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第2章
31.呪い
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「これはなんという結果だ!」
「辺境伯様は気が触れたのか!」
「男オメガだからっておかしい。正当な男系の者が継承すべきだ!」
オッサンたちはデッカい独り言を口々に叫び始めた。
はいはい、言われると思ってたよ。俺が女だったらライオネルは嫁に爵位を譲ることはできなかった。それならぜーんぶ自分たちのものになると目論んでいたんだろ。当てが外れたな。
「まぁまぁ、皆さま。俺もこの結果には正直驚きましたが、これはライオネル・バーノンの確固たる意思ですから、従いましょう」
俺が喋った途端に、オッサンたちから厳しい視線が飛んできた。
「いい機会です。人員を整理しましょう。例えばスラーの土地はライオネルに代わり、長らくマイヤー卿が治めていました。継承したのは俺ですが、俺としては今後もマイヤー卿にお願いしたく考えています。いかがかな、マイヤー卿」
すごいぞ俺、ハゲのオッサンの名前がマイヤーだと咄嗟に思い出せた。
「な……っ! それでよいのかっ?」
マイヤー卿は驚いている。俺に地主としての地位と財産を取られると思ってたんだろう。
そんな我が儘な治世なんてやらないよ。俺はなんでも欲しがるバカじゃない。
「はい。マイヤー卿はライオネルの数少ない親戚ですよ? 俺としても信頼を置いております」
その実は、マイヤー卿自身は全然ダメだ。でもこいつの息子が妙に出来がいい。その息子が最近治世に関与するようになり、なかなかいい感じだ。
マイヤー卿はその息子を溺愛しているから、将来的には出来のいい息子が継ぐことになるだろう。
ライオネルはそれまでのあいだ、監視の意味で俺にスラー子爵位を譲ったのかもしれない。
「ありがとうございます、ノア様!」
マイヤー卿は急に手のひら返しで俺に握手を求めてきた。本当わかりやすいな。
「他の方々も、一度面接をさせていただきたい。その上で、必要なところに必要な人材と財を振り分けたいと考えております」
俺が独り占めしないと知ったオッサンたちは、俺の面接案に「よろしくお願いします!」と笑顔になり、早速俺にすり寄ってきた。
うまくやってやるよ。素直なライオネルより捻くれてる俺のほうが、こういうのは向いてると思う。
面接の順番を決め、オッサンたちの人間性や実績をみてやろうと思っていたときだ。
エルドリックが申し訳なさそうに割り込んでくる。
「あの、ノア様にはあとひとつ、重大なことをお伝えしなければならないのですが」
「え?」
「行方不明になり七十五日過ぎると、死亡したときと同じ扱いになりますよね」
「そうだよね」
俺はいまだにライオネルが死んだなんて思っていない。信じられないけれど。
「そうなると、ノア様の意思だけで、ライオネル様と離婚をすることができます」
「離婚っ?」
そうだ。俺はライオネルから爵位を取り上げたあと、離婚する算段だった。
「はい。どうなさいますか?」
「どうって……急に言われても……」
当初の目的は、爵位を手にしたあとライオネルと別れて王都に帰ることだった。
でも今の俺はライオネルと別れたくないと考えている。ライオネルはもうそばにいないのに。
「そうですね。ゆっくりお考えください。ノア様はお若いですから、すぐに再婚できると思います。こんな辺境の場所に縛られる必要はないかと思いますが——」
エルドリックはごく冷静に話していたが、ここで茶色い瞳を伏せ、言葉を詰まらせた。
「ノア様が再婚されたら、ライオネル様は、お寂しいでしょうね……」
俺はどう答えればいいのかわからなかった。
エルドリックは俺とライオネルが一緒にいることを望んでいる気がする。
でも、ライオネルがいないのに俺を未亡人として縛りつけるのは申し訳ないと思っているんだろう。
そうだよな。エルドリックからは、ライオネルに対する信頼と友情のようなものを感じる。
そんな大切な相手が、俺みたいな奴に爵位を奪われ離婚されるところを見たくないだろう。
「すみません、そんなことはありませんね。ライオネル様はもうこの世にいらっしゃらないんですから。言葉を間違えました。申し訳ございません」
エルドリックはサッと深く頭を下げて、「失礼いたします!」と立ち去っていった。
「ノア様」
俺とエルドリックのやり取りを聞いていたのは、ハゲのオッサン……マイヤー卿だ。
「大丈夫です。ライオネル様は、後悔なさってないと思いますよ」
「後悔……?」
「ノア様と結婚なさったとき、ライオネル様は『人生の最後に大きな幸せが訪れた』と私におっしゃられました」
「人生の、最後……っ?」
俺にはまったく話の筋がわからない。
それじゃまるでライオネルは、俺と結婚したときにはすでに、自分が死ぬのを予見していたみたいじゃないか。
ふと俺はライオネルの言葉を思い出す。
——離れようとしても、離れられないのが運命の番なのかもしれない。
——ノアのことは俺が必ず幸せにする。俺と結婚したことを後悔させたりしない。
——だから、今は可愛いノアをたくさん見ていたい。俺のこの意味のない人生に、そのくらいの華があってもいいだろう。俺だって必死で生きているんだから。
あのとき、ライオネルとふたりで馬に乗っていたとき、ライオネルは『意味のない人生』と言っていた。
ライオネルには予知能力があって、自分の寿命が見えていたのか!?
「あれ? ノア様はライオネル様の身体のアザのことをご存知ないのですか?」
「身体のアザ……」
「よ、夜を共になさっていると思っておりましたので、ライオネル様の裸の姿は知っていらっしゃるのでは……?」
やばい。見たことないなんて言ったら、ライオネルと仮面夫夫だったことがバレる!
だよなぁ!? 夫夫だったらお互いの裸は見てるって思うよなぁ。
「ああ。ライオネルのあのアザのことか。それがどうした?」
俺は咄嗟に知ったかぶりをする。
「どうしたじゃありませんよ、あれを見てもノア様はなんとも思われたかったのですか?」
やばい。マイヤー卿が不審がっている。
そんなに特徴的なアザがライオネルの身体にあったのか。
「辺境伯様は気が触れたのか!」
「男オメガだからっておかしい。正当な男系の者が継承すべきだ!」
オッサンたちはデッカい独り言を口々に叫び始めた。
はいはい、言われると思ってたよ。俺が女だったらライオネルは嫁に爵位を譲ることはできなかった。それならぜーんぶ自分たちのものになると目論んでいたんだろ。当てが外れたな。
「まぁまぁ、皆さま。俺もこの結果には正直驚きましたが、これはライオネル・バーノンの確固たる意思ですから、従いましょう」
俺が喋った途端に、オッサンたちから厳しい視線が飛んできた。
「いい機会です。人員を整理しましょう。例えばスラーの土地はライオネルに代わり、長らくマイヤー卿が治めていました。継承したのは俺ですが、俺としては今後もマイヤー卿にお願いしたく考えています。いかがかな、マイヤー卿」
すごいぞ俺、ハゲのオッサンの名前がマイヤーだと咄嗟に思い出せた。
「な……っ! それでよいのかっ?」
マイヤー卿は驚いている。俺に地主としての地位と財産を取られると思ってたんだろう。
そんな我が儘な治世なんてやらないよ。俺はなんでも欲しがるバカじゃない。
「はい。マイヤー卿はライオネルの数少ない親戚ですよ? 俺としても信頼を置いております」
その実は、マイヤー卿自身は全然ダメだ。でもこいつの息子が妙に出来がいい。その息子が最近治世に関与するようになり、なかなかいい感じだ。
マイヤー卿はその息子を溺愛しているから、将来的には出来のいい息子が継ぐことになるだろう。
ライオネルはそれまでのあいだ、監視の意味で俺にスラー子爵位を譲ったのかもしれない。
「ありがとうございます、ノア様!」
マイヤー卿は急に手のひら返しで俺に握手を求めてきた。本当わかりやすいな。
「他の方々も、一度面接をさせていただきたい。その上で、必要なところに必要な人材と財を振り分けたいと考えております」
俺が独り占めしないと知ったオッサンたちは、俺の面接案に「よろしくお願いします!」と笑顔になり、早速俺にすり寄ってきた。
うまくやってやるよ。素直なライオネルより捻くれてる俺のほうが、こういうのは向いてると思う。
面接の順番を決め、オッサンたちの人間性や実績をみてやろうと思っていたときだ。
エルドリックが申し訳なさそうに割り込んでくる。
「あの、ノア様にはあとひとつ、重大なことをお伝えしなければならないのですが」
「え?」
「行方不明になり七十五日過ぎると、死亡したときと同じ扱いになりますよね」
「そうだよね」
俺はいまだにライオネルが死んだなんて思っていない。信じられないけれど。
「そうなると、ノア様の意思だけで、ライオネル様と離婚をすることができます」
「離婚っ?」
そうだ。俺はライオネルから爵位を取り上げたあと、離婚する算段だった。
「はい。どうなさいますか?」
「どうって……急に言われても……」
当初の目的は、爵位を手にしたあとライオネルと別れて王都に帰ることだった。
でも今の俺はライオネルと別れたくないと考えている。ライオネルはもうそばにいないのに。
「そうですね。ゆっくりお考えください。ノア様はお若いですから、すぐに再婚できると思います。こんな辺境の場所に縛られる必要はないかと思いますが——」
エルドリックはごく冷静に話していたが、ここで茶色い瞳を伏せ、言葉を詰まらせた。
「ノア様が再婚されたら、ライオネル様は、お寂しいでしょうね……」
俺はどう答えればいいのかわからなかった。
エルドリックは俺とライオネルが一緒にいることを望んでいる気がする。
でも、ライオネルがいないのに俺を未亡人として縛りつけるのは申し訳ないと思っているんだろう。
そうだよな。エルドリックからは、ライオネルに対する信頼と友情のようなものを感じる。
そんな大切な相手が、俺みたいな奴に爵位を奪われ離婚されるところを見たくないだろう。
「すみません、そんなことはありませんね。ライオネル様はもうこの世にいらっしゃらないんですから。言葉を間違えました。申し訳ございません」
エルドリックはサッと深く頭を下げて、「失礼いたします!」と立ち去っていった。
「ノア様」
俺とエルドリックのやり取りを聞いていたのは、ハゲのオッサン……マイヤー卿だ。
「大丈夫です。ライオネル様は、後悔なさってないと思いますよ」
「後悔……?」
「ノア様と結婚なさったとき、ライオネル様は『人生の最後に大きな幸せが訪れた』と私におっしゃられました」
「人生の、最後……っ?」
俺にはまったく話の筋がわからない。
それじゃまるでライオネルは、俺と結婚したときにはすでに、自分が死ぬのを予見していたみたいじゃないか。
ふと俺はライオネルの言葉を思い出す。
——離れようとしても、離れられないのが運命の番なのかもしれない。
——ノアのことは俺が必ず幸せにする。俺と結婚したことを後悔させたりしない。
——だから、今は可愛いノアをたくさん見ていたい。俺のこの意味のない人生に、そのくらいの華があってもいいだろう。俺だって必死で生きているんだから。
あのとき、ライオネルとふたりで馬に乗っていたとき、ライオネルは『意味のない人生』と言っていた。
ライオネルには予知能力があって、自分の寿命が見えていたのか!?
「あれ? ノア様はライオネル様の身体のアザのことをご存知ないのですか?」
「身体のアザ……」
「よ、夜を共になさっていると思っておりましたので、ライオネル様の裸の姿は知っていらっしゃるのでは……?」
やばい。見たことないなんて言ったら、ライオネルと仮面夫夫だったことがバレる!
だよなぁ!? 夫夫だったらお互いの裸は見てるって思うよなぁ。
「ああ。ライオネルのあのアザのことか。それがどうした?」
俺は咄嗟に知ったかぶりをする。
「どうしたじゃありませんよ、あれを見てもノア様はなんとも思われたかったのですか?」
やばい。マイヤー卿が不審がっている。
そんなに特徴的なアザがライオネルの身体にあったのか。
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