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18.間違った感情
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「はぁ……」
大きなため息をついて、勇大はうなだれる。
カッコ悪いにも程がある。
自分から連絡なんてしないと決めていたのに連絡をしてしまった。それは既読無視される。
さらに突撃訪問したら、北沢はいつまで経っても帰って来ない。
じゃあ諦めて帰ればいいのに、未練がましくここから動けずにいる。
その理由は自分でもわかっている。
北沢に会いたいのだ。
少しでもいいから会って話がしたかった。今、北沢がどんな気持ちでいるのか、勇大のことを忘れているのかいないのか、この目で見て確かめたかった。
——足音が近づいてくる。
ハッと勇大が顔を上げると、スーツを着た北沢の姿があった。
「勇大……?」
北沢は驚きを隠せない様子だ。まさか家の前で待ち伏せされているとは、思いもしなかったのだろう。
「あ、あのさ、ちょっと近くを通ったから……」
立ち上がりながら、勇大は苦し紛れの言い訳をする。
「いつからここにいた? ……仕事帰りか? だったらラストまでのシフトでも、一時間以上前じゃないか」
「ま、まぁ……」
「待ち合わせで少しでも待たせたら、さっさと帰ろうとする勇大が? 俺を、そんなに待ってたのか?」
「な、なんとなく……」
北沢に言われて、最近の自分はおかしいことに気がついた。待たされることは大嫌いなのに、どうして一時間半も待てたのだろう。途中帰ろうかと何度も思ったのに、どうしても帰れなかった。
「勇大」
突然、北沢に抱きしめられた。
名前を呼ばれて抱きしめられて、抵抗なんてできなかった。ああ、自分はこれを望んでいたんだと思い知るだけ。
勇大はそっと北沢の腰に腕を回し、スーツの端をきゅっと掴む。
この間違った感情を認めるしかない。
社長と契約社員でも、友達でもない。北沢の『特別』になりたがっている。
他の人には見せない感情を、勇大にだけ表してほしい。『こんなことするのはお前だけだよ』『勇大のことしか考えられない』と囁いて今みたいに抱きしめてほしい。
番がいるくせに、そんなことは棚に上げて、『抱けなくてもいいから恋人になってほしい』と言ってもらいたい。言葉だけじゃ不安だから、お揃いの指輪でもプレゼントしてもらいたい。
全部、全部、勇大の自分勝手な醜い願望だ。
「今夜は勇大に会いたかったんだ。でも会えないと諦めてたのに、まさか家の前に勇大がいるなんて思わなかった……」
北沢は勇大の髪を撫でた。こんなふうに髪を撫でられると、子ども扱いされているみたいで嫌だったのに、北沢の手は心地よく感じた。
「社長、元気だった? 風邪、治った?」
「ああ。勇大のおかげでよく休めたよ」
「社長も俺に会いたかった?」
勇大は北沢の鎖骨に頬を寄せる。
「会いたかったよ」
北沢にそう言われた瞬間、涙が溢れそうになる。
この二週間、北沢は勇大に飽きてしまったのではないかと不安だった。そうじゃないとわかって、ずっとこらえていた気持ちが溢れ出したみたいだった。
「今日、見合い話を断ってきたんだ」
北沢の口から発せられた「見合い」という言葉に勇大はピクリと反応する。
「見合いって言っても堅苦しいものじゃない。経営者仲間に半年前から言われてて、そいつも交えて三人で話をしただけのものだ。俺なりに将来を考えたんだよ。好きな人と結婚相手は別だって言うだろ? ひとつも好きじゃないってはっきり言われて、相手にもされないのに、それでも諦めないのは良くないだろ」
「なんでそんなことを俺に言うんだよ」
北沢の見合い話なんて聞きたくもない。一歩間違えれば、北沢は今日、どこかの誰かと結婚を前提にお付き合いをするつもりだった。その事実を聞いただけで胸が張り裂けそうに痛みを覚える。
「断ってよかった……お前の顔を見た瞬間、心からそう思った」
北沢は勇大から身体を離し、勇大の顔を覗き込んできた。その距離がやけに近くて、一瞬、北沢が自分の恋人だと勘違いしそうになった。
「なんで? なんで断ったんだよ」
「勇大と友達でいたいからだ。勇大は俺が結婚したら会ってくれなくなるんだろ? 俺に、番や恋人がいるなら会いたくない、これ以上構うなと言ったよな?」
「当たり前だろ。嫁の立場になったら、番ったオメガでも、夫の周りにいたらすげぇ不愉快だろーが」
北沢が既婚者になったら会うわけがない。他人の夫に奢られたくなんてない。誰がこうして家まで会いに来るものか。
「そうだよな。わかっている。俺は誰とも番わない。結婚もしない。だから、ずっと友達でいよう、勇大。これからもそばにいてくれ」
北沢はなんでもない顔をして簡単に言うが、勇大はダメだ。北沢と友達なんかじゃいられない。
「つーかお前、好きな人いたんだ」
勇大は北沢に突っかかる。
さっきの北沢の言い方だと、好きな人に冷たくあしらわれたからお見合いをしようと決意したように聞こえた。
「もう諦めたよ。今日、こうしてお前がここに来てくれたことで諦めがついた。これ以上は望まない。お前がそばにいてくれるなら、それだけで十分じゃないかと考え直したんだ」
「なんだよそれ……」
北沢の片想いに、なぜ自分が巻き込まれなければならないのか勇大にはまったく意味がわからない。
「俺は恋を諦めた可哀想な男なんだ。勇大。こういう時に慰めてくれるのが友達だろ?」
北沢はポケットからマンションの鍵を取り出し解錠した。ピーッという電子音のあと、北沢はドアを開ける。
「このまま帰さない。一杯くらい付き合えよ」
北沢は勇大の肩を軽く叩いて、中に入るよう促してきた。
大きなため息をついて、勇大はうなだれる。
カッコ悪いにも程がある。
自分から連絡なんてしないと決めていたのに連絡をしてしまった。それは既読無視される。
さらに突撃訪問したら、北沢はいつまで経っても帰って来ない。
じゃあ諦めて帰ればいいのに、未練がましくここから動けずにいる。
その理由は自分でもわかっている。
北沢に会いたいのだ。
少しでもいいから会って話がしたかった。今、北沢がどんな気持ちでいるのか、勇大のことを忘れているのかいないのか、この目で見て確かめたかった。
——足音が近づいてくる。
ハッと勇大が顔を上げると、スーツを着た北沢の姿があった。
「勇大……?」
北沢は驚きを隠せない様子だ。まさか家の前で待ち伏せされているとは、思いもしなかったのだろう。
「あ、あのさ、ちょっと近くを通ったから……」
立ち上がりながら、勇大は苦し紛れの言い訳をする。
「いつからここにいた? ……仕事帰りか? だったらラストまでのシフトでも、一時間以上前じゃないか」
「ま、まぁ……」
「待ち合わせで少しでも待たせたら、さっさと帰ろうとする勇大が? 俺を、そんなに待ってたのか?」
「な、なんとなく……」
北沢に言われて、最近の自分はおかしいことに気がついた。待たされることは大嫌いなのに、どうして一時間半も待てたのだろう。途中帰ろうかと何度も思ったのに、どうしても帰れなかった。
「勇大」
突然、北沢に抱きしめられた。
名前を呼ばれて抱きしめられて、抵抗なんてできなかった。ああ、自分はこれを望んでいたんだと思い知るだけ。
勇大はそっと北沢の腰に腕を回し、スーツの端をきゅっと掴む。
この間違った感情を認めるしかない。
社長と契約社員でも、友達でもない。北沢の『特別』になりたがっている。
他の人には見せない感情を、勇大にだけ表してほしい。『こんなことするのはお前だけだよ』『勇大のことしか考えられない』と囁いて今みたいに抱きしめてほしい。
番がいるくせに、そんなことは棚に上げて、『抱けなくてもいいから恋人になってほしい』と言ってもらいたい。言葉だけじゃ不安だから、お揃いの指輪でもプレゼントしてもらいたい。
全部、全部、勇大の自分勝手な醜い願望だ。
「今夜は勇大に会いたかったんだ。でも会えないと諦めてたのに、まさか家の前に勇大がいるなんて思わなかった……」
北沢は勇大の髪を撫でた。こんなふうに髪を撫でられると、子ども扱いされているみたいで嫌だったのに、北沢の手は心地よく感じた。
「社長、元気だった? 風邪、治った?」
「ああ。勇大のおかげでよく休めたよ」
「社長も俺に会いたかった?」
勇大は北沢の鎖骨に頬を寄せる。
「会いたかったよ」
北沢にそう言われた瞬間、涙が溢れそうになる。
この二週間、北沢は勇大に飽きてしまったのではないかと不安だった。そうじゃないとわかって、ずっとこらえていた気持ちが溢れ出したみたいだった。
「今日、見合い話を断ってきたんだ」
北沢の口から発せられた「見合い」という言葉に勇大はピクリと反応する。
「見合いって言っても堅苦しいものじゃない。経営者仲間に半年前から言われてて、そいつも交えて三人で話をしただけのものだ。俺なりに将来を考えたんだよ。好きな人と結婚相手は別だって言うだろ? ひとつも好きじゃないってはっきり言われて、相手にもされないのに、それでも諦めないのは良くないだろ」
「なんでそんなことを俺に言うんだよ」
北沢の見合い話なんて聞きたくもない。一歩間違えれば、北沢は今日、どこかの誰かと結婚を前提にお付き合いをするつもりだった。その事実を聞いただけで胸が張り裂けそうに痛みを覚える。
「断ってよかった……お前の顔を見た瞬間、心からそう思った」
北沢は勇大から身体を離し、勇大の顔を覗き込んできた。その距離がやけに近くて、一瞬、北沢が自分の恋人だと勘違いしそうになった。
「なんで? なんで断ったんだよ」
「勇大と友達でいたいからだ。勇大は俺が結婚したら会ってくれなくなるんだろ? 俺に、番や恋人がいるなら会いたくない、これ以上構うなと言ったよな?」
「当たり前だろ。嫁の立場になったら、番ったオメガでも、夫の周りにいたらすげぇ不愉快だろーが」
北沢が既婚者になったら会うわけがない。他人の夫に奢られたくなんてない。誰がこうして家まで会いに来るものか。
「そうだよな。わかっている。俺は誰とも番わない。結婚もしない。だから、ずっと友達でいよう、勇大。これからもそばにいてくれ」
北沢はなんでもない顔をして簡単に言うが、勇大はダメだ。北沢と友達なんかじゃいられない。
「つーかお前、好きな人いたんだ」
勇大は北沢に突っかかる。
さっきの北沢の言い方だと、好きな人に冷たくあしらわれたからお見合いをしようと決意したように聞こえた。
「もう諦めたよ。今日、こうしてお前がここに来てくれたことで諦めがついた。これ以上は望まない。お前がそばにいてくれるなら、それだけで十分じゃないかと考え直したんだ」
「なんだよそれ……」
北沢の片想いに、なぜ自分が巻き込まれなければならないのか勇大にはまったく意味がわからない。
「俺は恋を諦めた可哀想な男なんだ。勇大。こういう時に慰めてくれるのが友達だろ?」
北沢はポケットからマンションの鍵を取り出し解錠した。ピーッという電子音のあと、北沢はドアを開ける。
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北沢は勇大の肩を軽く叩いて、中に入るよう促してきた。
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