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40.番外編『運命の出会い!?』北沢視点
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「わかったよ。見合いをすればいいんだろ。日時は秘書と話して決めてくれ」
北沢はぶっきらぼうに通話を終わらせた。相手は父親。三十歳を過ぎたころから、「今のうちに結婚しろ」とやたらと見合いを進めてくる、おせっかいな父親だ。
アパレル業界は多様化している。在庫を抱えない注文後制作スタイルのネットショップに、少数在庫で売り切りスタイルの店。北沢の会社のようにテナント売り上げメインと自社オンラインショップというやり方ではいつか八方塞がりになるのではないか。新業態を始めるべきなのか、日々アイデアを考えだそうとするのに何も思いつかない。
今夜はひとりでただただ飲みたかった。プライベートのこと、今後のビジネスプランのこと、どちらもこの先の将来が見えず、不甲斐ない自分自身に辟易していた。
ふらりと寄った、地下にあるイングリッシュバーの丸椅子にすわり、キツめのアルコールを飲んでいたときだ。
隣に座っている男の身につけている服が目についた。
上下ともに、北沢の会社が展開しているブランドだった。こうして実際に、自分のブランドの服を着てくれている人がいるのを目の当たりにして嬉しく思った。
男のことをチラチラと見ていたせいで、ふと目が合った。
「お兄さん、ひとり?」
男は微笑んで馴れ馴れしく声をかけてきた。明るい髪色で、ピアスは左右で五つ。チャラい雰囲気の男なのに、顔はめちゃくちゃ可愛かった。そのチグハグさに興味を持った。
「あのさー、さっきから思い詰めた顔して大丈夫? 俺でよければ相談のるよ?」
「お前が!?」
こんななんにも考えていなさそうな男に一端の経営者である自分の気持ちがわかってたまるか、と思った。
「お兄さん、アルファでしょ? かっこいいね。俺の好みのタイプ」
男は席を移ってきた。北沢の目の前の席に座り、綺麗な眼でこちらを見つめてくる。
「アルファだったらなんなんだ」
「別に。そう思っただけ。ちなみに俺はオメガ」
男はそう言って上目遣いに北沢の顔を眺めている。顔を赤らめ、少し目はとろんとしている。かなり酔っている様子だった。
この風体からして、この男はアルファを引っ掛けて遊んでいる尻軽オメガなのだろうと推察した。
これだけの美貌があれば、アルファのひとりやふたりはすぐに捕まえられるはずだ。
こんなところでわざわざ男を引っ掛けなくても相手は大勢いるだろう。身体を売って金稼ぎをしているのかもしれないな、とも思った。
「すまないが、今日はひとりで飲みたい気分なんだ」
北沢は追い払おうとしたのに、男は「待てよ」と食い下がってきた。
「さっきから俺のこと見てたじゃん。あれってさ——」
北沢はしまったと思う。男の服を見ていただけなのに、気があるそぶりだと勘違いされたのだろうか。
「誰かに助けてほしかったんだろ?」
「は……?」
助けてほしかったとは心外だ。こんなチャラいオメガに頼るほど落ちぶれちゃいない。
北沢にはアルファとしてのプライドがある。アルファはどんなことでも卒なくこなし、困難も困難と思わせない機転と力で、自力で乗り越えねばならない。
そう思っているのに、なぜかこの男の言葉が北沢の胸をつく。
——誰かに助けてほしかった。
本当にひとりになりたければ、家で飲めばいい。なのにわざわざ普段行かないようなイングリッシュバーに足を運んだのは、本心では誰かを求めていたのかもしれない。
「隠すなよ。わかってる。お前のことは俺が全部お見通しだよ」
男は自信ありげにドヤ顔で語り出すが、会ったばかりなのに何がわかるというのか。
「全部吐き出せ。俺が聞いてやんよ」
「なんでお前なんかに……」
「ほら。遠慮はいらないぜ? こんなところじゃ話せない? それならふたりきりになれる場所行く? スーツきめ込んでないで裸になれば本音が出るだろ」
テーブルの下、男は足を絡めてきた。なんて下手くそな誘い方なんだと北沢は呆れる。
北沢は自分の容姿は自覚している。
案外、甘いマスクをしているのだ。お人好しそうで、すぐに騙されそうな雰囲気らしい。だからこのオメガもすり寄ってきたのだろう。
本当の自分は狡猾でかなり計算高いのに。
「で? いくら欲しいんだ?」
ホテルに連れ込んで手酷く抱いてやろうかとも思った。
もう二度とアルファを引っ掛けたいと思わなくなるくらいにガン突きして、余裕ぶっこいている綺麗な顔を歪めてやりたい。そのチャラいふざけた態度を改めさせてやりたい。
アルファに媚びを売って、身体を差し出す代わりに金をむしり取る。オメガはこんなことをしてばかりだ。オメガ自身がオメガの評判を下げる行為をするから、他のバース性から見下されるというのに。
「四百八十円」
男はテーブルにあったメニュー表の四百八十円のウイスキーを指さして言う。
「お前は? 何飲みたい? お近づきの印に俺も一杯奢ってやるよ」
「……は?」
「あ。千円以下な。あんまり高いのはダメだ。ほら、遠慮なく選べ」
男はポケットから四つ折りの千円札を手渡してきた。
「買ってくるのはお前ね。俺のグラスが空っぽになる前に買って来いよ?」
男の物言いに、北沢は笑いを堪えきれなかった。
「くっくっ……! 俺をパシらせたオメガはお前が初めてだよ」
北沢は立ち上がり、バーカウンターへと向かう。
この店は客がカウンターでオーダーして飲み物を受け取り、席につくというスタイルをとっている。だから飲み物をお代わりしたいときはカウンターまで赴く必要があるのだ。
あの無遠慮なオメガは面白いなと思った。この一杯を飲むあいだに、あのオメガを抱くか抱かないかを決めようと思った。
仕事やプライベートでむしゃくしゃした北沢が、名前も知らないオメガを抱いたなんて聞いたら周囲は卒倒するんじゃないだろうか。
そんな話のネタとして抱くオメガにしては、悪くない。顔は好みのタイプだし、ワンナイトくらい気にもかけない、セックス慣れしてそうなオメガだ。
北沢はぶっきらぼうに通話を終わらせた。相手は父親。三十歳を過ぎたころから、「今のうちに結婚しろ」とやたらと見合いを進めてくる、おせっかいな父親だ。
アパレル業界は多様化している。在庫を抱えない注文後制作スタイルのネットショップに、少数在庫で売り切りスタイルの店。北沢の会社のようにテナント売り上げメインと自社オンラインショップというやり方ではいつか八方塞がりになるのではないか。新業態を始めるべきなのか、日々アイデアを考えだそうとするのに何も思いつかない。
今夜はひとりでただただ飲みたかった。プライベートのこと、今後のビジネスプランのこと、どちらもこの先の将来が見えず、不甲斐ない自分自身に辟易していた。
ふらりと寄った、地下にあるイングリッシュバーの丸椅子にすわり、キツめのアルコールを飲んでいたときだ。
隣に座っている男の身につけている服が目についた。
上下ともに、北沢の会社が展開しているブランドだった。こうして実際に、自分のブランドの服を着てくれている人がいるのを目の当たりにして嬉しく思った。
男のことをチラチラと見ていたせいで、ふと目が合った。
「お兄さん、ひとり?」
男は微笑んで馴れ馴れしく声をかけてきた。明るい髪色で、ピアスは左右で五つ。チャラい雰囲気の男なのに、顔はめちゃくちゃ可愛かった。そのチグハグさに興味を持った。
「あのさー、さっきから思い詰めた顔して大丈夫? 俺でよければ相談のるよ?」
「お前が!?」
こんななんにも考えていなさそうな男に一端の経営者である自分の気持ちがわかってたまるか、と思った。
「お兄さん、アルファでしょ? かっこいいね。俺の好みのタイプ」
男は席を移ってきた。北沢の目の前の席に座り、綺麗な眼でこちらを見つめてくる。
「アルファだったらなんなんだ」
「別に。そう思っただけ。ちなみに俺はオメガ」
男はそう言って上目遣いに北沢の顔を眺めている。顔を赤らめ、少し目はとろんとしている。かなり酔っている様子だった。
この風体からして、この男はアルファを引っ掛けて遊んでいる尻軽オメガなのだろうと推察した。
これだけの美貌があれば、アルファのひとりやふたりはすぐに捕まえられるはずだ。
こんなところでわざわざ男を引っ掛けなくても相手は大勢いるだろう。身体を売って金稼ぎをしているのかもしれないな、とも思った。
「すまないが、今日はひとりで飲みたい気分なんだ」
北沢は追い払おうとしたのに、男は「待てよ」と食い下がってきた。
「さっきから俺のこと見てたじゃん。あれってさ——」
北沢はしまったと思う。男の服を見ていただけなのに、気があるそぶりだと勘違いされたのだろうか。
「誰かに助けてほしかったんだろ?」
「は……?」
助けてほしかったとは心外だ。こんなチャラいオメガに頼るほど落ちぶれちゃいない。
北沢にはアルファとしてのプライドがある。アルファはどんなことでも卒なくこなし、困難も困難と思わせない機転と力で、自力で乗り越えねばならない。
そう思っているのに、なぜかこの男の言葉が北沢の胸をつく。
——誰かに助けてほしかった。
本当にひとりになりたければ、家で飲めばいい。なのにわざわざ普段行かないようなイングリッシュバーに足を運んだのは、本心では誰かを求めていたのかもしれない。
「隠すなよ。わかってる。お前のことは俺が全部お見通しだよ」
男は自信ありげにドヤ顔で語り出すが、会ったばかりなのに何がわかるというのか。
「全部吐き出せ。俺が聞いてやんよ」
「なんでお前なんかに……」
「ほら。遠慮はいらないぜ? こんなところじゃ話せない? それならふたりきりになれる場所行く? スーツきめ込んでないで裸になれば本音が出るだろ」
テーブルの下、男は足を絡めてきた。なんて下手くそな誘い方なんだと北沢は呆れる。
北沢は自分の容姿は自覚している。
案外、甘いマスクをしているのだ。お人好しそうで、すぐに騙されそうな雰囲気らしい。だからこのオメガもすり寄ってきたのだろう。
本当の自分は狡猾でかなり計算高いのに。
「で? いくら欲しいんだ?」
ホテルに連れ込んで手酷く抱いてやろうかとも思った。
もう二度とアルファを引っ掛けたいと思わなくなるくらいにガン突きして、余裕ぶっこいている綺麗な顔を歪めてやりたい。そのチャラいふざけた態度を改めさせてやりたい。
アルファに媚びを売って、身体を差し出す代わりに金をむしり取る。オメガはこんなことをしてばかりだ。オメガ自身がオメガの評判を下げる行為をするから、他のバース性から見下されるというのに。
「四百八十円」
男はテーブルにあったメニュー表の四百八十円のウイスキーを指さして言う。
「お前は? 何飲みたい? お近づきの印に俺も一杯奢ってやるよ」
「……は?」
「あ。千円以下な。あんまり高いのはダメだ。ほら、遠慮なく選べ」
男はポケットから四つ折りの千円札を手渡してきた。
「買ってくるのはお前ね。俺のグラスが空っぽになる前に買って来いよ?」
男の物言いに、北沢は笑いを堪えきれなかった。
「くっくっ……! 俺をパシらせたオメガはお前が初めてだよ」
北沢は立ち上がり、バーカウンターへと向かう。
この店は客がカウンターでオーダーして飲み物を受け取り、席につくというスタイルをとっている。だから飲み物をお代わりしたいときはカウンターまで赴く必要があるのだ。
あの無遠慮なオメガは面白いなと思った。この一杯を飲むあいだに、あのオメガを抱くか抱かないかを決めようと思った。
仕事やプライベートでむしゃくしゃした北沢が、名前も知らないオメガを抱いたなんて聞いたら周囲は卒倒するんじゃないだろうか。
そんな話のネタとして抱くオメガにしては、悪くない。顔は好みのタイプだし、ワンナイトくらい気にもかけない、セックス慣れしてそうなオメガだ。
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