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第1章

5.変身

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「……治せるものなのか?」
「えっ?」
「傷は塞がるが、痕は消えない。俺は視野が狭くなるのが苦手で、戦いのときに鉄仮面は被らない。多少の傷は仕方がない」

 ライオネルは本気で言っているみたいだ。

回復ヒールの魔法で治せるよ。……まさか知らないのか?」
「知らない。傷薬を塗って、それだけだ」
「傷薬だけっ? 信じられない」

 この世には魔法っていう便利な能力がある。誰でも使えるわけではないし、魔力の強さの程度はあるが、割と一般的だ。俺だって使える。
 でもそんなことを知らないということは、ライオネルには魔力はないんだろう。
 ったく。誰かライオネルに教えてやればいいのに。

「治せるものなら治したい。傷の痛みのせいで表情がうまく作れない」

 あ、それでライオネルはあんな変な笑い方してたのか。目もほとんど見えないし、傷だらけの顔でニヤリと笑われたら怖すぎるんだよ。

「今、治そうか?」

 俺がライオネルに微笑みかけると、ライオネルは静かに頷いた。
 俺は意識を集中させる。
 俺はこう見えて、魔力は高いほうだ。魔法学校への入学許可も受けられたくらいだったが、魔導師にはならなかった。そのくらいの実力はある。
 ライオネルの傷に手のひらをかざしてヒール魔法を唱える。俺の手のひらから熱が放たれ、光に包まれたライオネルの傷痕が消えていった。
 久しぶりに魔法を使ったせいで、少しクラッとする。ライオネルの傷の数が多いから思ったより魔力を消費したのだろう。

「綺麗になったよ」

 うん。我ながら完璧だ。ライオネルの肌は別人みたいによくなった。

「本当か」

 ライオネルは自分の肌を手で触って確認して、「傷がない」と驚いている。

「鏡、見てみれば?」

 俺に促されてライオネルは鏡の前に立つ。髪を掻き上げ、そこに映る自分の顔を見て、ライオネルは目を見開いた。

「これが、俺の顔か……?」
「どう? 治ってる?」
「ああ……これが俺だと信じられないくらいだ……」

 ライオネルは自分の顔を眺めている。その顔を見ては、「すごい」「綺麗だ」と感嘆の声をあげていてナルシストっぽいが、そこはとりあえず置いておこう。
 でも、隣で一緒に鏡を覗く俺も驚いた。
 ライオネルは相当かっこいい。これであの邪魔な前髪さえなくなれば、これはかなりのレベルの男前だ。

「ありがとう、ノア」

 ライオネルが微笑みかけてきた。その笑顔は最初と違う、自然な笑みだった。傷の痛みがなくなったから普通に笑えるようになったみたいだ。

「う、うん……」

 その笑顔に不覚にもドキッとしたのは、昔を思い出したからじゃない。そんなことあるはずがない。
 今の俺は、あのころみたいに何も知らないバカじゃない。



 準備を整えた俺は、ライオネルが湯浴みから戻るのを待っている。
 今日は初夜だ。
 俺たちは結婚しているし、同じ部屋のひとつのベッドで眠らなければならない。
 今後のためにも、ここは先手を打っておかなければ。
 ギイ、と木製の扉が開く音がした。ライオネルが部屋に戻ってきたようだ。
 俺はすかさず立ち上がり、ライオネルを迎えに行く。可愛いオメガキャラを演じたいから。

「おかえり、ライオネルっ」

 寝室から玄関に向かおうとして、俺の足は止まった。
 ライオネルの野暮ったい髪が、丁寧に切り揃えられている。
 ライオネルの黒色の髪は、もともとは艶やかだった。ただ目が隠れるくらいに長くて髪量が多かっただけで、バッサリ切って短髪になると、印象がまるで違う。
 精悍な顔つきに、少し潤んだ漆黒の瞳。傷痕が消え、ライオネル本来の凛々しい表情がはっきりとわかる。
 美形だろうなとは思っていたが、ここまでよくなるとは思わなかった。

「髪を、切った。……おかしくないだろうか?」

 ライオネルは気恥ずかしそうに前髪を触っている。髪で顔が隠れないのが落ち着かないのだろう。
 おかしくなんてない。
 これは、相当にかっこいい。
 アルファに言い寄られることに慣れた百戦錬磨の俺が思うんだから間違いない。

「す、すごく似合っているよ。いい感じだ」

 ダメだ。こんなことくらいで動揺しちゃダメだ。
 こいつのしたことを思い出せ。
 俺は絶対にライオネルを好きにならない。

「よかった。ノアに言われるととても安心する。これは全部ノアのためにしていることだから」
「あ、はは……ありがとう……」

 ライオネルがぐいっと近づいてきたから、俺は一歩後ずさる。

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