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第1章
22.本当のことは言えない
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「政略結婚ですから。俺は一年後、ライオネルと離婚するつもりです」
「本当か?」
ヴィクトールは信じられないものを見るかのように俺を眺めている。俺のことをもっと純粋なオメガだと思っていたのかもしれない。
「本当です。証拠もありますよ。ご覧になりますか?」
「あ、ああ……」
戸惑っているヴィクトールの前に、俺は念書を突きつける。
「これはライオネルと交わしたものです。ライオネルが俺に触らないように、初夜に念書を書かせたんですよ」
どうだ。これで俺とライオネルが不仲だとはっきりわかるだろう。
「くっ! はっはっは! これは面白い!」
ヴィクトールは急に声高々に笑い出した。
「ライオネル、あいつ……惨めだなぁ! 初夜に嫁に拒絶されて、一年後には離婚か!」
なんなんだ? 笑い過ぎだろ、そんなに面白いか?
「……わかった。信用する。ノアと手を組む。お互いライオネルを利用してやろう」
ヴィクトールはさっきからニヤニヤとやけに嬉しそうだ。
「はい。では明日の朝、早速精鋭集めをなさってください」
「ああ。そうしよう。ライオネルは死に急ぐような面もあるらしい。選抜隊を率いてあいつが命を落とせば、ノアの思惑どおりになるな。まさかそれも狙っているのか?」
「殿下、そこは察してください」
「そうだな、さすがに口にはできぬな」
嬉しそうなヴィクトールをよそに、俺はソファーから立ち上がる。
「では、これで失礼いたします。長居は危険ですから」
俺が部屋を出ようとすると、「待てっ」とヴィクトールに引き止められた。
「ノアは、ライオネルと離婚したあと、誰かと再婚するつもりなのか?」
「えっ……」
再婚。そこまでは考えていなかった。ただライオネルから爵位と財産を奪ってフォーフィールド家を建て直し、中央で権利をふるってやりたいと思っていただけだ。
「私の第一側室の座は空いている。アルファたるもの、オメガを抱きたいと思うのは当然だ」
「そんな……」
俺は恥ずかしがるオメガのふりをして目を逸らす。
すみません、聞かなかったことにと答えてやりたいが、ヴィクトールとはこれから手を組まないといけない。変に機嫌を損ねるのは面倒だ。
それにヴィクトールは第二王子だ。俺の華やかな将来のためにも友好関係はぜひとも保っておきたい。
「ノア、どうだろう? お互いの友好関係を確認するために、一晩私と過ごさないか?」
ヴィクトールは俺の腰を抱く。
ったくこいつは王都にいたときから手が早かった。
ヴィクトールはモテるから自信があるんだろう。まぁ、ヴィクトールは第二王子だし、普通、こいつに誘われたら断るオメガはいないかもしれない。だってうまくいけば王族の仲間入りだ。
顔もいいし、ちょっとバカだけど悪い人じゃない。俺は嫌いだけど。
「今日はダメです。俺の犬はすごく鼻が効くんです。アルファの匂いがついたらすぐに気がつくので、俺たちの関係がバレてしまいます」
俺は控え目に断りつつ、腰に回されたヴィクトールの腕を思いっきりどけた。
「まずはライオネルの問題をなんとかしなければいけませんね。そのためにも殿下、お力添えをよろしくお願いします!」
俺は得意の笑顔を振りまいて、ヴィクトールの部屋をあとにした。
俺が部屋に戻ると、ライオネルはベッドの上に正座をして、ぼんやり宙を眺めていた。その追い詰められたような姿の怖いこと、怖いこと。
やめろよ、心臓に悪いから。
「な、なんだ。まだ起きてたの……?」
「ノアが戻って来ないからだ」
「あ、はは……俺は子どもじゃない。先に寝ててくれればよかったのに」
怖ぇよ。ベッドの上で正座して待ってるなよ、待つなら待つで、もっと普通に過ごしててくれ!
「今日は寒いのに、上着もなしにずっと夜風に当たっていたのか?」
「えっ?」
あー。たしかに。
「夜風に当たったあと、書庫で少し本を読んでいたんだ。ほら、ライオネル。もう寝よう」
明日、お前の意見が通って選抜隊の準備が始まるから忙しくなるぞ、と言ってやりたいが、それは黙っておく。
「……本当はどこに行っていた?」
ライオネルはしつこい。
はぁ、もう、しつこい男はモテないぞ。
「他のアルファのところ」
俺は面倒くさくなって、適当に答えて、ライオネルを通り過ぎ、さっさとベッドの中に潜り込む。
「おい、ノアっ」
「冗談だよ。嫁なんだから浮気するなって言うんだろ? わかってるから。おやすみ」
俺はライオネルに背中を向けた状態で、布団に身を隠す。
ライオネルの意見を通すために、ヴィクトールに会ってきたなんて言えるかよ。そんなことを言ったらライオネルが有頂天になるだけだ。これから離婚しなきゃいけないのに。
「違う、ノア。そんなことを言いたいんじゃない。いつも笑顔のノアが、さっき帰ってきたとき暗い顔をしていたから、何かあったのではと思っただけだ」
ライオネルも同じベッドに潜り込んできた。そして背中にめちゃくちゃ視線を感じる。多分、俺のこと見てるんだろうなぁ。
それにしても俺、ライオネルに心配されるほど暗い顔してたのかな。
自覚はなかった。俺としたことが、ライオネルの前なのに油断したのか。こいつには本性を見せちゃいけないのに。
「ノア。無理するなよ。お前に何かあったら俺は死んでも死にきれん。俺にできることなら、なんだってやってやる。だからノア、必ず幸せになれよ」
俺は心が痛くなって、ライオネルに何も返事ができなくて、寝ているふりをした。
だって、ライオネルはわかっていることに気がついたからだ。
「幸せになれよ」って言葉は、今の俺が幸せじゃないってライオネルは思っているんだろう。
俺はライオネルと結婚したのに、いい嫁のふりをしているのに、幸せじゃないことを見抜いていたんだ。
自分と結婚したのに嫁は幸せだと思ってない。それに気がついた夫は相当さみしいだろうな。
ごめん。ライオネル。
俺と離婚したら、今度はちゃんとしたいい嫁をもらえよ。
「本当か?」
ヴィクトールは信じられないものを見るかのように俺を眺めている。俺のことをもっと純粋なオメガだと思っていたのかもしれない。
「本当です。証拠もありますよ。ご覧になりますか?」
「あ、ああ……」
戸惑っているヴィクトールの前に、俺は念書を突きつける。
「これはライオネルと交わしたものです。ライオネルが俺に触らないように、初夜に念書を書かせたんですよ」
どうだ。これで俺とライオネルが不仲だとはっきりわかるだろう。
「くっ! はっはっは! これは面白い!」
ヴィクトールは急に声高々に笑い出した。
「ライオネル、あいつ……惨めだなぁ! 初夜に嫁に拒絶されて、一年後には離婚か!」
なんなんだ? 笑い過ぎだろ、そんなに面白いか?
「……わかった。信用する。ノアと手を組む。お互いライオネルを利用してやろう」
ヴィクトールはさっきからニヤニヤとやけに嬉しそうだ。
「はい。では明日の朝、早速精鋭集めをなさってください」
「ああ。そうしよう。ライオネルは死に急ぐような面もあるらしい。選抜隊を率いてあいつが命を落とせば、ノアの思惑どおりになるな。まさかそれも狙っているのか?」
「殿下、そこは察してください」
「そうだな、さすがに口にはできぬな」
嬉しそうなヴィクトールをよそに、俺はソファーから立ち上がる。
「では、これで失礼いたします。長居は危険ですから」
俺が部屋を出ようとすると、「待てっ」とヴィクトールに引き止められた。
「ノアは、ライオネルと離婚したあと、誰かと再婚するつもりなのか?」
「えっ……」
再婚。そこまでは考えていなかった。ただライオネルから爵位と財産を奪ってフォーフィールド家を建て直し、中央で権利をふるってやりたいと思っていただけだ。
「私の第一側室の座は空いている。アルファたるもの、オメガを抱きたいと思うのは当然だ」
「そんな……」
俺は恥ずかしがるオメガのふりをして目を逸らす。
すみません、聞かなかったことにと答えてやりたいが、ヴィクトールとはこれから手を組まないといけない。変に機嫌を損ねるのは面倒だ。
それにヴィクトールは第二王子だ。俺の華やかな将来のためにも友好関係はぜひとも保っておきたい。
「ノア、どうだろう? お互いの友好関係を確認するために、一晩私と過ごさないか?」
ヴィクトールは俺の腰を抱く。
ったくこいつは王都にいたときから手が早かった。
ヴィクトールはモテるから自信があるんだろう。まぁ、ヴィクトールは第二王子だし、普通、こいつに誘われたら断るオメガはいないかもしれない。だってうまくいけば王族の仲間入りだ。
顔もいいし、ちょっとバカだけど悪い人じゃない。俺は嫌いだけど。
「今日はダメです。俺の犬はすごく鼻が効くんです。アルファの匂いがついたらすぐに気がつくので、俺たちの関係がバレてしまいます」
俺は控え目に断りつつ、腰に回されたヴィクトールの腕を思いっきりどけた。
「まずはライオネルの問題をなんとかしなければいけませんね。そのためにも殿下、お力添えをよろしくお願いします!」
俺は得意の笑顔を振りまいて、ヴィクトールの部屋をあとにした。
俺が部屋に戻ると、ライオネルはベッドの上に正座をして、ぼんやり宙を眺めていた。その追い詰められたような姿の怖いこと、怖いこと。
やめろよ、心臓に悪いから。
「な、なんだ。まだ起きてたの……?」
「ノアが戻って来ないからだ」
「あ、はは……俺は子どもじゃない。先に寝ててくれればよかったのに」
怖ぇよ。ベッドの上で正座して待ってるなよ、待つなら待つで、もっと普通に過ごしててくれ!
「今日は寒いのに、上着もなしにずっと夜風に当たっていたのか?」
「えっ?」
あー。たしかに。
「夜風に当たったあと、書庫で少し本を読んでいたんだ。ほら、ライオネル。もう寝よう」
明日、お前の意見が通って選抜隊の準備が始まるから忙しくなるぞ、と言ってやりたいが、それは黙っておく。
「……本当はどこに行っていた?」
ライオネルはしつこい。
はぁ、もう、しつこい男はモテないぞ。
「他のアルファのところ」
俺は面倒くさくなって、適当に答えて、ライオネルを通り過ぎ、さっさとベッドの中に潜り込む。
「おい、ノアっ」
「冗談だよ。嫁なんだから浮気するなって言うんだろ? わかってるから。おやすみ」
俺はライオネルに背中を向けた状態で、布団に身を隠す。
ライオネルの意見を通すために、ヴィクトールに会ってきたなんて言えるかよ。そんなことを言ったらライオネルが有頂天になるだけだ。これから離婚しなきゃいけないのに。
「違う、ノア。そんなことを言いたいんじゃない。いつも笑顔のノアが、さっき帰ってきたとき暗い顔をしていたから、何かあったのではと思っただけだ」
ライオネルも同じベッドに潜り込んできた。そして背中にめちゃくちゃ視線を感じる。多分、俺のこと見てるんだろうなぁ。
それにしても俺、ライオネルに心配されるほど暗い顔してたのかな。
自覚はなかった。俺としたことが、ライオネルの前なのに油断したのか。こいつには本性を見せちゃいけないのに。
「ノア。無理するなよ。お前に何かあったら俺は死んでも死にきれん。俺にできることなら、なんだってやってやる。だからノア、必ず幸せになれよ」
俺は心が痛くなって、ライオネルに何も返事ができなくて、寝ているふりをした。
だって、ライオネルはわかっていることに気がついたからだ。
「幸せになれよ」って言葉は、今の俺が幸せじゃないってライオネルは思っているんだろう。
俺はライオネルと結婚したのに、いい嫁のふりをしているのに、幸せじゃないことを見抜いていたんだ。
自分と結婚したのに嫁は幸せだと思ってない。それに気がついた夫は相当さみしいだろうな。
ごめん。ライオネル。
俺と離婚したら、今度はちゃんとしたいい嫁をもらえよ。
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