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5、渇望
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始業日のあの日、俺はどうやって自分の家に帰ったのか覚えていなかった。ただあの日から妙に身体が鉛のように重く、寝ようと思っても眠れない日々が続いている。気持ち悪さは今まで感じたことのないくらい酷く、固形物を食べるたびに吐き出した。
最初は晴兄に会いたくなくて、少し体調が悪いことをいいことにズル休みをしたが、今では酷い体調不良で学校に通えなくなってしまった。
一体何があったのか言わない俺に、親はかなり困惑しただろう。ここまで育ててもらって、親不孝にも程がある。
それでも、これは神様が与えた罰だと思った。俺が晴兄に酷いことをした罰。だから抑制剤も飲まずに耐え続けた。
「陽介、大丈夫…じゃないわよね…」
部屋で寝ていると、扉越し母さんの声が聞こえた。元気のない声だ。毎朝元気に俺を呼んでくれた頃の声を俺は奪ってしまった。
ふと一筋の雫がこめかみをつたった気がした。
「言いたくないことなら言わなくていいの。でももし学校に行くのが辛くて体調を崩しているなら、転校もありだと思うわ。時期が時期だから、陽介からは言い辛いかなって思って。母さんたちは陽介が元気になってくれるなら、なんでもするわ。だからね、1人で抱え込まないでほしい」
扉越しの母さんの声は次第に掠れていった。震えて涙ぐんだ声が、俺の心を締め付けた。
母さんたちはこんなに思ってくれているのに、俺は何をしているのだろうか。そう思ったらさっきの雫を追うように、涙が溢れてきて止まらなかった。
そんな暗くなってしまった俺の家に、突然インターホンが鳴り響いた。一体誰が訪ねてきたのだろうか。俺と母さんの一瞬の沈黙が、家中に緊張感をもたらせた。
母さんも薄々気付いていたんだ。俺がこうなった原因を。晴兄のことを。
もしかしたら訪ねてきたのが晴兄なんじゃないかと、思ってしまった。
あんなことがあった後すぐに俺が学校に来なくなったんだ。真面目な晴兄は、俺の人生を狂わせてしまったのではと、悩んでしまったんじゃないか。それに晴兄はクラスの副担だから、訪ねてくるのは自然なことだ。
母さんが階段を降りて出迎えに行く音が聞こえた。声は聞こえなかったけれど、どうやら家に招いたようだ。しかも階段を登る2人分の足音が聞こえた。登ってくる足音と共に、俺の鼓動もだんだんと早くなっていく。
母さんが連れてきたのは、まさか晴兄なんじゃないのか。こんな不安定な状態で会ったら、何をするか分からない。今度はもっと酷いことをしてしまうかもしれない。
会いたくない。そう思う一方で、会いたい、触りたい、俺の手であの綺麗な顔をめちゃくちゃにしたい、そう思ってしまっていた。
罪悪感と渇望感の両方から責め立てられ、耐えきれなくなった俺は嘔吐してしまった。色んな感情が身体の中で渦巻いていることが、こんなに不快感をもたらせてくるなんて、誰が想像できただろう。
何時間も、何日も、あの日からずっとこの繰り返しだ。さらには今まさに迫ってきている分からない恐怖が俺を追い込んだ。
「晴兄…俺を信頼して、愛して…」
俺はそう呟いたのか、心で思ったのか、分からなかったけれど、薄れゆく意識の中で、誰かに抱きしめられたような気がした。
その人はとても温かくて、まるで俺の光だった。その心地良い光に包み込まれて、俺は久々に眠りについた。
最初は晴兄に会いたくなくて、少し体調が悪いことをいいことにズル休みをしたが、今では酷い体調不良で学校に通えなくなってしまった。
一体何があったのか言わない俺に、親はかなり困惑しただろう。ここまで育ててもらって、親不孝にも程がある。
それでも、これは神様が与えた罰だと思った。俺が晴兄に酷いことをした罰。だから抑制剤も飲まずに耐え続けた。
「陽介、大丈夫…じゃないわよね…」
部屋で寝ていると、扉越し母さんの声が聞こえた。元気のない声だ。毎朝元気に俺を呼んでくれた頃の声を俺は奪ってしまった。
ふと一筋の雫がこめかみをつたった気がした。
「言いたくないことなら言わなくていいの。でももし学校に行くのが辛くて体調を崩しているなら、転校もありだと思うわ。時期が時期だから、陽介からは言い辛いかなって思って。母さんたちは陽介が元気になってくれるなら、なんでもするわ。だからね、1人で抱え込まないでほしい」
扉越しの母さんの声は次第に掠れていった。震えて涙ぐんだ声が、俺の心を締め付けた。
母さんたちはこんなに思ってくれているのに、俺は何をしているのだろうか。そう思ったらさっきの雫を追うように、涙が溢れてきて止まらなかった。
そんな暗くなってしまった俺の家に、突然インターホンが鳴り響いた。一体誰が訪ねてきたのだろうか。俺と母さんの一瞬の沈黙が、家中に緊張感をもたらせた。
母さんも薄々気付いていたんだ。俺がこうなった原因を。晴兄のことを。
もしかしたら訪ねてきたのが晴兄なんじゃないかと、思ってしまった。
あんなことがあった後すぐに俺が学校に来なくなったんだ。真面目な晴兄は、俺の人生を狂わせてしまったのではと、悩んでしまったんじゃないか。それに晴兄はクラスの副担だから、訪ねてくるのは自然なことだ。
母さんが階段を降りて出迎えに行く音が聞こえた。声は聞こえなかったけれど、どうやら家に招いたようだ。しかも階段を登る2人分の足音が聞こえた。登ってくる足音と共に、俺の鼓動もだんだんと早くなっていく。
母さんが連れてきたのは、まさか晴兄なんじゃないのか。こんな不安定な状態で会ったら、何をするか分からない。今度はもっと酷いことをしてしまうかもしれない。
会いたくない。そう思う一方で、会いたい、触りたい、俺の手であの綺麗な顔をめちゃくちゃにしたい、そう思ってしまっていた。
罪悪感と渇望感の両方から責め立てられ、耐えきれなくなった俺は嘔吐してしまった。色んな感情が身体の中で渦巻いていることが、こんなに不快感をもたらせてくるなんて、誰が想像できただろう。
何時間も、何日も、あの日からずっとこの繰り返しだ。さらには今まさに迫ってきている分からない恐怖が俺を追い込んだ。
「晴兄…俺を信頼して、愛して…」
俺はそう呟いたのか、心で思ったのか、分からなかったけれど、薄れゆく意識の中で、誰かに抱きしめられたような気がした。
その人はとても温かくて、まるで俺の光だった。その心地良い光に包み込まれて、俺は久々に眠りについた。
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