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13.秘密の夜

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「だってほら、お前は俺をオメガ扱いしてこないし、俺だって別に守られたい訳じゃない」

 北沢は番ったオメガだと知っても勇大から離れていかなかった。北沢は勇大を守ってやるとアルファらしいことを言うが、勇大としては自分はそこまで弱くないと思っている。今までだってアルファの加護を欲しいと思ったことなどない。

「そうか。勇大はそう思ってたのか」

 友達と聞いたからか、北沢は勇大に身体を寄せてきた。遠慮なく勇大を頼ることにしたのだろう。


 北沢をベッドに寝かせてから、勇大は常備薬として持っていた頭痛薬を北沢に飲ませる。そのあとは冷えたタオルで顔や身体を冷やしてやる。

「どう? 気持ちいい?」
「ああ。すごくいい」

 北沢は目を閉じて、勇大にされるがままだ。冷やしたタオルを北沢の首筋に当てると、北沢が吐息を洩らす。
 こんな無防備な北沢なんて初めて見た。
 北沢は整った顔をしている。目を開けていると凛々しく感じるのに、なぜか目を閉じた顔は幼く見えた。

 遊び呆けて嫌なことから逃げてばっかりの勇大と違って、北沢は華麗なるエリート街道を突き進んできたのだろう。社長の略歴には、幼稚舎からK大。M&A仲介企業勤務、海外C大修士MBA取得、そして現会社を起業とあった。

 恐ろしいほどに完璧な男が、熱を出して勇大に世話を焼かれて大人しくしている。
 そんな姿が可愛いと思った。こんなことを本人に言ったらきっと怒るんだろうが。

「勇大」

 北沢が目を開け、勇大に手を伸ばしてきた。右手首を掴まれ、引っ張られる。

「お前も寝ろ」
「はぁっ?」
「少しでいい。隣に来い」
「何言って……!」
「五分でいいから添い寝してほしい」
「そんなキャラじゃねぇだろ!」
「今日の俺はひどく傷ついたんだ。そのくらいしてくれてもいいじゃないか」
「は? マジふざけんなって!」

 勇大が文句を言ったのに、北沢に引っ張られ、そのまま布団の中に抱き込まれた。
 北沢は遠慮なしに勇大に身体を寄せてくる。

 マジか、と思った。

 ひとつのベッドで北沢と寝る。勇大には番がいるとはいえ、勇大はオメガで北沢はアルファだ。こんな状況はなんだか落ち着かない。
 熱のある北沢の熱った体温。
 ほんのり香る、北沢のシャンプーの香り。

 まったく緊張の解けない勇大に対して、北沢は勇大の首筋に鼻を寄せ、スンスン匂いを嗅ぎはじめた。
 勇大は番っているから、オメガのフェロモンは番ったアルファにしかわからない。北沢は色気も何も感じないはずだ。
 アルファの本能的な行動だろうか。オメガのうなじを見たら、つい引き寄せられてしまうのかもしれない。

「はぁ。落ち着く……」 

 北沢の安堵の息が勇大の首筋にかかる。そのセクシーな熱い吐息にゾクっとした。
 これは普通だ。誰だって息を吹きかけられたらゾクゾクするし、特別なことじゃないと勇大は自分に言い聞かせる。

「久しぶりによく眠れそうだ……」

 北沢は勇大の身体に回した手で、勇大の背中を撫でる。そのどこか艶めかしい手つきに、なんだか妙な気持ちがせり上がってくる。
 感じるな、感じるなと勇大は必死で意識を保つ。これは肉体的にも精神的にもまいっている北沢に、添い寝をしているだけ。この行為に性的な意味はない。

「睡眠時間はあんまり削らないほうがいいぞ」
「最近忙しくて」
「忙しいなら俺にライン送ってんじゃねぇよ」

 忙しいという割には北沢はマメに勇大に連絡を入れてくる。あの時間をやめてその分、睡眠時間に当てればいいんじゃないかと思う。

「お前に忘れられたら困る……」
「はぁっ? そんな理由っ?」
「そうだ。勇大は俺から誘わないと来ないし、勇大から連絡も寄越さないから」
「……っ!」 

 そう言われて勇大は黙る。
 そのとおりだ。勇大からは連絡をしない。そう決めているわけではなく、なんとなくできない。

「それは、その……」

 北沢に気があると思われるのが嫌なのだ。自分から連絡するなんて、まるで北沢に会いたがってるみたいだ。

 勇大が言い訳を考えているうちに、静かな寝息が聞こえてきた。 

「え……?」

 北沢はさっきまで起きて喋っていたのに、今はゆっくりとした呼吸で、勇大を抱きしめたまま眠っている。
 熱があったし、激務で睡眠不足。北沢にはゆっくり休んでほしいと思う。でも抱きつかれている勇大は動けなくなってしまった。

「やっべぇ。帰れねぇ……」

 下手に動いて起こしてしまったら可哀想だ。このまま勇大はしばらくじっとしているのがいいだろう。
 どうせ明日は休みだ。いっそ朝までここにいてもいいか、と考えてしまった。

 北沢の隣は全然嫌じゃない。むしろ、心地よい。勇大の身体を包み込むような北沢の腕の重みに安心感を覚える。
 この寝心地のいいクッションの効いたベッドのせいかもしれない。ふわふわの布団のせいかもしれない。

 すごく気持ちがよかった。このままずっとここにいたいと思った。
 いつもそうだ。北沢のそばにいると気持ちが楽だ。
 北沢が話し上手だからかと思ったが、それだけではないみたいだ。こうして眠っている北沢の隣にいるだけで幸せだと感じる。

「おーい、北沢さん?」

 北沢に呼びかけてみても、まったく反応がない。

「橙利さーん。起きてる?」

 初めて北沢の下の名前を呼ぶ。それだけで、なぜか気分が高揚する。下の名前で呼ぶと、北沢と特別な関係になったような気がした。面と向かっては言えない。本人が寝てるからこそ、できることだが。

 北沢の綺麗な顔を見ていると胸が高鳴っていく。北沢と触れ合っている部分につい意識が集中してしまう。

 北沢と同じベッドで寝ているなんて信じられない。
 しかも目の前には、北沢の無防備な寝顔がある。

 勇大は引き寄せられるように、北沢の額に唇を近づけ、衝動的にキスをした。

 唇で触れてもわかる。穏やかに眠る、北沢の額は熱っていた。
 熱い額に触れた唇に、まだその熱量の余韻が残っている。

 こんなことをしてはいけないとわかっている。勇大には番がいる。北沢に番がいないからといって手を出してはダメだ。
 それでも気持ちが溢れて止まらなかった。自分で自分を抑えられなかった。

「お、おやすみっ」

 勇大は無理矢理目を閉じ、うずくまる。ドキドキとうるさい心臓が、うざったくて仕方がなかった。
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