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9.アルファがオメガをホテルに誘う理由

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「あー、気持ち悪りぃ……」

 勇大はふらつきながら店を出る。
 北沢のアルコールのペースが速かった。それを見ていたら男の意地が出てきて、北沢のペースに張り合うようにして飲んだら結局このザマだ。

「勇大、飲めないなら飲めないと言ってくれ。ちょっと下の部屋で休んでくか? 俺の仕事場なんだが、スイートルームだから寝室とリビングが別れてる。俺が仕事しててもゆっくり休めるぞ」
「スイートルーム? すげぇな……」

 すっかり酔っ払った勇大は、足元がおぼつかない。ふらついたところをぐいっと腕を引っ張られ、北沢に支えられる。
 身体の距離が近くなって、北沢からいい香りがした。その色香に一瞬クラッとする。

「じゃあシャワーだけ貸して。今、家の給湯器壊れてて水しか出ないから毎日銭湯に行ってんだけど、酔ってると入れてもらえないから……」

 勇大は明日も仕事だ。シャワー無しに出勤するのは嫌だった。

「ああ。来いよ。好きに使え」

 北沢は勇大の髪にそっと唇を近づけた。それはキスだったのかもしれない。
 北沢といるといつもこうだ。また感情が揺り動かされる。
 北沢の低く伸びやかな声が好きだ。難しい講釈も、全然嫌じゃない。この声を聞いているだけでいいと思うくらいだ。
 勇大のこともたくさん知ろうとしてくれる。今日は何をしただの、今までハマったドラマはなんだの、いつも勇大の話を笑って聞いてくれる。
 そして勇大のことを大切に思っていることがわかる。言葉の端々で、ほんの少しの所作で、それが伝わるのだ。

 北沢を知れば知るほど惹かれていく。もっと知りたいと思う、この湧き上がる感覚はいったいなんだろう。


「ねぇ、社長はなんでこんなに俺に優しくしてくれんの?」

 勇大は北沢の腕に絡みつく。勇大が身体をくっつけても、北沢はまったく嫌がらなかった。

「だって優しい人が好みなんだろう?」
「変なの。俺の好みになっても仕方ないじゃん。俺、オメガだけどすでに終わってんの」
「終わってなんかないだろ? お前はまだ若い。人生これからじゃないか」

 人生これからなんかじゃない、と勇大は心の中で反論する。

「社長、もしかして俺のこと抱きたい? だから優しくしてホテルに連れて来たの?」

 学のない勇大でも、アルファがオメガをホテルの部屋に誘う理由くらいわかる。
 食事に誘って酔わせて髪にキスをして。それで部屋に誘われたら、つまりはそういうことだろう。

 北沢にだったら抱かれてもいいなんて思う。
 北沢はすごく魅力的だ。初めからそう感じていたが、北沢という男を知ってさらに惹かれた。北沢に愛人になれと言われたらそれを受け入れたかもしれない。

 だからこそ、勇大も北沢に誠実でありたくなった。これ以上、あの事を黙っているわけにはいかない。

「違う。このホテルは本社から一番近いから、仕事が立て込んでいるときに使っているだけだし、フレンチレストランだってお前が行きたいって言うから連れて来ただけだ」
「先に言っとくけど、俺、遊びでも抱けないよ?」

 勇大の言葉に北沢がぴくりと反応した。

「さっき終わってるって言ったでしょ? 俺、番がいるの。番っちゃったんだよねー。好きでもない奴と流れで」

 ついに北沢に勇大の秘密を暴露してしまった。
 これで北沢との付き合いは終わりだ。番のいるオメガに手を出すアルファはいない。

 番がいると北沢に告げたとき、勇大の胸がズキンとひどく痛んだ。その痛みで、短いあいだだったが、北沢と過ごす時間は楽しかったんだなと思い知る。
 もう北沢とくだらない話すらできないと思うと急に泣きそうになる。それを勇大はグッと唇を噛み締めて耐えた。

「好きでもない奴と、番った……?」

 北沢はショックを受けているようだった。いつも冷静な北沢の声色が違う。少し震えていた。

「そ。顔も覚えてない、どーでもいいアルファとね」
「おい。少しくらいはそいつに惹かれるところがあって番ったんじゃないのかっ?」
「全然。ひとつも好きじゃない」

 あのときのことを、勇大はまったく憶えていない。意気投合して飲んだはずなのに、どうして一緒に飲むことになって、どんな会話をしてホテルに行ったのかすらうやむやだ。

「ひとつも……」
「俺、寂しかったのかな。誰でもいいから抱いてくれって思って、なんか気づいたらうなじを噛まれてたんだよねー」
「アルファなら誰でもよかったのか……」
「まぁね。だから無理。こんな俺に優しくしてくれたお礼に身体で返したいけど無理なんだよ」
「そうだったのか……」

 珍しく北沢が狼狽うろたえている。さすがの北沢も、勇大がすでに他のアルファと番っているところまでは想定外だったのだろう。

 アルファがオメガに優しくするのは、身体の見返りが欲しいからに決まっている。それが番ってしまった勇大の場合、一生無理なのだから、さっさと見切りをつけて、北沢は他のオメガを狙いに行くに決まっている。

「ごめん。つまんないオメガで。ガッカリした?」

 できるだけ軽い口調で言ってやる。これで北沢は自分がしてやられたと思うだろう。
 最後はこっ酷く捨ててほしい。勇大が未練を微塵も感じられないくらいがいい。

「……ああ、ガッカリした」

 北沢の声色は明らかに怒っている。
 せっかく食事を奢って高い金を使ったのに、口説こうとした相手が、実は抱けないオメガだったなんて知ったら怒りたくもなるだろう。
 北沢にとって勇大と過ごしたのは、時間と労力の無駄だったと今、判明したのだから。

「俺は手は出さないと言っているのに、わからずやのお前にガッカリした」
「え?」
「ちょっと奢られたくらいですぐに身体を差し出そうとするな! とりあえず部屋に来い。シャワー浴びて、反省しながら寝ろ。朝になったら家まで送ってやるから!」
「は……はぁ?」

 北沢は勇大の想像以上に変な奴だった。
 北沢の発想はいつもズレている。怒るところはそこじゃない。
 番がいるのを、今の今まで黙っていたことを責められると思っていたのに。
 抱けないオメガには奢りたくもない。時間と金を返せと文句を言われるはずだったのに。
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