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11.浅宮ん家

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 土曜日の午後、来てしまった。浅宮の家に。
 家族は夕方まで帰ってこないらしい。弟はサッカーの練習でそれに父親が付き添い。母親はパートに行っているそうだ。

「浅宮って、多趣味だな!」

 浅宮の部屋には色んなものが置いてある。テニスラケットに、野球のバット&グローブ、ギター&アンプ、本棚にはパスタ料理のレシピ本。

「うん。小学校の時は野球、中学がテニス部。とりあえずやってみたいと思ったものはやってる」

 浅宮はアンプに繋がずにジャーンとギターをかき鳴らす。そこから短くサビ部分だけ流行りの曲を弾いてみせた。

「すごいな」

 浅宮はなんでも器用にこなせるタイプなのかな。特にこれといった特技も趣味もない俺とは大違いだ。

 そこから適当にゲームやったり、マンガ読んだり、しゃべったり。



「三倉、高いとこ苦手なの?!」

 浅宮が今度スカイツリーに遊びに行こうと言うから正直に苦手なことを話したら、浅宮に笑われた。

「それでも行こうよ。ちゃんと囲まれてるし、落っこちないしさ」
「ひっ……」

 高いところに行くと考えただけで怖くなる。
 でも浅宮とだったら行ってもいいかな、なんて考える自分もいる。以前有栖に誘われた時は頑として断ったのに。


 あ。そうだ。思い出してしまった。

「有栖は高いところ好きだよ。有栖を誘えばいいんじゃないかな」

 有栖は俺に断られてガッカリしていた。その後も行きたがっていたから浅宮が誘えば喜ぶかもしれない。
 せっかくの有力情報を教えてやったのに、浅宮は途端に下を向いてしまった。有栖を誘う話をしたから緊張したのかな。

「俺は三倉と行きたいんだけど……」

 そっか。友達と出かけるほうが気が楽だもんな。意中の相手と出かけるなんて意識しまくって楽しむどころじゃないだろう。



「そうだ! 浅宮頼みがあるんだっ!」

 俺はちょっと暗くなった雰囲気を明るくするために話題を変えた。

「えっ! 俺に?!」
「そう。卒アル見せてよ!」

 人の部屋にきたら見てみたいもの。それは卒業アルバムだ。
 俺が本棚に目をやると、一番下の隅っこにあったあった。小中学校の卒アル二冊とも並んでいる。

「それはナシだ。やめろっ!」
「見せろって! どうせイケメンなんだろ?」

 隠そうとする浅宮を押しのけて俺はサッと本棚から卒アルを引っ張り出した。

「おい、こら勝手に……!」

 卒アルを取り返そうとする浅宮。俺は卒アルを腹に抱えて逃げる。

「少しだけ!」
「恥ずかしいから嫌だ!」

 浅宮とふたりで引っ張り合い。そのうち揉み合いになって、卒アルごと浅宮にぶん回された俺は床に倒れた。


 倒れたのは俺だけじゃない。浅宮もバランスを崩して俺に倒れかかってきた。

 え——。

 仰向けに倒れた俺の上に浅宮が重なって——。

 距離が近いなんてもんじゃない。浅宮に押し倒されたみたいな格好になってる!

 浅宮と目が合う。これもかなりの至近距離。
 すっごくドキドキする。これも近すぎるから浅宮に伝わっちゃうんじゃないか。



「ごっ、ごめんっ!」

 浅宮が慌てて身体を離した。俺も「いいよいいよっ!」と言って離れたものの、お互い目も合わせられずになんとも言えない空気感——。


 ヤバい! 浅宮に悟られたかな。

 有栖の情報を教えるだけの存在のくせに、浅宮のデートの練習に付き合ってただけのくせに、まさか浅宮に本気になっただなんて恥ずかしすぎる。こんな気持ちがバレたら「え? 練習って言っただろ」と笑われるだけなのに。

 やっぱ無理だったんだ。ただの友達の恋の応援なら喜んでできるけど、好きな人の恋を応援するなんて辛すぎる。そんなことをやろうなんて俺はドMだよ……。



 浅宮から離れよう。「お前のことを好きになっちゃったから一緒にいられない」とは言えないから、友達じゃいられない適当な理由を考えなくちゃ。

 浅宮とふたりで過ごすのも今日で最後かと思うとなんだか寂しくなってきた。可哀想な俺の恋心。好きと気づいた途端に終わりが決まってるなんて。



 そうだ。
 俺はずるいことを思いついた。何言ってんだよと一蹴されると思うけどそれでも試してみたい。最後の悪あがきだ。

「ねぇ浅宮」
「ん?」

 浅宮がこっちを向いた。

「浅宮ってキスしたことある……?」
「えっ!!」

 浅宮の身体がビクッと反応し「ないよっ、ないないっ! 相手もいないのにそういうことできないだろ……っ!」と、ものすごく慌てている。

 やっぱり。浅宮は今まで誰とも付き合ったことがないと言っていた。それなら——。

「そっ、それならさっ。れ、練習したほうがいいんじゃないかな……」

 言ってて恥ずかしくなってきて話じりが小声になっていく。

「そんなのいつ誰と……」

 浅宮は途中でハッと何かに気づいたようだ。俺の言わんとしていることが伝わったのかもしれない。
 デートの練習も手を繋ぐ練習もした。だったらキスだって練習してくれてもいいんじゃないか。
 浅宮、頼むから騙されてくれ! 俺のために、最後にいい思い出くれないかな……。


「おっ、俺もしたことないからさ。今後のためにどんな感じか知っておきたいしさっ」

 思いついた適当な理由を浅宮にぶつけてみる。

「あっ、浅宮だって、いきなり本番でかっこ悪いところ見せたくないだろ?」

 俺は説得にかかるが、浅宮は困った顔をしてる。
 だよな。
 さすがにそれはないよな……。
 どうせダメだとわかってたし。
 浅宮は俺のこと、バカな奴って思ってるんだろうな……。



「三倉はそれでいいの?」

 浅宮は真面目な顔で俺を見た。もしかしてこいつ、俺の提案を受け入れてくれるのか……?

「う、うんっ!」

 俺はコクコクと頷く。練習だってなんだっていい。浅宮とそういうこと、してみたい。

「じゃあ、してみる……?」

 浅宮が俺に迫ってきた。さっきの卒アル事件でお互い離れていたのに、四つん這いの姿勢で近づいてきて、床に座っている俺の顔をじっと見つめてくる。

 自分から言い出したくせに、いざそんなことをすると思うと緊張してきた。浅宮の切なそうな瞳のキラキラも、見ているとぎゅっと胸が締め付けられる。

 なんだか浅宮に悪いな……。練習にかこつけて最後の思い出に、俺は浅宮とキスがしたいだけ。そんなあざとい俺の気持ちなんて知らずに浅宮は——。



「三倉。俺にどこまで許してくれる……?」

 えっ、どこまでって?!

「唇同士はナシ? 俺、お前のどこにキスしていいの?」
「なっ……!」

 ちょっと待て。俺が唇でもいいとか言ったら浅宮はまさか……。

「させてよ。キスの練習。俺、三倉としてみたい」

 浅宮は気がついたら俺のすぐ隣にいる。それも身体が触れ合うんじゃないかというくらいの距離。

「あっ、浅宮こそ、いいの……?」

 浅宮だってファーストキスみたいだし、さすがにそれは好きな人としたいんじゃないか……?

「うん。もちろん。そういうことしたら、少しくらい俺のこと意識してくれるかもしれないし……」

 はっ?! どういう意味だ……?

「三倉。ここにキスしていい……?」

 浅宮が人差し指でそっと俺の唇に触れた。
 本当にいいのか?! 俺は嬉しいけど、浅宮は?!

 戸惑いもあるけれど、俺は何も言わずに目を閉じる。浅宮を受け入れたいから。浅宮がしたいと思ってくれるなら、して欲しいから。

 浅宮の両手が俺の頬を包み込む。
 それから柔らかくてあったかい浅宮の唇が俺の唇に触れた。
 その瞬間、なんとも表現し難いものがブワっと身体中を駆け巡った。まるで、稲妻みたいな何か。

「三倉……どう? 少しは俺にドキドキしてくれた?」

 なんでそんなこと訊くんだよ。さっきからドキドキしっぱなしだよ! と思ったが、そうだった、浅宮にしてみれば相手をドキドキさせるような甘々なキスの練習をしているだけだったなと大前提を思い出した。

「うん。いいと思う……」

 思わず本音がこぼれる。浅宮がほっとしたような、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 しまった。浅宮に自信を持たせてしまったら、浅宮は有栖に告白を決めちゃうかもしれないのに。


「男同士でも、恋愛できるかなとか、思ってもらえた……?」

 そうだよな。友達と恋人の違いって、キスとか抱き合うとかそういうことまで許せるかってとこだよな。
 俺は浅宮が好きだよ。練習でもキスしてもらえて泣きそうなくらいに嬉しい。

 有栖はどうだろう。有栖も浅宮を好きになるかな。ふたりが付き合うことになったら、今日のこのキスのことは黙っておかなくちゃ。これはノーカウント、ただの練習だけれどそれでも有栖は良くは思わないだろうから。

 有栖はいいな。いつもみんなに慕われて。俺はたくさんの人に慕われなくてもいいから、浅宮に想われたい……。

「み、くら……? なんで涙目なの? 俺、調子に乗り過ぎた? してみたらやっぱり気持ち悪かった……?」

 浅宮も泣きそうじゃないか。さっき「いい」と感想を伝えたのに、なんでそんなこと言うんだよ。
 初恋なんて実らない。だから、練習とはいえキスまでしてもらえた俺はきっと幸せなんだ。

「そんなことないよ。ありがとう、浅宮」

 だからこのキスを思い出に浅宮のことは諦めなくちゃ。
 そんなことを思ったら余計に目が潤んでくるよ。

「浅宮。俺、もう帰るね。じゃあっ」
「えっ!!」

 浅宮は俺を引き止めようとしていたけど、その手を振り切って、俺は浅宮の部屋から飛び出した。こんなみっともない顔、浅宮に見せられないから。



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