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39、ダメだとわかっているけれど ②
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「このペンダントな、母さんから最初で最後のプレゼントなんだ」
「え、そんな大切なもの、晴兄が持ってなきゃ」
晴兄の言葉に、俺は急いでペンダントを晴兄に返そうとした。だけど晴兄は外そうとチェーンに手をかけた俺の手を握り、ゆっくりと首を横に振った。
「これは陽介が持ってて」
「本当にいいの?辛くない?」
「ふはっ…辛いって、なんだよ…俺はこのCollarが守ってくれるから大丈夫」
『大丈夫』と言ってはいるけど、晴兄の顔は明らかに辛そうだった。それだけ肌身離さず持っていたもので、大切なんだと思わせた。
「無理してるんでしょ?無理に手放さなくてもいいんだよ」
「違うよ。本当、ただ依存してるだけ。これがある限り俺は醜くて卑しいSubのまま」
「それってどういう…」
晴兄が何を言っているのか、まるで俺には理解できなかった。『醜くて卑しい』とはどういうことなんだろうか。実の親にそう言われたのだろうか。
聞きたいけれど、聞いていいのか分からなかった。
「なぁ、もし俺が我慢できなくなって陽さんと、せ…性交渉を、してたら…どう思う?」
「え…」
晴兄はさらに理解が追いつかないことを言ってきた。
母さんと晴兄が、性交渉?そんなありえないこと言われても想像もできないし、したくもない。
俺は晴兄に何も返せず、黙ったまま考え込んだ。
だけどその沈黙が晴兄は怖かったのだろう。まだ俺は何も答えてないけれど、あたかも俺が答えたかのように晴兄は話し始めた。
「気持ち悪いよな…Domなら誰でもいいのかって、幻滅するよな…醜いくせに卑しいやつだって思うよな…」
「ま、待って、そんなことまでは思わない。確かに『Domなら誰でもいいのか』とは思うかもしれないけど…幻滅とか卑しいとか…それ以前に俺は許せなくて、晴兄を閉じ込めちゃうかも。か、監禁、して、一生、大切なものとして、しまって出さない…」
勢いに任せて言ってしまった俺の醜い部分に俺自身が耐えきれず、俺は晴兄を押し退けそのまま浴槽の外に吐いた。
それは今までの安らかな時間が流れ出ていっているような、そんな悲しい感覚だった。
「吐くほど…そうだよな、俺ってやっぱり気持ち悪いんだ…」
『違う』と、そう言いたくても、なぜか咄嗟には出てこなかった。言いたくないことは出てくるのに、言いたいことはどうしてこんなにも出てこないのだろうか。
それに今は晴兄の話の方が大切だった。なのに俺が中断させたせいで、結局何が言いたかったのか分からないまま流れていってしまう。それだけは絶対ダメな気がする。
俺は離れていこうとする晴兄の腕を掴み、力を振り絞って自分の方へ無理やり引き寄せた。
「イッ…あっ…」
勢いよく引っ張ったことで晴兄は体勢を崩し、顔から湯船に落ちていった。バシャンと水飛沫があがり、たくさんの向日葵の花びらと俺の吐き出したものが流れていく。
「ゲホッゲホッ」
「話して」
「え…」
「話の続き、してよ」
浴槽のふちで項垂れながら、腕の隙間から見える晴兄に目をやった。水面に鼻がつきそうなほど晴兄は俯いている。そんな晴兄を、俺は見下ろす形で俺は見ている。
本当は抱き寄せて『大丈夫』と聞いて、背中を撫でてあげたい。でも今はそれさえもできないほどに、俺たちには見えない壁が一瞬で出来上がってしまっていた。
「俺、父親としてたよ」
「なにを」
「セックス…」
「なにそれ、冗談…実の父親と?」
「いっ…痛い…」
俺は無意識のうちに晴兄の腕を掴む手に力を込めていたようだ。だけど『痛い』と呻く晴兄の声は俺には届かなかった。
腕を握りしめたまま、俺は晴兄に続きを話すよう要求した。
「どうしてそんなことになったの」
「治療費返せって言われて、それで…」
「言われたら誰とでもヤるのかよ」
「しょ、しょうがないだろ…逆らえなかったんだ、Domの言葉は絶対で、嫌だなんて言えなかった」
当時のことを思い出したかのように、晴兄はガタガタと震えていた。だけどそれよりも俺は、自分ではないDomに犯されていたことが許せなくて、沸々と真っ黒なものが心の底から湧き上がってきていた。
「シたのは父親だけ?」
「な、何急に言…あっ、待って…い、痛い」
俺は脅すようにさらに晴兄の腕を強く握った。
痛そうに、辛そうに晴兄が呻くたびに、俺の心を落ち着ける。俯いたままで顔は見えないけれど、こうしている間は俺が支配しているようで心地良かった。
だけどそれも晴兄が喋れば喋るほど、一瞬で消えていった。
「ちゅ、中学の時の友達…8年前の、それから、退院して父さん…しっ…知らない…人…」
「そんなにたくさんの人と…」
8年前のことは、なんとなくそうなのだと思っていた。何をされたのか、晴兄は詳しく話してくれなかったけれど、Subのフェロモンを漂わせた晴兄を前にして、理性を保てるDomなんて早々いないと思っているからだ。だけどそのあとはなんだ。一体どれだけの人と交わってきたんだ。
あまりの衝撃に俺の全身から力が抜けていった。手からは晴兄の腕が抜け落ちた。身体は座っている状態も維持できないほどで、浴槽に預けるようにもたれかかった。
今の俺はどれだけ情けない姿をしているだろうか。
相変わらず晴兄は俯いたままこっちを見てくれない。
話したことを後悔しているからこっちを見てくれないのか?
そもそもなぜ今そんな話をしたんだ?
このペンダントと話にどう関係があるんだ?
言いたいことは山ほどあるのに、整理が追いつかなくて、こういう時に限って勢いに任せて話せない自分に辟易した。
「はぁ…」
あまりのことに追いつけない自分に落胆し、俺は大きなため息を吐いた。
「ごめん、今じゃなかったよな」
そうだよ、今じゃないよ。かと言っていつなら良かったとかはないけど。何に感化されて話そうと思ったのか知らないけど、自分のことでいっぱいいっぱいの俺には到底受け止められない。
でもここで話をやめられるのも、モヤモヤする。聞いてしまったからには全部聞いてしまいたい。
「え、そんな大切なもの、晴兄が持ってなきゃ」
晴兄の言葉に、俺は急いでペンダントを晴兄に返そうとした。だけど晴兄は外そうとチェーンに手をかけた俺の手を握り、ゆっくりと首を横に振った。
「これは陽介が持ってて」
「本当にいいの?辛くない?」
「ふはっ…辛いって、なんだよ…俺はこのCollarが守ってくれるから大丈夫」
『大丈夫』と言ってはいるけど、晴兄の顔は明らかに辛そうだった。それだけ肌身離さず持っていたもので、大切なんだと思わせた。
「無理してるんでしょ?無理に手放さなくてもいいんだよ」
「違うよ。本当、ただ依存してるだけ。これがある限り俺は醜くて卑しいSubのまま」
「それってどういう…」
晴兄が何を言っているのか、まるで俺には理解できなかった。『醜くて卑しい』とはどういうことなんだろうか。実の親にそう言われたのだろうか。
聞きたいけれど、聞いていいのか分からなかった。
「なぁ、もし俺が我慢できなくなって陽さんと、せ…性交渉を、してたら…どう思う?」
「え…」
晴兄はさらに理解が追いつかないことを言ってきた。
母さんと晴兄が、性交渉?そんなありえないこと言われても想像もできないし、したくもない。
俺は晴兄に何も返せず、黙ったまま考え込んだ。
だけどその沈黙が晴兄は怖かったのだろう。まだ俺は何も答えてないけれど、あたかも俺が答えたかのように晴兄は話し始めた。
「気持ち悪いよな…Domなら誰でもいいのかって、幻滅するよな…醜いくせに卑しいやつだって思うよな…」
「ま、待って、そんなことまでは思わない。確かに『Domなら誰でもいいのか』とは思うかもしれないけど…幻滅とか卑しいとか…それ以前に俺は許せなくて、晴兄を閉じ込めちゃうかも。か、監禁、して、一生、大切なものとして、しまって出さない…」
勢いに任せて言ってしまった俺の醜い部分に俺自身が耐えきれず、俺は晴兄を押し退けそのまま浴槽の外に吐いた。
それは今までの安らかな時間が流れ出ていっているような、そんな悲しい感覚だった。
「吐くほど…そうだよな、俺ってやっぱり気持ち悪いんだ…」
『違う』と、そう言いたくても、なぜか咄嗟には出てこなかった。言いたくないことは出てくるのに、言いたいことはどうしてこんなにも出てこないのだろうか。
それに今は晴兄の話の方が大切だった。なのに俺が中断させたせいで、結局何が言いたかったのか分からないまま流れていってしまう。それだけは絶対ダメな気がする。
俺は離れていこうとする晴兄の腕を掴み、力を振り絞って自分の方へ無理やり引き寄せた。
「イッ…あっ…」
勢いよく引っ張ったことで晴兄は体勢を崩し、顔から湯船に落ちていった。バシャンと水飛沫があがり、たくさんの向日葵の花びらと俺の吐き出したものが流れていく。
「ゲホッゲホッ」
「話して」
「え…」
「話の続き、してよ」
浴槽のふちで項垂れながら、腕の隙間から見える晴兄に目をやった。水面に鼻がつきそうなほど晴兄は俯いている。そんな晴兄を、俺は見下ろす形で俺は見ている。
本当は抱き寄せて『大丈夫』と聞いて、背中を撫でてあげたい。でも今はそれさえもできないほどに、俺たちには見えない壁が一瞬で出来上がってしまっていた。
「俺、父親としてたよ」
「なにを」
「セックス…」
「なにそれ、冗談…実の父親と?」
「いっ…痛い…」
俺は無意識のうちに晴兄の腕を掴む手に力を込めていたようだ。だけど『痛い』と呻く晴兄の声は俺には届かなかった。
腕を握りしめたまま、俺は晴兄に続きを話すよう要求した。
「どうしてそんなことになったの」
「治療費返せって言われて、それで…」
「言われたら誰とでもヤるのかよ」
「しょ、しょうがないだろ…逆らえなかったんだ、Domの言葉は絶対で、嫌だなんて言えなかった」
当時のことを思い出したかのように、晴兄はガタガタと震えていた。だけどそれよりも俺は、自分ではないDomに犯されていたことが許せなくて、沸々と真っ黒なものが心の底から湧き上がってきていた。
「シたのは父親だけ?」
「な、何急に言…あっ、待って…い、痛い」
俺は脅すようにさらに晴兄の腕を強く握った。
痛そうに、辛そうに晴兄が呻くたびに、俺の心を落ち着ける。俯いたままで顔は見えないけれど、こうしている間は俺が支配しているようで心地良かった。
だけどそれも晴兄が喋れば喋るほど、一瞬で消えていった。
「ちゅ、中学の時の友達…8年前の、それから、退院して父さん…しっ…知らない…人…」
「そんなにたくさんの人と…」
8年前のことは、なんとなくそうなのだと思っていた。何をされたのか、晴兄は詳しく話してくれなかったけれど、Subのフェロモンを漂わせた晴兄を前にして、理性を保てるDomなんて早々いないと思っているからだ。だけどそのあとはなんだ。一体どれだけの人と交わってきたんだ。
あまりの衝撃に俺の全身から力が抜けていった。手からは晴兄の腕が抜け落ちた。身体は座っている状態も維持できないほどで、浴槽に預けるようにもたれかかった。
今の俺はどれだけ情けない姿をしているだろうか。
相変わらず晴兄は俯いたままこっちを見てくれない。
話したことを後悔しているからこっちを見てくれないのか?
そもそもなぜ今そんな話をしたんだ?
このペンダントと話にどう関係があるんだ?
言いたいことは山ほどあるのに、整理が追いつかなくて、こういう時に限って勢いに任せて話せない自分に辟易した。
「はぁ…」
あまりのことに追いつけない自分に落胆し、俺は大きなため息を吐いた。
「ごめん、今じゃなかったよな」
そうだよ、今じゃないよ。かと言っていつなら良かったとかはないけど。何に感化されて話そうと思ったのか知らないけど、自分のことでいっぱいいっぱいの俺には到底受け止められない。
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