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1.Spontaneous(衝動)
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南勇大は自分の番の顔を知らない。なぜなら酔っ払ったときに、ゆきずりの男と番になって、それきりだからだ。
誘ったのは勇大だ。
あの日は期待していた会社から不採用の通知が届き、むしゃくしゃしていた。それでイングリッシュバーで飲み過ぎた挙句、たまたま隣にいたよく知りもしない男をホテルに誘い、行為に及んだ。
そこまでは憶えているが、その後、オメガの勇大はタイミング悪くヒートを起こした。アルコールのせいもあって、それ以降の記憶がない。明け方になって気がついたら、うなじを噛まれていた。
「やっ、ちまったぁ……」
同じベッドで、黒髪の男がこちらに背中を向けて眠っている。
おそらく、いや間違いなく、この男はアルファで、勇大の番だ。
勇大の曖昧な記憶の中では、男はめちゃくちゃ金持ちそうで、若くしてどっかの社長と言っていた気がする。
そんな社会的地位の高いアルファとこんな形で番になってしまったなんて、『ヒートトラップを仕掛けるな!』と訴えられて、高額請求されるに違いない。
今の時代、アルファがオメガと番った場合、その番オメガと婚姻関係を結ばないのであれば、オメガはアルファに対してある程度の慰謝料を請求することができる。そして番った経歴は、番届けを提出した瞬間から犯罪歴のように記録される仕組みだ。
だが唯一の例外はヒートトラップが認められた場合だ。その場合、もちろんアルファにお咎めはなし、経歴にも残らない。だから間違いで番ってしまったとき、アルファは先手を打ってこぞってオメガを訴える。
二十五歳。現在無職で貯金もほとんどない勇大には、ヒート事件に強い優秀な弁護士を雇う余裕などない。一方相手の金持ちアルファは、ズラリと弁護士団を揃えてくるんじゃないだろうか。
そんな状況で、勇大に勝ち目はない。そもそも最初に声をかけたのは勇大のほうなのだから。
「逃げなきゃ……!」
勇大の記憶は朧げだが、まだ素性は知られていないかもしれない。この番アルファに、訴えるべきオメガは誰なのか知られる前にいなくならなければならない。この身で慰謝料まで背負わされたら、それこそオメガの身体を売って金を返す羽目になる。
勇大は男を起こさないようにベッドからゆっくり這い出た。
息をひそめながら、散らばっていた服を拾い集めて素早く身につける。そのまま迷いもなく部屋を飛び出した。
「はぁ……。マジで詰んだ」
勇大はひんやりと冷たい秋風が吹く、早朝の新宿の繁華街を、うつむき加減で足早に抜けていく。
明るいイエローブラウンの髪が風に揺れて目にかかり、勇大はそれを忌まわしげに振り払う。
勇大は、背は百七十五センチとそこそこある。だがやはりオメガはオメガ。日焼けをしても赤くなるだけの色白の肌。小顔で目がぱっちりとしていて、それにまつ毛も長いので、どうしても女っぽく見えるところがある。
それを綺麗と言われても、勇大はまったく嬉しくない。女々しいと舐められているような気になり、相手を睨みつけたくなる。学生のころは、容姿を揶揄ってきた相手を本気でぶん殴ったこともある。
だから身につけるもの、髪型だけは男っぽいものを好む。ルーズなジーンズにゴツいスニーカー。服は着崩して、安いアクセサリーにピアス過多。ちょっとガラが悪いと思われるくらいで丁度いい。ケンカを売られなくなるし、トラブルに巻き込まれることが少なくなるからだ。
もうすぐ始発が動き出す時間帯だ。電車が動き出す前のこの時間、街にはほとんど人がいない。いつもの喧騒が嘘みたいに静かで、匂いも違う。都会独特の人臭さのようなものが消え、無機質なアスファルトの匂いがする。
今のうちに早く家に戻りたい。さっきホテルでアルファに抱いてもらったとはいえ、いまだヒートで熱る身体は辛い。
「はぁ……」
勇大はさっきからため息ばかりついている。
オメガにとって番となる行為は、生涯でただ一度だけ。それをこんな形で消耗してしまい、人生お先真っ暗だ。
これから先、勇大は誰とも番えない。行為すらできない。
「そんなさみしかったんかな、俺……」
酔っ払っていたとはいえ、男を引っ掛けるなんてどれだけ人恋しかったのだろう。言い訳じゃないが、今まで二十五年間生きてきて、こんなふうにゆきずりの相手と身体の関係を結んだことなどない。
なのに、昨夜はどうかしていたのだ。
不採用の通知を受けた精神的ダメージ。酔っていたこと。気づかなかったがヒートの直前だったこと。
悪条件が何もかも揃ってしまい、勇大はすべてを発散させるように、見ず知らずの男に「抱いてほしい」と迫った。
その結末がこのザマだ。
早く番を解消してほしいと勇大は願う。
番解消する=訴えてこない、ということだ。どこの誰なのか、アルファの顔すらはっきり憶えていないが、男には別のオメガと明るい人生を過ごしていってほしい。
アルファ側が次のオメガと番になれば、勇大は強制的に番解消される。早くそうなればいいと思った。
ワンナイトで、遊びのつもりでオメガを抱こうと思ったのに、まさかホテルで突然ヒートを起こされるとは思ってもみなかっただろう。ヒートのオメガを目の前にして、番わないでいられるアルファなどいない。アルファは完全に被害者だ。
「あーあ。解消されるときって、どっか痛くなんのかな……」
知識のない勇大は少しだけ不安になる。バース性についての授業で習ったのかもしれないが、まともに聞いていなかった。
番解消されたオメガはいったいどうなるのだろう。アルファが恋しくて、寂しがりやのウサギみたいに弱って死んでしまうのだろうか。
でもすべては男を誘った自分のせいだ。
いつも考えなしで動く勇大の人生は、自分でも呆れるほど、不幸だ。
—————————————————
拙作をお読みくださり、本当にありがとうございます。
この作品はアルファ ポリス第12回BL大賞に参加しています!
応援してやってもいいよ、面白かったよ!と思ってくださる方、閲覧&投票、どうかお願いいたします。
雨宮里玖
誘ったのは勇大だ。
あの日は期待していた会社から不採用の通知が届き、むしゃくしゃしていた。それでイングリッシュバーで飲み過ぎた挙句、たまたま隣にいたよく知りもしない男をホテルに誘い、行為に及んだ。
そこまでは憶えているが、その後、オメガの勇大はタイミング悪くヒートを起こした。アルコールのせいもあって、それ以降の記憶がない。明け方になって気がついたら、うなじを噛まれていた。
「やっ、ちまったぁ……」
同じベッドで、黒髪の男がこちらに背中を向けて眠っている。
おそらく、いや間違いなく、この男はアルファで、勇大の番だ。
勇大の曖昧な記憶の中では、男はめちゃくちゃ金持ちそうで、若くしてどっかの社長と言っていた気がする。
そんな社会的地位の高いアルファとこんな形で番になってしまったなんて、『ヒートトラップを仕掛けるな!』と訴えられて、高額請求されるに違いない。
今の時代、アルファがオメガと番った場合、その番オメガと婚姻関係を結ばないのであれば、オメガはアルファに対してある程度の慰謝料を請求することができる。そして番った経歴は、番届けを提出した瞬間から犯罪歴のように記録される仕組みだ。
だが唯一の例外はヒートトラップが認められた場合だ。その場合、もちろんアルファにお咎めはなし、経歴にも残らない。だから間違いで番ってしまったとき、アルファは先手を打ってこぞってオメガを訴える。
二十五歳。現在無職で貯金もほとんどない勇大には、ヒート事件に強い優秀な弁護士を雇う余裕などない。一方相手の金持ちアルファは、ズラリと弁護士団を揃えてくるんじゃないだろうか。
そんな状況で、勇大に勝ち目はない。そもそも最初に声をかけたのは勇大のほうなのだから。
「逃げなきゃ……!」
勇大の記憶は朧げだが、まだ素性は知られていないかもしれない。この番アルファに、訴えるべきオメガは誰なのか知られる前にいなくならなければならない。この身で慰謝料まで背負わされたら、それこそオメガの身体を売って金を返す羽目になる。
勇大は男を起こさないようにベッドからゆっくり這い出た。
息をひそめながら、散らばっていた服を拾い集めて素早く身につける。そのまま迷いもなく部屋を飛び出した。
「はぁ……。マジで詰んだ」
勇大はひんやりと冷たい秋風が吹く、早朝の新宿の繁華街を、うつむき加減で足早に抜けていく。
明るいイエローブラウンの髪が風に揺れて目にかかり、勇大はそれを忌まわしげに振り払う。
勇大は、背は百七十五センチとそこそこある。だがやはりオメガはオメガ。日焼けをしても赤くなるだけの色白の肌。小顔で目がぱっちりとしていて、それにまつ毛も長いので、どうしても女っぽく見えるところがある。
それを綺麗と言われても、勇大はまったく嬉しくない。女々しいと舐められているような気になり、相手を睨みつけたくなる。学生のころは、容姿を揶揄ってきた相手を本気でぶん殴ったこともある。
だから身につけるもの、髪型だけは男っぽいものを好む。ルーズなジーンズにゴツいスニーカー。服は着崩して、安いアクセサリーにピアス過多。ちょっとガラが悪いと思われるくらいで丁度いい。ケンカを売られなくなるし、トラブルに巻き込まれることが少なくなるからだ。
もうすぐ始発が動き出す時間帯だ。電車が動き出す前のこの時間、街にはほとんど人がいない。いつもの喧騒が嘘みたいに静かで、匂いも違う。都会独特の人臭さのようなものが消え、無機質なアスファルトの匂いがする。
今のうちに早く家に戻りたい。さっきホテルでアルファに抱いてもらったとはいえ、いまだヒートで熱る身体は辛い。
「はぁ……」
勇大はさっきからため息ばかりついている。
オメガにとって番となる行為は、生涯でただ一度だけ。それをこんな形で消耗してしまい、人生お先真っ暗だ。
これから先、勇大は誰とも番えない。行為すらできない。
「そんなさみしかったんかな、俺……」
酔っ払っていたとはいえ、男を引っ掛けるなんてどれだけ人恋しかったのだろう。言い訳じゃないが、今まで二十五年間生きてきて、こんなふうにゆきずりの相手と身体の関係を結んだことなどない。
なのに、昨夜はどうかしていたのだ。
不採用の通知を受けた精神的ダメージ。酔っていたこと。気づかなかったがヒートの直前だったこと。
悪条件が何もかも揃ってしまい、勇大はすべてを発散させるように、見ず知らずの男に「抱いてほしい」と迫った。
その結末がこのザマだ。
早く番を解消してほしいと勇大は願う。
番解消する=訴えてこない、ということだ。どこの誰なのか、アルファの顔すらはっきり憶えていないが、男には別のオメガと明るい人生を過ごしていってほしい。
アルファ側が次のオメガと番になれば、勇大は強制的に番解消される。早くそうなればいいと思った。
ワンナイトで、遊びのつもりでオメガを抱こうと思ったのに、まさかホテルで突然ヒートを起こされるとは思ってもみなかっただろう。ヒートのオメガを目の前にして、番わないでいられるアルファなどいない。アルファは完全に被害者だ。
「あーあ。解消されるときって、どっか痛くなんのかな……」
知識のない勇大は少しだけ不安になる。バース性についての授業で習ったのかもしれないが、まともに聞いていなかった。
番解消されたオメガはいったいどうなるのだろう。アルファが恋しくて、寂しがりやのウサギみたいに弱って死んでしまうのだろうか。
でもすべては男を誘った自分のせいだ。
いつも考えなしで動く勇大の人生は、自分でも呆れるほど、不幸だ。
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雨宮里玖
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