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43、最悪な再会
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「お、お腹冷えたかな、トイレ行ってくる」
「ふふ、いってらっしゃい」
陽介は顔を真っ赤にさせてトイレに走って行った。きっと珍しく俺が外で「キスしたかった」なんて言ったからだろう、陽介はどうしていいか分からなくなったんだ。
その慌てる後ろ姿が可愛くて、勇気を出して言ってみて良かったと思えた。
「ふふ、どんな顔で戻ってくるんだろ」
俺は陽介のことを思いながら、陽介の口に入ったスプーンを眺めた。俺がこのスプーンで陽介に食べさせていたかと思うと、心がポカポカして頭がふわふわした。
そのスプーンを俺は無意識のうちに咥えていた。それはもう何もついていないのに、なんだか甘い味がした。
――美味しい…
間接キスなんて今更大したことないのに、すごく恥ずかしくて、イケナイコトをしているようで、心臓がすごくドキドキした。
本当はこの後お土産を見に行きたかったけど、それよりも早く旅館に連れ帰ってほしい気持ちの方が勝っていた。
火照る身体を自分で抱きしめ、俺は気を逸らそうと前の綺麗な風景に目をやった。その瞬間、なんとも懐かしい後ろ姿が目に入った。
「ひろ…と…」
裕人に似た背格好の男が目に入った瞬間、俺は反射的に顔を伏せた。
まさかと思うほどありえない状況に、さっきまで火照っていた身体が一気に冷えていった。心臓はドクンドクンと痛いほど脈打っている。
――こんな、地元から離れたところに裕人がいるはずない
――きっと他人のそら似
――背だって顔付きだってあの時とは違った
――でも、それでも、面影はあったように見えた
どんなに頭の中で否定しても、裕人だと思ってしまったら、その考えから俺は抜け出せなくなった。
見付かってしまったら、俺は復讐されるだろうか。そう思い始めたらすごく怖くて、足に力が入らなかった。
――陽介、早く帰ってきて
そう願うしか、俺にはどうすることもできなかった。
だけど、その俺の願いは、すぐに打ち砕かれることになった。
「晴陽じゃん、久しぶり」
聞き覚えのある懐かしい声が、耳元の近くで囁いた。
「なんでずっと下向いてんの?」
苦いタバコとキツイ香水の臭いを纏った男が俺の近くにいる。
「あ、もしかして不審者だと思ってる?裕人だよ。覚えてない?」
「お、覚えてるよ…」
本人に断言されてしまった。これでもう否定することができなくなってしまった。
そこにいるのは間違いなく裕人だ。
「なんでこっち見てくれないの?」
「それは…」
忘れていた罪悪感が俺を襲う。裕人はきっと怒ってる。俺だけが幸せなことを恨んでる。そう思ったら裕人の顔を見ることができなかった。
そうやってうじうじと悩んでいると、裕人の申し訳なさそうな声が聞こえた。
「まぁ、お前のこと傷付けたやつの顔なんて見たくないよな」
「それはちがっ――」
「やっとこっち見てくれた」
思わず見上げた先には、声と同じように申し訳なさそうな顔の裕人がいた。
――どうしてお前がそんな顔してるんだよ。俺が悪いのに、お前は被害者だろ。
そう言いたくても言葉が出てこない。
裕人がDomってだけで、俺がSubってだけで、お前は一瞬で前科持ちになってしまったのに。どうして俺を責めずにいられるのか。いっそ責めてくれた方が、楽だったのに。
そんな俺の思いとは裏腹に、裕人は俺に謝ってきた。
「俺さ、ずっと晴陽に謝りたかったんだよね」
「なんで裕人が…俺の方こそ…謝ってすむことじゃないけど…」
「はは、なんで晴陽が謝るの。悪いのは俺だからさ、お前は気にするなよ」
そう言って裕人は俺の頭を優しく撫でた。その手には、8年前掴まれたものとは全然違う温かさがあって、俺はすぐに絆されていった。
「素直に俺の謝罪を受け取ってくれよ。俺が言うのもなんだけど、晴陽は幸せになれたずっと気になってたんだ」
「ありがとう、裕人」
「その首の、collar?もしかしてパートナーからの贈り物?」
「そう、なんだ…」
「良かった。幸せそうで安心したよ」
その声は本当に安心したような声色で、俺のことなんて憎んでもないし、恨んでもないと言ってくれているようだった。
それが俺を安心させてくれた。この先、陽介と幸せになっていいんだよって、言ってくれているようで嬉しかった。
だがそう思ったのも束の間、一瞬で俺は暗い闇へと突き落とされた。
「ありがとう。裕人も、イッ――」
針みたいなものが手に刺さったような感覚がした。瞬間、裕人の低い声が頭に響き渡った。
「なんて言うとでも思ったか、ほんと昔からお人好しだよな…Come」
――Command《コマンド》…
「なんで――」
「Shut Up」
「んぐっ」
裕人はさっきとは別人のような恐ろしい声で俺に命令した。腕を強く掴まれ、引き摺り出されるような形で俺はテラスから下された。
喋れなくされて、周りの人に助けを求められなくて、俺は裕人について行くしかなかった。
やっぱり裕人は俺のこと憎んでたんだ。「俺に幸せになってほしい」なんて、そんな俺にだけ都合のいい話、あるわけなかった。
――あぁ、気許しちゃったな。ホッとしちゃったな。安心しちゃったな。
そう思ってももうあとの祭だ。それにどんなに警戒していても、SubはDomに逆らえない。それはパートナーがいても変わらない事実だ。
このままどこに連れて行かれるのだろうか。一体この後何をされるのだろうか。
それよりも、陽介は心配のあまり我を忘れて暴走しないだろうか。そっちの方が心配だな。陽さんたちに迷惑をかけて俺を探そうとしないかが不安だ。
裕人に引きずられながら、俺はただ陽介が俺のせいで誰かに迷惑をかけないか、それだけが心配だった。
「ふふ、いってらっしゃい」
陽介は顔を真っ赤にさせてトイレに走って行った。きっと珍しく俺が外で「キスしたかった」なんて言ったからだろう、陽介はどうしていいか分からなくなったんだ。
その慌てる後ろ姿が可愛くて、勇気を出して言ってみて良かったと思えた。
「ふふ、どんな顔で戻ってくるんだろ」
俺は陽介のことを思いながら、陽介の口に入ったスプーンを眺めた。俺がこのスプーンで陽介に食べさせていたかと思うと、心がポカポカして頭がふわふわした。
そのスプーンを俺は無意識のうちに咥えていた。それはもう何もついていないのに、なんだか甘い味がした。
――美味しい…
間接キスなんて今更大したことないのに、すごく恥ずかしくて、イケナイコトをしているようで、心臓がすごくドキドキした。
本当はこの後お土産を見に行きたかったけど、それよりも早く旅館に連れ帰ってほしい気持ちの方が勝っていた。
火照る身体を自分で抱きしめ、俺は気を逸らそうと前の綺麗な風景に目をやった。その瞬間、なんとも懐かしい後ろ姿が目に入った。
「ひろ…と…」
裕人に似た背格好の男が目に入った瞬間、俺は反射的に顔を伏せた。
まさかと思うほどありえない状況に、さっきまで火照っていた身体が一気に冷えていった。心臓はドクンドクンと痛いほど脈打っている。
――こんな、地元から離れたところに裕人がいるはずない
――きっと他人のそら似
――背だって顔付きだってあの時とは違った
――でも、それでも、面影はあったように見えた
どんなに頭の中で否定しても、裕人だと思ってしまったら、その考えから俺は抜け出せなくなった。
見付かってしまったら、俺は復讐されるだろうか。そう思い始めたらすごく怖くて、足に力が入らなかった。
――陽介、早く帰ってきて
そう願うしか、俺にはどうすることもできなかった。
だけど、その俺の願いは、すぐに打ち砕かれることになった。
「晴陽じゃん、久しぶり」
聞き覚えのある懐かしい声が、耳元の近くで囁いた。
「なんでずっと下向いてんの?」
苦いタバコとキツイ香水の臭いを纏った男が俺の近くにいる。
「あ、もしかして不審者だと思ってる?裕人だよ。覚えてない?」
「お、覚えてるよ…」
本人に断言されてしまった。これでもう否定することができなくなってしまった。
そこにいるのは間違いなく裕人だ。
「なんでこっち見てくれないの?」
「それは…」
忘れていた罪悪感が俺を襲う。裕人はきっと怒ってる。俺だけが幸せなことを恨んでる。そう思ったら裕人の顔を見ることができなかった。
そうやってうじうじと悩んでいると、裕人の申し訳なさそうな声が聞こえた。
「まぁ、お前のこと傷付けたやつの顔なんて見たくないよな」
「それはちがっ――」
「やっとこっち見てくれた」
思わず見上げた先には、声と同じように申し訳なさそうな顔の裕人がいた。
――どうしてお前がそんな顔してるんだよ。俺が悪いのに、お前は被害者だろ。
そう言いたくても言葉が出てこない。
裕人がDomってだけで、俺がSubってだけで、お前は一瞬で前科持ちになってしまったのに。どうして俺を責めずにいられるのか。いっそ責めてくれた方が、楽だったのに。
そんな俺の思いとは裏腹に、裕人は俺に謝ってきた。
「俺さ、ずっと晴陽に謝りたかったんだよね」
「なんで裕人が…俺の方こそ…謝ってすむことじゃないけど…」
「はは、なんで晴陽が謝るの。悪いのは俺だからさ、お前は気にするなよ」
そう言って裕人は俺の頭を優しく撫でた。その手には、8年前掴まれたものとは全然違う温かさがあって、俺はすぐに絆されていった。
「素直に俺の謝罪を受け取ってくれよ。俺が言うのもなんだけど、晴陽は幸せになれたずっと気になってたんだ」
「ありがとう、裕人」
「その首の、collar?もしかしてパートナーからの贈り物?」
「そう、なんだ…」
「良かった。幸せそうで安心したよ」
その声は本当に安心したような声色で、俺のことなんて憎んでもないし、恨んでもないと言ってくれているようだった。
それが俺を安心させてくれた。この先、陽介と幸せになっていいんだよって、言ってくれているようで嬉しかった。
だがそう思ったのも束の間、一瞬で俺は暗い闇へと突き落とされた。
「ありがとう。裕人も、イッ――」
針みたいなものが手に刺さったような感覚がした。瞬間、裕人の低い声が頭に響き渡った。
「なんて言うとでも思ったか、ほんと昔からお人好しだよな…Come」
――Command《コマンド》…
「なんで――」
「Shut Up」
「んぐっ」
裕人はさっきとは別人のような恐ろしい声で俺に命令した。腕を強く掴まれ、引き摺り出されるような形で俺はテラスから下された。
喋れなくされて、周りの人に助けを求められなくて、俺は裕人について行くしかなかった。
やっぱり裕人は俺のこと憎んでたんだ。「俺に幸せになってほしい」なんて、そんな俺にだけ都合のいい話、あるわけなかった。
――あぁ、気許しちゃったな。ホッとしちゃったな。安心しちゃったな。
そう思ってももうあとの祭だ。それにどんなに警戒していても、SubはDomに逆らえない。それはパートナーがいても変わらない事実だ。
このままどこに連れて行かれるのだろうか。一体この後何をされるのだろうか。
それよりも、陽介は心配のあまり我を忘れて暴走しないだろうか。そっちの方が心配だな。陽さんたちに迷惑をかけて俺を探そうとしないかが不安だ。
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