26 / 59
第1章
26.求婚の手紙
しおりを挟む
「ライオネル様、失礼いたします。フォルネウス様の魔術部隊から治療のための魔術師を連れてまいりました」
エルドリックに促され、野営のための簡易テントの中に入る。ちなみにこの部隊にテントは三つしかない。ライオネル専用とフォルネウス専用、救護のためのテントの三つで、下っ端魔術師の俺は、その辺で雑魚寝をする運命だ。
「大丈夫だと言ったのに」
ライオネルは呆れたようにため息をついた。なるほど、魔術師を呼んだのはエルドリックのおせっかいだったというわけか。
「そうおっしゃらずに。ライオネル様は無事に任務を終えて、城に戻らなければなりません。ひとり身だった以前とは話が違います。ノア様がライオネル様のことを待っていらっしゃいますよ」
「ノアが俺のことを待っているわけがないだろう」
ライオネルは大きな溜め息をついた。
俺は顔を上げることはできない。だからライオネルの表情を確認することも叶わない。
とにかく俺は、空気みたいな存在のモブ魔術師になりきらなきゃ。俺は無言で座っているライオネルの足元にしゃがんで、足の怪我の治療をする。
「そんなことありません。嫌ならライオネル様と結婚なんてしませんよ。ノア様は引く手数多の美人オメガですよ?」
エルドリック、よくわかっているな。俺は確かにモテモテで引く手数多だったんだと、俺はライオネルに治癒魔法をかけながら密かに思う。
「……その点に関しては、エルドリックに感謝している。お前のおかげで俺は結婚できた」
ん?
どういうことだろう。
「求婚の手紙を全部で十通も出したんですよ? 本当に大変でした。そのうち返事を返してくれたのは四名、結婚を承諾してくれたのは一名! 俺の書いた手紙の出来は、なかなかよかったんじゃないですか?」
え……?
ライオネルから届いた求婚の手紙は、エルドリックが書いたものなのか……?
しかも、手当たり次第に十人に送ったもの? 俺だけじゃなくて?
「あのときは俺の刻印を勝手に使って、とんでもないことをしてくれたと思ったが、結果的にはよかった」
「ええ。だってライオネル様は二十九歳ですよ? これはもう俺が動かないと、一生誰とも結婚しないんじゃないかって焦りました。バーノン司教の血筋を絶やしてはなりません。ライオネル様には、なんとしても世継ぎを!」
ふたりの会話を聞いていて、俺は惨めな気持ちになる。
ライオネルから求婚の手紙が届いたとき、おかしいなと思った。俺とあった過去を忘れて、求婚してきたのかと思った。
まぁ、理由はどうであれ、ライオネルは俺と結婚したいと思ってるんだなと信じていた。
でも、本当は違ったんだ。
ライオネルは俺と結婚したいだなんて思ってもいなかった。
求婚の手紙を出したのはエルドリックで、他の九人がライオネルの求婚を断る中、俺はそれを鵜呑みにして結婚の承諾をしたバカな奴だった。
十人のうち、誰かひとりでも引っかかればいいと思ってエルドリックは手紙を出したのだろう。それで、俺だけがライオネルとの結婚を受け入れた。だからライオネルは俺と結婚しただけだ。
十人のうち、誰が嫁に来ても、ライオネルは優しくしたんじゃないだろうか。
ライオネルは元来、優しい奴だ。自分のところに嫁いできた相手に、厳しく接する姿なんて想像つかない。誰にでも「一生大切にする」と言って、気遣って、愛を注いで、夜は抱き合って眠ったんじゃないだろうか。
世継ぎを産める嫁が来てくれさえすれば、ライオネルは誰でもよかったのだ。
俺のことなど大して興味はない。
俺が離婚を突きつけても、ライオネルはあっさり受け入れるだろう。そしてまた次の嫁を探すだけのこと。きっと、俺を追いかけたりしない。
それでも計画に問題はない。俺の目的は達成するのに、どうしてこんなに胸が痛くなるんだろう。
俺は、ライオネルに愛されたかった……?
どうして?
俺がライオネルと結婚したのは政略結婚だ。好きだからじゃない。
財産と地位を巻き上げたあと、どうせ離婚するんだから、ライオネルの気持ちなんてどうでもいいはずだ。
なのに、ライオネルが俺に興味がなかったことを知って傷ついている。
これ、多分、俺はライオネルのことを——。
「エルドリック、俺に世継ぎは無理だ」
弱気なことを言うライオネルを、エルドリックが「いいえ、できます」と励ます。
「ライオネル様。なにもノア様と別れる必要はありません。側室を迎える、という方法もあります。ライオネル様が、女除けのためのクソダサい髪とひどい容姿をやめてから、ライオネル様の人気は爆上がりです。今なら側室のひとりやふたり、すぐにできますよ」
え! あのダサくて不潔感満載の格好は、わざとだったのかよ!
なんで!? 嫁が欲しかったんじゃないのっ?
「側室か……」
ライオネルはまた大きなため息をつく。
「……考えておく」
「えっ? は、はい。懸命なご判断だと思います。候補者リストを作成しておきますね」
ライオネルが側室!?
俺以外のオメガとライオネルが寝るってこと!?
ダメだ。想像しただけで泣きそうになる。
どうしよう、ライオネルが側室オメガと番ったりしたら。
ライオネルが取られる。ライオネルがもう俺を見てくれなくなる。
ライオネル、ライオネル、ライオネル……。
「フォルネウスの魔術師、ライオネル様の治療はもうよい。貴殿にはもうひとり治療を頼みたい兵士がいるのだが、よろしいか?」
エルドリックに言われて、俺は頷き、ひっそりと立ち上がる。
ライオネルの顔もエルドリックの顔も見ない。俺はフードと布で顔をできるだけ隠して、静かにライオネルのテントから出て行った。
エルドリックに促され、野営のための簡易テントの中に入る。ちなみにこの部隊にテントは三つしかない。ライオネル専用とフォルネウス専用、救護のためのテントの三つで、下っ端魔術師の俺は、その辺で雑魚寝をする運命だ。
「大丈夫だと言ったのに」
ライオネルは呆れたようにため息をついた。なるほど、魔術師を呼んだのはエルドリックのおせっかいだったというわけか。
「そうおっしゃらずに。ライオネル様は無事に任務を終えて、城に戻らなければなりません。ひとり身だった以前とは話が違います。ノア様がライオネル様のことを待っていらっしゃいますよ」
「ノアが俺のことを待っているわけがないだろう」
ライオネルは大きな溜め息をついた。
俺は顔を上げることはできない。だからライオネルの表情を確認することも叶わない。
とにかく俺は、空気みたいな存在のモブ魔術師になりきらなきゃ。俺は無言で座っているライオネルの足元にしゃがんで、足の怪我の治療をする。
「そんなことありません。嫌ならライオネル様と結婚なんてしませんよ。ノア様は引く手数多の美人オメガですよ?」
エルドリック、よくわかっているな。俺は確かにモテモテで引く手数多だったんだと、俺はライオネルに治癒魔法をかけながら密かに思う。
「……その点に関しては、エルドリックに感謝している。お前のおかげで俺は結婚できた」
ん?
どういうことだろう。
「求婚の手紙を全部で十通も出したんですよ? 本当に大変でした。そのうち返事を返してくれたのは四名、結婚を承諾してくれたのは一名! 俺の書いた手紙の出来は、なかなかよかったんじゃないですか?」
え……?
ライオネルから届いた求婚の手紙は、エルドリックが書いたものなのか……?
しかも、手当たり次第に十人に送ったもの? 俺だけじゃなくて?
「あのときは俺の刻印を勝手に使って、とんでもないことをしてくれたと思ったが、結果的にはよかった」
「ええ。だってライオネル様は二十九歳ですよ? これはもう俺が動かないと、一生誰とも結婚しないんじゃないかって焦りました。バーノン司教の血筋を絶やしてはなりません。ライオネル様には、なんとしても世継ぎを!」
ふたりの会話を聞いていて、俺は惨めな気持ちになる。
ライオネルから求婚の手紙が届いたとき、おかしいなと思った。俺とあった過去を忘れて、求婚してきたのかと思った。
まぁ、理由はどうであれ、ライオネルは俺と結婚したいと思ってるんだなと信じていた。
でも、本当は違ったんだ。
ライオネルは俺と結婚したいだなんて思ってもいなかった。
求婚の手紙を出したのはエルドリックで、他の九人がライオネルの求婚を断る中、俺はそれを鵜呑みにして結婚の承諾をしたバカな奴だった。
十人のうち、誰かひとりでも引っかかればいいと思ってエルドリックは手紙を出したのだろう。それで、俺だけがライオネルとの結婚を受け入れた。だからライオネルは俺と結婚しただけだ。
十人のうち、誰が嫁に来ても、ライオネルは優しくしたんじゃないだろうか。
ライオネルは元来、優しい奴だ。自分のところに嫁いできた相手に、厳しく接する姿なんて想像つかない。誰にでも「一生大切にする」と言って、気遣って、愛を注いで、夜は抱き合って眠ったんじゃないだろうか。
世継ぎを産める嫁が来てくれさえすれば、ライオネルは誰でもよかったのだ。
俺のことなど大して興味はない。
俺が離婚を突きつけても、ライオネルはあっさり受け入れるだろう。そしてまた次の嫁を探すだけのこと。きっと、俺を追いかけたりしない。
それでも計画に問題はない。俺の目的は達成するのに、どうしてこんなに胸が痛くなるんだろう。
俺は、ライオネルに愛されたかった……?
どうして?
俺がライオネルと結婚したのは政略結婚だ。好きだからじゃない。
財産と地位を巻き上げたあと、どうせ離婚するんだから、ライオネルの気持ちなんてどうでもいいはずだ。
なのに、ライオネルが俺に興味がなかったことを知って傷ついている。
これ、多分、俺はライオネルのことを——。
「エルドリック、俺に世継ぎは無理だ」
弱気なことを言うライオネルを、エルドリックが「いいえ、できます」と励ます。
「ライオネル様。なにもノア様と別れる必要はありません。側室を迎える、という方法もあります。ライオネル様が、女除けのためのクソダサい髪とひどい容姿をやめてから、ライオネル様の人気は爆上がりです。今なら側室のひとりやふたり、すぐにできますよ」
え! あのダサくて不潔感満載の格好は、わざとだったのかよ!
なんで!? 嫁が欲しかったんじゃないのっ?
「側室か……」
ライオネルはまた大きなため息をつく。
「……考えておく」
「えっ? は、はい。懸命なご判断だと思います。候補者リストを作成しておきますね」
ライオネルが側室!?
俺以外のオメガとライオネルが寝るってこと!?
ダメだ。想像しただけで泣きそうになる。
どうしよう、ライオネルが側室オメガと番ったりしたら。
ライオネルが取られる。ライオネルがもう俺を見てくれなくなる。
ライオネル、ライオネル、ライオネル……。
「フォルネウスの魔術師、ライオネル様の治療はもうよい。貴殿にはもうひとり治療を頼みたい兵士がいるのだが、よろしいか?」
エルドリックに言われて、俺は頷き、ひっそりと立ち上がる。
ライオネルの顔もエルドリックの顔も見ない。俺はフードと布で顔をできるだけ隠して、静かにライオネルのテントから出て行った。
860
お気に入りに追加
1,749
あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様
冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~
二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。
■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。
■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる