39 / 59
第2章
39.差し出がましいようですが
しおりを挟む
「ノア様は、お噂に聞いていた人とは、雰囲気がまったく違いますね」
「えっ? 噂っ?」
あ、そうか。俺は王都では、顔はいいけど性格が悪い奴って思われてるんだ。財産と地位を手に入れるためには手段を選ばない、最低最悪の策士オメガだって噂されてるんだったっけ。
「はい。噂を聞いて、ノア様にお会いすることを実は恐ろしく思っておりました」
やべぇ、俺、恐れられてたんだ……。
「ノア様は、子どもたちにも優しく接してくださってましたよね? 貴重なドラゴンを見せてくださりありがとうございます」
あー、あれ。あれはなんか俺も童心に返っちゃって、子どものころやりたかったドラゴン自慢をしただけなんだけどな。
「それに施しのときも、聖母のような笑顔で皆と触れ合ってくださり、思わず見惚れてしまいました」
まぁ、俺は顔だけはいいし、偽物の笑顔を作るのがうまいだけ。
あれ? でも俺、いつもの『可愛いオメガ顔』してたかな。あのときは純粋に楽しかったけど。
「たくさんの寄付金もありがとうございました。実は子どもたちに文字の読み書きを教える教室を開きたいと思っておりました。ノア様のおかげでそれが実現できそうです。このお金は、そのための資金にさせていただきます」
「素晴らしい。とてもいい案だと思います」
俺は笑顔で頷いてみせる。
ほら。やっぱり世の中金だ。寄付金を奮発したのは間違いじゃなかった。
世の中、金を持ってる奴が重宝がられるんだよ。
「あと、これは、差し出がましいのですが……」
司祭は、あれだけ俺に散々言いたいこと言ったあとに、急にモジモジし始めた。
いやそれ、最初に言う言葉だろ? もう十分差し出がましいよ。
「ノア様はライオネル様のことを愛していらっしゃるのですね」
「はえぇっ!」
俺は驚き過ぎて変な声が出てしまった。
なぜそれを見抜いた!?
俺は夫殺しのオメガって噂されてるのに。
「ノア様は教会の歴史や調度品の話にはまったく耳を傾けてくださいませんでしたが——」
随分とはっきり言うなぁ、この司祭。
「ライオネル様の話をした途端、興味深々に聞いてくださり、それから嬉しそうに微笑まれるんです」
あれ。そうだったのか。
最近寂しすぎて、ライオネルのことになると、いつものポーカーフェイスができなくなってる。
きっとライオネルが俺のそばにいないのが原因だ。
俺は、周囲に残されたライオネルのカケラを必死で集めて、心を保っている状態だ。街でダサい髪型の男を見かけても、ライオネルを思い出すんだから、かなりの重症なんだろうな。
「失礼を承知で申し上げますと、ライオネル様がノア様と結婚されたとき、皆、『ライオネル様は美貌のオメガに騙されている』と嘆いていたんです。顔だけのオメガにライオネル様を取られたと悲しくて悲しくて……」
この司祭、本当に失礼だ。
それをよく本人を目の前にして言えたな、おい。
でも、それこそ当初の目的はそのとおりだから、俺はなんにも言い返せない。
「でも、そうではありませんでした。ノア様は良いかたで、ライオネル様を慕っていらっしゃった。ライオネル様も会話のたびに、ノア様の話ばかりなさっていて、結婚後、見違えるように明るくなりました」
そうだよ。ライオネルはずっとダサい髪型で傷だらけの顔をしていたんだから。結婚後、見違えるようにかっこよくなったんだから。
「あの……すみません」
俺は勇気を振り絞って司祭に訊ねる。
「ライオネルは、俺のこと、なんて言ってましたか? エピソードのひとつだけでもいいので聞かせてください」
本当は、聞くのがちょっとだけ怖い。でも気になる。ライオネルは人に、俺のことをどんなふうに話していたんだろう。
「ライオネル様は、何があっても夜は一緒に寝てくれるところが好きだとおっしゃってましたよ」
「え! まさかの夜の話ィっ?」
おい、ライオネル。司祭にそういう話をあまりするんじゃない!
「一日中会えなかった日も、言い合いしてすれ違っても、ケンカをしても、一緒に寝てくれると大変お喜びになられてました」
「は、はは……そ、そう……」
やばい急に恥ずかしくなってきた。俺たちのあいだには性的なものは何もなかったのに。
「でも、ベッドの上に正座をして待っていたときは、怖いからやめろとノア様に怒られたとおっしゃっておりました」
「そんなことまで話してたのか……」
ライオネルって実は明け透けなタイプなのかな。俺には肝心なことは何ひとつ話してくれなかったくせに、司祭には随分と親密な話までしてたんだな。
でも俺はちょっとだけ嬉しく思う。
ライオネルと眠る夜は、俺にとっても特別な時間だったから、同じことをライオネルも感じてくれていたことを知れてよかった。
触れることはできない。ライオネルが俺に触れてくることもなかった。それでも、ライオネルの無防備な姿を眺めていられるあの時間が大好きだった。
「生きていらっしゃるのに、ノア様に会いに来られないのは、何か事情があるのでしょう」
「はい……」
事情ねぇ……。何があったら嫁をこんなに長いあいだ放っておくかなぁ。
「次にいらっしゃるときは、どうぞライオネル様とおふたりでいらしてください。いつでもお待ちしております」
司祭は俺にまた丁寧に頭を下げた。
意外におしゃべりな司祭のおかげで、少し元気になった。
重要な証拠も掴んだし、俺ならいける。
ヴィクトールに必ず勝ってみせる。
「えっ? 噂っ?」
あ、そうか。俺は王都では、顔はいいけど性格が悪い奴って思われてるんだ。財産と地位を手に入れるためには手段を選ばない、最低最悪の策士オメガだって噂されてるんだったっけ。
「はい。噂を聞いて、ノア様にお会いすることを実は恐ろしく思っておりました」
やべぇ、俺、恐れられてたんだ……。
「ノア様は、子どもたちにも優しく接してくださってましたよね? 貴重なドラゴンを見せてくださりありがとうございます」
あー、あれ。あれはなんか俺も童心に返っちゃって、子どものころやりたかったドラゴン自慢をしただけなんだけどな。
「それに施しのときも、聖母のような笑顔で皆と触れ合ってくださり、思わず見惚れてしまいました」
まぁ、俺は顔だけはいいし、偽物の笑顔を作るのがうまいだけ。
あれ? でも俺、いつもの『可愛いオメガ顔』してたかな。あのときは純粋に楽しかったけど。
「たくさんの寄付金もありがとうございました。実は子どもたちに文字の読み書きを教える教室を開きたいと思っておりました。ノア様のおかげでそれが実現できそうです。このお金は、そのための資金にさせていただきます」
「素晴らしい。とてもいい案だと思います」
俺は笑顔で頷いてみせる。
ほら。やっぱり世の中金だ。寄付金を奮発したのは間違いじゃなかった。
世の中、金を持ってる奴が重宝がられるんだよ。
「あと、これは、差し出がましいのですが……」
司祭は、あれだけ俺に散々言いたいこと言ったあとに、急にモジモジし始めた。
いやそれ、最初に言う言葉だろ? もう十分差し出がましいよ。
「ノア様はライオネル様のことを愛していらっしゃるのですね」
「はえぇっ!」
俺は驚き過ぎて変な声が出てしまった。
なぜそれを見抜いた!?
俺は夫殺しのオメガって噂されてるのに。
「ノア様は教会の歴史や調度品の話にはまったく耳を傾けてくださいませんでしたが——」
随分とはっきり言うなぁ、この司祭。
「ライオネル様の話をした途端、興味深々に聞いてくださり、それから嬉しそうに微笑まれるんです」
あれ。そうだったのか。
最近寂しすぎて、ライオネルのことになると、いつものポーカーフェイスができなくなってる。
きっとライオネルが俺のそばにいないのが原因だ。
俺は、周囲に残されたライオネルのカケラを必死で集めて、心を保っている状態だ。街でダサい髪型の男を見かけても、ライオネルを思い出すんだから、かなりの重症なんだろうな。
「失礼を承知で申し上げますと、ライオネル様がノア様と結婚されたとき、皆、『ライオネル様は美貌のオメガに騙されている』と嘆いていたんです。顔だけのオメガにライオネル様を取られたと悲しくて悲しくて……」
この司祭、本当に失礼だ。
それをよく本人を目の前にして言えたな、おい。
でも、それこそ当初の目的はそのとおりだから、俺はなんにも言い返せない。
「でも、そうではありませんでした。ノア様は良いかたで、ライオネル様を慕っていらっしゃった。ライオネル様も会話のたびに、ノア様の話ばかりなさっていて、結婚後、見違えるように明るくなりました」
そうだよ。ライオネルはずっとダサい髪型で傷だらけの顔をしていたんだから。結婚後、見違えるようにかっこよくなったんだから。
「あの……すみません」
俺は勇気を振り絞って司祭に訊ねる。
「ライオネルは、俺のこと、なんて言ってましたか? エピソードのひとつだけでもいいので聞かせてください」
本当は、聞くのがちょっとだけ怖い。でも気になる。ライオネルは人に、俺のことをどんなふうに話していたんだろう。
「ライオネル様は、何があっても夜は一緒に寝てくれるところが好きだとおっしゃってましたよ」
「え! まさかの夜の話ィっ?」
おい、ライオネル。司祭にそういう話をあまりするんじゃない!
「一日中会えなかった日も、言い合いしてすれ違っても、ケンカをしても、一緒に寝てくれると大変お喜びになられてました」
「は、はは……そ、そう……」
やばい急に恥ずかしくなってきた。俺たちのあいだには性的なものは何もなかったのに。
「でも、ベッドの上に正座をして待っていたときは、怖いからやめろとノア様に怒られたとおっしゃっておりました」
「そんなことまで話してたのか……」
ライオネルって実は明け透けなタイプなのかな。俺には肝心なことは何ひとつ話してくれなかったくせに、司祭には随分と親密な話までしてたんだな。
でも俺はちょっとだけ嬉しく思う。
ライオネルと眠る夜は、俺にとっても特別な時間だったから、同じことをライオネルも感じてくれていたことを知れてよかった。
触れることはできない。ライオネルが俺に触れてくることもなかった。それでも、ライオネルの無防備な姿を眺めていられるあの時間が大好きだった。
「生きていらっしゃるのに、ノア様に会いに来られないのは、何か事情があるのでしょう」
「はい……」
事情ねぇ……。何があったら嫁をこんなに長いあいだ放っておくかなぁ。
「次にいらっしゃるときは、どうぞライオネル様とおふたりでいらしてください。いつでもお待ちしております」
司祭は俺にまた丁寧に頭を下げた。
意外におしゃべりな司祭のおかげで、少し元気になった。
重要な証拠も掴んだし、俺ならいける。
ヴィクトールに必ず勝ってみせる。
770
お気に入りに追加
1,769
あなたにおすすめの小説

初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)


【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた
いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲
捨てられたΩの末路は悲惨だ。
Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。
僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。
いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる