに…これ…」
目を疑うほど酷い姿の晴兄の写真が添付されていた。
額から血が流れている。さっき食べたものが散らばっている。誰だかわからないヤツに踏み付けられている。痛いと泣いている。それでも晴兄は笑っていた。
その瞬間、身体の中心から沸々とドス黒い何かが湧き出てくるのを感じた。
――誰だか分からないDomのCommandを聞いたのか
――俺のCommandだけを聞いていればいいって言ったよな
――何踏みつけられて笑ってんの。そういうのはトラウマなんじゃないのかよ
連れ去ったヤツのことなんて俺はもうどうでもよかった。それよりも晴兄が俺以外のヤツのCommandに従っていることや、酷い姿で笑っていることの方が腹立たしい。
「誰でもいいなら俺でもいいだろ…絶対取り戻してやる…」
俺は送られてきた写真を頼りに走った。地元の人らしき人に心当たりはあるか聞き、それらしき場所に行っては晴兄がいないことに憤怒した。
聞き回っている間、俺が通った後には数人が倒れていた。
吐き気を催すもの。悪寒に震えるもの。気絶するもの。まさに阿鼻叫喚。
そうこの時の俺は冷静さを失い、Glareを放ちながら走り回っていたのだ。
温泉街は一時騒然となるも、パートナーを連れ去られたDomが、Glareを撒き散らしながらSubを探していると瞬く間に噂は温泉街に広がっていった。
それによって警察が出動したことを今の俺はまだ知らなかった。
――ここだ!
ようやく見つけた路地を曲がり、行き止まりまで駆け抜けた。
だが、そこに晴兄の姿はなかった――
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