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14.自覚
しおりを挟む勇大が目覚めると、隣に北沢はいなかった。それに気がついて勇大はガバッと慌ててベッドから起き上がる。
姿を探しにベッドルームから出ると、北沢はすぐに見つかった。北沢はキッチンに立ってフライパンを振るっていた。
「社長っ、もう治ったの!?」
「ああ。もう大丈夫だ。少しだけと言ったのに朝までお前がいてくれたおかげだ」
「はぁっ?」
勇大が北沢の身体に触れると、まだ身体は熱っている。一晩寝たくらいでは当然、熱は下がっていなかった。
「治ってねぇじゃん。あとは俺がやるから寝てろ」
「いや。勇大に朝メシ作って出してやる」
「いいから!」
勇大は火を消して北沢の腕を掴む。
「俺は今日休みだから一日看病してやる。だからお前は寝てろ」
勇大が睨むように見上げると、北沢は目を大きく開いた。勇大の行動が意外だったのかもしれない。
「ありがとう。すまない勇大」
北沢は勇大の身体を抱きしめてきた。それはほんの一瞬で、恋人のそれではなく、肩を叩き合うような友情からくる抱擁だった。
でも勇大はダメだった。突然の北沢との接触に平常心じゃいられない。
「ほ、ほら、ベッドに戻れ! できたら持ってってやるから」
勇大は北沢の胸を突いてキッチンから追い出しにかかる。
とてもじゃないが北沢の顔が見られない。勇大は冷蔵庫を開けて、そこに顔を隠すようにした。
北沢はもう一度「ありがとう」と言い、ベットルームに戻っていった。勇大は、ひとり朝食を作りながらもドキドキが止まらない。
明らかにおかしい。こんなはずじゃなかった。
さっきのはそこまでの接触じゃなかった。ちょっと抱き合って肩を叩き合うくらい、友達ならなんでもないことだ。
やばい、やばい。
勇大の心の中で何度も警告の言葉が反芻する。
「俺、社長に恋しちゃってんじゃねぇの……」
そう考えるとしっくりくる。あんなくだらないメッセージや動画が来るだけで嬉しいと思う理由も、北沢といると楽しくてドキドキする理由も。
触れ合うとこんなにも心が動揺するのも。
番がいるくせに、他のアルファを好きになるなんてことがあるとは知らなかった。
でもそうかもしれない。番の繋がりは身体の繋がりみたいな感じだ。
例えばオメガがヒートのときに強姦に襲われて番になっても、その犯人を好きにはならない。
ただ番だから身体が反応するだけ。気持ちはまた別のところにあるような気がする。
勇大は番の顔も知らない。どこのアルファともわからない。そんなアルファより、北沢に惹かれても無理はない。
でも、この恋は叶わない。
北沢の恋人にはなれない。番えないオメガを恋人にするアルファはいない。
「あのときの俺、死ぬほど恨む……」
勇大は悔し紛れに、乱暴にフライパンを振るう。フライパンの中のベーコンと卵が、はみ出しそうなくらいに揺ら揺らした。
軽率にアルファと寝たりするんじゃなかった。あの一夜さえなければ、今ごろ北沢ともっと違う関係になれていたかもしれないのに。
「クソッ!」
ムカついてキッチンの引き出しをガンッと蹴飛ばして閉める。北沢のマンションのキッチン扉は高級仕様で、激しく蹴ったのに最後はゆっくり閉まる。これは指を挟まないようにするための安全仕様なのだろう。
「さすが金持ちの家のキッチンだな……」
そこで勇大はハッと気がつく。
北沢は社長。出来損ないの自分が付き合える相手じゃない。
番がいなくても、良くて愛人、大抵はワンナイトの相手が関の山だ。
「俺、マジでバカじゃん……」
北沢にしてみれば、数回ご飯を奢って、給湯器が壊れている勇大に同情して風呂を貸しただけ。
しかも勇大の身体には興味はないらしい。それはつまり、北沢は勇大に対してそういう気持ちを抱いていない、ということではないだろうか。
むしろ番持ちだから、安心して勇大を家に上げているのかもしれない。ふたりのあいだには、アルファとオメガの間違いが絶対に起こらないから。
「ま。俺のことだからすぐに忘れられるな」
どうせ無理なのだから、この気持ちはなかったことにする。一秒でも早く忘れてしまえばいい。
飽きっぽい勇大はいつもそうだ。部活も仕事も趣味も中途半端。特別にハマったものもない。
恋愛だってすぐに飽きるだろう。少なくとも今までの勇大の恋愛遍歴は、長く続いた試しなんて一度もない。
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