策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖

文字の大きさ
上 下
11 / 59
第1章

11.事件

しおりを挟む
 その日の夜、つまりは飛竜の日の前日の夜、事件が起きた。
 俺は父上とふたりで城の客間に泊めさせてもらい、眠りについているときだった。
 夜のしじまに、竜騎士の稽古場からドラゴンのいななく声が何度も響き渡った。
 みんなその声に、何事かと飛び起きたらしい。
 俺も騒ぎが気になって、父上とふたりで真夜中の城を飛び出していった。

「ドラゴン殺しだ!」

 野次馬の誰かの叫び声が聞こえる。

 ドラゴン殺し……?
 誰が、なんのために……?

 とにかく嫌な予感がして、俺は全速力で走った。
 訓練場はすでに人だかりができていた。
 俺が到着したころは、闇夜の月明かりに照らされたホワイトドラゴンがよろめきながらも飛び立っていく場面だった。

「バーノン公爵だ! ライオネル・バーノンがホワイトドラゴンの首をはねようとしたんだ!」

 誰かの叫び声に、俺は身震いする。
 嘘だ。そんなことあるはずない。
 俺はかぶりを振って、真実を確かめるべく、野次馬をかき分け、いつもキールが過ごしていた小屋に走って行く。
 この訓練場にはホワイトドラゴンはキールしかいない。だからさっき飛び立って行ったドラゴンはキールに違いない。
 キールはライオネルに命を狙われ、恐ろしくなってここから逃げた……?

「違う、違う……違う!」

 俺は叫びながらキールの暮らしていた小屋に向かう。
 でも、俺がそこで見たものは、ふたりの警備兵に腕を掴まれ、どこかに連行されていくうなだれたライオネルの姿だった。
 キールのいた小屋には、ライオネル愛用の剣が落ちている。そしてそのすぐ近くに、斬られたキールの赤い首輪が落ちていた。
 さらに、キールの流した血と思われる血痕。

「残念だったね、ノア」

 状況が理解できず、それを受け入れられない俺の肩を叩いてきたのは、貴族学校の同級生フォルネウスだった。フォルネウスはうちのすぐ隣の領土を治めるユーデリア侯爵の嫡男だ。

「キールが、いなくなった……」

 一緒に暮らせなくなっても、城に来ればキールに会うことができた。でもライオネルに命を狙われたキールは、きっともう人間のいる場所には戻ってこない。

「バーノン公爵は最悪な男だ。いくら自分の言うことを聞かないからって、ドラゴンの首をはねようとするなんておかしいよ」

 フォルネウスはライオネルに対して憤っている。
 目撃者の話や噂をまとめると、明日の飛竜の日を前に、キールはライオネルではなく別の竜騎士候補生を背中に乗せたそうだ。その姿を見たライオネルは憤慨し、キールの首をはねようとした。それを寸前でかわしたキールはそのあと大暴れ。暴走したキールを誰も取り押さえることができず、キールは逃げて行った。
 俺はあのライオネルがそんなことをするなんて信じられなかったが、キールの首にライオネルが斬りかかったところを目撃している者は何人もいて、それは疑いようのない事実だった。

「ライオネルが、ドラゴン殺し……」

 未遂とはいえ、罪は罪だ。
 そしてライオネルのせいで、俺はこの日以降、キールに会えなくなってしまった。

 ドラゴンのキールは人の言葉を話せないが、そのぶん、第六感のように感じる不思議な力を持っている。
 俺をあいだにはさんでいたものの、キールとライオネルは何度も接触していた。それなのにキールがライオネルに懐かなかったのは、ライオネルの本性を見抜いていたのではないだろうか。

 ライオネルが俺に優しくしたのは、すべて計算だったのだ。キールを手に入れるための偽りの姿だった。
 だからキールが他の竜騎士を選ぶと知って、平気でキールに斬りかかったりするんだ。

 俺を「運命の番なんかじゃない」と振った恨み。

 キールの命を奪おうとした恨み。

 それから俺は人を信じられなくなった。



 ライオネルはドラゴン殺しの罪を最後まで認めなかった。結局、問われたのはドラゴンを逃がしてしまった罪のみとなり、国王の判断で、ライオネルは辺境の地に赴任することとなった。
 ライオネルは腐ってもバーノン司教の子孫だ。そこが考慮され、辺境伯として国境の防衛にあたる立場となったらしい。

 それから十年の時が経った。
 すっかり捻くれた性格になった俺のもとに、ライオネルから求婚の手紙が届いた。それを見て、俺は目を疑った。
 十年前、俺を振ったのはライオネルのほうだ。しかも俺の大切なキールの命を奪おうとしたくせに、よく「結婚してくれ」なんて言えたものだ。
 でも俺はすぐに手紙の文面からその謎に気がついた。
 手紙は「初めまして」から始まっていたのだ。その後の文面も、過去のことには触れてもいない。「一度でいいから会って話がしてみたい」だの「ひと目惚れをした」だの、おかしなことばかり書いてある。

 つまり、ライオネルは俺のことを忘れているのだ。
 俺にとってライオネルと過ごした一年間は、忘れられない記憶だったが、ライオネルにとってはなんでもないことだったのだろう。
 あれだけ俺を振り回しておきながら、すっかり忘れて求婚してくるとはなんて男だ!
 十年かけて薄れていったライオネルへの恨みがふつふつと湧き上がってくる。

 相手がライオネルだったら、すべてを奪っていい。俺はそれに罪悪感を感じない。ライオネルは俺に対してそれだけの罪を犯したのだから。
しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

ベータですが、運命の番だと迫られています

モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。 運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。 執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか? ベータがオメガになることはありません。 “運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり ※ムーンライトノベルズでも投稿しております

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

処理中です...