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第1章

11.事件

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 その日の夜、つまりは飛竜の日の前日の夜、事件が起きた。
 俺は父上とふたりで城の客間に泊めさせてもらい、眠りについているときだった。
 夜のしじまに、竜騎士の稽古場からドラゴンのいななく声が何度も響き渡った。
 みんなその声に、何事かと飛び起きたらしい。
 俺も騒ぎが気になって、父上とふたりで真夜中の城を飛び出していった。

「ドラゴン殺しだ!」

 野次馬の誰かの叫び声が聞こえる。

 ドラゴン殺し……?
 誰が、なんのために……?

 とにかく嫌な予感がして、俺は全速力で走った。
 訓練場はすでに人だかりができていた。
 俺が到着したころは、闇夜の月明かりに照らされたホワイトドラゴンがよろめきながらも飛び立っていく場面だった。

「バーノン公爵だ! ライオネル・バーノンがホワイトドラゴンの首をはねようとしたんだ!」

 誰かの叫び声に、俺は身震いする。
 嘘だ。そんなことあるはずない。
 俺はかぶりを振って、真実を確かめるべく、野次馬をかき分け、いつもキールが過ごしていた小屋に走って行く。
 この訓練場にはホワイトドラゴンはキールしかいない。だからさっき飛び立って行ったドラゴンはキールに違いない。
 キールはライオネルに命を狙われ、恐ろしくなってここから逃げた……?

「違う、違う……違う!」

 俺は叫びながらキールの暮らしていた小屋に向かう。
 でも、俺がそこで見たものは、ふたりの警備兵に腕を掴まれ、どこかに連行されていくうなだれたライオネルの姿だった。
 キールのいた小屋には、ライオネル愛用の剣が落ちている。そしてそのすぐ近くに、斬られたキールの赤い首輪が落ちていた。
 さらに、キールの流した血と思われる血痕。

「残念だったね、ノア」

 状況が理解できず、それを受け入れられない俺の肩を叩いてきたのは、貴族学校の同級生フォルネウスだった。フォルネウスはうちのすぐ隣の領土を治めるユーデリア侯爵の嫡男だ。

「キールが、いなくなった……」

 一緒に暮らせなくなっても、城に来ればキールに会うことができた。でもライオネルに命を狙われたキールは、きっともう人間のいる場所には戻ってこない。

「バーノン公爵は最悪な男だ。いくら自分の言うことを聞かないからって、ドラゴンの首をはねようとするなんておかしいよ」

 フォルネウスはライオネルに対して憤っている。
 目撃者の話や噂をまとめると、明日の飛竜の日を前に、キールはライオネルではなく別の竜騎士候補生を背中に乗せたそうだ。その姿を見たライオネルは憤慨し、キールの首をはねようとした。それを寸前でかわしたキールはそのあと大暴れ。暴走したキールを誰も取り押さえることができず、キールは逃げて行った。
 俺はあのライオネルがそんなことをするなんて信じられなかったが、キールの首にライオネルが斬りかかったところを目撃している者は何人もいて、それは疑いようのない事実だった。

「ライオネルが、ドラゴン殺し……」

 未遂とはいえ、罪は罪だ。
 そしてライオネルのせいで、俺はこの日以降、キールに会えなくなってしまった。

 ドラゴンのキールは人の言葉を話せないが、そのぶん、第六感のように感じる不思議な力を持っている。
 俺をあいだにはさんでいたものの、キールとライオネルは何度も接触していた。それなのにキールがライオネルに懐かなかったのは、ライオネルの本性を見抜いていたのではないだろうか。

 ライオネルが俺に優しくしたのは、すべて計算だったのだ。キールを手に入れるための偽りの姿だった。
 だからキールが他の竜騎士を選ぶと知って、平気でキールに斬りかかったりするんだ。

 俺を「運命の番なんかじゃない」と振った恨み。

 キールの命を奪おうとした恨み。

 それから俺は人を信じられなくなった。



 ライオネルはドラゴン殺しの罪を最後まで認めなかった。結局、問われたのはドラゴンを逃がしてしまった罪のみとなり、国王の判断で、ライオネルは辺境の地に赴任することとなった。
 ライオネルは腐ってもバーノン司教の子孫だ。そこが考慮され、辺境伯として国境の防衛にあたる立場となったらしい。

 それから十年の時が経った。
 すっかり捻くれた性格になった俺のもとに、ライオネルから求婚の手紙が届いた。それを見て、俺は目を疑った。
 十年前、俺を振ったのはライオネルのほうだ。しかも俺の大切なキールの命を奪おうとしたくせに、よく「結婚してくれ」なんて言えたものだ。
 でも俺はすぐに手紙の文面からその謎に気がついた。
 手紙は「初めまして」から始まっていたのだ。その後の文面も、過去のことには触れてもいない。「一度でいいから会って話がしてみたい」だの「ひと目惚れをした」だの、おかしなことばかり書いてある。

 つまり、ライオネルは俺のことを忘れているのだ。
 俺にとってライオネルと過ごした一年間は、忘れられない記憶だったが、ライオネルにとってはなんでもないことだったのだろう。
 あれだけ俺を振り回しておきながら、すっかり忘れて求婚してくるとはなんて男だ!
 十年かけて薄れていったライオネルへの恨みがふつふつと湧き上がってくる。

 相手がライオネルだったら、すべてを奪っていい。俺はそれに罪悪感を感じない。ライオネルは俺に対してそれだけの罪を犯したのだから。
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