策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖

文字の大きさ
上 下
8 / 59
第1章

8.過去

しおりを挟む
 俺はずっとキールと一緒に育ってきた。
 キールは俺が拾ったホワイトドラゴンの稚児だ。うちの家の裏山で、羽を痛めて動けずうずくまっているところを当時四歳だった俺が家まで連れてきた。
 俺は古くて使われなくなった離れ小屋にキールを隠していたが、今思えば、父上はそのことに気がついていたと思う。それでも俺の好きにさせようと、見て見ぬふりをしていたんだろう。
 魔法でキールの怪我を治してやり、毎日エサをやり、身体を拭いてやる。懐いてきたころにはキールは俺の部屋までついてきて、俺のベッドで一緒に眠った日もあった。
 キールはずっと俺から離れなかった。一応、キールには居場所を見つけるための魔法をかけた赤い首輪をさせていたが、飛べるようになってもいなくならない。
 生まれたばかりだったキールは、俺を親と勘違いして、ここをだと思っていたのかもしれない。

 当時の俺はまだ純粋だった。七歳になって貴族学校に通うようになり、そこで友達ができた俺は、「誰にも話すなよ」と学校の友達にキールを見せた。
 キールはホワイトドラゴンだ。ホワイトドラゴンはアルビノ種で、ドラゴンの中でも珍しい種だ。そんな希少種ドラゴンを飼っていることを、俺は誰かに自慢したくなった。子どもっぽい、安易な気持ちだった。
 そのとき見せたのは三人だけ。でも次の日には学校で俺がホワイトドラゴンを飼っていることがクラス中に知れ渡っていた。
 俺が責めても三人は「俺は言ってない」と全員否定した。あのときほど念書を書かせればよかったと思ったときはない。約束を破ったときには魔法の制裁で、顔にバツ印のアザが出ることにしておけば、三人のうち誰がキールのことを話したのか一目瞭然だったのに。

 とにかく俺は噂が広がらないように躍起になり、七十五日が過ぎるころにはなんとなくその話題もなくなった。
 ドラゴンを飼ってはいけないという決まりはない。将来、竜騎士を目指している人はそのためにドラゴンを飼っていることもある。空を飛べて、ドラゴン自体も火を吐いたり爪で攻撃したりと戦闘力の高い竜騎士は、地上を馬で駆ける騎士よりも圧倒的に強いからだ。
 でも竜騎士は、どの国でも数騎しかいない。
 ドラゴンは希少な生き物だ。さらに人間に慣れているドラゴンは滅多にいない。

 つまり、キールを欲しがる輩は大勢いたんだ。
 大人たちは汚かった。
 消えたと思っていた噂話を子どもから聞きつけたのか、俺に言い寄ってきた。 

「ドラゴンは三歳になったらみんな王都で育てる決まりがあるんだよ」
「キールにもっと広くていい部屋を与えてあげる」
「キールはまだ怪我をしているよ。だから遠くに飛んでいかないんだ。治してあげよう」
「会いたいときにはいつでも会えるよ」

 と、人のいい父と幼い俺を巧みに騙してキールを王都に連れて行ってしまった。
 今の俺なら全部嘘だとわかる。でも七歳の俺にはそれが見抜けなかった。

 俺はキールと離れ離れになってしまった。




 俺は事あるごとに王都に連れて行ってもらい、王都にいるキールに会いに行った。キールは竜騎士団の訓練場の一角にあるドラゴン小屋におり、俺のつけた赤い首輪に魔法で強化された鎖をつけられ自由を奪われていた。
 それでも俺を見つけると嬉しそうに羽をバタバタと羽ばたかせる。俺はキールを励まし、たくさん撫でてやった。
 そこで俺は、当時十八歳のライオネルに出会った。

「このドラゴンは竜騎士団の誰にも懐かないんだ」

 俺がキールを撫でていると、背後からライオネルが声をかけてきた。それがあいつとの初めての出会いだった。
 十一年前のライオネルは竜騎士を目指している一介の騎士で、まだ辺境伯ではなかった。両親をいっぺんに不慮の事故で亡くし、公爵の爵位を継承したばかりのころだった。
 あ、そうそう。そのときのライオネルはまだ顔に傷はないし、変な髪型はしていなかった。ごく普通の、アルファ然としたかっこいい雰囲気だった。
 それなのにどうしてライオネルは風呂もろくに入らない、変な奴になっちゃったんだろう。 

 俺はそのときまだ八歳だった。バース性もわからない時期だった。それでもオメガとしての本能が、ライオネルを見た途端に目覚めた。
 ライオネルに強く惹かれた。あの人のそばにいたいと思った。感じたことのない胸の高鳴りと、会ったことはないはずなのに強烈な既視感に襲われた。
 ライオネルこそ運命の番だと思った。
 そう説明すれば、全部解決する。そのくらい俺はライオネルに特別なものを感じた。

「あ、あのっ。この子の名前はキールって言って、こんなに小さいころから俺が育てたんです。だから仲良なんですっ」

 ライオネルに運命を感じてドキドキしながら、俺は今までキールをどんなふうにして過ごしてきたかをライオネルに話した。

「すごいな。ドラゴンの中でもホワイトドラゴンは特に警戒心が強いんだ。子どもでも人には懐かないぞ」
「そうなのですか?」
「ああ。俺は将来竜騎士を目指しているから竜のことはよく学んでいる。そんな俺が言うのだから間違いないだろ?」

 ライオネルの言葉に俺は頷いた。たしかに竜騎士は誰よりも竜の特性を知っている。ライオネルも竜騎士の訓練生なのだから、相当に詳しいはずだ。

「しかもこのドラゴンは強い魔力を持っている。これは誰もが相棒にしたいと思うドラゴンだよ」

 そうなのだ。竜騎士はドラゴンに認めてもらえなければ竜騎士になれない。ドラゴンは自ら主人を選ぶから、いくら戦闘能力に長けていようと、強く竜騎士になることを希望していようと、相棒となる竜がいなければただの騎士になるしかない。

「じゃ、じゃあ俺が、キールと騎士様の橋渡しになります」
「君が?」
「はい。俺はキールと仲良しなので、騎士様とキールが仲良くなれるよう、お手伝いします。どうですか?」

 当時の俺は本当に純粋な気持ちだった。ライオネルが竜騎士になれたらいいなと思っていたし、ただ、運命を感じたライオネルともっと話がしたかった。ライオネルを深く知りたいと思ったのだ。

「ありがとう。嬉しいよ」

 ライオネルは俺に微笑みかけてきた。そのときの顔のあまりのかっこよさに、俺は子どもながらに見惚れてしまった。

 やっぱり運命だ。ライオネルは運命の番に違いないと信じて疑わなかった。

しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...