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20.堪えきれない

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「ワインちょうだい」

 勇大は目の前にあったワインボトルを手に取り、自分でグラスに注ごうとすると北沢にワインボトルを掴まれた。

「飲み過ぎだ。勇大、結構酔ってるだろ」
「いいんだよ」

 勇大はワインボトルを無理に引っ張り、邪魔な北沢の手を振り払おうとする。

「ダメだ」
「離せって、おいっ」
「こら、勇大っ」

 北沢にガッと手首を掴まれた。北沢を睨みつけようと顔を上げたとき目が合った。

「あ……」

 やばいと思った。
 すぐ近くに北沢の顔があって、あと少しで触れられる距離だ。
 北沢に力強く握られた手首が痛みを覚える。
 このまま強引に引っ張ってくれたらキスができるのに。
 後先なんて考えずに今すぐ抱きしめてくれたらいいのに。

「すまない、勇大……」

 パッと掴まれていた手首を離された。北沢に目を逸らされ、胸がチクリと痛んだ。
 ダメだ。強烈に惹かれる。
 このまま北沢に襲いかかりたい。
 番がいるのに、北沢と過ちを犯してしまいたい。そのあとはどうなったっていいから。

「勇大。もう帰れ。タクシーを呼ぶよ」

 北沢は立ち上がり、ダイニングテーブルに置いてあったスマホを手にして操作し始める。アプリでタクシーを呼ぼうとしているに違いない。

「そっちが引き止めて誘ったくせに追い出すのかよ」

 勇大はひと言もの申してやろうと、北沢に近づいていく。酔いが酷くて足元がふらふらした。
 このままタクシーになんて乗せられたくない。北沢と離れたくない。

「誘って悪かったよ。一杯だけのつもりだったのに、つい」
「泊めて」

 振り返ろうとした北沢の背中に、勇大は寄りかかる。北沢の大きな背中に熱った頬を寄せ、きゅっと北沢のワイシャツを掴んだ。

「眠い。帰りたくない。泊めて」

 わがままだとわかっている。でも、気持ちをこらえきれなかった。
 溢れ出るこの気持ちがなんなのか、自覚している。
 北沢を好きになってもなんにもならないとわかっているのに、好きで好きで仕方がない。
 見るだけで、話をするだけでこんなにも胸が高鳴るのに、友達なんかになれるはずがない。
 北沢の背中の温もりが愛おしい。もっとそばに近寄らせてほしいと心が悲鳴をあげている。

 付き合ってほしい。
 恋人にして。
 そんな言葉が溢れそうになるたびに、勇大はグッと唇を噛みしめる。
 ジクリと勇大のうなじが疼く。
 そんなことを言う資格は、勇大にはない。

「今日の勇大はどうしたんだ? ほら、もう帰りなさい」

 勇大は返事をしない。それがせめてもの抵抗だった。

「今日はダメだ。今日だけは頼むから帰ってくれ。余裕がないんだ」

 余裕ってなんだ?
 勇大には意味がわからない。忙しくて勇大の相手をしている時間がない、という意味なのだろうか。

 北沢は身体を返し、勇大のほうを向いた。

「今日は泊められないが、またいつでも来ていい。そうだ、合鍵をやる。オートロックは鍵を持っているだけで開くし、今日みたいに玄関の前で俺を待っていなくてもいい。な? そうしよう」

 まるで言うことを聞かない子どもをあやすような声で言われ、無性に腹が立ってきた。
 北沢に、子どものお前は恋愛対象外だと言われたような気がした。
 番がいるからじゃない。
 番がいなくても、相手にされないという聞きたくもない真実を突きつけられ、ショックだった。

「合鍵なんて要らねぇよ!」

 勇大は北沢の胸を突き飛ばす。

「さよなら、社長」

 勇大はダイニングテーブルの隅に置いてあった自分の鞄を乱暴に拾い上げる。

「おい、勇大! そんな急に帰るな。今タクシーを呼ぶからそれまで待ってろっ」

 北沢は勇大の肩を慌てて掴んできた。

「要らねぇ。ひとりで帰れる」

 北沢の手を忌々しく振り払い、ズカズカ玄関へと向かう。

「待てって! 気に障ったなら謝る!」

 北沢の声も全部無視して、勇大はスニーカーを履いた。

「お前、酔ってるだろ? 危ないからタクシーで帰れって!」
「いい」

 勇大は振り返り、北沢を睨みつける。

「俺、子どもじゃねぇから」

 何か言いかけた北沢の言葉も聞かずに、勇大はマンションを飛び出していった。
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