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第1章

14.ライオネルの気持ち

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「あれ……」

 俺はふと手綱を持つライオネルの手袋の隙間から見える、手首のアザに気がついた。
 ライオネルの左手首には、悪魔の炎みたいな形の赤黒いアザがある。袖に隠れて全体は見えないが、結構大きめのアザのようだ。

「ライオネル、これも戦場で戦ってるときに怪我したの?」

 俺がライオネルの手首のアザに触れようとすると、「なんでもないから気にするな」とライオネルは袖と手袋を直してアザを隠してしまった。

「……そう。痛くないならいいけど、痕が気になるなら俺が魔法で治すよ」

 ぱっと見は火傷の痕みたいだった。敵の炎魔法か何かでやられたのかもしれない。

「大丈夫。これは俺の問題だから、ノアの手をわずらわせるのは申し訳ないよ。魔法を使うのにもたくさん力がいるのだろう?」
「そうだけど……」

 魔法を使うと身体に多少の負担はかかる。でも、ライオネルのアザのほうがよっぽど気になる。そのくらい治してあげたいのに、ライオネルは変に遠慮しているのだろう。

「俺はノアが俺と結婚してくれたことが、なによりも嬉しいんだ。これ以上は何も望まないよ」

 華麗に馬を操りながら、ライオネルは山道を登っていく。

「どういう意味……?」

 さっきの言葉がひっかかって俺がライオネルに訊ねると、ライオネルは意味深なため息をついた。

「ノアは王都で大人気のオメガだった。貴族アルファの中で、ノアの心を射止めるのは誰だと噂になっていた」
「あー……」

 そうそう。俺は本当にモテモテだった。性格は悪いけど、見た目だけは誰にも負けない、完璧な容姿をしているから。

「だからノアと結婚できるなんて思いもしなかったんだよ」

 まぁな。俺がライオネルを結婚相手に選んだのは、金持ちで地位が高いからだ。どうせ離婚するんだから、より金を持っている上位貴族を狙っただけのこと。過去の因縁も……仕返ししてやろうって気持ちもなくはないけど。

「……運命の番だからね」

 俺は嫌味を言ってやろうと思った。

「運命……?」
「そう。俺はたくさんのアルファに求婚されたけど、ライオネルに運命を感じたんだ。ライオネルは? 俺に運命を感じた?」

 俺は後ろを振り返り、ライオネルにとっておきの『可愛いオメガ顔』をする。鏡の前で可愛く見える角度を何度も確認した、俺の必殺技だ。


「……感じた」

 手綱を持つライオネルの視線は、行く先を見つめている。

「離れようとしても、離れられないのが運命の番なのかもしれない」
「え……」
「ノアのことは俺が必ず幸せにする。俺と結婚したことを後悔させたりしない」

 ライオネルは決意を込めるようにきっぱりと言った。

「だから、今は可愛いノアをたくさん見ていたい。俺のこの意味のない人生に、そのくらいの華があってもいいだろう。俺だって必死で生きているんだから」

 山稜の見晴らしのいい一本道に出て、ライオネルは手綱を持つ手を緩めた。

「ノアの笑顔は本当に可愛いよ」

 ライオネルは俺を見つめて微笑む。
 ライオネルは俺の作り上げた『可愛いオメガ顔』に簡単に騙されたみたいだ。
 そりゃそうだ。可愛いに決まっている。もともと美形の俺が、可愛くみえるよう角度を計算して笑っているのだから。

 でも。
 ライオネルは運命を『感じた』と言っていた。十年前は俺に何も感じないと言っていたくせに。
 なんなんだよ。いったい、どっちなんだ。

 ――離れようとしても、離れられないのが運命の番なのかもしれない。

 それは少し当たっている気がする。
 十年前、ライオネルのことを嫌って、あんな奴に二度と会うかと思っていたのに、なんの因果か、俺はライオネルと結婚することになった。
 その理由はもちろん、爵位と財産が欲しいからだ。
 でも結果として俺はライオネルのそばにいる。それってやっぱり運命の番だから……?
 いいや、と俺はかぶりを振る。
 ライオネルとの縁は、あと一年だけだ。
 それであいつとはサヨナラするんだから、ライオネルは俺の運命の番じゃない。
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