モラトリアムの俺たちはー

木陰みもり

文字の大きさ
上 下
73 / 116

43、最悪な再会

しおりを挟む
「お、お腹冷えたかな、トイレ行ってくる」
「ふふ、いってらっしゃい」

陽介は顔を真っ赤にさせてトイレに走って行った。きっと珍しく俺が外で「キスしたかった」なんて言ったからだろう、陽介はどうしていいか分からなくなったんだ。
 その慌てる後ろ姿が可愛くて、勇気を出して言ってみて良かったと思えた。

「ふふ、どんな顔で戻ってくるんだろ」

俺は陽介のことを思いながら、陽介の口に入ったスプーンを眺めた。俺がこのスプーンで陽介に食べさせていたかと思うと、心がポカポカして頭がふわふわした。
 そのスプーンを俺は無意識のうちに咥えていた。それはもう何もついていないのに、なんだか甘い味がした。

――美味しい…

間接キスなんて今更大したことないのに、すごく恥ずかしくて、イケナイコトをしているようで、心臓がすごくドキドキした。
 本当はこの後お土産を見に行きたかったけど、それよりも早く旅館に連れ帰ってほしい気持ちの方が勝っていた。
 火照る身体を自分で抱きしめ、俺は気を逸らそうと前の綺麗な風景に目をやった。その瞬間、なんとも懐かしい後ろ姿が目に入った。

「ひろ…と…」

裕人に似た背格好の男が目に入った瞬間、俺は反射的に顔を伏せた。
 まさかと思うほどありえない状況に、さっきまで火照っていた身体が一気に冷えていった。心臓はドクンドクンと痛いほど脈打っている。

――こんな、地元から離れたところに裕人がいるはずない
――きっと他人のそら似
――背だって顔付きだってあの時とは違った

――でも、それでも、面影はあったように見えた

どんなに頭の中で否定しても、裕人だと思ってしまったら、その考えから俺は抜け出せなくなった。
 見付かってしまったら、俺は復讐されるだろうか。そう思い始めたらすごく怖くて、足に力が入らなかった。

――陽介、早く帰ってきて

そう願うしか、俺にはどうすることもできなかった。
 だけど、その俺の願いは、すぐに打ち砕かれることになった。

「晴陽じゃん、久しぶり」

聞き覚えのある懐かしい声が、耳元の近くで囁いた。

「なんでずっと下向いてんの?」

苦いタバコとキツイ香水の臭いを纏った男が俺の近くにいる。

「あ、もしかして不審者だと思ってる?裕人だよ。覚えてない?」
「お、覚えてるよ…」

本人に断言されてしまった。これでもう否定することができなくなってしまった。
 そこにいるのは間違いなく裕人だ。

「なんでこっち見てくれないの?」
「それは…」

忘れていた罪悪感が俺を襲う。裕人はきっと怒ってる。俺だけが幸せなことを恨んでる。そう思ったら裕人の顔を見ることができなかった。
 そうやってうじうじと悩んでいると、裕人の申し訳なさそうな声が聞こえた。

「まぁ、お前のこと傷付けたやつの顔なんて見たくないよな」
「それはちがっ――」
「やっとこっち見てくれた」

思わず見上げた先には、声と同じように申し訳なさそうな顔の裕人がいた。

――どうしてお前がそんな顔してるんだよ。俺が悪いのに、お前は被害者だろ。

そう言いたくても言葉が出てこない。
 裕人がDomドムってだけで、俺がSubサブってだけで、お前は一瞬で前科持ちになってしまったのに。どうして俺を責めずにいられるのか。いっそ責めてくれた方が、楽だったのに。
 そんな俺の思いとは裏腹に、裕人は俺に謝ってきた。

「俺さ、ずっと晴陽に謝りたかったんだよね」
「なんで裕人が…俺の方こそ…謝ってすむことじゃないけど…」
「はは、なんで晴陽が謝るの。悪いのは俺だからさ、お前は気にするなよ」

そう言って裕人は俺の頭を優しく撫でた。その手には、8年前掴まれたものとは全然違う温かさがあって、俺はすぐに絆されていった。

「素直に俺の謝罪を受け取ってくれよ。俺が言うのもなんだけど、晴陽は幸せになれたずっと気になってたんだ」
「ありがとう、裕人」
「その首の、collarカラー?もしかしてパートナーからの贈り物?」
「そう、なんだ…」
「良かった。幸せそうで安心したよ」

その声は本当に安心したような声色で、俺のことなんて憎んでもないし、恨んでもないと言ってくれているようだった。
 それが俺を安心させてくれた。この先、陽介と幸せになっていいんだよって、言ってくれているようで嬉しかった。
 だがそう思ったのも束の間、一瞬で俺は暗い闇へと突き落とされた。

「ありがとう。裕人も、イッ――」

針みたいなものが手に刺さったような感覚がした。瞬間、裕人の低い声が頭に響き渡った。

「なんて言うとでも思ったか、ほんと昔からお人好しだよな…Comeついてこい

――Command《コマンド》…

「なんで――」
Shut Up喋るな
「んぐっ」

裕人はさっきとは別人のような恐ろしい声で俺に命令した。腕を強く掴まれ、引き摺り出されるような形で俺はテラスから下された。
 喋れなくされて、周りの人に助けを求められなくて、俺は裕人について行くしかなかった。
 やっぱり裕人は俺のこと憎んでたんだ。「俺に幸せになってほしい」なんて、そんな俺にだけ都合のいい話、あるわけなかった。

――あぁ、気許しちゃったな。ホッとしちゃったな。安心しちゃったな。

そう思ってももうあとの祭だ。それにどんなに警戒していても、SubDomドムに逆らえない。それはパートナー陽介がいても変わらない事実だ。
 このままどこに連れて行かれるのだろうか。一体この後何をされるのだろうか。
 それよりも、陽介は心配のあまり我を忘れて暴走しないだろうか。そっちの方が心配だな。陽さんたちに迷惑をかけて俺を探そうとしないかが不安だ。
 裕人に引きずられながら、俺はただ陽介が俺のせいで誰かに迷惑をかけないか、それだけが心配だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

何処吹く風に満ちている

夏蜜
BL
和凰高校の一年生である大宮創一は、新聞部に入部してほどなく顧問の平木に魅了される。授業も手に付かない状態が続くなか、気づけばつかみどころのない同級生へも惹かれ始めていた。

お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら

夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。 テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。 Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。 執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...