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第1章
8.過去
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俺はずっとキールと一緒に育ってきた。
キールは俺が拾ったホワイトドラゴンの稚児だ。うちの家の裏山で、羽を痛めて動けずうずくまっているところを当時四歳だった俺が家まで連れてきた。
俺は古くて使われなくなった離れ小屋にキールを隠していたが、今思えば、父上はそのことに気がついていたと思う。それでも俺の好きにさせようと、見て見ぬふりをしていたんだろう。
魔法でキールの怪我を治してやり、毎日エサをやり、身体を拭いてやる。懐いてきたころにはキールは俺の部屋までついてきて、俺のベッドで一緒に眠った日もあった。
キールはずっと俺から離れなかった。一応、キールには居場所を見つけるための魔法をかけた赤い首輪をさせていたが、飛べるようになってもいなくならない。
生まれたばかりだったキールは、俺を親と勘違いして、ここを棲み処だと思っていたのかもしれない。
当時の俺はまだ純粋だった。七歳になって貴族学校に通うようになり、そこで友達ができた俺は、「誰にも話すなよ」と学校の友達にキールを見せた。
キールはホワイトドラゴンだ。ホワイトドラゴンはアルビノ種で、ドラゴンの中でも珍しい種だ。そんな希少種ドラゴンを飼っていることを、俺は誰かに自慢したくなった。子どもっぽい、安易な気持ちだった。
そのとき見せたのは三人だけ。でも次の日には学校で俺がホワイトドラゴンを飼っていることがクラス中に知れ渡っていた。
俺が責めても三人は「俺は言ってない」と全員否定した。あのときほど念書を書かせればよかったと思ったときはない。約束を破ったときには魔法の制裁で、顔にバツ印のアザが出ることにしておけば、三人のうち誰がキールのことを話したのか一目瞭然だったのに。
とにかく俺は噂が広がらないように躍起になり、七十五日が過ぎるころにはなんとなくその話題もなくなった。
ドラゴンを飼ってはいけないという決まりはない。将来、竜騎士を目指している人はそのためにドラゴンを飼っていることもある。空を飛べて、ドラゴン自体も火を吐いたり爪で攻撃したりと戦闘力の高い竜騎士は、地上を馬で駆ける騎士よりも圧倒的に強いからだ。
でも竜騎士は、どの国でも数騎しかいない。
ドラゴンは希少な生き物だ。さらに人間に慣れているドラゴンは滅多にいない。
つまり、キールを欲しがる輩は大勢いたんだ。
大人たちは汚かった。
消えたと思っていた噂話を子どもから聞きつけたのか、俺に言い寄ってきた。
「ドラゴンは三歳になったらみんな王都で育てる決まりがあるんだよ」
「キールにもっと広くていい部屋を与えてあげる」
「キールはまだ怪我をしているよ。だから遠くに飛んでいかないんだ。治してあげよう」
「会いたいときにはいつでも会えるよ」
と、人のいい父と幼い俺を巧みに騙してキールを王都に連れて行ってしまった。
今の俺なら全部嘘だとわかる。でも七歳の俺にはそれが見抜けなかった。
俺はキールと離れ離れになってしまった。
俺は事あるごとに王都に連れて行ってもらい、王都にいるキールに会いに行った。キールは竜騎士団の訓練場の一角にあるドラゴン小屋におり、俺のつけた赤い首輪に魔法で強化された鎖をつけられ自由を奪われていた。
それでも俺を見つけると嬉しそうに羽をバタバタと羽ばたかせる。俺はキールを励まし、たくさん撫でてやった。
そこで俺は、当時十八歳のライオネルに出会った。
「このドラゴンは竜騎士団の誰にも懐かないんだ」
俺がキールを撫でていると、背後からライオネルが声をかけてきた。それがあいつとの初めての出会いだった。
十一年前のライオネルは竜騎士を目指している一介の騎士で、まだ辺境伯ではなかった。両親をいっぺんに不慮の事故で亡くし、公爵の爵位を継承したばかりのころだった。
あ、そうそう。そのときのライオネルはまだ顔に傷はないし、変な髪型はしていなかった。ごく普通の、アルファ然としたかっこいい雰囲気だった。
それなのにどうしてライオネルは風呂もろくに入らない、変な奴になっちゃったんだろう。
俺はそのときまだ八歳だった。バース性もわからない時期だった。それでもオメガとしての本能が、ライオネルを見た途端に目覚めた。
ライオネルに強く惹かれた。あの人のそばにいたいと思った。感じたことのない胸の高鳴りと、会ったことはないはずなのに強烈な既視感に襲われた。
ライオネルこそ運命の番だと思った。
そう説明すれば、全部解決する。そのくらい俺はライオネルに特別なものを感じた。
「あ、あのっ。この子の名前はキールって言って、こんなに小さいころから俺が育てたんです。だから仲良なんですっ」
ライオネルに運命を感じてドキドキしながら、俺は今までキールをどんなふうにして過ごしてきたかをライオネルに話した。
「すごいな。ドラゴンの中でもホワイトドラゴンは特に警戒心が強いんだ。子どもでも人には懐かないぞ」
「そうなのですか?」
「ああ。俺は将来竜騎士を目指しているから竜のことはよく学んでいる。そんな俺が言うのだから間違いないだろ?」
ライオネルの言葉に俺は頷いた。たしかに竜騎士は誰よりも竜の特性を知っている。ライオネルも竜騎士の訓練生なのだから、相当に詳しいはずだ。
「しかもこのドラゴンは強い魔力を持っている。これは誰もが相棒にしたいと思うドラゴンだよ」
そうなのだ。竜騎士はドラゴンに認めてもらえなければ竜騎士になれない。ドラゴンは自ら主人を選ぶから、いくら戦闘能力に長けていようと、強く竜騎士になることを希望していようと、相棒となる竜がいなければただの騎士になるしかない。
「じゃ、じゃあ俺が、キールと騎士様の橋渡しになります」
「君が?」
「はい。俺はキールと仲良しなので、騎士様とキールが仲良くなれるよう、お手伝いします。どうですか?」
当時の俺は本当に純粋な気持ちだった。ライオネルが竜騎士になれたらいいなと思っていたし、ただ、運命を感じたライオネルともっと話がしたかった。ライオネルを深く知りたいと思ったのだ。
「ありがとう。嬉しいよ」
ライオネルは俺に微笑みかけてきた。そのときの顔のあまりのかっこよさに、俺は子どもながらに見惚れてしまった。
やっぱり運命だ。ライオネルは運命の番に違いないと信じて疑わなかった。
キールは俺が拾ったホワイトドラゴンの稚児だ。うちの家の裏山で、羽を痛めて動けずうずくまっているところを当時四歳だった俺が家まで連れてきた。
俺は古くて使われなくなった離れ小屋にキールを隠していたが、今思えば、父上はそのことに気がついていたと思う。それでも俺の好きにさせようと、見て見ぬふりをしていたんだろう。
魔法でキールの怪我を治してやり、毎日エサをやり、身体を拭いてやる。懐いてきたころにはキールは俺の部屋までついてきて、俺のベッドで一緒に眠った日もあった。
キールはずっと俺から離れなかった。一応、キールには居場所を見つけるための魔法をかけた赤い首輪をさせていたが、飛べるようになってもいなくならない。
生まれたばかりだったキールは、俺を親と勘違いして、ここを棲み処だと思っていたのかもしれない。
当時の俺はまだ純粋だった。七歳になって貴族学校に通うようになり、そこで友達ができた俺は、「誰にも話すなよ」と学校の友達にキールを見せた。
キールはホワイトドラゴンだ。ホワイトドラゴンはアルビノ種で、ドラゴンの中でも珍しい種だ。そんな希少種ドラゴンを飼っていることを、俺は誰かに自慢したくなった。子どもっぽい、安易な気持ちだった。
そのとき見せたのは三人だけ。でも次の日には学校で俺がホワイトドラゴンを飼っていることがクラス中に知れ渡っていた。
俺が責めても三人は「俺は言ってない」と全員否定した。あのときほど念書を書かせればよかったと思ったときはない。約束を破ったときには魔法の制裁で、顔にバツ印のアザが出ることにしておけば、三人のうち誰がキールのことを話したのか一目瞭然だったのに。
とにかく俺は噂が広がらないように躍起になり、七十五日が過ぎるころにはなんとなくその話題もなくなった。
ドラゴンを飼ってはいけないという決まりはない。将来、竜騎士を目指している人はそのためにドラゴンを飼っていることもある。空を飛べて、ドラゴン自体も火を吐いたり爪で攻撃したりと戦闘力の高い竜騎士は、地上を馬で駆ける騎士よりも圧倒的に強いからだ。
でも竜騎士は、どの国でも数騎しかいない。
ドラゴンは希少な生き物だ。さらに人間に慣れているドラゴンは滅多にいない。
つまり、キールを欲しがる輩は大勢いたんだ。
大人たちは汚かった。
消えたと思っていた噂話を子どもから聞きつけたのか、俺に言い寄ってきた。
「ドラゴンは三歳になったらみんな王都で育てる決まりがあるんだよ」
「キールにもっと広くていい部屋を与えてあげる」
「キールはまだ怪我をしているよ。だから遠くに飛んでいかないんだ。治してあげよう」
「会いたいときにはいつでも会えるよ」
と、人のいい父と幼い俺を巧みに騙してキールを王都に連れて行ってしまった。
今の俺なら全部嘘だとわかる。でも七歳の俺にはそれが見抜けなかった。
俺はキールと離れ離れになってしまった。
俺は事あるごとに王都に連れて行ってもらい、王都にいるキールに会いに行った。キールは竜騎士団の訓練場の一角にあるドラゴン小屋におり、俺のつけた赤い首輪に魔法で強化された鎖をつけられ自由を奪われていた。
それでも俺を見つけると嬉しそうに羽をバタバタと羽ばたかせる。俺はキールを励まし、たくさん撫でてやった。
そこで俺は、当時十八歳のライオネルに出会った。
「このドラゴンは竜騎士団の誰にも懐かないんだ」
俺がキールを撫でていると、背後からライオネルが声をかけてきた。それがあいつとの初めての出会いだった。
十一年前のライオネルは竜騎士を目指している一介の騎士で、まだ辺境伯ではなかった。両親をいっぺんに不慮の事故で亡くし、公爵の爵位を継承したばかりのころだった。
あ、そうそう。そのときのライオネルはまだ顔に傷はないし、変な髪型はしていなかった。ごく普通の、アルファ然としたかっこいい雰囲気だった。
それなのにどうしてライオネルは風呂もろくに入らない、変な奴になっちゃったんだろう。
俺はそのときまだ八歳だった。バース性もわからない時期だった。それでもオメガとしての本能が、ライオネルを見た途端に目覚めた。
ライオネルに強く惹かれた。あの人のそばにいたいと思った。感じたことのない胸の高鳴りと、会ったことはないはずなのに強烈な既視感に襲われた。
ライオネルこそ運命の番だと思った。
そう説明すれば、全部解決する。そのくらい俺はライオネルに特別なものを感じた。
「あ、あのっ。この子の名前はキールって言って、こんなに小さいころから俺が育てたんです。だから仲良なんですっ」
ライオネルに運命を感じてドキドキしながら、俺は今までキールをどんなふうにして過ごしてきたかをライオネルに話した。
「すごいな。ドラゴンの中でもホワイトドラゴンは特に警戒心が強いんだ。子どもでも人には懐かないぞ」
「そうなのですか?」
「ああ。俺は将来竜騎士を目指しているから竜のことはよく学んでいる。そんな俺が言うのだから間違いないだろ?」
ライオネルの言葉に俺は頷いた。たしかに竜騎士は誰よりも竜の特性を知っている。ライオネルも竜騎士の訓練生なのだから、相当に詳しいはずだ。
「しかもこのドラゴンは強い魔力を持っている。これは誰もが相棒にしたいと思うドラゴンだよ」
そうなのだ。竜騎士はドラゴンに認めてもらえなければ竜騎士になれない。ドラゴンは自ら主人を選ぶから、いくら戦闘能力に長けていようと、強く竜騎士になることを希望していようと、相棒となる竜がいなければただの騎士になるしかない。
「じゃ、じゃあ俺が、キールと騎士様の橋渡しになります」
「君が?」
「はい。俺はキールと仲良しなので、騎士様とキールが仲良くなれるよう、お手伝いします。どうですか?」
当時の俺は本当に純粋な気持ちだった。ライオネルが竜騎士になれたらいいなと思っていたし、ただ、運命を感じたライオネルともっと話がしたかった。ライオネルを深く知りたいと思ったのだ。
「ありがとう。嬉しいよ」
ライオネルは俺に微笑みかけてきた。そのときの顔のあまりのかっこよさに、俺は子どもながらに見惚れてしまった。
やっぱり運命だ。ライオネルは運命の番に違いないと信じて疑わなかった。
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