モラトリアムの俺たちはー

木陰みもり

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32、露天風呂付きの部屋なら

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 かき氷を食べ終わって少し涼んだ俺たちは、朝チェックインした旅館へと戻ってきていた。

「それでは20時頃お食事を運ばせていただきます。大浴場と露天風呂は0時まで小浴場は23時まで、再開はどちらも朝5時からになります。お部屋にある露天ですが、皆様が出かけている間にお掃除させていただきますので、ご了承の方よろしくお願いいたします。それではお食事までごゆっくりお寛ぎくださいませ」

女将さんは一通り説明を終えると、一礼をして部屋を出ていった。

「ねえ、この部屋露天風呂付いてるの?」
「言ってなかったかしら」
「言ってないよ!」

そういう大事なことはちゃんと伝えておいてほしかった。そうしたら晴兄とどうやって一緒に温泉に入るか無駄に考える必要もなかったんだ。
 俺は部屋に露天風呂が付いていることに興奮して、晴兄に思い切り抱きついた。

「晴兄と温泉入れないと思ってたけど、部屋なら気兼ねなく入れるね、晴兄」
「嫌だけど…」
「えぇっ!朝と言ってることが違う」
「一緒に入りたいなんて言ってない」
「解釈の違い、一緒に入りたいって言ってるみたいだった!」

朝、出発前に俺は晴兄に「温泉早く入りたいね」とそう聞いた。その時の晴兄の返しは「俺は入れないから、これを俺だと思って一緒に楽しんでこい」そういうものだった。そしてその時渡されたのが、晴兄が大切なものだと言っていたペンダントだった。
 これを俺は「俺とは一緒に入りたいけど、傷を人目に晒したくないから無理」ということだと解釈した。
 つまりもう晴兄の中で勇気がたまって、俺には全てを見せてもいいって思ってくれたんだと舞い上がっていたのに、実際はどうやら違ったみたいだ。

「期待を裏切って悪いけど、陽介は聖司さんたちと広い露天風呂行ってこいよ。楽しみにしてたんだろ」
「ヤダヤダヤダ!楽しみにしてたのは晴兄と入れると思ったからだもん!」

勘違いから始まったものだったとしても、せっかくの温泉旅行、晴兄と入れずに終わるなんて心残りができてしまう。
 晴兄と過ごして、晴兄は押しに弱いって知っている。だからここは自分の意見を通すために晴兄が首を縦に振るまで俺は押させてもわうことにした。
 晴兄の腰に抱きついて、上目で、晴兄の情に訴えた。

「お願い、お願い、お願い!入って一緒に話したりするだけだから…ね、いいでしょ?」
「そんな駄々こねられても…うーん…」

思った通り晴兄は揺らぎ始めた。押しに弱いのもあるけれど、そろそろ服の下のことも話したいと迷っているのだろう。
 もうあと一押ししたら絶対に晴兄は頷いてくれる、そう確信を持って俺はさらに晴兄に迫ろうとした。だけどあまりにも我儘がすぎたのか、それは母さんたちによってあっけなく止められることとなる。

「悩んでるなら思い切って俺と入ろう?スッキリする――っイッタッ!」

俺が晴兄を押し倒そうとした瞬間、頭部に母さんの拳骨が思い切り降ってきた。

「そこまで!晴陽くん困ってるでしょ。さ、夕食前に汗だけでも流しに行きましょう。聖司さん」
「残念だったね、陽介。ほら行くよ」
「ちょっ、えっ、父さん?え、抜けないんだけどおぉ!」

俺をしっかり掴んだ父さんの力は思った以上に強くて、俺は抜け出せないまま父さんに連れていたかれることになった。

「晴陽くんごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ふふ、夕食まで時間あるから晴陽くんも部屋の露天風呂を楽しんで。私たちは20時ギリギリに帰ってくるから」
「お気遣いありがとうございます」

陽介は聖司さんに半ば強制的に、陽さんは楽しそうに手を振って部屋をあとにした。
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