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37.番外編『素直になる方法』
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勇大が部屋に戻ると、橙利は浴衣姿でリビングのソファーに腰を掛けていた。誰かと通話中のようで、スマホを片手に笑っている。
橙利は勇大に気がつくと笑顔で応え、そのまま外のテラスリビングへと移動し、窓ガラスを閉めてしまった。
怒ってはいなさそうだった。でも距離を感じる。ガラスの向こうで橙利が誰とどんな話をしているかはわからないが、橙利はなんだか嬉しそうに話している。
その笑顔を見ていると、橙利にとって勇大の存在はそこまで大切ではないのかもしれないと思えてくる。勇大がいてもいなくても、橙利はいつもどおりの毎日を送るのだろう。
それが、どうしてか腹立たしく思えてくる。
「ふたりで来たのにこれじゃバラバラじゃん……」
勇大はベッドに寝っ転がってスマホゲームで時間つぶしをする。それもすぐに飽きて、気がついたら途中からうたた寝をしていた。
夢か現実か、おぼろげな意識の中、何かが勇大の唇に触れた。それから優しい手が勇大の髪を撫でる。
「勇大。起きられるか?」
聞き慣れた、低い、穏やかな声。この声で名前を呼ばれると、小さな悩みや不安くらい、吹き飛んでしまう安心感がある。
「ん……」
おもむろに目を覚ますと、目の前には橙利がいる。
「少しは休めたか?」
勇大がひどい態度をとっても、橙利はそばにいて微笑みかけてくれる。
まだ嫌われてはいない。きっと、あと少し、こうしてふたりでいられる。
「……ごめん、寝てた」
「いいよ。そのために来たんだ。この旅行は勇大のための旅行なんだからな」
橙利は優しい。素直になれない勇大は、その優しさに甘えてこのつっけんどんな態度を改められないでいる。こんなんじゃいつか呆れられて愛してもらえなくなると思うのに、この捻じ曲がった性格はなかなか直りそうにない。
「ルームサービスが来たんだ。起きて一緒に食べないか?」
「うん。食べる」
橙利の腕をぎゅっと掴むと、そのまま身体を引き上げてくれた。
「行こう!」
「わっ!」
急に横抱きに抱えられ、隣のリビングまで連れて行かれる。
「おいっ、そこまでしなくても……!」
「いいから暴れるな。危ないだろ」
ジタバタするのを咎められ、恥ずかしながら勇大はされるがままになる。
勇大はリビングのソファーに座らされる。目の前のテーブルにはズラリと料理が並ぶ。
サーモンの押し寿司に、湯葉のお造り。サラダに天ぷら、メインはヒレステーキ。デザートにチョコレートケーキまである。これも全部勇大の好きなものばかり。
「とりあえず乾杯しよう。ここで有名な地酒らしい」
「あ、ありがと」
日本酒を注がれて、勇大はそれを小さなグラスで受ける。橙利と軽く乾杯したあと、勇大は日本酒を口にするのだが、これがめちゃくちゃ美味しい。
「うっま」
辛さや刺激感がなく、とても口当たりがいい。ほんのり甘さまで感じる奥深さに、勇大はあっという間にグラスを空にした。
「ほら」
空になると同時に橙利が早速グラスに二杯目を注ぐ。勇大はそれを受けてまた日本酒に口をつける。それから鮭の押し寿司に手を伸ばした。
食事も日本酒も美味しい。
単純に温泉に入って寝起きで、喉が渇いていたのも相まって、飲み過ぎてしまう。
それに、ここは橙利とふたりきりの部屋だ。酔ってしまっても橙利がなんとかしてくれる安心感がある。
「勇大、これも美味いから食べてみろ」
「んぐっ」
橙利が海老の天ぷらの尻尾を持って勇大の口に突っ込んできた。それはそれは雑に。
勇大は素直に受け入れる。もぐもぐ食べ進めて、最後に橙利の指に軽く口づけする。橙利にバレないように唇がぶつかったふりをして。
「勇大、この日本酒は対になっててな。さっき飲んだのが先代からのレシピで、こっちは今の若い当主が改良を加えたものだそうだ。どっちが美味いか飲み比べてみよう」
「うん」
勇大は頷くものの、さっきから結構な勢いで飲んでしまい、頭を動かすとクラクラした。
でも、たしかに日本酒の味が気になる。勇大は新しいグラスを手渡され、なんとなく橙利に流されるまま、次の日本酒を受け取ってしまった。
勇大は次の日本酒を口に含む。まろやかさの中にフルーティーな味わいがあり、こっちのほうが勇大の好みの味だ。
「こっちも美味い。俺はこっち派かな」
「うん。わかるな。こっちは爽やかだな」
橙利も味わいながら、いい勢いで日本酒入りのグラスをぐいっと飲み干した。そのあとすぐに自分のグラスに日本酒を注いでいる。
「気に入ったなら、もう一杯どうだ?」
自分のグラスに注ぎ終えたあと、橙利は勇大に勧めてきた。勇大は急いでグラスに残った日本酒を飲み干し、橙利からの日本酒をグラスで受ける。
料理はどれを食べても申し分ない味だ。デザートのチョコレートケーキも、お酒も美味しい。でも、少し調子にのってアルコールをかなり飲んだ。
勇大はふらふらしてきて、隣に座る橙利の肩に寄りかかる。すると橙利がそれを許すように、勇大の肩を抱いてきた。
橙利は浴衣姿だ。薄い生地一枚隔てただけの接触に、橙利の熱を感じる。少しはだけた胸元が妙に目について妙にドキドキする。
橙利は勇大に気がつくと笑顔で応え、そのまま外のテラスリビングへと移動し、窓ガラスを閉めてしまった。
怒ってはいなさそうだった。でも距離を感じる。ガラスの向こうで橙利が誰とどんな話をしているかはわからないが、橙利はなんだか嬉しそうに話している。
その笑顔を見ていると、橙利にとって勇大の存在はそこまで大切ではないのかもしれないと思えてくる。勇大がいてもいなくても、橙利はいつもどおりの毎日を送るのだろう。
それが、どうしてか腹立たしく思えてくる。
「ふたりで来たのにこれじゃバラバラじゃん……」
勇大はベッドに寝っ転がってスマホゲームで時間つぶしをする。それもすぐに飽きて、気がついたら途中からうたた寝をしていた。
夢か現実か、おぼろげな意識の中、何かが勇大の唇に触れた。それから優しい手が勇大の髪を撫でる。
「勇大。起きられるか?」
聞き慣れた、低い、穏やかな声。この声で名前を呼ばれると、小さな悩みや不安くらい、吹き飛んでしまう安心感がある。
「ん……」
おもむろに目を覚ますと、目の前には橙利がいる。
「少しは休めたか?」
勇大がひどい態度をとっても、橙利はそばにいて微笑みかけてくれる。
まだ嫌われてはいない。きっと、あと少し、こうしてふたりでいられる。
「……ごめん、寝てた」
「いいよ。そのために来たんだ。この旅行は勇大のための旅行なんだからな」
橙利は優しい。素直になれない勇大は、その優しさに甘えてこのつっけんどんな態度を改められないでいる。こんなんじゃいつか呆れられて愛してもらえなくなると思うのに、この捻じ曲がった性格はなかなか直りそうにない。
「ルームサービスが来たんだ。起きて一緒に食べないか?」
「うん。食べる」
橙利の腕をぎゅっと掴むと、そのまま身体を引き上げてくれた。
「行こう!」
「わっ!」
急に横抱きに抱えられ、隣のリビングまで連れて行かれる。
「おいっ、そこまでしなくても……!」
「いいから暴れるな。危ないだろ」
ジタバタするのを咎められ、恥ずかしながら勇大はされるがままになる。
勇大はリビングのソファーに座らされる。目の前のテーブルにはズラリと料理が並ぶ。
サーモンの押し寿司に、湯葉のお造り。サラダに天ぷら、メインはヒレステーキ。デザートにチョコレートケーキまである。これも全部勇大の好きなものばかり。
「とりあえず乾杯しよう。ここで有名な地酒らしい」
「あ、ありがと」
日本酒を注がれて、勇大はそれを小さなグラスで受ける。橙利と軽く乾杯したあと、勇大は日本酒を口にするのだが、これがめちゃくちゃ美味しい。
「うっま」
辛さや刺激感がなく、とても口当たりがいい。ほんのり甘さまで感じる奥深さに、勇大はあっという間にグラスを空にした。
「ほら」
空になると同時に橙利が早速グラスに二杯目を注ぐ。勇大はそれを受けてまた日本酒に口をつける。それから鮭の押し寿司に手を伸ばした。
食事も日本酒も美味しい。
単純に温泉に入って寝起きで、喉が渇いていたのも相まって、飲み過ぎてしまう。
それに、ここは橙利とふたりきりの部屋だ。酔ってしまっても橙利がなんとかしてくれる安心感がある。
「勇大、これも美味いから食べてみろ」
「んぐっ」
橙利が海老の天ぷらの尻尾を持って勇大の口に突っ込んできた。それはそれは雑に。
勇大は素直に受け入れる。もぐもぐ食べ進めて、最後に橙利の指に軽く口づけする。橙利にバレないように唇がぶつかったふりをして。
「勇大、この日本酒は対になっててな。さっき飲んだのが先代からのレシピで、こっちは今の若い当主が改良を加えたものだそうだ。どっちが美味いか飲み比べてみよう」
「うん」
勇大は頷くものの、さっきから結構な勢いで飲んでしまい、頭を動かすとクラクラした。
でも、たしかに日本酒の味が気になる。勇大は新しいグラスを手渡され、なんとなく橙利に流されるまま、次の日本酒を受け取ってしまった。
勇大は次の日本酒を口に含む。まろやかさの中にフルーティーな味わいがあり、こっちのほうが勇大の好みの味だ。
「こっちも美味い。俺はこっち派かな」
「うん。わかるな。こっちは爽やかだな」
橙利も味わいながら、いい勢いで日本酒入りのグラスをぐいっと飲み干した。そのあとすぐに自分のグラスに日本酒を注いでいる。
「気に入ったなら、もう一杯どうだ?」
自分のグラスに注ぎ終えたあと、橙利は勇大に勧めてきた。勇大は急いでグラスに残った日本酒を飲み干し、橙利からの日本酒をグラスで受ける。
料理はどれを食べても申し分ない味だ。デザートのチョコレートケーキも、お酒も美味しい。でも、少し調子にのってアルコールをかなり飲んだ。
勇大はふらふらしてきて、隣に座る橙利の肩に寄りかかる。すると橙利がそれを許すように、勇大の肩を抱いてきた。
橙利は浴衣姿だ。薄い生地一枚隔てただけの接触に、橙利の熱を感じる。少しはだけた胸元が妙に目について妙にドキドキする。
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