モラトリアムの俺たちはー

木陰みもり

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35、時にはこんな時間も大切なのかも?

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 片時も離れたくない。目の届く場所にいてほしい。視界から消えないで。
 なぜだか分からないけれど、旅行に来てからずっとそんな衝動に駆られている。だけどそんなこと、周りは分からないだろうし、気付くこともないだろう。
 半ば強制的に連れられてきた露天風呂の中で俺は悶々と晴兄のことだけを考えていた。
 屋外の壁に掛けられた時計を眺めては、早く時間が経たないかと思い続けた。目を離して、また見て、長針の進みはこんなにも遅いものだったかと思ってはまた目を背けた。
 同じ時間でも楽しくない時間ほど長く感じるのは不公平だと、理不尽に怒ってもこればかりはどうにもならなかった。
 そんな不貞腐れる俺を見かねた母さんたちが、ある提案をしてきた。

「そんなに楽しくないなら先に出て晴陽くんに何か買っていってあげたら?」
「晴陽くんのことを考えて選んでる時間はあっという間かもよ」
「え、いいの?」

母さんたちは俺が勝手に戻らないように、目の届く場所に置いておきたいのかと、そう思っていた。
 酷いことをすると思っていたけれど、母さんも父さんもそこまで鬼ではなかったようだ。

「そんなぶー垂れた顔でいられたら気分悪いからね」
「ふふ、陽介が楽しめないのは僕たちも悲しいからね、行っておいで」
「ありがとう」

励ましのつもりなのか、母さんは強めに、父さんは優しく、俺の背中を押してくれた。
 それがなんだかくすぐったい気持ちになって、2人の手があった場所が一際温かく感じた。
 その押された勢いのまま、俺は足早に露天風呂から出て、脱衣所に向かった。
 走れないことにもどかしさを覚えながらも、限りなく速く歩いた。それでも気持ちが抑えられず、走ろうと身体を揺らすたびに、晴兄から預かったペンダントが胸に当たった。それはまるで晴兄に止められているような不思議な感覚だった。

「そういえばこのロケットの中身なんだろ」

夏休みに入って急に晴兄が見せてくれたこのロケットペンダント。
 新しく買ったものなのかと聞いたら、昔から持っているものだと晴兄は言っていた。でもこれをもらったものなのか、自分で買ったものなのか、詳しい話は何も教えてくれなかった。
 ただ大切なものなんだと、切なそうに言った晴兄が印象的だった、そんなイメージの強いペンダントだ。
 それを預けてくれたことは素直に信頼してくれているようで嬉しかった。
 俺はこの晴兄の大切なペンダントを握りしめ、また脱衣所に急いだ。
 身体を拭いて、着替えて、髪を乾かして、晴兄のことで頭をいっぱいにして、俺は売店へと走った。
 夕食後に食べる甘いものでも買ってあげよう。食後のデザートはあるだろうけど、晴兄にはきっと足らない量だ。せっかくならどの場面を切り取っても楽しい思い出にしてあげたい。
 そう考えていたらあっという間にフロントの売店に辿り着いた。

「あっ!この温泉プリン美味しそう!このどら焼きもいいな。こっちは卵形のカステラだ。顔まで書いてあって可愛いし、晴兄好きそうだな」

晴兄が食べている姿を想像すると、なんでも美味しそうに見えて、どれも食べさせてあげたくなった。

「そうだ!母さんたちに隠れてこっそりお菓子を食べるのも楽しいかも」

普段なら怒られるようなことも、旅行の中では1つの楽しい思い出にしかなり得ない。内緒で悪いことをして、2人で怒られて、そんなこともあったねって笑い合える、目の前のお菓子がそんな1つのスパイスにしか見えなかった。
 俺は今、失くした少年時代を過ごすかのようにはしゃいでいた。それはまさに修学旅行のような感覚だった。
 たくさんの晴兄に食べさせたいもの、晴兄と一緒に食べたいものを俺はカゴに入れた。
 今日1日では流石に食べられない分のお菓子を支払う頃には夕食の20時が近付いていた。

「本当にあっという間だったな」

晴兄の笑った顔、幸せそうに頬張る顔、思い浮かべただけで、さっきまでの浮かない気持ちがこんなにも心が軽やかになるなんて、我ながら単純だと思う。
 少し気恥ずかしい気持ちよ買い込んだお菓子を両手に抱え、俺は足取り軽く部屋へと戻った。
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