上 下
33 / 59
第2章

33.王都へ

しおりを挟む
「辺境伯代理としてエルドリックを任命する」
「えっ!? 俺がライオネル様の代わりに辺境伯の仕事をするんですかっ?」

 俺がエルドリックを任命したら、エルドリックは大慌てだ。

「無理です、私はそこまでの身分ではありません……」
「エルドリックに足りないものは身分だけだ。大丈夫。他に問題はない」
「それが一番の問題ですよ……」

 エルドリックは情けない声を出しているが、俺の気持ちは変わらない。

「それと、ジャン。ユクレシア卿の領地にいる農民なんだが、あれはなかなか頭が切れる男だ。ユクレシア卿は高齢のため、その仕事をゆくゆくはジャンに任せたい」
「の、農民が、領地を管理する!? いくらなんでもそれは無謀です、ノア様。ユクレシア様の後継ぎには、ローマイヤ男爵が……。この前の税の二重取りの事件も、大いに反省しているようですし……」
「違う。あいつじゃない。今からジャンに仕事を覚えてもらって、ジャンに任せたい」

 ローマイヤは信用できない。あんな男に後を継がせるものか。

「ノア様、やり過ぎですよ……」
「俺に全部を任せたライオネルは普通で、なんで俺はやり過ぎなんだ? エルドリックも俺も子爵令息なのに」

 俺だってもともとは田舎貴族の令息だ。大した身分じゃないのに、ライオネルのおかげでここまでのし上がってきただけのことなのに。

「いいえ。ノア様は公爵夫人であられましたし、今やバーノン公爵家を継ぐ御方です」

 どうしても俺は留守をエルドリックに任せたい。エルドリックはライオネルのそばにいて、ライオネルのことを誰よりもよくわかっているし、仕事に卒がない。

「……エルドリック。俺は王都に行ってくる。陛下に呼ばれているんだ」
「そうですよね。それは存じております。では、ノア様がお戻りになるまでなら、俺が取り仕切ります」

 エルドリックはなんとか覚悟を決めてくれた。エルドリックなら問題なくこなしてくれると思う。




 俺はキールに乗って王都にある中央の城に降り立った。
 俺は国王陛下に会いに、謁見の間を目指しているんだが、中央にいる奴らの俺を見る目は厳しい。
 それもそのはず、俺は、男オメガということを利用して、嫁のくせにライオネルの爵位と財産を奪った、狡猾な悪者扱いだ。
 もともと評判は悪かったんだから、そう思われても仕方がない。それに当初は、噂どおりライオネルからすべてを奪うための政略結婚だった。

 つまり、ここに俺の味方はキール以外、誰ひとりいないってことだ。キールは竜騎士の訓練場に置いてきた。キールは、あの場所にトラウマがあるかと思ったら、それはなかったようで俺は安心した。



 俺は謁見の間の目の前に着く。そこには鉄仮面をつけ、長槍を持った、屈強そうな兵士が左右に立っており、「こちらで少々お待ちください」と止められた。

「久しぶりだな、ノア」

 謁見の間の前で待機していたとき、俺に声をかけてきたのはヴィクトール第二王子だった。
 ヴィクトールとは、辺境の地でのモンスター討伐の日以来だ。

「お久しぶりです、殿下」

 俺はいつもの得意の笑顔を見せる。それを見てヴィクトールは「ライオネルがいなくなってから、ノアは一段と美しくなったんじゃないのか?」と俺に絡んできた。

「そんなことありませんよ。毎日寂しさに打ちひしがれております」

 この言葉は嘘じゃない。いつの間にかライオネルに惹かれていた俺は、今ではライオネルの帰りを心から望んでいる。

「よくそんなセリフが簡単に出てくるな。さすがノアだ」

 ヴィクトールは俺を見てニヤニヤしていたが、俺にスッと耳打ちしてきた。

「ライオネルを崖に突き落としたのは、ノア、お前なのだろう?」
「は……?」

 耳にかかるヴィクトールの吐息が気持ち悪くて、俺は思わず距離を取った。
 俺が明らか嫌がっているのにも関わらず、ヴィクトールは言葉を続ける。

「城ではもっぱらそういう噂が広がっている。『夫殺しのノア』だってな」
「違う……」

 俺が、ライオネルを殺した?
 そんなことあるわけないだろ。

「よかったな。ノアの思いどおりになって。ずっとこの日を待ち望んでいたのだろう?」

 違う。そうじゃない。
 俺はそんなものまったく望んでいなかったことに気づいたんだ。

「おかげで命拾いしたよ。ありがとう、ノア」

 命拾い……?
 何が?

「離婚は? まだか? ノアが一日も早く離婚して、俺のもとに来てくれる日を楽しみにしているよ」

 ヴィクトールに肩を抱かれて、俺は無意識のうちにその手を振り払った。

 これはまだ俺の予感でしかない。
 でも、ヴィクトールの母方の家系は国を創造したメンバーのうちのひとり、『騎士』の家系だ。
 ライオネルが消えて一番恩恵を受けるのは誰か、と俺は勘繰ってしまう。
 ヴィクトールにはある噂がある。
 第一王子を押しのけて、この国の王座を狙っていると。
 いつの世も、第二王子はそのような噂を立てられるものだ。
 でも、もしかしたらヴィクトールは……。
しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

ベータですが、運命の番だと迫られています

モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。 運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。 執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか? ベータがオメガになることはありません。 “運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり ※ムーンライトノベルズでも投稿しております

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

偽りの僕を愛したのは

ぽんた
BL
自分にはもったいないと思えるほどの人と恋人のレイ。 彼はこの国の騎士団長、しかも侯爵家の三男で。 対して自分は親がいない平民。そしてある事情があって彼に隠し事をしていた。 それがバレたら彼のそばには居られなくなってしまう。 隠し事をする自分が卑しくて憎くて仕方ないけれど、彼を愛したからそれを突き通さなければ。 騎士団長✕訳あり平民

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

処理中です...