モラトリアムの俺たちはー

木陰みもり

文字の大きさ
上 下
8 / 116

5、渇望

しおりを挟む
 始業日のあの日、俺はどうやって自分の家に帰ったのか覚えていなかった。ただあの日から妙に身体が鉛のように重く、寝ようと思っても眠れない日々が続いている。気持ち悪さは今まで感じたことのないくらい酷く、固形物を食べるたびに吐き出した。
 最初は晴兄に会いたくなくて、少し体調が悪いことをいいことにズル休みをしたが、今では酷い体調不良で学校に通えなくなってしまった。
 一体何があったのか言わない俺に、親はかなり困惑しただろう。ここまで育ててもらって、親不孝にも程がある。
 それでも、これは神様が与えた罰だと思った。俺が晴兄に酷いことをした罰。だから抑制剤も飲まずに耐え続けた。

「陽介、大丈夫…じゃないわよね…」

部屋で寝ていると、扉越し母さんの声が聞こえた。元気のない声だ。毎朝元気に俺を呼んでくれた頃の声を俺は奪ってしまった。
 ふと一筋の雫がこめかみをつたった気がした。

「言いたくないことなら言わなくていいの。でももし学校に行くのが辛くて体調を崩しているなら、転校もありだと思うわ。時期が時期だから、陽介からは言い辛いかなって思って。母さんたちは陽介が元気になってくれるなら、なんでもするわ。だからね、1人で抱え込まないでほしい」

 扉越しの母さんの声は次第に掠れていった。震えて涙ぐんだ声が、俺の心を締め付けた。
 母さんたちはこんなに思ってくれているのに、俺は何をしているのだろうか。そう思ったらさっきの雫を追うように、涙が溢れてきて止まらなかった。
 そんな暗くなってしまった俺の家に、突然インターホンが鳴り響いた。一体誰が訪ねてきたのだろうか。俺と母さんの一瞬の沈黙が、家中に緊張感をもたらせた。
 母さんも薄々気付いていたんだ。俺がこうなった原因を。晴兄のことを。
 もしかしたら訪ねてきたのが晴兄なんじゃないかと、思ってしまった。
 あんなことがあった後すぐに俺が学校に来なくなったんだ。真面目な晴兄は、俺の人生を狂わせてしまったのではと、悩んでしまったんじゃないか。それに晴兄はクラスの副担だから、訪ねてくるのは自然なことだ。
 母さんが階段を降りて出迎えに行く音が聞こえた。声は聞こえなかったけれど、どうやら家に招いたようだ。しかも階段を登る2人分の足音が聞こえた。登ってくる足音と共に、俺の鼓動もだんだんと早くなっていく。
 母さんが連れてきたのは、まさか晴兄なんじゃないのか。こんな不安定な状態で会ったら、何をするか分からない。今度はもっと酷いことをしてしまうかもしれない。
 会いたくない。そう思う一方で、会いたい、触りたい、俺の手であの綺麗な顔をめちゃくちゃにしたい、そう思ってしまっていた。
 罪悪感と渇望感の両方から責め立てられ、耐えきれなくなった俺は嘔吐してしまった。色んな感情が身体の中で渦巻いていることが、こんなに不快感をもたらせてくるなんて、誰が想像できただろう。
 何時間も、何日も、あの日からずっとこの繰り返しだ。さらには今まさに迫ってきている分からない恐怖が俺を追い込んだ。

「晴兄…俺を信頼して、愛して…」

俺はそう呟いたのか、心で思ったのか、分からなかったけれど、薄れゆく意識の中で、誰かに抱きしめられたような気がした。
 その人はとても温かくて、まるで俺の光だった。その心地良い光に包み込まれて、俺は久々に眠りについた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

何処吹く風に満ちている

夏蜜
BL
和凰高校の一年生である大宮創一は、新聞部に入部してほどなく顧問の平木に魅了される。授業も手に付かない状態が続くなか、気づけばつかみどころのない同級生へも惹かれ始めていた。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...