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番外編 浅宮くんの事情2

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 今日は木曜日だ。いつも木曜日は有栖が部活&塾で忙しい。俺はひとりで先に帰ったり、たまには自習室で有栖を待っていたりしていたのだが、浅宮と付き合うようになってからは毎週木曜日は浅宮と一緒に下校するようになっていた。

 でも俺は今、浅宮に腹を立てている。浅宮とデートしたかったのに、あんな態度で友達との予定を入れるなんて酷すぎる。


 今日はひとりで帰ると決めて廊下をズンズン歩いていたら、突然ぐいっと腕を引っ張られた。そのまま空き教室に連れ込まれる。

「三倉! なんでひとりで帰ろうとするんだよ!」

 浅宮は俺を教壇の陰に引っ張り込んで、開口一番、俺を怒鳴りつけてきた。

「だって、浅宮が意地悪したからだろ?!」

 俺も浅宮も陰に隠れながら声のトーンを落として言い合いのケンカだ。

「はぁ? だからってせっかくふたりで帰れるチャンスなのに、俺を無視するのか?」
「じゃあなんであんなこと言ったんだよ! 即レスなんてできるわけないだろ?!」
「あれは、その……三倉と有栖が……」
「なんだよ」
「——はっきり言ってムカつく。有栖と仲良くしてる三倉を見てるとイライラするんだよっ」
「有栖は友達だ。そういう関係じゃないよ」
「三倉はそう思ってるんだろうけどさ……有栖のほうはわかんねぇじゃん」
「そんなこと——」
「あるよ。有栖は三倉に気がある」

 ……は? そんなことあるわけないだろ。

「有栖に気をつけろよ」
「浅宮、変な冗談はやめろよ、俺と有栖がどうこうなるわけない」

 まったく浅宮は考えすぎだ。あのモッテモテの有栖だぞ? なんでそんな奴が平凡な俺を選ぶ? そもそも有栖は昔からの友達だ。ずっと一緒にいても今の今までそんな雰囲気になったことなんて一度もないんだぞ!

「大丈夫だよ、あさみ——」

 俺が浅宮のほうを向いたとき、不意に浅宮にガッと頭を掴まれ、唇を奪われた。

 浅宮と付き合うってなった日。川沿いの土手の橋脚の陰に隠れてしたとき以来のキスだ。
 甘くて柔らかい、浅宮の唇の感触——。

 咄嗟のことで、俺は状況を理解するのに時間がかかった。
 きゅ、急にこれはなんなんだ……?!


「ほら。大丈夫じゃない。三倉は隙だらけだ。今だって簡単に俺にキスされたんだぞ。これが有栖だったら大変なことだ」

 浅宮は何を言ってるんだ……?

「バカぁ……。おっ、お前だからだろ? 相手が浅宮だからこんな近くにいただけじゃないか……」

 なんでわからない? 相手が浅宮だからこんな近くで顔を寄せ合って教壇の陰に隠れてるんじゃないか。
 浅宮だったら、俺に酷いことはしないと信頼してるから。
 相手が浅宮ならキスをされても身体に触られても構わないと思ってるから。

「えっ……」

 浅宮は動揺してる。

「学校でそういうことするなよ……はっ、恥ずかしくなっちゃってここから出られないじゃないか……」

 俺は耳まで真っ赤になってしまい、これが落ち着くまでは他の誰にも会いたくない。廊下には誰かいるだろうし、しばらくここにいるしかない。


「ごめん三倉……。あー! もう俺はほんっとーに駄目な奴だ! 有栖にイライラしてこんなこと……。何度でも謝るから俺のこと嫌いにならないで。三倉っ、頼むからやっぱ俺と付き合うのナシとか言わないで……」

 浅宮は本気で焦って心配している。俺だって浅宮と別れたくなんかないよ。

「……じゃあ日曜日のぶん、今からデートして?」
「デ、デート?!」
「学校じゃ浅宮とゆっくり話できないから……。一時間だけでもいいから……」

 浅宮のせいで日曜日に会えなくなったんだ。恋人ならその穴埋めをするべきだ。

「行く行くっ! もちろん!」

 浅宮は今度は俺に抱きついてきた。
 だからやめろって! そういうことされると恥ずかしくなるんだから……。


 ◆◆◆


 浅宮にカラオケに行こうと誘われて、俺は了承した。カラオケは隣の駅にあるから、浅宮の自転車の後ろに乗って、通学路とは違う道を行く。
 浅宮はビュンビュン自転車を飛ばすし、道はガタガタしているから自転車が揺れる。
 通学路だと誰かに目撃されるかもだけど、この道はもともと人も少ないし、高校の奴らに会うことはまずないだろう。


 俺の目の前には浅宮の背中。
 俺は引き寄せられるようにして浅宮の背中に額をコツンとぶつける。そして両腕を浅宮の身体に回して浅宮の身体に掴まった。

「やば! 三倉可愛い!」

 浅宮が喋るとその声の振動が浅宮の背中から俺に伝わってくる。

「もっとしっかり掴まれよ!」

 浅宮はさらにスピードアップする。俺も慌ててぎゅっと浅宮にしがみついた。
 必然的に浅宮の背中に身体を密着させることになる。浅宮はあったかいな……。それに浅宮はいつもいい匂いがする。この匂いを嗅ぐと安心するのはなんでだろう。




「浅宮、歌上手いな!」

 浅宮とカラオケに来たのは初めてだ。浅宮の歌を聴いて俺はびっくりした。浅宮は歌も上手い。
 音程も外さないし、ビブラートも上手で聴いていてすごく心地よい。こいつプロになれんじゃねぇのレベルだ。

「そう、らしいね。俺、人から言われるまでは気づかなかったんだよ。なんかみんなこんくらい歌えるもんなのかと思ってた」
「すごいな……」

 気づかなかったということは天性の才能なのだろう。そういえば初めて浅宮の家に行ったときにサッとギターを弾いてくれたことを思い出した。浅宮は、音感やリズム感を生まれつき持ち合わせているのかもしれない。


「三倉、たこ焼き食う?」
「うん!」

 持ち込み可のカラオケ店だったから、カラオケ店に行く前に、浅宮とふたり近くの店で適当に食べ物を買ってきたんだった。

「ん。食えよ」

 浅宮はたこ焼きを竹串で刺して俺の口元まで運んできた。
 これ、俺、浅宮に食べさせられんの? やばくね?

「三倉、あーん」

 浅宮は平然と俺に食べさせようとするけど、これは普通に恥ずかしいから!

「ほら。誰も見てねぇよ。あーんして」

 いやいや浅宮が見てるだろ!
 でも、いいかな……。食べさせてもらっても。
 俺がパカっと口を開けると浅宮は俺の口の中にたこ焼きを突っ込んできた。なんだこの餌づけされてる感……。嬉しいけどかなり恥ずかしいな……。

 

 それから歌うのを休憩して、ふたりでYouTubeを見始めた。俺も浅宮もやってるスマホゲームの神プレイ動画だ。

「すっげ! マジどうなってんの?」
「この攻め方エグッ!」
「あり得ねー」

 ふたりでアレコレ言いながら動画を楽しんでいたら、隣にいる浅宮が少し距離を縮めてきた。そして俺にピタッと身体を寄せてくる。
 さっきまで動画に夢中になれたのに、浅宮と触れているところが気になって仕方がない。浅宮の体温を感じて急にドキドキしてきた。

 浅宮が俺の肩に腕を回してきて、俺の身体を引き寄せる。俺は浅宮の首筋に頭を乗せ、浅宮に寄りかかるような体勢になる。
 この距離感やっば。こんなにひっついてたら、明らかに友達じゃない距離感だ。
 でも浅宮に寄りかかりながら動画観てるとラクだな……。
 最初は緊張したけど、慣れたら心地よくなってきた。
 浅宮とこんなにずっとくっついていられるの、幸せだな。
 カラオケでふたりきりって、こういうこともできちゃうんだよな、なんて思った。
 


 浅宮との楽しい時間はあっという間で、カラオケ店からでた頃は夜になっていた。
 駅に向かう俺の隣には、自転車を引いて同じ歩幅で歩く浅宮がいる。浅宮との話に夢中になっていたら、ほどなくして駅の改札が見えてきた。


「暗くなったから家まで送ろうか?」
「はっ?! さすがに遠すぎるって!」

 いやいやそこは駅までだろ? なんでチャリで帰れるお前が電車に乗ってまで俺を送ろうとする?!

「なんか、離れるのさみしいな……なんでこんなに三倉と一緒にいられないんだろう……」

 浅宮がしみじみと言うから、俺まで感化されてシュンとした気持ちになる。

「仕方ないよ……」

 家でも学校でも別々。まともに会えるのは木曜日の帰りと休みの日に約束したときくらい。四六時中一緒にいたい、とまでは望まないがもうちょっと会える時間があるといいのに。
 

「じゃあな、浅宮。また明日、学校でな」

 駅に着いて、俺は浅宮に別れを告げる。

「うん……」

 浅宮、そんなさみしそうな顔すんなよ! また明日会えるのに、今生の別れみたいな顔して……。

「今日はありがとう」
「うん。三倉と遊べて楽しかった」

 浅宮は少しだけ笑った。

「三倉……」

 浅宮が急に俺の手をとった。浅宮にぎゅっと両手で握られてドキドキする。

「また明日。じゃあな!」

 浅宮は俺から手を離し、笑顔で手を振る。

「うん。またな!」

 俺だって名残惜しいよ浅宮。でもまた会える。
 俺は改札を抜ける。振り返ると浅宮はまだ俺を見送っている。
 結局、姿が完全に見えなくなるまで浅宮は俺を見送っていた。
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