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26. Intention(意図)
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「つまり、俺は意図的に勇大と番になった。オメガにとって取り返しのつかないものを俺は勇大から奪ったんだ」
「意図的って、嘘だろ……」
勇大としては、あのとき本能のせいで事故みたいに番ってしまったものだと思っていた。でも北沢の話を聞くとそうじゃなかった。北沢はあの場から逃れることができたのに、勇大を番にした。
勇大の胸がドクンと跳ねた。
つまり、北沢は勇大を最初から望んでくれていた……?
「バーで隣に座ってた勇大は、急に俺に馴れ馴れしく話しかけてきただろう? すごく楽しかったんだ。久しぶりに童心に返ったというか、自分を思い出したというか、心地よかった」
北沢は目の前にあるコーヒーカップにゆっくりとした所作で口付けた。そのあと「勇大も何か飲まないか?」とメニューを勇大の目の前にスッと置いた。
勇大は気が気じゃない。さっきからの北沢の告白のひとつひとつが恐ろしくもあるのに、一方の北沢は余裕があるようだ。
「ずいぶん昔の初恋を思い出した。それで、勇大が欲しくなった」
「初恋……」
そうだ。北沢は以前言っていた。勇大が「好きな人は誰か」としつこく聞いたら「初恋の人に似ていたんだ」と答えてきた。
それは、つまり。
「やっと気がついたか? 俺が好きなのは勇大、お前だよ」
北沢は視線を逸らさない。
勇大の大好きな優しい瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「番ったときも好きだと思ったが、勇大を知れば知るほど好きになった。笑われるかもしれないが、俺はお前に会って初めてまともに恋をした。楽しくて仕方がないんだ。勇大と一緒にいるときもそうだし、離れてても勇大のことを考えるだけで楽しかった」
北沢は微笑む。その笑顔がどこか寂しげで、どこかへ消えてしまいそうで、勇大は思わず北沢の手を掴んだ。
勇大が触れると北沢はぴくりと反応したが、勇大の手を握り返してくることはしなかった。
「番解除の方法なんだが、ここ、すごくいい病院なんだ」
北沢はテーブルの端に伏せて置いてあったA4の白い用紙を勇大の目の前に置いた。
オメガ専用の病院のホームページを印刷したもので、『最先端の番解除~オメガの未来を守るために~』という文字が書いてある。
「費用は意図的に番った俺が出す。治療の際にアルファの遺伝子型が必要になるらしいんたが、それももちろん協力させてもらう。ここで番解除の治療をすれば、うまくいけばもう一度アルファと番えるかもしれないんだ。な、勇大、やるだけやってみよう。お前はまだ若いんだ。絶対にこの方法がいい」
熱心に病院での番解除を勧めてくる北沢に、だんだんとイライラしてきた。
北沢は勇大の覚悟を何もわかっていない。
「お前、さっきからひとりでうるさいんだよっ」
勇大は席を立ち、北沢にぐっと顔を近づけて睨みを利かす。
北沢も負けじと鋭い視線を返してきた。北沢は勇大に病院での番解除をさせたいのだろう。北沢は意外に頑固な男だ。
「誰が、番解除なんてするかよ」
勇大はグッと距離を近づけ、北沢の唇に唇を重ねる。
三秒ほどのキスだった。
誰が見ていたって構わない。このわからずやのアルファの減らず口を止めてやりたかった。
「勇大……?」
北沢は呆然としている。何が起こったのか理解が追いつかない様子だ。
「お、俺の気持ち。お前アルファだろ? 頭いいならそのくらい気づけよ」
勇大は席に戻り、北沢から視線を外す。
自分からキスをしたくせに、急に恥ずかしくなってきた。
勢いでやってしまったが、冷静になればなるほど居た堪れない気持ちになってくる。
人に見られていただろうし、キスとかじゃなくてもっと他に気持ちの伝え方はある。今になって、何もあそこまでしなくても、普通に言葉で「好きだ」と伝えればよかったのにと後悔が怒涛のように押し寄せてきた。
「勇大、本気か……!?」
北沢はありえないほど驚いている。
でも、勇大からしたら驚くことなんかじゃない。北沢ほどの男に出会って好きにならないわけがないだろとツッコミを入れたくなる。
「だってお前、あんなに俺から逃げて……。番ったあと、俺は必死で行方を探したんだ。番になったのにアルファから逃げるなんて思いもしなかったんだよ。逃げたら損するのはオメガのほうだろう?」
「だ、だって、訴えられるかと思ったから……」
「訴える!? 俺が、お前を!?」
「ひ、ヒートトラップ仕掛けただろって……」
「くっ……」
堪えきれないといった様子で北沢が笑った。
「なんだその斜め上すぎる思考は! そんなことが理由で逃げたのか!?」
「なんだよ、笑うな。俺なりに必死だったのに……」
あのときは本当に訴えられると不安だった。そんなことになったら人生終わると本気で思った。
「俺はてっきり嫌われたのかと思ったよ」
「嫌いになるわけないだろ……」
勇大は、好きになりすぎて困っていただけだ。勇大も、こんなに誰かを強く求めたことは初めての経験だった。
「勇大」
「わっ……」
北沢がガバッと勇大に横から抱きついてきた。勇大の首に両腕を回しているから、必然、北沢の顔がすぐ近くにある。
「やめろって、おいっ……こんなところで……!」
「勇大、今、すごくいい匂いがする……」
「こら……!」
北沢が鼻をうなじに近づけてくるから、恥ずかしくなって勇大は北沢をぐいっと押しやる。
「場所を変えようか、勇大」
北沢に囁かれた言葉の意味を察して、勇大の顔が一気に熱くなる。
この状況、素面じゃ耐えられない。
こんなことになるなら、さっさとビールでも頼んでおけばよかったと勇大は後悔した。
「意図的って、嘘だろ……」
勇大としては、あのとき本能のせいで事故みたいに番ってしまったものだと思っていた。でも北沢の話を聞くとそうじゃなかった。北沢はあの場から逃れることができたのに、勇大を番にした。
勇大の胸がドクンと跳ねた。
つまり、北沢は勇大を最初から望んでくれていた……?
「バーで隣に座ってた勇大は、急に俺に馴れ馴れしく話しかけてきただろう? すごく楽しかったんだ。久しぶりに童心に返ったというか、自分を思い出したというか、心地よかった」
北沢は目の前にあるコーヒーカップにゆっくりとした所作で口付けた。そのあと「勇大も何か飲まないか?」とメニューを勇大の目の前にスッと置いた。
勇大は気が気じゃない。さっきからの北沢の告白のひとつひとつが恐ろしくもあるのに、一方の北沢は余裕があるようだ。
「ずいぶん昔の初恋を思い出した。それで、勇大が欲しくなった」
「初恋……」
そうだ。北沢は以前言っていた。勇大が「好きな人は誰か」としつこく聞いたら「初恋の人に似ていたんだ」と答えてきた。
それは、つまり。
「やっと気がついたか? 俺が好きなのは勇大、お前だよ」
北沢は視線を逸らさない。
勇大の大好きな優しい瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「番ったときも好きだと思ったが、勇大を知れば知るほど好きになった。笑われるかもしれないが、俺はお前に会って初めてまともに恋をした。楽しくて仕方がないんだ。勇大と一緒にいるときもそうだし、離れてても勇大のことを考えるだけで楽しかった」
北沢は微笑む。その笑顔がどこか寂しげで、どこかへ消えてしまいそうで、勇大は思わず北沢の手を掴んだ。
勇大が触れると北沢はぴくりと反応したが、勇大の手を握り返してくることはしなかった。
「番解除の方法なんだが、ここ、すごくいい病院なんだ」
北沢はテーブルの端に伏せて置いてあったA4の白い用紙を勇大の目の前に置いた。
オメガ専用の病院のホームページを印刷したもので、『最先端の番解除~オメガの未来を守るために~』という文字が書いてある。
「費用は意図的に番った俺が出す。治療の際にアルファの遺伝子型が必要になるらしいんたが、それももちろん協力させてもらう。ここで番解除の治療をすれば、うまくいけばもう一度アルファと番えるかもしれないんだ。な、勇大、やるだけやってみよう。お前はまだ若いんだ。絶対にこの方法がいい」
熱心に病院での番解除を勧めてくる北沢に、だんだんとイライラしてきた。
北沢は勇大の覚悟を何もわかっていない。
「お前、さっきからひとりでうるさいんだよっ」
勇大は席を立ち、北沢にぐっと顔を近づけて睨みを利かす。
北沢も負けじと鋭い視線を返してきた。北沢は勇大に病院での番解除をさせたいのだろう。北沢は意外に頑固な男だ。
「誰が、番解除なんてするかよ」
勇大はグッと距離を近づけ、北沢の唇に唇を重ねる。
三秒ほどのキスだった。
誰が見ていたって構わない。このわからずやのアルファの減らず口を止めてやりたかった。
「勇大……?」
北沢は呆然としている。何が起こったのか理解が追いつかない様子だ。
「お、俺の気持ち。お前アルファだろ? 頭いいならそのくらい気づけよ」
勇大は席に戻り、北沢から視線を外す。
自分からキスをしたくせに、急に恥ずかしくなってきた。
勢いでやってしまったが、冷静になればなるほど居た堪れない気持ちになってくる。
人に見られていただろうし、キスとかじゃなくてもっと他に気持ちの伝え方はある。今になって、何もあそこまでしなくても、普通に言葉で「好きだ」と伝えればよかったのにと後悔が怒涛のように押し寄せてきた。
「勇大、本気か……!?」
北沢はありえないほど驚いている。
でも、勇大からしたら驚くことなんかじゃない。北沢ほどの男に出会って好きにならないわけがないだろとツッコミを入れたくなる。
「だってお前、あんなに俺から逃げて……。番ったあと、俺は必死で行方を探したんだ。番になったのにアルファから逃げるなんて思いもしなかったんだよ。逃げたら損するのはオメガのほうだろう?」
「だ、だって、訴えられるかと思ったから……」
「訴える!? 俺が、お前を!?」
「ひ、ヒートトラップ仕掛けただろって……」
「くっ……」
堪えきれないといった様子で北沢が笑った。
「なんだその斜め上すぎる思考は! そんなことが理由で逃げたのか!?」
「なんだよ、笑うな。俺なりに必死だったのに……」
あのときは本当に訴えられると不安だった。そんなことになったら人生終わると本気で思った。
「俺はてっきり嫌われたのかと思ったよ」
「嫌いになるわけないだろ……」
勇大は、好きになりすぎて困っていただけだ。勇大も、こんなに誰かを強く求めたことは初めての経験だった。
「勇大」
「わっ……」
北沢がガバッと勇大に横から抱きついてきた。勇大の首に両腕を回しているから、必然、北沢の顔がすぐ近くにある。
「やめろって、おいっ……こんなところで……!」
「勇大、今、すごくいい匂いがする……」
「こら……!」
北沢が鼻をうなじに近づけてくるから、恥ずかしくなって勇大は北沢をぐいっと押しやる。
「場所を変えようか、勇大」
北沢に囁かれた言葉の意味を察して、勇大の顔が一気に熱くなる。
この状況、素面じゃ耐えられない。
こんなことになるなら、さっさとビールでも頼んでおけばよかったと勇大は後悔した。
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