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第1章
19.災難
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俺は天才だった。
ローマイヤ男爵の事件を解決しただけじゃない。俺の洞察力と知識と勘の鋭いことったらない。
辺境伯の嫁、という立場でまぁまぁ権力をふるい、悪を裁いて、善なる統治をする。俺としてはゆくゆくはこの領土は俺のもの、という気持ちで張り切っていたんだが、気がついたらなぜか俺は民から慕われていた。最近では、俺にひと目会ってお礼がしたいと贈り物を城まで持ってくる輩まで現れた。
俺が治世にアレコレ介入するせいで、ライオネルの仕事の負担が減ったらしい。「ノアが領土の治世を守ってくれるおかげで、俺は戦いに集中することができる」といつもライオネルからお礼を言われる。
そんな辺境の地での生活にも慣れてきて俺がのんびり過ごせるようになったころ、それに反するようにライオネルは忙しくなっていった。
その理由は、今までにないくらいモンスターが暴れ出しているからだ。
もともと国境沿いのこの地は未開拓の場所に近くて、王都と比べものにならないほどモンスター出現率は高いし、さらに隣国との国境争いまで繰り広げているという、戦いに明け暮れているような場所だ。
でもさすがの異常事態に王都から援軍がやってくることになった。しかもかなりの大所帯、ヴィクトール第二王子率いる第三王立騎士団が辺境の地に赴任した。
たしかにモンスターに気をとられているあいだに、ここを隣国に占領されたら国の防衛総崩れみたいな感じだ。だから一気にカタをつけようと、ヴィクトールが派遣されることになったのだろう。
でも俺は気まずくてしょうがない。
王都にいたころ、ヴィクトールは俺に何度も言い寄ってきた。ヴィクトールにはれっきとした良い血筋のアルファ女性が正室としている。
なのにオメガ好きで、「本当はオメガと結婚したかった」と俺に一夜限りの相手になってほしいと迫ってきた。俺は得意の話術で難を逃れたが、ヴィクトールの存在は俺にとって面倒くさいことには変わりない。
今はライオネルとヴィクトールを中心に、今後の戦略について話し合っているのだが、あのポーカーフェイスのライオネルが明らかに嫌な顔をするくらい、ヴィクトールはうるさかった。
「バーノン公爵、君は何もわかっていない! モンスターを片っ端から殲滅すればいい。あんな奴らに遠慮はいらないよ」
ヴィクトールはさっさと攻めろと訴えている。
「いいえ、殲滅はできない。むやみに殺しても、恨みを買って戦闘が激しくなるだけだ。ある程度の共生関係であるべきです。モンスターがこんなに暴れ出したのには何か原因がある。まずはそれを突き止めるのが先決です」
ライオネルは防衛しながら原因を調査しようと訴えている。つまり、ふたりの意見は真っ二つだ。
ライオネルもヴィクトールもどちらも一歩も引かず、夕方まで意見をぶつけ合って最後は「このわからずや!」「クソ辺境伯!」とお互いの悪口を言って終わった。
端で聞いていた俺もぐったりするくらいだから、本人たちはもっとイライラしていただろう。
今夜はライオネルに少しだけ優しくしてやるか。
そう思って俺は薬庫に行き、ライオネルのために乾燥した蒼色の花をもらってきた。これは、気持ちの落ち着く匂いがする花だ。
これをライオネルに贈ったらきっと喜んでくれるだろう。ライオネルは俺がひとかけらのチョコレートでも渡すと、大袈裟なくらいに喜ぶ男だからな。
まったくライオネルは人前ではクールな男で通っているのに、俺の前だとまるで別人だ。
湯浴みを終えて俺が部屋に戻ると、ライオネルはなぜか出掛ける支度をしている。
「えっ、ライオネルっ? どこに行くのっ?」
「俺ひとりでもいい。今から森に調査に向かう」
ライオネルが防具を身につけようとするので、俺は慌てて引き止めた。
「危ないからやめろって。ひとりで行っても無理だ。モンスターはものすごい数なんだぞ?」
「仕方がないだろ。クソ殿下の登場で、兵が動かせなくなった。だから俺ひとりでやってやる」
そうなのだ。ヴィクトールが来たせいで、軍務の指揮系統がめちゃくちゃになった。兵士たちも、ライオネルに従えばいいのか、ヴィクトールに従えばいいのか混乱している状況だ。
「ノア。俺に何かあれば、あとは頼んだぞ!」
ライオネルは本気だ。死ぬ覚悟でモンスターの巣窟に突っ込もうとしている。
バカすぎるだろ。軍で行っても勝ち目がないようなところになぜひとりで行く!?
「待ってライオネル! これだけ受け取ってよ。俺からの贈り物」
俺は薬庫からもらってきた、蒼色の花を乾燥させた束をライオネルに差し出す。
「……これは?」
「ライオネル、昼間イライラしただろ? この花の匂いを嗅ぐと高ぶった神経が落ち着くらしいんだ。とにかく、受け取ってよ」
ライオネルは防具を置き、俺から花束を受け取った。
「……いい匂いだ」
蒼い花に鼻を寄せ、ライオネルは、ふぅとため息をつく。よしよし、少し気持ちが落ち着いたみたいだ。
「そうだライオネル、肩、凝ってない?」
俺はライオネルの背後に回り、ライオネルの両肩に触れる。ライオネルは俺が触れたらビクッと身体を震わせた。
ライオネルは俺との接触を怖がっているのだろう。ライオネルは俺に許可なしには触れられないけど、まぁ、俺からライオネルに触れるぶんには問題ないからな。
「ベッドに座って。座ってくれないとライオネルは背が高いからやりにくいよ」
俺がライオネルを促すと、素直に座ってくれた。俺はそのままライオネルの肩をもみほぐしてやる。
「お疲れさま、ライオネル」
今日のライオネルはヴィクトールのせいで、かなり疲れただろう。たまには優しくして、いい嫁ポイントを稼がないといけない。
それに、ヴィクトールのいうとおり攻め込んだら、仮にモンスターを討伐できたとしても、大勢の兵士の命が失われる。ライオネルは精鋭部隊でモンスターが暴れている原因を追究し、無駄に命が失われるのをなんとしても防ぎたいと訴えていた。その庶民に優しいところは、俺は嫌いじゃないんだ。
「これは身体が楽になるな」
ライオネルは俺に肩を揉まれながら、蒼い花の香りを深呼吸して吸い込んだ。いい感じだ。ライオネルはご満悦の様子だ。
よしよし、これでモンスターに無謀な戦いを挑むことはやめてくれよ、と俺が思っていたときだった。
「ノア。これは俺に優しくして、足止めする作戦なんだろう?」
「へっ?」
「ノアを見ていてわかった。ノアは賢い。いい香りの花と肩もみで俺の気持ちを和らげて、モンスター調査に行かせないようにしているんだろうが、俺はなんとしても行くからな」
「な……!」
こいつ、学習しやがった!
俺の小手先の技が、ライオネルに見抜かれている。
ローマイヤ男爵の事件を解決しただけじゃない。俺の洞察力と知識と勘の鋭いことったらない。
辺境伯の嫁、という立場でまぁまぁ権力をふるい、悪を裁いて、善なる統治をする。俺としてはゆくゆくはこの領土は俺のもの、という気持ちで張り切っていたんだが、気がついたらなぜか俺は民から慕われていた。最近では、俺にひと目会ってお礼がしたいと贈り物を城まで持ってくる輩まで現れた。
俺が治世にアレコレ介入するせいで、ライオネルの仕事の負担が減ったらしい。「ノアが領土の治世を守ってくれるおかげで、俺は戦いに集中することができる」といつもライオネルからお礼を言われる。
そんな辺境の地での生活にも慣れてきて俺がのんびり過ごせるようになったころ、それに反するようにライオネルは忙しくなっていった。
その理由は、今までにないくらいモンスターが暴れ出しているからだ。
もともと国境沿いのこの地は未開拓の場所に近くて、王都と比べものにならないほどモンスター出現率は高いし、さらに隣国との国境争いまで繰り広げているという、戦いに明け暮れているような場所だ。
でもさすがの異常事態に王都から援軍がやってくることになった。しかもかなりの大所帯、ヴィクトール第二王子率いる第三王立騎士団が辺境の地に赴任した。
たしかにモンスターに気をとられているあいだに、ここを隣国に占領されたら国の防衛総崩れみたいな感じだ。だから一気にカタをつけようと、ヴィクトールが派遣されることになったのだろう。
でも俺は気まずくてしょうがない。
王都にいたころ、ヴィクトールは俺に何度も言い寄ってきた。ヴィクトールにはれっきとした良い血筋のアルファ女性が正室としている。
なのにオメガ好きで、「本当はオメガと結婚したかった」と俺に一夜限りの相手になってほしいと迫ってきた。俺は得意の話術で難を逃れたが、ヴィクトールの存在は俺にとって面倒くさいことには変わりない。
今はライオネルとヴィクトールを中心に、今後の戦略について話し合っているのだが、あのポーカーフェイスのライオネルが明らかに嫌な顔をするくらい、ヴィクトールはうるさかった。
「バーノン公爵、君は何もわかっていない! モンスターを片っ端から殲滅すればいい。あんな奴らに遠慮はいらないよ」
ヴィクトールはさっさと攻めろと訴えている。
「いいえ、殲滅はできない。むやみに殺しても、恨みを買って戦闘が激しくなるだけだ。ある程度の共生関係であるべきです。モンスターがこんなに暴れ出したのには何か原因がある。まずはそれを突き止めるのが先決です」
ライオネルは防衛しながら原因を調査しようと訴えている。つまり、ふたりの意見は真っ二つだ。
ライオネルもヴィクトールもどちらも一歩も引かず、夕方まで意見をぶつけ合って最後は「このわからずや!」「クソ辺境伯!」とお互いの悪口を言って終わった。
端で聞いていた俺もぐったりするくらいだから、本人たちはもっとイライラしていただろう。
今夜はライオネルに少しだけ優しくしてやるか。
そう思って俺は薬庫に行き、ライオネルのために乾燥した蒼色の花をもらってきた。これは、気持ちの落ち着く匂いがする花だ。
これをライオネルに贈ったらきっと喜んでくれるだろう。ライオネルは俺がひとかけらのチョコレートでも渡すと、大袈裟なくらいに喜ぶ男だからな。
まったくライオネルは人前ではクールな男で通っているのに、俺の前だとまるで別人だ。
湯浴みを終えて俺が部屋に戻ると、ライオネルはなぜか出掛ける支度をしている。
「えっ、ライオネルっ? どこに行くのっ?」
「俺ひとりでもいい。今から森に調査に向かう」
ライオネルが防具を身につけようとするので、俺は慌てて引き止めた。
「危ないからやめろって。ひとりで行っても無理だ。モンスターはものすごい数なんだぞ?」
「仕方がないだろ。クソ殿下の登場で、兵が動かせなくなった。だから俺ひとりでやってやる」
そうなのだ。ヴィクトールが来たせいで、軍務の指揮系統がめちゃくちゃになった。兵士たちも、ライオネルに従えばいいのか、ヴィクトールに従えばいいのか混乱している状況だ。
「ノア。俺に何かあれば、あとは頼んだぞ!」
ライオネルは本気だ。死ぬ覚悟でモンスターの巣窟に突っ込もうとしている。
バカすぎるだろ。軍で行っても勝ち目がないようなところになぜひとりで行く!?
「待ってライオネル! これだけ受け取ってよ。俺からの贈り物」
俺は薬庫からもらってきた、蒼色の花を乾燥させた束をライオネルに差し出す。
「……これは?」
「ライオネル、昼間イライラしただろ? この花の匂いを嗅ぐと高ぶった神経が落ち着くらしいんだ。とにかく、受け取ってよ」
ライオネルは防具を置き、俺から花束を受け取った。
「……いい匂いだ」
蒼い花に鼻を寄せ、ライオネルは、ふぅとため息をつく。よしよし、少し気持ちが落ち着いたみたいだ。
「そうだライオネル、肩、凝ってない?」
俺はライオネルの背後に回り、ライオネルの両肩に触れる。ライオネルは俺が触れたらビクッと身体を震わせた。
ライオネルは俺との接触を怖がっているのだろう。ライオネルは俺に許可なしには触れられないけど、まぁ、俺からライオネルに触れるぶんには問題ないからな。
「ベッドに座って。座ってくれないとライオネルは背が高いからやりにくいよ」
俺がライオネルを促すと、素直に座ってくれた。俺はそのままライオネルの肩をもみほぐしてやる。
「お疲れさま、ライオネル」
今日のライオネルはヴィクトールのせいで、かなり疲れただろう。たまには優しくして、いい嫁ポイントを稼がないといけない。
それに、ヴィクトールのいうとおり攻め込んだら、仮にモンスターを討伐できたとしても、大勢の兵士の命が失われる。ライオネルは精鋭部隊でモンスターが暴れている原因を追究し、無駄に命が失われるのをなんとしても防ぎたいと訴えていた。その庶民に優しいところは、俺は嫌いじゃないんだ。
「これは身体が楽になるな」
ライオネルは俺に肩を揉まれながら、蒼い花の香りを深呼吸して吸い込んだ。いい感じだ。ライオネルはご満悦の様子だ。
よしよし、これでモンスターに無謀な戦いを挑むことはやめてくれよ、と俺が思っていたときだった。
「ノア。これは俺に優しくして、足止めする作戦なんだろう?」
「へっ?」
「ノアを見ていてわかった。ノアは賢い。いい香りの花と肩もみで俺の気持ちを和らげて、モンスター調査に行かせないようにしているんだろうが、俺はなんとしても行くからな」
「な……!」
こいつ、学習しやがった!
俺の小手先の技が、ライオネルに見抜かれている。
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