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6.過去の男
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北沢とのやり取りは続いた。今日はランチじゃなくてディナーに誘われた。
勇大は、約束した駅の改札前で北沢が来るのを待っている。今日は雨だが傘を忘れた。そのため、駅の屋根のある場所に立ち、ぼんやりと北沢の車が迎えに来るのを待っている。
実は約束の時間はとっくに過ぎている。『ごめん。仕事が立て込んだ。少しだけ待っていてくれ』と謝りのメッセージはもらったが、かれこれ二十分待たされて、勇大はこのまま帰ってやろうかとイライラし始めていた。
「あれ、勇大じゃん」
改札から出てきたのは、岡田泰輝。勇大がこの世でもっとも会いたくない男だ。
勇大の高校の同級生で、勇大が初めて身体を捧げたアルファ。
「勇大ちゃん! 元気ィ?」
泰輝は勇大が話しかけんなオーラを全開にしているのに、空気も読まずに声をかけてきた。
高校時代はチャラかったのに、泰輝はスーツを着こなし、見た目だけは年相応のサラリーマンのような風体をしている。確か泰輝は大学を卒業後、有名商社に勤めていると聞いた。つまりはエリート街道を突き進んでいるということだ。
泰輝は同僚と思われるサラリーマンたちに「昔の知り合い」と断って勇大のほうへと近づいてきた。
「お前、噂で聞いたけど、またバイトクビになったんだって? 今はニート?」
勇大は半袖のベージュのセットアップに白シャツを合わせたカジュアルな格好をしている。平日にスーツ姿ではないからニートと決めつける、嫌味な泰輝の物言いにイラっとした。
「こんなところで何やってんの? ここで下手な歌でも歌うのかよ」
「は……?」
ふと泰輝の視線を追うと、そこには誰かが置いていった黒いギターケースがあった。「俺のじゃねぇよ」と勇大は泰輝を睨みつける。
「人を待ってんの! 待ち合わせだよ」
「え? お前に友達いたんだ」
嘲笑うような言い方に、カチンとくる。ネクタイを引っ張って首を絞めてやろうかと勇大が一歩近づいたときだ。
「一万円で抱いてやろうか?」
泰輝は勇大の耳元で侮辱の言葉を放った。聞き捨てならない、最悪の言葉だった。
「っざけんな! 百万もらっても断るっ」
勇大は怒鳴り散らす。こいつが真っ当に仕事をしているのが腹立たしい。
世間はおかしい。こんなクズ野郎がエリートサラリーマン。一方の勇大は仕事を転々とする生活。本当に不公平だ。
「あ、金払うのはお前ね」
ヒッヒッと下品な引き笑いをする泰輝。
こうやって人を嘲ることがそんなに楽しいのだろうか。こいつとは絶対に相容れない。
「てめぇ……!」
勇大が泰輝に睨みを効かせたとき、「勇大!」と聞き覚えのある声がした。
低く、でもはっきりとした、印象的なあの男の声。
「勇大、遅くなってすまないっ!」
北沢だ。北沢が慌てて勇大に駆け寄ってきた。
「よかった。お前のことだから怒って帰ったかと思った……」
北沢は勇大がいたことに安堵のため息をついた。
「え! 北沢社長っ?」
泰輝は北沢を見て死ぬほど驚いている。北沢は北沢で、泰輝を見て「さっきの……」と泰輝を知っているような反応を見せる。
北沢の姿を見て、泰輝の同僚たちが寄ってきた。
同僚たちは「北沢社長、先程は話を聞いてくださりありがとうございますっ」「どうか前向きに検討よろしくお願いします」と口々に言い、皆、丁寧に北沢に頭を下げる。
「なんで、勇大と北沢社長が知り合いなの……?」
泰輝は驚きすぎて、何度も北沢と勇大を見返している。泰輝にとっては、どう見ても北沢と勇大がミスマッチだったのだろう。
「俺、ニートじゃなくて、今は契約社員。で、この社長の会社で働いてんの」
勇大が親指でクイっと北沢を指差すと、「お前そんな失礼な真似すんなよっ」となぜか泰輝に注意された。
「勇大。鳥井商事に友達がいたのか?」
今度は北沢から聞かれた。北沢は泰輝と勇大の関係を知りたいのだろう。
なんて答えてやろうか、とチラッと泰輝を見ると、泰輝は勇大を懇願するような目で見てくる。
状況から察するに、泰輝の会社は、北沢の会社となんらかのビジネスをしたいようだ。
勇大はニヤッと口角を上げる。
「あー。俺はこいつのこと友達かと思ってたけど、違いましたね。さっき泰輝は『お前に友達いたんだ』って言ってたから」
「そうか。友達じゃないんだな」
「はい。そうっす」
「はぁっ? 勇大お前っ……! 裏切んなよ、助けろよっ!」
泰輝が慌てて勇大の肩を揺さぶる。
泰輝はバカだ。あんなことを勇大に言っておいて、どうして自分が許されると思ったのだろう。
北沢が勇大の知り合いだと知った瞬間に、手のひら返しするその態度にも勇大はムカついている。
「北沢社長、俺と勇大は高校のときの友達なんですよ。クラスもずっと一緒で本当に仲がよくて、な? 勇大!」
必死に取り繕おうとする泰輝の言葉を北沢は黙って聞いている。
「でも、あの俺がアルファでこいつがオメガだったから、いろいろとあって……」
「その話はすんな」
勇大は泰輝を鋭い視線で黙らせた。
「社長、行きましょう。俺、腹減りました」
勇大が泰輝の胸を突いて軽く突き飛ばし、泰輝たちを背にして歩き始める。
「そういうことらしいな。俺はこれで失礼するよ」
北沢は簡単に挨拶をして、勇大のそばに寄り添ってきた。
そして手にしていた傘を広げて、勇大を濡らさないように頭上に差し出した。
「勇大、乗れ」
北沢は駅前のロータリーに停車していた愛車の助手席のドアを開ける。勇大はそれに従い、当たり前のように助手席に乗る。勇大を乗せてから北沢がドアを閉め、運転席へ。北沢はまるで勇大の運転手のようだ。
勇大は助手席に乗る寸前、泰輝たちの様子を鋭く伺う。
泰輝たちはポカンと呆気に取られていた。ここだけ見れば、勇大が社長よりも格上のように映ったことだろう。
フン、と勇大は鼻を鳴らす。
あんな態度を取らなければ助けてやったかもしれないのに、自業自得だ。
勇大は過去の記憶を思い出す。久しぶりに泰輝に会ったせいで、昔を思い出してしまった。
前言撤回。やっぱり泰輝だけは許せない。
アルファはこれだから嫌いだ。
勇大は、約束した駅の改札前で北沢が来るのを待っている。今日は雨だが傘を忘れた。そのため、駅の屋根のある場所に立ち、ぼんやりと北沢の車が迎えに来るのを待っている。
実は約束の時間はとっくに過ぎている。『ごめん。仕事が立て込んだ。少しだけ待っていてくれ』と謝りのメッセージはもらったが、かれこれ二十分待たされて、勇大はこのまま帰ってやろうかとイライラし始めていた。
「あれ、勇大じゃん」
改札から出てきたのは、岡田泰輝。勇大がこの世でもっとも会いたくない男だ。
勇大の高校の同級生で、勇大が初めて身体を捧げたアルファ。
「勇大ちゃん! 元気ィ?」
泰輝は勇大が話しかけんなオーラを全開にしているのに、空気も読まずに声をかけてきた。
高校時代はチャラかったのに、泰輝はスーツを着こなし、見た目だけは年相応のサラリーマンのような風体をしている。確か泰輝は大学を卒業後、有名商社に勤めていると聞いた。つまりはエリート街道を突き進んでいるということだ。
泰輝は同僚と思われるサラリーマンたちに「昔の知り合い」と断って勇大のほうへと近づいてきた。
「お前、噂で聞いたけど、またバイトクビになったんだって? 今はニート?」
勇大は半袖のベージュのセットアップに白シャツを合わせたカジュアルな格好をしている。平日にスーツ姿ではないからニートと決めつける、嫌味な泰輝の物言いにイラっとした。
「こんなところで何やってんの? ここで下手な歌でも歌うのかよ」
「は……?」
ふと泰輝の視線を追うと、そこには誰かが置いていった黒いギターケースがあった。「俺のじゃねぇよ」と勇大は泰輝を睨みつける。
「人を待ってんの! 待ち合わせだよ」
「え? お前に友達いたんだ」
嘲笑うような言い方に、カチンとくる。ネクタイを引っ張って首を絞めてやろうかと勇大が一歩近づいたときだ。
「一万円で抱いてやろうか?」
泰輝は勇大の耳元で侮辱の言葉を放った。聞き捨てならない、最悪の言葉だった。
「っざけんな! 百万もらっても断るっ」
勇大は怒鳴り散らす。こいつが真っ当に仕事をしているのが腹立たしい。
世間はおかしい。こんなクズ野郎がエリートサラリーマン。一方の勇大は仕事を転々とする生活。本当に不公平だ。
「あ、金払うのはお前ね」
ヒッヒッと下品な引き笑いをする泰輝。
こうやって人を嘲ることがそんなに楽しいのだろうか。こいつとは絶対に相容れない。
「てめぇ……!」
勇大が泰輝に睨みを効かせたとき、「勇大!」と聞き覚えのある声がした。
低く、でもはっきりとした、印象的なあの男の声。
「勇大、遅くなってすまないっ!」
北沢だ。北沢が慌てて勇大に駆け寄ってきた。
「よかった。お前のことだから怒って帰ったかと思った……」
北沢は勇大がいたことに安堵のため息をついた。
「え! 北沢社長っ?」
泰輝は北沢を見て死ぬほど驚いている。北沢は北沢で、泰輝を見て「さっきの……」と泰輝を知っているような反応を見せる。
北沢の姿を見て、泰輝の同僚たちが寄ってきた。
同僚たちは「北沢社長、先程は話を聞いてくださりありがとうございますっ」「どうか前向きに検討よろしくお願いします」と口々に言い、皆、丁寧に北沢に頭を下げる。
「なんで、勇大と北沢社長が知り合いなの……?」
泰輝は驚きすぎて、何度も北沢と勇大を見返している。泰輝にとっては、どう見ても北沢と勇大がミスマッチだったのだろう。
「俺、ニートじゃなくて、今は契約社員。で、この社長の会社で働いてんの」
勇大が親指でクイっと北沢を指差すと、「お前そんな失礼な真似すんなよっ」となぜか泰輝に注意された。
「勇大。鳥井商事に友達がいたのか?」
今度は北沢から聞かれた。北沢は泰輝と勇大の関係を知りたいのだろう。
なんて答えてやろうか、とチラッと泰輝を見ると、泰輝は勇大を懇願するような目で見てくる。
状況から察するに、泰輝の会社は、北沢の会社となんらかのビジネスをしたいようだ。
勇大はニヤッと口角を上げる。
「あー。俺はこいつのこと友達かと思ってたけど、違いましたね。さっき泰輝は『お前に友達いたんだ』って言ってたから」
「そうか。友達じゃないんだな」
「はい。そうっす」
「はぁっ? 勇大お前っ……! 裏切んなよ、助けろよっ!」
泰輝が慌てて勇大の肩を揺さぶる。
泰輝はバカだ。あんなことを勇大に言っておいて、どうして自分が許されると思ったのだろう。
北沢が勇大の知り合いだと知った瞬間に、手のひら返しするその態度にも勇大はムカついている。
「北沢社長、俺と勇大は高校のときの友達なんですよ。クラスもずっと一緒で本当に仲がよくて、な? 勇大!」
必死に取り繕おうとする泰輝の言葉を北沢は黙って聞いている。
「でも、あの俺がアルファでこいつがオメガだったから、いろいろとあって……」
「その話はすんな」
勇大は泰輝を鋭い視線で黙らせた。
「社長、行きましょう。俺、腹減りました」
勇大が泰輝の胸を突いて軽く突き飛ばし、泰輝たちを背にして歩き始める。
「そういうことらしいな。俺はこれで失礼するよ」
北沢は簡単に挨拶をして、勇大のそばに寄り添ってきた。
そして手にしていた傘を広げて、勇大を濡らさないように頭上に差し出した。
「勇大、乗れ」
北沢は駅前のロータリーに停車していた愛車の助手席のドアを開ける。勇大はそれに従い、当たり前のように助手席に乗る。勇大を乗せてから北沢がドアを閉め、運転席へ。北沢はまるで勇大の運転手のようだ。
勇大は助手席に乗る寸前、泰輝たちの様子を鋭く伺う。
泰輝たちはポカンと呆気に取られていた。ここだけ見れば、勇大が社長よりも格上のように映ったことだろう。
フン、と勇大は鼻を鳴らす。
あんな態度を取らなければ助けてやったかもしれないのに、自業自得だ。
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