61 / 116
35、時にはこんな時間も大切なのかも?
しおりを挟む
片時も離れたくない。目の届く場所にいてほしい。視界から消えないで。
なぜだか分からないけれど、旅行に来てからずっとそんな衝動に駆られている。だけどそんなこと、周りは分からないだろうし、気付くこともないだろう。
半ば強制的に連れられてきた露天風呂の中で俺は悶々と晴兄のことだけを考えていた。
屋外の壁に掛けられた時計を眺めては、早く時間が経たないかと思い続けた。目を離して、また見て、長針の進みはこんなにも遅いものだったかと思ってはまた目を背けた。
同じ時間でも楽しくない時間ほど長く感じるのは不公平だと、理不尽に怒ってもこればかりはどうにもならなかった。
そんな不貞腐れる俺を見かねた母さんたちが、ある提案をしてきた。
「そんなに楽しくないなら先に出て晴陽くんに何か買っていってあげたら?」
「晴陽くんのことを考えて選んでる時間はあっという間かもよ」
「え、いいの?」
母さんたちは俺が勝手に戻らないように、目の届く場所に置いておきたいのかと、そう思っていた。
酷いことをすると思っていたけれど、母さんも父さんもそこまで鬼ではなかったようだ。
「そんなぶー垂れた顔でいられたら気分悪いからね」
「ふふ、陽介が楽しめないのは僕たちも悲しいからね、行っておいで」
「ありがとう」
励ましのつもりなのか、母さんは強めに、父さんは優しく、俺の背中を押してくれた。
それがなんだかくすぐったい気持ちになって、2人の手があった場所が一際温かく感じた。
その押された勢いのまま、俺は足早に露天風呂から出て、脱衣所に向かった。
走れないことにもどかしさを覚えながらも、限りなく速く歩いた。それでも気持ちが抑えられず、走ろうと身体を揺らすたびに、晴兄から預かったペンダントが胸に当たった。それはまるで晴兄に止められているような不思議な感覚だった。
「そういえばこのロケットの中身なんだろ」
夏休みに入って急に晴兄が見せてくれたこのロケットペンダント。
新しく買ったものなのかと聞いたら、昔から持っているものだと晴兄は言っていた。でもこれをもらったものなのか、自分で買ったものなのか、詳しい話は何も教えてくれなかった。
ただ大切なものなんだと、切なそうに言った晴兄が印象的だった、そんなイメージの強いペンダントだ。
それを預けてくれたことは素直に信頼してくれているようで嬉しかった。
俺はこの晴兄の大切なペンダントを握りしめ、また脱衣所に急いだ。
身体を拭いて、着替えて、髪を乾かして、晴兄のことで頭をいっぱいにして、俺は売店へと走った。
夕食後に食べる甘いものでも買ってあげよう。食後のデザートはあるだろうけど、晴兄にはきっと足らない量だ。せっかくならどの場面を切り取っても楽しい思い出にしてあげたい。
そう考えていたらあっという間にフロントの売店に辿り着いた。
「あっ!この温泉プリン美味しそう!このどら焼きもいいな。こっちは卵形のカステラだ。顔まで書いてあって可愛いし、晴兄好きそうだな」
晴兄が食べている姿を想像すると、なんでも美味しそうに見えて、どれも食べさせてあげたくなった。
「そうだ!母さんたちに隠れてこっそりお菓子を食べるのも楽しいかも」
普段なら怒られるようなことも、旅行の中では1つの楽しい思い出にしかなり得ない。内緒で悪いことをして、2人で怒られて、そんなこともあったねって笑い合える、目の前のお菓子がそんな1つのスパイスにしか見えなかった。
俺は今、失くした少年時代を過ごすかのようにはしゃいでいた。それはまさに修学旅行のような感覚だった。
たくさんの晴兄に食べさせたいもの、晴兄と一緒に食べたいものを俺はカゴに入れた。
今日1日では流石に食べられない分のお菓子を支払う頃には夕食の20時が近付いていた。
「本当にあっという間だったな」
晴兄の笑った顔、幸せそうに頬張る顔、思い浮かべただけで、さっきまでの浮かない気持ちがこんなにも心が軽やかになるなんて、我ながら単純だと思う。
少し気恥ずかしい気持ちよ買い込んだお菓子を両手に抱え、俺は足取り軽く部屋へと戻った。
なぜだか分からないけれど、旅行に来てからずっとそんな衝動に駆られている。だけどそんなこと、周りは分からないだろうし、気付くこともないだろう。
半ば強制的に連れられてきた露天風呂の中で俺は悶々と晴兄のことだけを考えていた。
屋外の壁に掛けられた時計を眺めては、早く時間が経たないかと思い続けた。目を離して、また見て、長針の進みはこんなにも遅いものだったかと思ってはまた目を背けた。
同じ時間でも楽しくない時間ほど長く感じるのは不公平だと、理不尽に怒ってもこればかりはどうにもならなかった。
そんな不貞腐れる俺を見かねた母さんたちが、ある提案をしてきた。
「そんなに楽しくないなら先に出て晴陽くんに何か買っていってあげたら?」
「晴陽くんのことを考えて選んでる時間はあっという間かもよ」
「え、いいの?」
母さんたちは俺が勝手に戻らないように、目の届く場所に置いておきたいのかと、そう思っていた。
酷いことをすると思っていたけれど、母さんも父さんもそこまで鬼ではなかったようだ。
「そんなぶー垂れた顔でいられたら気分悪いからね」
「ふふ、陽介が楽しめないのは僕たちも悲しいからね、行っておいで」
「ありがとう」
励ましのつもりなのか、母さんは強めに、父さんは優しく、俺の背中を押してくれた。
それがなんだかくすぐったい気持ちになって、2人の手があった場所が一際温かく感じた。
その押された勢いのまま、俺は足早に露天風呂から出て、脱衣所に向かった。
走れないことにもどかしさを覚えながらも、限りなく速く歩いた。それでも気持ちが抑えられず、走ろうと身体を揺らすたびに、晴兄から預かったペンダントが胸に当たった。それはまるで晴兄に止められているような不思議な感覚だった。
「そういえばこのロケットの中身なんだろ」
夏休みに入って急に晴兄が見せてくれたこのロケットペンダント。
新しく買ったものなのかと聞いたら、昔から持っているものだと晴兄は言っていた。でもこれをもらったものなのか、自分で買ったものなのか、詳しい話は何も教えてくれなかった。
ただ大切なものなんだと、切なそうに言った晴兄が印象的だった、そんなイメージの強いペンダントだ。
それを預けてくれたことは素直に信頼してくれているようで嬉しかった。
俺はこの晴兄の大切なペンダントを握りしめ、また脱衣所に急いだ。
身体を拭いて、着替えて、髪を乾かして、晴兄のことで頭をいっぱいにして、俺は売店へと走った。
夕食後に食べる甘いものでも買ってあげよう。食後のデザートはあるだろうけど、晴兄にはきっと足らない量だ。せっかくならどの場面を切り取っても楽しい思い出にしてあげたい。
そう考えていたらあっという間にフロントの売店に辿り着いた。
「あっ!この温泉プリン美味しそう!このどら焼きもいいな。こっちは卵形のカステラだ。顔まで書いてあって可愛いし、晴兄好きそうだな」
晴兄が食べている姿を想像すると、なんでも美味しそうに見えて、どれも食べさせてあげたくなった。
「そうだ!母さんたちに隠れてこっそりお菓子を食べるのも楽しいかも」
普段なら怒られるようなことも、旅行の中では1つの楽しい思い出にしかなり得ない。内緒で悪いことをして、2人で怒られて、そんなこともあったねって笑い合える、目の前のお菓子がそんな1つのスパイスにしか見えなかった。
俺は今、失くした少年時代を過ごすかのようにはしゃいでいた。それはまさに修学旅行のような感覚だった。
たくさんの晴兄に食べさせたいもの、晴兄と一緒に食べたいものを俺はカゴに入れた。
今日1日では流石に食べられない分のお菓子を支払う頃には夕食の20時が近付いていた。
「本当にあっという間だったな」
晴兄の笑った顔、幸せそうに頬張る顔、思い浮かべただけで、さっきまでの浮かない気持ちがこんなにも心が軽やかになるなんて、我ながら単純だと思う。
少し気恥ずかしい気持ちよ買い込んだお菓子を両手に抱え、俺は足取り軽く部屋へと戻った。
7
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
何処吹く風に満ちている
夏蜜
BL
和凰高校の一年生である大宮創一は、新聞部に入部してほどなく顧問の平木に魅了される。授業も手に付かない状態が続くなか、気づけばつかみどころのない同級生へも惹かれ始めていた。
お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら
夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。
テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。
Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。
執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる