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38、そういうことだったんだ 後編
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晴兄が求める「ごめん」じゃない違う言葉は一体何なのか、教えてくれない以上自分で思い出すしかない。その状況を半強制的に晴兄によって作り出されてしまった。
俺は浴衣を脱ぎ捨て、シャワーを軽く浴び、湯船に浸かった。
気持ちの良いお湯に向日葵の匂いが相待って、さっきまで緊張していた身体がスッと解きほぐされていった。
それと同時に、罪悪感と、動揺と、不安と、色々な感情が一瞬の間に目まぐるしく入れ替わった俺の心も落ち着きを取り戻していった。
ひと時の脱力感と無の状態を経て、俺はようやく晴兄の宿題に着手する。
「さて、晴兄の聞きたい言葉…」
「思い出したか?」
「んー…今から考えるところ…って、えっ?」
湯船で漂いながら呟くと、後ろから晴兄が話しかけてきた。それはまるでずっといたかのような自然な流れで会話になっていて、俺は一瞬気付くのが遅れた。
入ってくる音も、シャワーの音も、近付いてくる気配さえも感じなかった。俺はそれだけ呆けていたのかと思うと、自分自身に驚きを隠せなかった。
そんな唖然とする俺を見て晴兄は呆れたように笑い、小さく息を漏らして俺の隣に座った。
「もう、ずっと何してたんだよ」
「あはは、ぼーっとしてたみたい」
晴兄のその呆れ顔に、何もしていなかったことが申し訳なくなって、でも「ごめん」と言うのは何か違う気がして俺はとりあえず笑った。
本当に俺は何をやっていたんだか。ちゃんと思い出したかったのに、その時間は無くなってしまった。
それでも思い出したい俺は、少しでも時間を伸ばそうと晴兄を見つめた。
「何だよ…」
「湯浴み着の上からタオルも巻いてきたんだ」
落ち着いて見ると、晴兄は湯浴み着だけではなく、バスタオルを肩から掛け、前でしっかりと留めていた。
その姿を目の当たりにして、少しくらいだったら大丈夫だろうと思っていた少し前の俺を殴ってやりたくなった。
少しくらい、そろそろ打ち明けてくれるんじゃないかって、それくらいの関係性はできているだろうって、自惚れていたんだ。
だからしっかりと隠された姿を見て、俺の胸はチクリと小さく痛んだ。
「陽介のこと、信頼してるよ。俺が弱いだけ。頭でわかってても、いざってなると、怖くてたまらないんだ」
そう苦しそうに言う晴兄に、俺の心はズキズキとさらに痛くなった。
違う、そんな顔をさせたかったわけじゃない、どんな形でも一緒にお風呂に入れて良かったって、同じ時間を共有できて良かったって、思ってほしかっただけなんだ。
そう思えば思うほど、胸の痛みは増していき、俺はその痛みを取り除きたくて晴兄に抱きついた。
「晴兄のタイミングでいいんだよ。だからそんな顔しないで」
「ありがと…」
『ありがとう』そう切なそうに呟く声に、俺の身勝手な優しさが自分自身に牙を向くこととなった。
晴兄のためじゃない、自分の心が痛いから、辛いから、自分の過ちに向き合いたくないから、していることだと思い知らされている。そんな気分になった。
そんな重たい空気を断ち切るように、晴兄が俺の頬に冷たいものを当ててきた。
「なんか沈ませちゃってごめんな。こういう時は一旦全部忘れて、深夜の背徳な時間を過ごそう」
そう言って晴兄が見せてきたものはアイスとジュースだった。
俺はそれらを受け取って、晴兄は待ちきれなかった様子でアイスを食べ始めた。その横顔を見て少しホッとした俺も、アイスを食べ始める。
俺たちが話している間にアイスはちょっとだけ溶けていた。だけどそんなドロッとしたアイスが今は甘くて、自分も溶けていくようだった。
「お風呂でアイスなんて、陽さんは許さないだろうな」
「母さんはこういうの、嫌いだからね」
「そういうキッチリしてるところ、俺はすごく尊敬できて好き」
「む、家族に対しての好きだとしても、なんか妬ける…」
「…ふはっ、めんどくさいヤツ。俺の全ては陽介のものだろ」
母さんに対して不毛に妬く俺に対して、晴兄は楽しそうに笑っていた。それからCollarに指をかけて俺の方に向かって引っ張り、嬉しそうに見せびらかしてきた。
晴兄の言う通り、『晴兄は俺のもの』なんだと目に見えるCollarが俺の心の揺らぎを落ちつける。
形のない感情も言葉も、どんなに表現されても不安でたまらなかったのに、たった1つのCollarでこうも落ちつくなんて思ってもみなかった。
だけど今気付いたことがある。このCollarが本当にずっと晴兄の首にあるのか、今度はそれが気になってしょうがない。
多分これが、俺が晴兄を目の届くところに置いておきたいと思った感情の正体だ。詰まる所、どうしたって俺の不安は拭いされないということだ。Collarを着けさせても、言葉で縛っても、俺には無理なんだ。
だったら安心材料を増やしていくまでだった。
「ずっと着けててね」
「当たり前だろ。もう外せないし、返してって言われても返さないから」
「絶対だからね。外したら今度はお尻を叩く以上のことしちゃうかも」
「別に、普通にそれ以上のことしてもいいけど…約束する、外さない」
何を想像したのか知らないけれど、晴兄は顔を赤らめて小指を出してきた。その指に俺も小指を絡めて、俺たちは指切りをする。
その指切りに、俺は晴兄がお仕置きを期待してCollarを外さないことを願った。
晴兄は俺のこの支配欲を子供の我儘と同じのように思っているみたいだけど、本当はもっと醜くて極めて醜悪だ。もしかしたら目の届くところに置けない間は手を縛ってしまうかもしれない。逃げ出さないように足だって縛り付けてしまうかも。
そういう俺を、晴兄はどんなことがあったって信じないんだ。
俺を子供だと侮っているのか、そんなことしないって思い込んでいるのか、それは聞いてみないとわからないけれど、とりあえず晴兄は俺に対して信頼してくれている、と思っている。
俺はそれを裏切る結果にならないか、心配でたまらなかった。
俺は浴衣を脱ぎ捨て、シャワーを軽く浴び、湯船に浸かった。
気持ちの良いお湯に向日葵の匂いが相待って、さっきまで緊張していた身体がスッと解きほぐされていった。
それと同時に、罪悪感と、動揺と、不安と、色々な感情が一瞬の間に目まぐるしく入れ替わった俺の心も落ち着きを取り戻していった。
ひと時の脱力感と無の状態を経て、俺はようやく晴兄の宿題に着手する。
「さて、晴兄の聞きたい言葉…」
「思い出したか?」
「んー…今から考えるところ…って、えっ?」
湯船で漂いながら呟くと、後ろから晴兄が話しかけてきた。それはまるでずっといたかのような自然な流れで会話になっていて、俺は一瞬気付くのが遅れた。
入ってくる音も、シャワーの音も、近付いてくる気配さえも感じなかった。俺はそれだけ呆けていたのかと思うと、自分自身に驚きを隠せなかった。
そんな唖然とする俺を見て晴兄は呆れたように笑い、小さく息を漏らして俺の隣に座った。
「もう、ずっと何してたんだよ」
「あはは、ぼーっとしてたみたい」
晴兄のその呆れ顔に、何もしていなかったことが申し訳なくなって、でも「ごめん」と言うのは何か違う気がして俺はとりあえず笑った。
本当に俺は何をやっていたんだか。ちゃんと思い出したかったのに、その時間は無くなってしまった。
それでも思い出したい俺は、少しでも時間を伸ばそうと晴兄を見つめた。
「何だよ…」
「湯浴み着の上からタオルも巻いてきたんだ」
落ち着いて見ると、晴兄は湯浴み着だけではなく、バスタオルを肩から掛け、前でしっかりと留めていた。
その姿を目の当たりにして、少しくらいだったら大丈夫だろうと思っていた少し前の俺を殴ってやりたくなった。
少しくらい、そろそろ打ち明けてくれるんじゃないかって、それくらいの関係性はできているだろうって、自惚れていたんだ。
だからしっかりと隠された姿を見て、俺の胸はチクリと小さく痛んだ。
「陽介のこと、信頼してるよ。俺が弱いだけ。頭でわかってても、いざってなると、怖くてたまらないんだ」
そう苦しそうに言う晴兄に、俺の心はズキズキとさらに痛くなった。
違う、そんな顔をさせたかったわけじゃない、どんな形でも一緒にお風呂に入れて良かったって、同じ時間を共有できて良かったって、思ってほしかっただけなんだ。
そう思えば思うほど、胸の痛みは増していき、俺はその痛みを取り除きたくて晴兄に抱きついた。
「晴兄のタイミングでいいんだよ。だからそんな顔しないで」
「ありがと…」
『ありがとう』そう切なそうに呟く声に、俺の身勝手な優しさが自分自身に牙を向くこととなった。
晴兄のためじゃない、自分の心が痛いから、辛いから、自分の過ちに向き合いたくないから、していることだと思い知らされている。そんな気分になった。
そんな重たい空気を断ち切るように、晴兄が俺の頬に冷たいものを当ててきた。
「なんか沈ませちゃってごめんな。こういう時は一旦全部忘れて、深夜の背徳な時間を過ごそう」
そう言って晴兄が見せてきたものはアイスとジュースだった。
俺はそれらを受け取って、晴兄は待ちきれなかった様子でアイスを食べ始めた。その横顔を見て少しホッとした俺も、アイスを食べ始める。
俺たちが話している間にアイスはちょっとだけ溶けていた。だけどそんなドロッとしたアイスが今は甘くて、自分も溶けていくようだった。
「お風呂でアイスなんて、陽さんは許さないだろうな」
「母さんはこういうの、嫌いだからね」
「そういうキッチリしてるところ、俺はすごく尊敬できて好き」
「む、家族に対しての好きだとしても、なんか妬ける…」
「…ふはっ、めんどくさいヤツ。俺の全ては陽介のものだろ」
母さんに対して不毛に妬く俺に対して、晴兄は楽しそうに笑っていた。それからCollarに指をかけて俺の方に向かって引っ張り、嬉しそうに見せびらかしてきた。
晴兄の言う通り、『晴兄は俺のもの』なんだと目に見えるCollarが俺の心の揺らぎを落ちつける。
形のない感情も言葉も、どんなに表現されても不安でたまらなかったのに、たった1つのCollarでこうも落ちつくなんて思ってもみなかった。
だけど今気付いたことがある。このCollarが本当にずっと晴兄の首にあるのか、今度はそれが気になってしょうがない。
多分これが、俺が晴兄を目の届くところに置いておきたいと思った感情の正体だ。詰まる所、どうしたって俺の不安は拭いされないということだ。Collarを着けさせても、言葉で縛っても、俺には無理なんだ。
だったら安心材料を増やしていくまでだった。
「ずっと着けててね」
「当たり前だろ。もう外せないし、返してって言われても返さないから」
「絶対だからね。外したら今度はお尻を叩く以上のことしちゃうかも」
「別に、普通にそれ以上のことしてもいいけど…約束する、外さない」
何を想像したのか知らないけれど、晴兄は顔を赤らめて小指を出してきた。その指に俺も小指を絡めて、俺たちは指切りをする。
その指切りに、俺は晴兄がお仕置きを期待してCollarを外さないことを願った。
晴兄は俺のこの支配欲を子供の我儘と同じのように思っているみたいだけど、本当はもっと醜くて極めて醜悪だ。もしかしたら目の届くところに置けない間は手を縛ってしまうかもしれない。逃げ出さないように足だって縛り付けてしまうかも。
そういう俺を、晴兄はどんなことがあったって信じないんだ。
俺を子供だと侮っているのか、そんなことしないって思い込んでいるのか、それは聞いてみないとわからないけれど、とりあえず晴兄は俺に対して信頼してくれている、と思っている。
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