40 / 42
40.番外編『運命の出会い!?』北沢視点
しおりを挟む
「わかったよ。見合いをすればいいんだろ。日時は秘書と話して決めてくれ」
北沢はぶっきらぼうに通話を終わらせた。相手は父親。三十歳を過ぎたころから、「今のうちに結婚しろ」とやたらと見合いを進めてくる、おせっかいな父親だ。
アパレル業界は多様化している。在庫を抱えない注文後制作スタイルのネットショップに、少数在庫で売り切りスタイルの店。北沢の会社のようにテナント売り上げメインと自社オンラインショップというやり方ではいつか八方塞がりになるのではないか。新業態を始めるべきなのか、日々アイデアを考えだそうとするのに何も思いつかない。
今夜はひとりでただただ飲みたかった。プライベートのこと、今後のビジネスプランのこと、どちらもこの先の将来が見えず、不甲斐ない自分自身に辟易していた。
ふらりと寄った、地下にあるイングリッシュバーの丸椅子にすわり、キツめのアルコールを飲んでいたときだ。
隣に座っている男の身につけている服が目についた。
上下ともに、北沢の会社が展開しているブランドだった。こうして実際に、自分のブランドの服を着てくれている人がいるのを目の当たりにして嬉しく思った。
男のことをチラチラと見ていたせいで、ふと目が合った。
「お兄さん、ひとり?」
男は微笑んで馴れ馴れしく声をかけてきた。明るい髪色で、ピアスは左右で五つ。チャラい雰囲気の男なのに、顔はめちゃくちゃ可愛かった。そのチグハグさに興味を持った。
「あのさー、さっきから思い詰めた顔して大丈夫? 俺でよければ相談のるよ?」
「お前が!?」
こんななんにも考えていなさそうな男に一端の経営者である自分の気持ちがわかってたまるか、と思った。
「お兄さん、アルファでしょ? かっこいいね。俺の好みのタイプ」
男は席を移ってきた。北沢の目の前の席に座り、綺麗な眼でこちらを見つめてくる。
「アルファだったらなんなんだ」
「別に。そう思っただけ。ちなみに俺はオメガ」
男はそう言って上目遣いに北沢の顔を眺めている。顔を赤らめ、少し目はとろんとしている。かなり酔っている様子だった。
この風体からして、この男はアルファを引っ掛けて遊んでいる尻軽オメガなのだろうと推察した。
これだけの美貌があれば、アルファのひとりやふたりはすぐに捕まえられるはずだ。
こんなところでわざわざ男を引っ掛けなくても相手は大勢いるだろう。身体を売って金稼ぎをしているのかもしれないな、とも思った。
「すまないが、今日はひとりで飲みたい気分なんだ」
北沢は追い払おうとしたのに、男は「待てよ」と食い下がってきた。
「さっきから俺のこと見てたじゃん。あれってさ——」
北沢はしまったと思う。男の服を見ていただけなのに、気があるそぶりだと勘違いされたのだろうか。
「誰かに助けてほしかったんだろ?」
「は……?」
助けてほしかったとは心外だ。こんなチャラいオメガに頼るほど落ちぶれちゃいない。
北沢にはアルファとしてのプライドがある。アルファはどんなことでも卒なくこなし、困難も困難と思わせない機転と力で、自力で乗り越えねばならない。
そう思っているのに、なぜかこの男の言葉が北沢の胸をつく。
——誰かに助けてほしかった。
本当にひとりになりたければ、家で飲めばいい。なのにわざわざ普段行かないようなイングリッシュバーに足を運んだのは、本心では誰かを求めていたのかもしれない。
「隠すなよ。わかってる。お前のことは俺が全部お見通しだよ」
男は自信ありげにドヤ顔で語り出すが、会ったばかりなのに何がわかるというのか。
「全部吐き出せ。俺が聞いてやんよ」
「なんでお前なんかに……」
「ほら。遠慮はいらないぜ? こんなところじゃ話せない? それならふたりきりになれる場所行く? スーツきめ込んでないで裸になれば本音が出るだろ」
テーブルの下、男は足を絡めてきた。なんて下手くそな誘い方なんだと北沢は呆れる。
北沢は自分の容姿は自覚している。
案外、甘いマスクをしているのだ。お人好しそうで、すぐに騙されそうな雰囲気らしい。だからこのオメガもすり寄ってきたのだろう。
本当の自分は狡猾でかなり計算高いのに。
「で? いくら欲しいんだ?」
ホテルに連れ込んで手酷く抱いてやろうかとも思った。
もう二度とアルファを引っ掛けたいと思わなくなるくらいにガン突きして、余裕ぶっこいている綺麗な顔を歪めてやりたい。そのチャラいふざけた態度を改めさせてやりたい。
アルファに媚びを売って、身体を差し出す代わりに金をむしり取る。オメガはこんなことをしてばかりだ。オメガ自身がオメガの評判を下げる行為をするから、他のバース性から見下されるというのに。
「四百八十円」
男はテーブルにあったメニュー表の四百八十円のウイスキーを指さして言う。
「お前は? 何飲みたい? お近づきの印に俺も一杯奢ってやるよ」
「……は?」
「あ。千円以下な。あんまり高いのはダメだ。ほら、遠慮なく選べ」
男はポケットから四つ折りの千円札を手渡してきた。
「買ってくるのはお前ね。俺のグラスが空っぽになる前に買って来いよ?」
男の物言いに、北沢は笑いを堪えきれなかった。
「くっくっ……! 俺をパシらせたオメガはお前が初めてだよ」
北沢は立ち上がり、バーカウンターへと向かう。
この店は客がカウンターでオーダーして飲み物を受け取り、席につくというスタイルをとっている。だから飲み物をお代わりしたいときはカウンターまで赴く必要があるのだ。
あの無遠慮なオメガは面白いなと思った。この一杯を飲むあいだに、あのオメガを抱くか抱かないかを決めようと思った。
仕事やプライベートでむしゃくしゃした北沢が、名前も知らないオメガを抱いたなんて聞いたら周囲は卒倒するんじゃないだろうか。
そんな話のネタとして抱くオメガにしては、悪くない。顔は好みのタイプだし、ワンナイトくらい気にもかけない、セックス慣れしてそうなオメガだ。
北沢はぶっきらぼうに通話を終わらせた。相手は父親。三十歳を過ぎたころから、「今のうちに結婚しろ」とやたらと見合いを進めてくる、おせっかいな父親だ。
アパレル業界は多様化している。在庫を抱えない注文後制作スタイルのネットショップに、少数在庫で売り切りスタイルの店。北沢の会社のようにテナント売り上げメインと自社オンラインショップというやり方ではいつか八方塞がりになるのではないか。新業態を始めるべきなのか、日々アイデアを考えだそうとするのに何も思いつかない。
今夜はひとりでただただ飲みたかった。プライベートのこと、今後のビジネスプランのこと、どちらもこの先の将来が見えず、不甲斐ない自分自身に辟易していた。
ふらりと寄った、地下にあるイングリッシュバーの丸椅子にすわり、キツめのアルコールを飲んでいたときだ。
隣に座っている男の身につけている服が目についた。
上下ともに、北沢の会社が展開しているブランドだった。こうして実際に、自分のブランドの服を着てくれている人がいるのを目の当たりにして嬉しく思った。
男のことをチラチラと見ていたせいで、ふと目が合った。
「お兄さん、ひとり?」
男は微笑んで馴れ馴れしく声をかけてきた。明るい髪色で、ピアスは左右で五つ。チャラい雰囲気の男なのに、顔はめちゃくちゃ可愛かった。そのチグハグさに興味を持った。
「あのさー、さっきから思い詰めた顔して大丈夫? 俺でよければ相談のるよ?」
「お前が!?」
こんななんにも考えていなさそうな男に一端の経営者である自分の気持ちがわかってたまるか、と思った。
「お兄さん、アルファでしょ? かっこいいね。俺の好みのタイプ」
男は席を移ってきた。北沢の目の前の席に座り、綺麗な眼でこちらを見つめてくる。
「アルファだったらなんなんだ」
「別に。そう思っただけ。ちなみに俺はオメガ」
男はそう言って上目遣いに北沢の顔を眺めている。顔を赤らめ、少し目はとろんとしている。かなり酔っている様子だった。
この風体からして、この男はアルファを引っ掛けて遊んでいる尻軽オメガなのだろうと推察した。
これだけの美貌があれば、アルファのひとりやふたりはすぐに捕まえられるはずだ。
こんなところでわざわざ男を引っ掛けなくても相手は大勢いるだろう。身体を売って金稼ぎをしているのかもしれないな、とも思った。
「すまないが、今日はひとりで飲みたい気分なんだ」
北沢は追い払おうとしたのに、男は「待てよ」と食い下がってきた。
「さっきから俺のこと見てたじゃん。あれってさ——」
北沢はしまったと思う。男の服を見ていただけなのに、気があるそぶりだと勘違いされたのだろうか。
「誰かに助けてほしかったんだろ?」
「は……?」
助けてほしかったとは心外だ。こんなチャラいオメガに頼るほど落ちぶれちゃいない。
北沢にはアルファとしてのプライドがある。アルファはどんなことでも卒なくこなし、困難も困難と思わせない機転と力で、自力で乗り越えねばならない。
そう思っているのに、なぜかこの男の言葉が北沢の胸をつく。
——誰かに助けてほしかった。
本当にひとりになりたければ、家で飲めばいい。なのにわざわざ普段行かないようなイングリッシュバーに足を運んだのは、本心では誰かを求めていたのかもしれない。
「隠すなよ。わかってる。お前のことは俺が全部お見通しだよ」
男は自信ありげにドヤ顔で語り出すが、会ったばかりなのに何がわかるというのか。
「全部吐き出せ。俺が聞いてやんよ」
「なんでお前なんかに……」
「ほら。遠慮はいらないぜ? こんなところじゃ話せない? それならふたりきりになれる場所行く? スーツきめ込んでないで裸になれば本音が出るだろ」
テーブルの下、男は足を絡めてきた。なんて下手くそな誘い方なんだと北沢は呆れる。
北沢は自分の容姿は自覚している。
案外、甘いマスクをしているのだ。お人好しそうで、すぐに騙されそうな雰囲気らしい。だからこのオメガもすり寄ってきたのだろう。
本当の自分は狡猾でかなり計算高いのに。
「で? いくら欲しいんだ?」
ホテルに連れ込んで手酷く抱いてやろうかとも思った。
もう二度とアルファを引っ掛けたいと思わなくなるくらいにガン突きして、余裕ぶっこいている綺麗な顔を歪めてやりたい。そのチャラいふざけた態度を改めさせてやりたい。
アルファに媚びを売って、身体を差し出す代わりに金をむしり取る。オメガはこんなことをしてばかりだ。オメガ自身がオメガの評判を下げる行為をするから、他のバース性から見下されるというのに。
「四百八十円」
男はテーブルにあったメニュー表の四百八十円のウイスキーを指さして言う。
「お前は? 何飲みたい? お近づきの印に俺も一杯奢ってやるよ」
「……は?」
「あ。千円以下な。あんまり高いのはダメだ。ほら、遠慮なく選べ」
男はポケットから四つ折りの千円札を手渡してきた。
「買ってくるのはお前ね。俺のグラスが空っぽになる前に買って来いよ?」
男の物言いに、北沢は笑いを堪えきれなかった。
「くっくっ……! 俺をパシらせたオメガはお前が初めてだよ」
北沢は立ち上がり、バーカウンターへと向かう。
この店は客がカウンターでオーダーして飲み物を受け取り、席につくというスタイルをとっている。だから飲み物をお代わりしたいときはカウンターまで赴く必要があるのだ。
あの無遠慮なオメガは面白いなと思った。この一杯を飲むあいだに、あのオメガを抱くか抱かないかを決めようと思った。
仕事やプライベートでむしゃくしゃした北沢が、名前も知らないオメガを抱いたなんて聞いたら周囲は卒倒するんじゃないだろうか。
そんな話のネタとして抱くオメガにしては、悪くない。顔は好みのタイプだし、ワンナイトくらい気にもかけない、セックス慣れしてそうなオメガだ。
899
お気に入りに追加
1,688
あなたにおすすめの小説
番、募集中。
Q.➽
BL
番、募集します。誠実な方希望。
以前、ある事件をきっかけに、番を前提として交際していた幼馴染みに去られた緋夜。
別れて1年、疎遠になっていたその幼馴染みが他の人間と番を結んだとSNSで知った。
緋夜はその夜からとある掲示板で度々募集をかけるようになった。
番のαを募集する、と。
しかし、その募集でも緋夜への反応は人それぞれ。
リアルでの出会いには期待できないけれど、SNSで遣り取りして人となりを知ってからなら、という微かな期待は裏切られ続ける。
何処かに、こんな俺(傷物)でも良いと言ってくれるαはいないだろうか。
選んでくれたなら、俺の全てを懸けて愛するのに。
愛に飢えたΩを救いあげるのは、誰か。
※ 確認不足でR15になってたのでそのままソフト表現で進めますが、R18癖が顔を出したら申し訳ございませんm(_ _)m
運命のアルファ
猫丸
BL
俺、高木颯人は、幼い頃から亮太が好きだった。亮太はずっと俺のヒーローだ。
亮太がアルファだと知った時、自分の第二の性が不明でも、自分はオメガだから将来は大好きな亮太と番婚するのだと信じて疑わなかった。
だが、検査の結果を見て俺の世界が一変した。
まさか自分もアルファだとは……。
二人で交わした番婚の約束など、とっくに破綻しているというのに亮太を手放せない颯人。
オメガじゃなかったから、颯人は自分を必要としていないのだ、と荒れる亮太。
オメガバース/アルファ同士の恋愛。
CP:相手の前でだけヒーローになるクズアルファ ✕ 甘ったれアルファ
※颯人視点は2024/1/30 21:00完結、亮太視点は1/31 21:00完結です。
※話の都合上、途中女性やオメガ男性を貶めるような発言が出てきます(特に亮太視点)。地雷がある方、苦手な方は自衛してください。
※表紙画像は、亮太をイメージして作成したAI画像です。
多分前世から続いているふたりの追いかけっこ
雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け
《あらすじ》
高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。
桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。
蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。
【BL】声にできない恋
のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ>
オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
可愛いだけが取り柄の俺がヤクザの若頭と番になる話
ivy
BL
生活の為にαを騙してお金を稼いでいた処女ビッチの夏姫が揉め事に巻き込まれてヤクザの若頭と形だけの番になることに。
早速偽の新婚生活を始める2人だが最初は反発するものの少しずつ絆されていく夏姫。
そこに賢士の恋人が現れて?!
2人は無事に本物の番になることが出来るのか!
切なく甘いコメディ調のラブストーリー。
元気で気が強く計算高いと見せかけて天然純情Ωの夏姫(なつき)18歳
若くして組を任されている育ちのいいインテリヤクザの賢士(けんし)28歳α
金に生活にだらしない組長の1人息子。
チョロくて人のいい浩二(こうじ)β
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる