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第2章
29.七十五日
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モンスターが暴れ出した原因はキールの出現だった。
戦闘のときは気がつかなかったが、キールは翼に怪我を負っていた。傷の具合から察するに、キールはドラゴン種と戦ったようだった。その詳細までは俺にはわからない。
ドラゴンとドラゴンの戦いのせいで、森の秩序は荒れ、結果的に町にモンスターが現れることになった。それに反撃した人間たちとのあいだにも戦いが起き、それが過熱して、今回の事件が起こったらしい。
キールは俺が城で面倒を見ることになった。森には置いておけないし、なによりキールが俺から離れようとしなかった。城の隅っこ、薬草園の奥に、キールを飼うための場所を確保してもらって、俺は足繫くキールに会いに行った。
今回の騒動は俺が収めたことになっていた。原因になっていたホワイトドラゴンをなだめ、仲間に引き入れ、そのドラゴンを操ってモンスターをほぼほぼ倒して選抜隊を守ったというふうに、話に尾ひれ背びれがついて、伝説みたいに噂が広がっていった。
さすがノア様!
なんて言われても俺は全然嬉しくなかった。
選抜隊は大方みんな無事で帰ってきたが、全員じゃない。戦いの中で数名、命を落とした者がいた。
そのうちのひとりが、ライオネルだ。
仲間を助けるために森の奥に入っていったライオネルは、文字通り『帰らぬ人』になった。
ライオネルの死体は見つかっていない。だから俺はまだ信じてはいないんだけど、一緒にいたエルドリックの話だと、ライオネルは相当な高さの崖から落下していったらしい。
エルドリックはライオネルの姿を探そうとしたが、夜で暗くて崖の下をしっかりと確認することはできなかったそうだ。翌日、ライオネル捜索隊が結成され、周辺を探してもライオネルは見つからなかった。
「ライオネル様は、このハンカチーフを常に持ち歩いておりまして。これが風に舞い、慌てて取り戻そうとして過って足を踏み外してしまったんです」
エルドリックはそんなことを言って、俺に白いハンカチーフを手渡してきた。
それは俺がライオネルに贈ったものだった。安物の、どこの誰かもわからない人が刺しゅうをした、なんの価値もないハンカチーフだ。
ライオネルはそれを俺からもらって、バカみたいに喜んでいた。あのとき「肌身離さず持つ。一生大切にする」と言っていたが、まさかそれを有言実行しているなんて俺は知らなかった。
こんなもののために死ぬなんてありえない。
早々にライオネルに教えてやればよかった。それは安物で、刺しゅうをしたのも俺じゃないって。王都の市場に行けば同じものを銅貨一枚でいくらでも買えるって。
そんな悶々とした日々を過ごすこと七十五日。俺は、キールの世話をしながら、辺境の城で毎日ライオネルの帰りを信じて待っていた。
今日も俺はキールの世話をする。
俺はキールにバスケットいっぱいのエサをやりながら、キールに話しかける。
最近の俺の話し相手はキールだ。キールだけには、本音を話すことができるから。
「本当に悲しいときって泣けないものなのかな……それとも俺は薄情者なのかな……」
俺はライオネルがいなくなってから、一度しか泣いていない。
最初にライオネルの悲しい知らせを聞いたとき、俺は泣いた。でもその一度きりで、翌日からは悲しくても涙は出ない。
ライオネルの死が信じられなかったんだ。ライオネルはどこかで生きていて、いつか俺のもとに現れると信じてやまなかった。そのせいで泣けなかったのかもしれない。
「俺、ライオネルが好きなんだ」
俺はキールの体に抱きつき、そのザラザラした皮膚に頬を寄せた。
「子どものころから好きだった。ライオネルはいいお兄ちゃんって感じでさ、強くて優しくて、俺の憧れだった」
キールはクウと小さく鳴いた。それが、まるで俺の言葉に反応してくれたみたいだった。
「それから十年ぶりにライオネルに会ったんだけど、騙して全部奪ってやるって思ってたんだけど、ライオネルはいい奴で、こんな俺にも優しくて……まぁ、ライオネルはみんなに優しいだけかもしれないけど」
俺にはライオネルの気持ちがわからない。最初は俺を好きでいてくれたように思う。でも一緒にいるうちに俺の本性に気がついて、ライオネルは俺を嫌いになったんじゃないかな。
「子供のころは振られたけどさ、今、俺がもう一度『好きだ』ってライオネルに告白したら、なんて言われると思う?」
散々俺を騙しておいて、今さら好きになっただと? なんて呆れられるかな。
それともライオネルの世継ぎを産んだら許してくれるかな。
ああ。俺じゃなくてもいいのか、ライオネルは。側室を迎えることに前向きだったもんな。
「どうしたら好きな人に好きになってもらえるの?」
俺にはわからない。この捻くれた性格が邪魔をして、俺は誰からも愛されない。
俺はモテモテだったけど、それは全部、俺の容姿のせいだ。俺の中身を知って、それでも俺がいいなんて言ってくれる人はいない。俺の性格を知ってる奴は、みんな俺のことを「悪役」「悪魔」などと呼ぶ。
「会いたい……」
嘘でもいいから、今すぐにライオネルに抱きしめてほしい。いつかのときみたいに、寒いと言えば、優しいライオネルは見捨てたりしないだろうから。
「好きだよライオネル……」
俺はキールにしがみつく。
キールが帰ってきてくれてよかった。キールがいなかったら、俺は本当のひとりになっていた。
今の俺には、キールの存在が大きな支えだった。
戦闘のときは気がつかなかったが、キールは翼に怪我を負っていた。傷の具合から察するに、キールはドラゴン種と戦ったようだった。その詳細までは俺にはわからない。
ドラゴンとドラゴンの戦いのせいで、森の秩序は荒れ、結果的に町にモンスターが現れることになった。それに反撃した人間たちとのあいだにも戦いが起き、それが過熱して、今回の事件が起こったらしい。
キールは俺が城で面倒を見ることになった。森には置いておけないし、なによりキールが俺から離れようとしなかった。城の隅っこ、薬草園の奥に、キールを飼うための場所を確保してもらって、俺は足繫くキールに会いに行った。
今回の騒動は俺が収めたことになっていた。原因になっていたホワイトドラゴンをなだめ、仲間に引き入れ、そのドラゴンを操ってモンスターをほぼほぼ倒して選抜隊を守ったというふうに、話に尾ひれ背びれがついて、伝説みたいに噂が広がっていった。
さすがノア様!
なんて言われても俺は全然嬉しくなかった。
選抜隊は大方みんな無事で帰ってきたが、全員じゃない。戦いの中で数名、命を落とした者がいた。
そのうちのひとりが、ライオネルだ。
仲間を助けるために森の奥に入っていったライオネルは、文字通り『帰らぬ人』になった。
ライオネルの死体は見つかっていない。だから俺はまだ信じてはいないんだけど、一緒にいたエルドリックの話だと、ライオネルは相当な高さの崖から落下していったらしい。
エルドリックはライオネルの姿を探そうとしたが、夜で暗くて崖の下をしっかりと確認することはできなかったそうだ。翌日、ライオネル捜索隊が結成され、周辺を探してもライオネルは見つからなかった。
「ライオネル様は、このハンカチーフを常に持ち歩いておりまして。これが風に舞い、慌てて取り戻そうとして過って足を踏み外してしまったんです」
エルドリックはそんなことを言って、俺に白いハンカチーフを手渡してきた。
それは俺がライオネルに贈ったものだった。安物の、どこの誰かもわからない人が刺しゅうをした、なんの価値もないハンカチーフだ。
ライオネルはそれを俺からもらって、バカみたいに喜んでいた。あのとき「肌身離さず持つ。一生大切にする」と言っていたが、まさかそれを有言実行しているなんて俺は知らなかった。
こんなもののために死ぬなんてありえない。
早々にライオネルに教えてやればよかった。それは安物で、刺しゅうをしたのも俺じゃないって。王都の市場に行けば同じものを銅貨一枚でいくらでも買えるって。
そんな悶々とした日々を過ごすこと七十五日。俺は、キールの世話をしながら、辺境の城で毎日ライオネルの帰りを信じて待っていた。
今日も俺はキールの世話をする。
俺はキールにバスケットいっぱいのエサをやりながら、キールに話しかける。
最近の俺の話し相手はキールだ。キールだけには、本音を話すことができるから。
「本当に悲しいときって泣けないものなのかな……それとも俺は薄情者なのかな……」
俺はライオネルがいなくなってから、一度しか泣いていない。
最初にライオネルの悲しい知らせを聞いたとき、俺は泣いた。でもその一度きりで、翌日からは悲しくても涙は出ない。
ライオネルの死が信じられなかったんだ。ライオネルはどこかで生きていて、いつか俺のもとに現れると信じてやまなかった。そのせいで泣けなかったのかもしれない。
「俺、ライオネルが好きなんだ」
俺はキールの体に抱きつき、そのザラザラした皮膚に頬を寄せた。
「子どものころから好きだった。ライオネルはいいお兄ちゃんって感じでさ、強くて優しくて、俺の憧れだった」
キールはクウと小さく鳴いた。それが、まるで俺の言葉に反応してくれたみたいだった。
「それから十年ぶりにライオネルに会ったんだけど、騙して全部奪ってやるって思ってたんだけど、ライオネルはいい奴で、こんな俺にも優しくて……まぁ、ライオネルはみんなに優しいだけかもしれないけど」
俺にはライオネルの気持ちがわからない。最初は俺を好きでいてくれたように思う。でも一緒にいるうちに俺の本性に気がついて、ライオネルは俺を嫌いになったんじゃないかな。
「子供のころは振られたけどさ、今、俺がもう一度『好きだ』ってライオネルに告白したら、なんて言われると思う?」
散々俺を騙しておいて、今さら好きになっただと? なんて呆れられるかな。
それともライオネルの世継ぎを産んだら許してくれるかな。
ああ。俺じゃなくてもいいのか、ライオネルは。側室を迎えることに前向きだったもんな。
「どうしたら好きな人に好きになってもらえるの?」
俺にはわからない。この捻くれた性格が邪魔をして、俺は誰からも愛されない。
俺はモテモテだったけど、それは全部、俺の容姿のせいだ。俺の中身を知って、それでも俺がいいなんて言ってくれる人はいない。俺の性格を知ってる奴は、みんな俺のことを「悪役」「悪魔」などと呼ぶ。
「会いたい……」
嘘でもいいから、今すぐにライオネルに抱きしめてほしい。いつかのときみたいに、寒いと言えば、優しいライオネルは見捨てたりしないだろうから。
「好きだよライオネル……」
俺はキールにしがみつく。
キールが帰ってきてくれてよかった。キールがいなかったら、俺は本当のひとりになっていた。
今の俺には、キールの存在が大きな支えだった。
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