策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖

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第1章

26.求婚の手紙

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「ライオネル様、失礼いたします。フォルネウス様の魔術部隊から治療のための魔術師を連れてまいりました」

 エルドリックに促され、野営のための簡易テントの中に入る。ちなみにこの部隊にテントは三つしかない。ライオネル専用とフォルネウス専用、救護のためのテントの三つで、下っ端魔術師の俺は、その辺で雑魚寝をする運命だ。

「大丈夫だと言ったのに」

 ライオネルは呆れたようにため息をついた。なるほど、魔術師を呼んだのはエルドリックのおせっかいだったというわけか。

「そうおっしゃらずに。ライオネル様は無事に任務を終えて、城に戻らなければなりません。ひとり身だった以前とは話が違います。ノア様がライオネル様のことを待っていらっしゃいますよ」
「ノアが俺のことを待っているわけがないだろう」

 ライオネルは大きな溜め息をついた。
 俺は顔を上げることはできない。だからライオネルの表情を確認することも叶わない。
 とにかく俺は、空気みたいな存在のモブ魔術師になりきらなきゃ。俺は無言で座っているライオネルの足元にしゃがんで、足の怪我の治療をする。

「そんなことありません。嫌ならライオネル様と結婚なんてしませんよ。ノア様は引く手数多あまたの美人オメガですよ?」

 エルドリック、よくわかっているな。俺は確かにモテモテで引く手数多だったんだと、俺はライオネルに治癒魔法をかけながら密かに思う。

「……その点に関しては、エルドリックに感謝している。お前のおかげで俺は結婚できた」

 ん?
 どういうことだろう。

「求婚の手紙を全部で十通も出したんですよ? 本当に大変でした。そのうち返事を返してくれたのは四名、結婚を承諾してくれたのは一名! 俺の書いた手紙の出来は、なかなかよかったんじゃないですか?」

 え……?
 ライオネルから届いた求婚の手紙は、エルドリックが書いたものなのか……?
 しかも、手当たり次第に十人に送ったもの? 俺だけじゃなくて?

「あのときは俺の刻印を勝手に使って、とんでもないことをしてくれたと思ったが、結果的にはよかった」
「ええ。だってライオネル様は二十九歳ですよ? これはもう俺が動かないと、一生誰とも結婚しないんじゃないかって焦りました。バーノン司教の血筋を絶やしてはなりません。ライオネル様には、なんとしても世継ぎを!」

 ふたりの会話を聞いていて、俺は惨めな気持ちになる。
 ライオネルから求婚の手紙が届いたとき、おかしいなと思った。俺とあった過去を忘れて、求婚してきたのかと思った。
 まぁ、理由はどうであれ、ライオネルは俺と結婚したいと思ってるんだなと信じていた。

 でも、本当は違ったんだ。
 ライオネルは俺と結婚したいだなんて思ってもいなかった。
 求婚の手紙を出したのはエルドリックで、他の九人がライオネルの求婚を断る中、俺はそれを鵜呑みにして結婚の承諾をしたバカな奴だった。
 十人のうち、誰かひとりでも引っかかればいいと思ってエルドリックは手紙を出したのだろう。それで、俺だけがライオネルとの結婚を受け入れた。だからライオネルは俺と結婚しただけだ。
 十人のうち、誰が嫁に来ても、ライオネルは優しくしたんじゃないだろうか。
 ライオネルは元来、優しい奴だ。自分のところに嫁いできた相手に、厳しく接する姿なんて想像つかない。誰にでも「一生大切にする」と言って、気遣って、愛を注いで、夜は抱き合って眠ったんじゃないだろうか。

 世継ぎを産める嫁が来てくれさえすれば、ライオネルは誰でもよかったのだ。

 俺のことなど大して興味はない。

 俺が離婚を突きつけても、ライオネルはあっさり受け入れるだろう。そしてまた次の嫁を探すだけのこと。きっと、俺を追いかけたりしない。
 それでも計画に問題はない。俺の目的は達成するのに、どうしてこんなに胸が痛くなるんだろう。

 俺は、ライオネルに愛されたかった……?

 どうして?
 俺がライオネルと結婚したのは政略結婚だ。好きだからじゃない。
 財産と地位を巻き上げたあと、どうせ離婚するんだから、ライオネルの気持ちなんてどうでもいいはずだ。
 なのに、ライオネルが俺に興味がなかったことを知って傷ついている。

 これ、多分、俺はライオネルのことを——。

「エルドリック、俺に世継ぎは無理だ」

 弱気なことを言うライオネルを、エルドリックが「いいえ、できます」と励ます。

「ライオネル様。なにもノア様と別れる必要はありません。側室を迎える、という方法もあります。ライオネル様が、女除けのためのクソダサい髪とひどい容姿をやめてから、ライオネル様の人気は爆上がりです。今なら側室のひとりやふたり、すぐにできますよ」

 え! あのダサくて不潔感満載の格好は、わざとだったのかよ!
 なんで!? 嫁が欲しかったんじゃないのっ?

「側室か……」

 ライオネルはまた大きなため息をつく。

「……考えておく」
「えっ? は、はい。懸命なご判断だと思います。候補者リストを作成しておきますね」

 ライオネルが側室!?
 俺以外のオメガとライオネルが寝るってこと!?
 ダメだ。想像しただけで泣きそうになる。
 どうしよう、ライオネルが側室オメガと番ったりしたら。

 ライオネルが取られる。ライオネルがもう俺を見てくれなくなる。

 ライオネル、ライオネル、ライオネル……。

「フォルネウスの魔術師、ライオネル様の治療はもうよい。貴殿にはもうひとり治療を頼みたい兵士がいるのだが、よろしいか?」

 エルドリックに言われて、俺は頷き、ひっそりと立ち上がる。

 ライオネルの顔もエルドリックの顔も見ない。俺はフードと布で顔をできるだけ隠して、静かにライオネルのテントから出て行った。
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