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40、一緒に生きていくということ
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晴兄に付けられた痕はご丁寧に服で隠れる部分にだけに付けられている。そしてそれらは一生消えないように深く深く刻まれているのだ。
晴兄はこんな罰を受けるほど、彼らに酷いことをしただろうか。
Subの芳醇なフェロモンだけで手足を切り落とそうとするだろうか。
子供の治療費を払うのは親の義務ではないのだろうか。
無理やり犯された息子に対して、『卑しい』と決めつけ、本来の肌の色がわからなくなるほどに酷い仕打ちをできるだろうか。
だけどそれらは俺にも当てはまりそうな内容で、決して他人事で片付けられるようなことではなかった。
俺の腕の中で微睡む晴兄を見つめながら、俺は自分がもう過ちを起こさないことを願った。
手がなくなったら、俺を抱きしめてくれなくなる。
足がなくなったら、俺と一緒に歩けなくなる。
これ以上傷痕が増えたら、この滑らかな肌の感触を感じられなくなる。
閉じ込めてしまったら、一生晴兄の笑顔は見られなくなる。
俺の8年より、晴兄の8年の方が遙かに壮絶で苦しいものだったんだ。身体の傷痕はどうにもできないけれど、これ以上晴兄の心の傷が増えないように、少しでも薄くしてあげられるように、俺はこれまで以上に晴兄を大切にしなければならない。
言葉にするのは簡単だけれど、未熟な俺に本当にそんなことができるのか、不安でたまらない。だけど晴兄と一緒に生きていくために、俺はやらなければならない。
「俺は晴兄を離さない。ずっと大切にする。今も昔も、この痕を見せられたって、俺の気持ちは変わらない。何にも変え難いくらい好き」
「うれしい…俺も好きだよ…諦めきれないくらい好き」
「晴兄が諦めきれなくて良かった。俺、学校でやらかした後、もうダメだって諦めてたから。今こうしていられるのは晴兄のおかげだね」
暗い気持ちや醜い感情、たくさん晴兄を傷付けて、自分が嫌になって、不安になって、それでも幸せを感じられるのはあの話し合いの時に晴兄が俺を引き留めてくれたからだ。
だからこそ、この先何があっても結末は全て晴兄が後悔することがないようにしなければならない。
そのためには俺の中にある、加虐的な本能も、支配的な本能も、何がなんでも抑え込まないといけない。
しかしそう思えば思うほど本当にできるのかと不安は募り、俺は心の中で自問自答し続けることとなった。
――本当にそんなことできると思っているのか?
――できるかどうかじゃなくてするんだ
――ついさっき晴兄を閉じ込めたいと思っていたヤツが本当にできると思っているのか?
――晴兄は何もかも曝け出してくれたんだ。俺も覚悟を持って受け止めないと。だからできる
――そう言ってまた自分を抑制して、結局暴走するんじゃないか?
――そうならないためにいっぱい晴兄に自分の印をつけるんだ。消えないように毎日、毎日…
そうだ、みんな服に隠れる場所ばかりなんだ。俺は服の上からでも見える場所にたくさん印を付ければいつでも自分を落ち着けられる。
俺は名案とばかりに晴兄の手首を持ち、強く吸い上げた。手首だけじゃなく、手の甲、二の腕、もちろん首筋もさっき付けた上からさらにだ。
どこを見られても俺のものだと分かるように、念入りに付けていった。
その中で、首筋にさらにキスマークを残そうと晴兄に身体を密着させた時、晴兄は俺の耳元で、うっとりと呟いてきた。
「本当はずっと、好きな人とこうやって肌を触れ合わせて、好きな人の体温を感じてみたかったんだ。服越しじゃ感じ取れない熱が、こうやって伝わってくるのが、今すごく嬉しい――」
自分には一生縁のないことだと思っていた。最後にそう呟き、晴兄は眠ってしまった。
きっと過度な緊張と心身への負荷が大きかったのだろう。それらが一気に取り除かれたことで睡魔が襲ってきたようだ。安心しきった寝息がそれを物語っていた。
俺は晴兄を抱き上げ、風呂を出た。
改めてしっかりと見る曝け出された晴兄の姿は痛々しかった。
それを見るたびに何度も怒りと罪悪感が湧き上がってくる。
全てのキッカケを作った俺を、晴兄はなかったことのように話していた。それどころか、晴兄はどれも当たり前かのように自分が悪いと、誰のことも責めていなかった。
それが余計に俺の心を抉る。いっそ俺のせいだと、責任とれと言ってくれたらどんなに良かっただろうか。
そうしたらこの怒りも罪悪感ももっと和らいだような、そんな気がしてならなかった。
それでも俺はこの現実に向き合って晴兄と生きていくと決めたんだ。その時、ふと露天風呂に入る前に晴兄と話していた、俺が忘れていたことの正体を思い出した。
そう、あれは再会して初めて晴兄が家に来てくれた時のこと。洗面所で話した『証』の話。
「そっか、晴兄は『ごめん』なんて言葉いらなかったんだ。強く握って痕ができても、晴兄にとっては謝ってほしいことじゃなかったんだよね」
むしろ、たくさん付けてほしかったんだ。たくさんの『俺の証』を見て、他の痕へあを意識しないようにしていたのかな。
自惚れかもしれないけれど、そうだといいなと思った。
晴兄はこんな罰を受けるほど、彼らに酷いことをしただろうか。
Subの芳醇なフェロモンだけで手足を切り落とそうとするだろうか。
子供の治療費を払うのは親の義務ではないのだろうか。
無理やり犯された息子に対して、『卑しい』と決めつけ、本来の肌の色がわからなくなるほどに酷い仕打ちをできるだろうか。
だけどそれらは俺にも当てはまりそうな内容で、決して他人事で片付けられるようなことではなかった。
俺の腕の中で微睡む晴兄を見つめながら、俺は自分がもう過ちを起こさないことを願った。
手がなくなったら、俺を抱きしめてくれなくなる。
足がなくなったら、俺と一緒に歩けなくなる。
これ以上傷痕が増えたら、この滑らかな肌の感触を感じられなくなる。
閉じ込めてしまったら、一生晴兄の笑顔は見られなくなる。
俺の8年より、晴兄の8年の方が遙かに壮絶で苦しいものだったんだ。身体の傷痕はどうにもできないけれど、これ以上晴兄の心の傷が増えないように、少しでも薄くしてあげられるように、俺はこれまで以上に晴兄を大切にしなければならない。
言葉にするのは簡単だけれど、未熟な俺に本当にそんなことができるのか、不安でたまらない。だけど晴兄と一緒に生きていくために、俺はやらなければならない。
「俺は晴兄を離さない。ずっと大切にする。今も昔も、この痕を見せられたって、俺の気持ちは変わらない。何にも変え難いくらい好き」
「うれしい…俺も好きだよ…諦めきれないくらい好き」
「晴兄が諦めきれなくて良かった。俺、学校でやらかした後、もうダメだって諦めてたから。今こうしていられるのは晴兄のおかげだね」
暗い気持ちや醜い感情、たくさん晴兄を傷付けて、自分が嫌になって、不安になって、それでも幸せを感じられるのはあの話し合いの時に晴兄が俺を引き留めてくれたからだ。
だからこそ、この先何があっても結末は全て晴兄が後悔することがないようにしなければならない。
そのためには俺の中にある、加虐的な本能も、支配的な本能も、何がなんでも抑え込まないといけない。
しかしそう思えば思うほど本当にできるのかと不安は募り、俺は心の中で自問自答し続けることとなった。
――本当にそんなことできると思っているのか?
――できるかどうかじゃなくてするんだ
――ついさっき晴兄を閉じ込めたいと思っていたヤツが本当にできると思っているのか?
――晴兄は何もかも曝け出してくれたんだ。俺も覚悟を持って受け止めないと。だからできる
――そう言ってまた自分を抑制して、結局暴走するんじゃないか?
――そうならないためにいっぱい晴兄に自分の印をつけるんだ。消えないように毎日、毎日…
そうだ、みんな服に隠れる場所ばかりなんだ。俺は服の上からでも見える場所にたくさん印を付ければいつでも自分を落ち着けられる。
俺は名案とばかりに晴兄の手首を持ち、強く吸い上げた。手首だけじゃなく、手の甲、二の腕、もちろん首筋もさっき付けた上からさらにだ。
どこを見られても俺のものだと分かるように、念入りに付けていった。
その中で、首筋にさらにキスマークを残そうと晴兄に身体を密着させた時、晴兄は俺の耳元で、うっとりと呟いてきた。
「本当はずっと、好きな人とこうやって肌を触れ合わせて、好きな人の体温を感じてみたかったんだ。服越しじゃ感じ取れない熱が、こうやって伝わってくるのが、今すごく嬉しい――」
自分には一生縁のないことだと思っていた。最後にそう呟き、晴兄は眠ってしまった。
きっと過度な緊張と心身への負荷が大きかったのだろう。それらが一気に取り除かれたことで睡魔が襲ってきたようだ。安心しきった寝息がそれを物語っていた。
俺は晴兄を抱き上げ、風呂を出た。
改めてしっかりと見る曝け出された晴兄の姿は痛々しかった。
それを見るたびに何度も怒りと罪悪感が湧き上がってくる。
全てのキッカケを作った俺を、晴兄はなかったことのように話していた。それどころか、晴兄はどれも当たり前かのように自分が悪いと、誰のことも責めていなかった。
それが余計に俺の心を抉る。いっそ俺のせいだと、責任とれと言ってくれたらどんなに良かっただろうか。
そうしたらこの怒りも罪悪感ももっと和らいだような、そんな気がしてならなかった。
それでも俺はこの現実に向き合って晴兄と生きていくと決めたんだ。その時、ふと露天風呂に入る前に晴兄と話していた、俺が忘れていたことの正体を思い出した。
そう、あれは再会して初めて晴兄が家に来てくれた時のこと。洗面所で話した『証』の話。
「そっか、晴兄は『ごめん』なんて言葉いらなかったんだ。強く握って痕ができても、晴兄にとっては謝ってほしいことじゃなかったんだよね」
むしろ、たくさん付けてほしかったんだ。たくさんの『俺の証』を見て、他の痕へあを意識しないようにしていたのかな。
自惚れかもしれないけれど、そうだといいなと思った。
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