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第1章

21.計略

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 次の日も、ライオネルとヴィクトールの話し合いは平行線のままだった。ライオネルも強情だが、ヴィクトールもしつこい。
 本当はこんなことをしている場合じゃない。さっさと方針を決めてモンスター討伐に行かなければならないのに、なんなんだよ、この意地と意地のぶつかり合いは。

「バーノン公爵、いい加減にしろ。私を誰だと思ってる? あまりにも無礼が過ぎるとお前を辺境伯の座から引きずり下ろすぞ」

 やばい。ついにヴィクトールがキレた。
 それでライオネルが黙ったことで、周りの雰囲気がヴィクトール優勢となった。これじゃ、ヴィクトールの総攻撃の意見に従うしかなくなってしまう。

 ……はっきり言って、俺は、嫌だ。

 らちのあかない話し合いのあと、俺は廊下をイライラしながら歩いていたヴィクトールに近寄っていく。

「お久しぶりです、ヴィクトール殿下」

 俺は得意の笑顔をふりまきながら、ヴィクトールのすぐ横を歩幅を合わせて歩く。
 ヴィクトールは俺が来たことで、足早だった速度を少し緩めた。
 俺はライオネルの嫁だ。警戒されるかどうかと思っていたが、俺と話をする気はあるらしい。

「久しぶりだね、ノア」

 ヴィクトールが金色の前髪をかきあげ、爽やかな王子感を出して俺に微笑みかけてきた。
 ヴィクトールは顔だけはいい。金髪碧眼で、第二王子だし、そこそこ人気はあるらしい。
 顔がよくて身分にも恵まれ、苦労知らずって感じだ。全体的にノリが軽いから、俺はあまり好きじゃないタイプの男だが。

「お会いできて嬉しいです。辺境の地に来てから王都の知り合いに会うことがほとんどなくなり、さみしく思っていたのです」

 さすが俺。口から簡単にお世辞や嘘が出る。

「ノアはあのバーノン公爵と結婚したのか。本当に意外だな。ノアならもっといい男と結婚できただろうに。例えば私とか」

 うわ、うざい。誰がお前なんか、と言ってやりたくなるが、俺の身分ではヴィクトールには何も言えない。俺は「殿下には素敵な妃殿下がいらっしゃいますものね」と適当に流した。

「ノアも聞いていただろうが、私はほとほとあのバーノン公爵に呆れている。あいつはなんであんなに歯向かってくるんだ」
「そうですねぇ……」

 この土地について詳しいのはライオネルだ。お前はずっと王都にいて何も知らないんだから、黙ってライオネルに従っとけよって思うけど、俺は何も言わない。

「兵士たちの指揮もうまくいかない。なぜかライオネルの意見をよしとする輩がいるんだ。あの無表情男のどこがいいのか私にはさっぱりわからん」

 あー、それね。みんな死にたくないからに決まってんだろ。大した策もなく、全員突撃! とか言われても俺も嫌だわ。

「ライオネルは貴族人気はないですが、庶民からは慕われているようですよ」

 ヴィクトール、お前はどっちからの人気も微妙だろ、と俺は密かに思いながらも、そんな雰囲気はもちろんおくびにも出さない。


「聞くところによると、バーノン公爵はノアに夢中だとか」

 ヴィクトールは廊下の角を曲がったところで、周囲を確認し、近くに人がいないことを確認してから俺に耳打ちしてきた。

「ノアからあいつにひと言、言ってくれないか? バーノン公爵はノアの言うことなら飼い犬みたいにホイホイ言うことを聞くらしいじゃないか。私の指示に従うよう、うまくバーノン公爵を説得してくれ」

 ライオネル。聞いたか。お前、この城でやばい噂を立てられているぞ。天下の辺境伯が俺の犬扱いされてるなんて、問題ありだ。

「……殿下、その件についてふたりきりでゆっくりお話したいです」

 俺はヴィクトールに身を寄せる。するとヴィクトールが「気が合うな」と俺の肩を抱いてきた。
 ライオネル。この俺がなんとかしてやるよ。お前の信念も、プライドも、なんだかんだお前が大切にしているこの土地も、全部俺が守ってやるよ。





 夜になり、俺は夜風に当たってくるとライオネルに嘘をつき部屋を抜け出して、ヴィクトールの部屋を訪れた。

「失礼いたします」

 ヴィクトールが使っているのは、この城の客間の中でも随一の来賓のための豪華な部屋だ。
 広くて華美な応接間に、寝室。何より部屋からの眺めがいい。広いバルコニーからはこの地域一帯を見下ろせる眺望のいい部屋だ。
 バカと偉い奴は高いところが好きって言うもんな。だからこんなとこに来賓のための部屋を作ったのだろう。
 自分の部屋は、有事の際にすぐ出ていけるような場所にして、来賓室は城の最上部。こんなところもライオネルらしいな。

「よく来たな。早く中へ」

 ヴィクトールは俺を部屋に通して、静かに扉を閉めた。

「ノアはいい匂いがするな」
「ああ。すみません。今日は香油入りの風呂に入ったのです」

 ヴィクトールはアルファだ。俺はアルファと会うときは、自分の身体に匂いを纏うのが好きだ。出そうと思わなくても気付かれてしまう、自分自身のフェロモンを少しでもかき消したいからだ。

「そうか。私の好みの香りだ」

 ヴィクトールが近づいてきたので、俺は「今日はいい夜ですね」と窓のほうへと逃げる。

「座って話そう」

 ヴィクトールに促されて、俺はソファーに座る。ヴィクトールも同じソファーの俺のすぐ隣に腰をかけた。

「早速ですが、殿下。俺と手を組んでライオネルを利用しませんか」

 俺は真っ直ぐにヴィクトールを見る。視線が揺らいではいけない。本心を悟られてしまうから。

「……どういうことだ?」

 ヴィクトールは顔をしかめた。

「ライオネルの提言どおりにさせるんですよ。ライオネル率いる選抜隊を森に派遣するんです」
「なぜあいつの言うとおりにしなきゃならないんだ」
「よく考えてください。チャンスですよ? これでライオネルが失敗したら、ライオネルの責任にすればいいのです。万が一、ライオネルが成功したら、指揮をしたご自身の手柄にする。殿下に何も損はありません」
「……たしかにな」
「それにライオネルの主張では、少数精鋭部隊を使うだけです。失敗しても、軍にそこまで損害はないかと」
「うーん……」

 ヴィクトールは悩み始めた。

「わかった。調査部隊のうちの半分を俺の軍から出そう。そして指揮も俺の部隊の者が先頭に立つ。これでどうだ?」
「……いえ、ライオネルを先頭に」

 俺もそこだけは譲れない。ライオネルが引っ張っていかないと、ライオネルの思いどおりに動けなくなるだろ。

「失敗したときの責任をライオネルに負わせるためには、ライオネルを先頭にしておかなければ。成功したときには、王都でライオネルに同行した者に、殿下の功績だと話させればよいのです。ライオネルは辺境にいるので、そこまでは気がつかないでしょう」

 ライオネルは実は鋭いから、王都で自分の手柄を取られたことにも気がつくだろう。
 でも、ヴィクトールはライオネルの鋭さを知らない。

「そうか。その手があるな」

 ヴィクトールはニヤッと笑った。よし。いい反応だ。あとひと押しで、俺の思いどおりになるかもしれない。

「そしてここからがもっとも大切です。ライオネルの作戦終了後、間髪いれずにヴィクトール殿下ご自身が、兵士を連れて戦場へ行かれてください。そしてライオネルを押しのけて総指揮を執るのです」
「そんなこと、ライオネルが許すか?」
「そこはお任せください。俺がライオネルに殿下に従うよう、言い聞かせます。ご存知のとおり、ライオネルは俺の言いなりですからそこは大丈夫です」

 それは本当に自信がある。
 ライオネルが俺に歯向かってきたことなんてない。
 あの手この手を使えば、ライオネルだったら丸め込めるに違いない。

「殿下が指揮を執り、モンスターを大人しくさせることができれば、手柄は殿下のものです。戦う必要はありません。ただそこにいればよいのです」

 まぁ、それが通常だ。軍を率いるトップが前線で戦うなんてありえない。そんなことをするのはライオネルくらいだ。

「ひとつだけ確認したい」

 ヴィクトールは俺に厳しい目を向けてきた。

「……ライオネルはお前の夫だろう? ライオネルが失脚したり手柄を立てられなければノアも困るのではないか?」

 その話か。
 聞かれると思ったよ。
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