番持ちのオメガは恋ができない

雨宮里玖

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36.番外編『素直になる方法』

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「うわー! スッゲェいい部屋!」

 高級ホテルに連れてこられた勇大は部屋に大興奮だ。木のぬくもりを感じるモダンな和風の客室は、内リビングと外のテラスリビングのふたつがある。ゆるく仕切られた引き戸の向こう側にはキングサイズのベッドに外の景色が一望できる解放感がある風呂、奥には小さな書斎スペースまで備えている。

 勇大は身に着けていた鞄とチェスターコートをソファーの上にほおり投げて、バルコニーの先へ出る。

「橙利! こっち来て。湖が見える!」

 広いウッドデッキのバルコニーの先に広がる木々と湖の景色が圧巻で、勇大は橙利を呼ぶ。この景色をどうしても共有したくなったのだ。

「おー。すごいな」

 橙利はバルコニーの手すりを掴む勇大の背中を包み込むようにして景色を眺めている。後ろから抱きしめられているような格好になり、勇大は落ち着かない。

「気に入ったか?」
「う、うん……」

 背中に感じる橙利の熱に胸が高鳴る。今はふたりきりで、いつ橙利に手を出されてもおかしくない状況だと気がついて、妙に緊張してきた。
 ふたりで温泉旅行と聞いたときから抱かれることは覚悟してきた。下着も買ったばかりの新しいものを履いてきたし、勇大にだってその気はある。
 でもダメだ。意識すればするほど、恥ずかしくなる。

「やめろって暑苦しいから」
「俺は暑くない」

 橙利は勇大にうなじに唇を這わしてきた。オメガのうなじに何度もキスをされ、勇大は妙な気持ちになってきた。

「ダメだって……」
「なんでダメなんだ?」

 橙利は勇大の服のあいだから手を滑り込ませてくる。

「だから、あっ……」

 勇大を感じさせようとするその手に翻弄されそうになる。このままでは理性が壊れてしまいそうで、勇大は橙利の手首を掴んで服の外へと追い出した。

「お前、発情しすぎっ。ふたりきりになるとすぐにそういうことすんのダメ……」
「じゃあいつ、こういうことをするんだ?」
「あっ……」

 橙利は勇大に身体を寄せてくる。ふわっとアルファのフェロモンを感じて勇大の身体が熱くなっていく。
 橙利は最近アルファ抑制剤を飲むのをやめたらしい。その理由は勇大というパートナーがいることだという。勇大と交わることで欲を発散させることができるようになったし、飲まないことでより活動的になれるそうだ。

 あとひとつ。想いを通わせたあとから、橙利は無遠慮に勇大にフェロモンをぶつけてくるようになった。もしかしたら、勇大をフェロモンで誘惑して行為に持ち込むつもりなのかもしれないと思った。そんなことをしなくても、勇大は橙利の誘いに応える気持ちはある。ただ、素直になれないだけで。

「ふ、風呂に入りたいな。せっかく温泉に来たんだからまずは風呂だろ? な?」

 勇大はするりと北沢の腕の中から逃れて室内に戻る。
 そのまま橙利と距離をとるようにして、部屋の奥にあったクローゼットから浴衣を手に取る。

「部屋の風呂もあるけど……」
「いいって、俺は外のでっかい風呂に入ってくるよ」
「じゃあ俺も一緒に……」
「いやいやいやいや、橙利は部屋の風呂に入ったら? ほらお前一応社長だし! 有名人はあんまり公共の風呂はよくないだろ?」

 橙利は不満げな顔をしている。言いたいことはよくわかる。きっと勇大に避けられていると思っているのだろう。でもどうしてもふたりで風呂に入るのは耐えられなかった。橙利の裸を見たら、絶対に変な気を起こしてしまうに違いない。

「じゃ、ちょっと行ってくる!」

 勇大は支度をして、そそくさと部屋を飛び出した。


 うつむき加減で歩きながら、勇大は左手で頭をかきむしる。
 あんな態度をとってはダメだ。みるみる橙利の顔が曇っていくのがわかったのに、こうして逃げ出してきてしまった。

 嫌われたらどうしよう。
 急に不安になる。紆余曲折あって付き合うことになったけれども、それはあくまでも始まりにすぎなくて、ここからどう気持ちを通わせていくかが大切なのではないか。恋人同士の破局なんてよくある話で、この立場に決してあぐらをかいていてはいけない。

 勇大の気持ちはすっかり橙利にある。あとは橙利から愛してもらえるよう頑張らなければならないのに。

「あー! 何やってんだよ……」

 とりあえず温泉につかって気持ちを落ち着けよう。そして部屋に戻ったらさっきの態度を橙利に謝る。それできっと仲直りできるはずだ。
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