12 / 12
おまけの番外編SS
稜の誕生日〜やっぱりツンがデレる話〜
しおりを挟む
3月18日。今日は稜の誕生日だ。
けれど、稜と会う約束はしていない。
稜に誕生日に会えるかどうかを訊かれて、健人は「就職先の新人研修があって、会えるかどうかわからない」と答えてある。
本当は研修はないし、朝から稜の誕生日を祝うための準備をするつもりなのだが、そのことは稜には内緒だ。
稜は、昼間アルバイトがあると言っていた。だから家に帰ってくるのは夕方になるはずだ。
今日の午前中には稜へのプレゼントが宅配便で届く。それを受け取ったあと、合鍵は持っているからプレゼントを持って稜の家に行き、サプライズディナーとして手作りケーキと料理を用意する手筈だ。
健人は稜にプレゼントなんてしたこともないし、手料理を振る舞ったこともない。きっと稜はこのサプライズを喜んでくれるのではないかと健人は密かに期待している。
ピンポーン。
健人は玄関に急ぐ。てっきり待ち望んでいたものが届いたとばかり思っていたのに、ただの書留めだった。
もうすぐ12時になるのにおかしいな、と購入履歴を確認して青ざめた。
今日発送となっており、届くのが翌日以降になるようだ。
「やっべぇ!」
これは確認ミスだ。ギリギリ間に合うと思って注文したのに、『5営業日で発送』の日数を数え間違いしたようだった。
誕生日にプレゼントがないなんて最悪だ。けれどプレゼントはすでに購入済みで、今から他のものを買う予算も時間もない。
——稜に、プレゼントは明日渡すからって、言うしかないか……。
その代わり、手紙を書くことにした。何もないのでは格好がつかないから、とりあえず手紙を先に渡しておく作戦に切り替えた。
食材の買い物をして、合鍵を使って稜の部屋に入る。
稜は少し前に引っ越したばかり。稜の就職先の近くにあるロフト付きのワンルームマンションで、小さいシステムキッチンに洗面台まである、設備の整った真新しいマンションだ。
新しい稜の部屋に入るのは、これでまだ二度目。
「あいつって、案外綺麗にしてるんだよな……」
時間がないない言うわりに、稜はきちんとした生活を送っている。細かなところまで掃除は行き届いているし、健人とは違い、ひとり暮らしでも毎日のように料理をするらしくキッチン用品はひととおり揃っている。
「よし!」
買ってきた食材を小さなひとり暮らし用の冷蔵庫に無理矢理詰め込んで、サプライズの準備にとりかかる。
スマホで作り方を調べつつ、見よう見まねでやってみる。が、これがかなり難しい。
なぜかスポンジケーキは膨らまないし、ハンバーグは焦げているのに中は生焼けになってしまい、なんともひどいものができあがる。
このままではお祝いのケーキも料理もままならない。
無駄な時間が過ぎ、失敗作だけが山になる。もうすぐ稜が帰宅するかもしれない。このままでは何も用意できないまま稜をむかえることになってしまう。
健人は涙目になりつつ、今度はハンドブレンダーでボウルに入れた生クリームを泡立てようと試みる。
「うわっ!」
どういうわけか生クリームが飛び散り、あたりじゅうが生クリームだらけになる。健人自身も生クリームを浴びて、顔も服もベッタベタだ。
「最悪だよ……やっば、どうしよう……」
慣れないことをいきなりするものじゃない、と後悔してもそれは先に立たず。
とりあえず汚れたTシャツを脱ぎ捨て、飛び散った生クリームの掃除をする。
髪までベタベタなので稜の家のシャワーを借りてサッと洗い流して、申し訳ないが稜の服を勝手に借りた。
借りたのは椅子の背もたれをハンガー代わりにして引っ掛けてあった稜の長袖シャツだ。健人にとってはオーバーサイズだがクローゼットをあさるのは忍びないし、とりあえずパンツ一枚でいるよりはいい。
わずかな足音のあと、ガチャリと扉が開く音が響く。
健人はハッと息を呑む。なにもできないまま、稜が帰ってきてしまった。
ドアを開ければすぐにキッチンだ。ワンルームマンションに隠れる場所なんてない。
「あれ? 健人?」
「あ、はは……」
笑って誤魔化すしかない。この状況をどう説明してくれよう。
「なんでいるの? てか、それ俺の服……? え? どゆこと?」
まさか誕生日サプライズを仕掛けようとしていたとは言えない。だってプレゼントも用意してなければ、ケーキも料理も何もできてないのだから。
「いや、あのさ、研修が思ったより早く終わってさ、職場から稜の家のほうが近いしちょっと寄らしてもらったんだ」
「へぇ。健人の会社の新人研修はスーツじゃなくていいんだ」
稜は健人がさっき脱ぎ捨てたTシャツを見て言う。
「そ、そうなんだ……今日だけは、ね……」
苦しい。苦しすぎる言い訳だ。
「キッチン、使ったんだ」
「あ、あの、腹減ったからなんか作ろうと思って……ごめん勝手に使わせてもらってる……」
「いいよ、健人なら俺んちを自由に使ってくれて構わない。そのために合鍵渡してんだから。でも、健人がわざわざ料理?」
「べっ、別に稜のために作ろうとしたんじゃない。俺が食べたくてさ」
「作ったものはどこ?」
「へっ?」
まさか失敗作を稜にお披露目するわけにはいかない。
「冷蔵庫?」
「いや、もう食べたっ!」
稜が冷蔵庫のドアを開けるのを阻止したかったのに、一歩間に合わず、中を見られてしまった。
「なにこれ」
冷蔵庫の中にはケーキもどきの食べられるかどうかわからないものと、ただ野菜を切っただけのサラダ、焦げたハンバーグかもしれないものが入っている。
「なんでもない。なんでもないからっ。それ捨てようと思ってたやつ!」
「健人、お前さぁ、キッチンめちゃくちゃじゃん。何をどうしたらこうなるんだよ」
痛いところを突かれた。片付けが間に合ってなかったのだ。勝手にキッチンを使われて、こんなにめちゃくちゃにされたら怒っても当然だ。
「……ごめん、今から片付けるとこ」
結局、稜のために何もできなかった。お祝いどころじゃない。キッチンと部屋を汚して勝手に服まで借りただけの迷惑な奴になっただけ。
——何やってんだ、俺。
健人が、大量の洗い物に手をつけようとしたとき、稜に身体を引っ張られる。
「えっ?」
健人が振り向いた途端に、稜に唇を奪われた。
完全に、不意打ちのキスだ。
「俺、やっぱ健人のこと大好きだ」
稜に優しい瞳で見つめられ、ふんわりと髪を撫でられる。
その瞳にドキドキする。稜は顔がよすぎるから見つめられたときの破壊力が半端ない。
「俺、全部わかったから。健人は十分頑張っただろ? だから片付けは俺がやる」
「な、何がわかったんだよ……」
「お前が何をしようとしたか、だよ」
「えっ……?」
そうだった。稜はいつだって健人の行動をめざとく見抜いてくるタイプの男だ。
「普段料理なんてしないくせに、俺のために手作り料理を披露しようとしてくれたんだろ?」
「いや違うって! 俺が腹が減っただけ!」
「いいからいいからわかってるって。お前がどれだけ苦戦して作ってくれたのか、このキッチンを見ればわかるから」
さすが稜だ。素直になれない健人が言えないことも全部汲みとってわかってくれて、それを労ってくれる。
健人はウルっとくる目尻を、稜にバレないようにサッと拭った。
「健人が俺んちに勝手に来てくれたことなんて初めてだよな? いっつも合鍵渡した甲斐がないって思ってたんだよ。お前に会えないと思ってたのに、こうやってサプライズで部屋にいてくれるのすげぇ嬉しい。こんなことしてくれたの、今日が俺の誕生日だからだろ?」
「違ぇよ! たまたま通りかかっただけ! プレゼントも用意してないし……」
「俺にとっては誕生日に健人に会えたことが最高のプレゼントだ。しかも彼シャツ着て、風呂上がりのいい匂いさせて、まさかお前、俺を誘ってんの?」
「違くてっ! 服汚して借りただけだ……んんっ……!」
稜に再び唇を奪われ、今度は口内まで犯される。同時に身体をエロい手つきで弄られるから、だんだんと健人の気持ちが高ぶってくる。
「健人、このまま抱いていい?」
「なっ……!」
「お前、ベッドの上だと素直になるからさ。聞かせて、お前の本音」
性急すぎやしないか、と思うが、今日は稜の誕生日だ。誕生日くらいは稜の好きにさせてやりたい。
「べっ、別にいいけど……」
「いいの!?」
「今日だけ、と、特別だからな……」
それに本音を言うと、健人もキスだけじゃ足りない。もっと稜を感じたいな、と思っている。
「なんなの? 今日の健人、めちゃくちゃ可愛い……」
稜に再びキスをされる。本当に稜は顔をみればキスを仕掛けてくるから、実はこいつはキス魔なんじゃないかと心配になる。
腕を引かれて連行され、稜の部屋のベッドの上に突き飛ばされた。
「おいっ! 突き飛ばすことないだろっ……」
健人が文句を言ってやろうと思い、稜を振り返った途端、上から稜が覆い被さってきた。
「ごめん。好き。大好き」
稜にキスをされ、好きと言われて何も言えなくなる。
「今日は研修で会えないって聞かされてたのにさ、健人に会えて、こんな最高のサプライズされて、すっごく嬉しいよ」
「いや、だから俺は何も……プレゼントだって、俺のミスで間に合わなくて明日になっちゃったし——」
「大丈夫。プレゼントなんてなくてもいい。健人がいれば他に何もいらないよ」
「料理だってめちゃくちゃで、ケーキもできなかったし——」
「何も問題ない。どんな味でも形でも健人の愛情が詰まった料理なら涙が出るくらいに美味しいに決まってる」
「お前、いつも家をキレイにしてるのに、俺がめちゃくちゃに汚しちゃったしさ——」
「そんなの構わない。俺のものは健人のものだって思ってくれていいから」
稜はベッドの上で健人の身体をぎゅっと抱き締める。
「俺のためにいろいろ準備して、頑張ってくれたのか?」
「ま、まぁ……」
「健人って実はめちゃくちゃ俺のこと愛してくれてるの?」
「バカ……そんなこと今さら聞くなよ……」
健人は稜を直視できなくて目を逸らす。
稜のことが大好きに決まっている。大好きだから一緒にいるし、稜のことを喜ばせたい一心で、サプライズだって仕掛けたのだから。
「すっ……」
いつもなら、誤魔化してしまうところだ。でも今日だけは、誕生日くらいは気持ちを伝えてみたい。
「好きに決まってる。誕生日サプライズ失敗した俺を責めたりしないし、いつも俺に優しくて、なのにめちゃくちゃかっこよくて、す、好き……」
普段なら絶対に言えないようなことを言ってしまった。
言ってしまってから恥ずかしくなって、健人は稜の身体に腕を回して抱きついた。こうすれば顔を稜に見られないで済むからだ。
言葉にするのは苦手だから、いつもこうやって稜に抱きつくことしかできない。
「やば……」
稜の身体が小刻みに震えている。
「好きって言ってもらえなくてもいい、健人はそういう奴だし、健人の気持ちは俺にはわかるからってずっと思ってたけどさ、いざこうやってお前に言われたら……泣くほど嬉しい……」
「バカ……こんなことくらいで感動すんな」
「好き。健人、大好き」
どうしよう。ベッドの上で稜に抱き締められ、好きと言われて嬉しくて、たまらない気持ちになってきた。
「健人。今日、俺誕生日でさ」
「うん」
「やっぱりプレゼントが欲しい」
「だから無いんだって、俺のミスで……」
「じゃあ健人をもらってもいい?」
「はっ?」
なんだか稜はニヤニヤしている。こういうときの稜は何か企んでいる。嫌な予感しかない。
稜は冷蔵庫から″何か″を取り出し、すぐにベッドに戻ってきた。
「生クリームと一緒に健人を食べてみたい」
「はぁっ?」
稜が手にしているのはケーキ作りのときに余った生クリームだ。稜はそれを健人の頬に塗りつけてきた。
「おいっ、えっ? ちょっ……! あぁ…っ」
稜は頬についた生クリームを舌で丹念に舐めている。それが、くすぐったくて、首元まで舐められるとちょっと変な気持ちになってくる。
「美味しい」
稜は健人の唇までペロリと舐めた。
「こっちもいい?」
稜は健人の着ていた稜のシャツのボタンに手をかけた。
「おい、マジかよ、待って……」
「健人。ケーキになる覚悟はできたか?」
「はぁあっ??」
「俺のために人肌脱いでくれるよな?」
「いや、えっ? ええっ?」
「用意、してくれてたんだろ? 俺のためにケーキになる用意を」
「違うって、冷蔵庫見ただろ? ケーキはあっち!」
そのあと、稜にケーキにされて最後まで美味しく食べられることになるとは思いもしなかった。
——完。
けれど、稜と会う約束はしていない。
稜に誕生日に会えるかどうかを訊かれて、健人は「就職先の新人研修があって、会えるかどうかわからない」と答えてある。
本当は研修はないし、朝から稜の誕生日を祝うための準備をするつもりなのだが、そのことは稜には内緒だ。
稜は、昼間アルバイトがあると言っていた。だから家に帰ってくるのは夕方になるはずだ。
今日の午前中には稜へのプレゼントが宅配便で届く。それを受け取ったあと、合鍵は持っているからプレゼントを持って稜の家に行き、サプライズディナーとして手作りケーキと料理を用意する手筈だ。
健人は稜にプレゼントなんてしたこともないし、手料理を振る舞ったこともない。きっと稜はこのサプライズを喜んでくれるのではないかと健人は密かに期待している。
ピンポーン。
健人は玄関に急ぐ。てっきり待ち望んでいたものが届いたとばかり思っていたのに、ただの書留めだった。
もうすぐ12時になるのにおかしいな、と購入履歴を確認して青ざめた。
今日発送となっており、届くのが翌日以降になるようだ。
「やっべぇ!」
これは確認ミスだ。ギリギリ間に合うと思って注文したのに、『5営業日で発送』の日数を数え間違いしたようだった。
誕生日にプレゼントがないなんて最悪だ。けれどプレゼントはすでに購入済みで、今から他のものを買う予算も時間もない。
——稜に、プレゼントは明日渡すからって、言うしかないか……。
その代わり、手紙を書くことにした。何もないのでは格好がつかないから、とりあえず手紙を先に渡しておく作戦に切り替えた。
食材の買い物をして、合鍵を使って稜の部屋に入る。
稜は少し前に引っ越したばかり。稜の就職先の近くにあるロフト付きのワンルームマンションで、小さいシステムキッチンに洗面台まである、設備の整った真新しいマンションだ。
新しい稜の部屋に入るのは、これでまだ二度目。
「あいつって、案外綺麗にしてるんだよな……」
時間がないない言うわりに、稜はきちんとした生活を送っている。細かなところまで掃除は行き届いているし、健人とは違い、ひとり暮らしでも毎日のように料理をするらしくキッチン用品はひととおり揃っている。
「よし!」
買ってきた食材を小さなひとり暮らし用の冷蔵庫に無理矢理詰め込んで、サプライズの準備にとりかかる。
スマホで作り方を調べつつ、見よう見まねでやってみる。が、これがかなり難しい。
なぜかスポンジケーキは膨らまないし、ハンバーグは焦げているのに中は生焼けになってしまい、なんともひどいものができあがる。
このままではお祝いのケーキも料理もままならない。
無駄な時間が過ぎ、失敗作だけが山になる。もうすぐ稜が帰宅するかもしれない。このままでは何も用意できないまま稜をむかえることになってしまう。
健人は涙目になりつつ、今度はハンドブレンダーでボウルに入れた生クリームを泡立てようと試みる。
「うわっ!」
どういうわけか生クリームが飛び散り、あたりじゅうが生クリームだらけになる。健人自身も生クリームを浴びて、顔も服もベッタベタだ。
「最悪だよ……やっば、どうしよう……」
慣れないことをいきなりするものじゃない、と後悔してもそれは先に立たず。
とりあえず汚れたTシャツを脱ぎ捨て、飛び散った生クリームの掃除をする。
髪までベタベタなので稜の家のシャワーを借りてサッと洗い流して、申し訳ないが稜の服を勝手に借りた。
借りたのは椅子の背もたれをハンガー代わりにして引っ掛けてあった稜の長袖シャツだ。健人にとってはオーバーサイズだがクローゼットをあさるのは忍びないし、とりあえずパンツ一枚でいるよりはいい。
わずかな足音のあと、ガチャリと扉が開く音が響く。
健人はハッと息を呑む。なにもできないまま、稜が帰ってきてしまった。
ドアを開ければすぐにキッチンだ。ワンルームマンションに隠れる場所なんてない。
「あれ? 健人?」
「あ、はは……」
笑って誤魔化すしかない。この状況をどう説明してくれよう。
「なんでいるの? てか、それ俺の服……? え? どゆこと?」
まさか誕生日サプライズを仕掛けようとしていたとは言えない。だってプレゼントも用意してなければ、ケーキも料理も何もできてないのだから。
「いや、あのさ、研修が思ったより早く終わってさ、職場から稜の家のほうが近いしちょっと寄らしてもらったんだ」
「へぇ。健人の会社の新人研修はスーツじゃなくていいんだ」
稜は健人がさっき脱ぎ捨てたTシャツを見て言う。
「そ、そうなんだ……今日だけは、ね……」
苦しい。苦しすぎる言い訳だ。
「キッチン、使ったんだ」
「あ、あの、腹減ったからなんか作ろうと思って……ごめん勝手に使わせてもらってる……」
「いいよ、健人なら俺んちを自由に使ってくれて構わない。そのために合鍵渡してんだから。でも、健人がわざわざ料理?」
「べっ、別に稜のために作ろうとしたんじゃない。俺が食べたくてさ」
「作ったものはどこ?」
「へっ?」
まさか失敗作を稜にお披露目するわけにはいかない。
「冷蔵庫?」
「いや、もう食べたっ!」
稜が冷蔵庫のドアを開けるのを阻止したかったのに、一歩間に合わず、中を見られてしまった。
「なにこれ」
冷蔵庫の中にはケーキもどきの食べられるかどうかわからないものと、ただ野菜を切っただけのサラダ、焦げたハンバーグかもしれないものが入っている。
「なんでもない。なんでもないからっ。それ捨てようと思ってたやつ!」
「健人、お前さぁ、キッチンめちゃくちゃじゃん。何をどうしたらこうなるんだよ」
痛いところを突かれた。片付けが間に合ってなかったのだ。勝手にキッチンを使われて、こんなにめちゃくちゃにされたら怒っても当然だ。
「……ごめん、今から片付けるとこ」
結局、稜のために何もできなかった。お祝いどころじゃない。キッチンと部屋を汚して勝手に服まで借りただけの迷惑な奴になっただけ。
——何やってんだ、俺。
健人が、大量の洗い物に手をつけようとしたとき、稜に身体を引っ張られる。
「えっ?」
健人が振り向いた途端に、稜に唇を奪われた。
完全に、不意打ちのキスだ。
「俺、やっぱ健人のこと大好きだ」
稜に優しい瞳で見つめられ、ふんわりと髪を撫でられる。
その瞳にドキドキする。稜は顔がよすぎるから見つめられたときの破壊力が半端ない。
「俺、全部わかったから。健人は十分頑張っただろ? だから片付けは俺がやる」
「な、何がわかったんだよ……」
「お前が何をしようとしたか、だよ」
「えっ……?」
そうだった。稜はいつだって健人の行動をめざとく見抜いてくるタイプの男だ。
「普段料理なんてしないくせに、俺のために手作り料理を披露しようとしてくれたんだろ?」
「いや違うって! 俺が腹が減っただけ!」
「いいからいいからわかってるって。お前がどれだけ苦戦して作ってくれたのか、このキッチンを見ればわかるから」
さすが稜だ。素直になれない健人が言えないことも全部汲みとってわかってくれて、それを労ってくれる。
健人はウルっとくる目尻を、稜にバレないようにサッと拭った。
「健人が俺んちに勝手に来てくれたことなんて初めてだよな? いっつも合鍵渡した甲斐がないって思ってたんだよ。お前に会えないと思ってたのに、こうやってサプライズで部屋にいてくれるのすげぇ嬉しい。こんなことしてくれたの、今日が俺の誕生日だからだろ?」
「違ぇよ! たまたま通りかかっただけ! プレゼントも用意してないし……」
「俺にとっては誕生日に健人に会えたことが最高のプレゼントだ。しかも彼シャツ着て、風呂上がりのいい匂いさせて、まさかお前、俺を誘ってんの?」
「違くてっ! 服汚して借りただけだ……んんっ……!」
稜に再び唇を奪われ、今度は口内まで犯される。同時に身体をエロい手つきで弄られるから、だんだんと健人の気持ちが高ぶってくる。
「健人、このまま抱いていい?」
「なっ……!」
「お前、ベッドの上だと素直になるからさ。聞かせて、お前の本音」
性急すぎやしないか、と思うが、今日は稜の誕生日だ。誕生日くらいは稜の好きにさせてやりたい。
「べっ、別にいいけど……」
「いいの!?」
「今日だけ、と、特別だからな……」
それに本音を言うと、健人もキスだけじゃ足りない。もっと稜を感じたいな、と思っている。
「なんなの? 今日の健人、めちゃくちゃ可愛い……」
稜に再びキスをされる。本当に稜は顔をみればキスを仕掛けてくるから、実はこいつはキス魔なんじゃないかと心配になる。
腕を引かれて連行され、稜の部屋のベッドの上に突き飛ばされた。
「おいっ! 突き飛ばすことないだろっ……」
健人が文句を言ってやろうと思い、稜を振り返った途端、上から稜が覆い被さってきた。
「ごめん。好き。大好き」
稜にキスをされ、好きと言われて何も言えなくなる。
「今日は研修で会えないって聞かされてたのにさ、健人に会えて、こんな最高のサプライズされて、すっごく嬉しいよ」
「いや、だから俺は何も……プレゼントだって、俺のミスで間に合わなくて明日になっちゃったし——」
「大丈夫。プレゼントなんてなくてもいい。健人がいれば他に何もいらないよ」
「料理だってめちゃくちゃで、ケーキもできなかったし——」
「何も問題ない。どんな味でも形でも健人の愛情が詰まった料理なら涙が出るくらいに美味しいに決まってる」
「お前、いつも家をキレイにしてるのに、俺がめちゃくちゃに汚しちゃったしさ——」
「そんなの構わない。俺のものは健人のものだって思ってくれていいから」
稜はベッドの上で健人の身体をぎゅっと抱き締める。
「俺のためにいろいろ準備して、頑張ってくれたのか?」
「ま、まぁ……」
「健人って実はめちゃくちゃ俺のこと愛してくれてるの?」
「バカ……そんなこと今さら聞くなよ……」
健人は稜を直視できなくて目を逸らす。
稜のことが大好きに決まっている。大好きだから一緒にいるし、稜のことを喜ばせたい一心で、サプライズだって仕掛けたのだから。
「すっ……」
いつもなら、誤魔化してしまうところだ。でも今日だけは、誕生日くらいは気持ちを伝えてみたい。
「好きに決まってる。誕生日サプライズ失敗した俺を責めたりしないし、いつも俺に優しくて、なのにめちゃくちゃかっこよくて、す、好き……」
普段なら絶対に言えないようなことを言ってしまった。
言ってしまってから恥ずかしくなって、健人は稜の身体に腕を回して抱きついた。こうすれば顔を稜に見られないで済むからだ。
言葉にするのは苦手だから、いつもこうやって稜に抱きつくことしかできない。
「やば……」
稜の身体が小刻みに震えている。
「好きって言ってもらえなくてもいい、健人はそういう奴だし、健人の気持ちは俺にはわかるからってずっと思ってたけどさ、いざこうやってお前に言われたら……泣くほど嬉しい……」
「バカ……こんなことくらいで感動すんな」
「好き。健人、大好き」
どうしよう。ベッドの上で稜に抱き締められ、好きと言われて嬉しくて、たまらない気持ちになってきた。
「健人。今日、俺誕生日でさ」
「うん」
「やっぱりプレゼントが欲しい」
「だから無いんだって、俺のミスで……」
「じゃあ健人をもらってもいい?」
「はっ?」
なんだか稜はニヤニヤしている。こういうときの稜は何か企んでいる。嫌な予感しかない。
稜は冷蔵庫から″何か″を取り出し、すぐにベッドに戻ってきた。
「生クリームと一緒に健人を食べてみたい」
「はぁっ?」
稜が手にしているのはケーキ作りのときに余った生クリームだ。稜はそれを健人の頬に塗りつけてきた。
「おいっ、えっ? ちょっ……! あぁ…っ」
稜は頬についた生クリームを舌で丹念に舐めている。それが、くすぐったくて、首元まで舐められるとちょっと変な気持ちになってくる。
「美味しい」
稜は健人の唇までペロリと舐めた。
「こっちもいい?」
稜は健人の着ていた稜のシャツのボタンに手をかけた。
「おい、マジかよ、待って……」
「健人。ケーキになる覚悟はできたか?」
「はぁあっ??」
「俺のために人肌脱いでくれるよな?」
「いや、えっ? ええっ?」
「用意、してくれてたんだろ? 俺のためにケーキになる用意を」
「違うって、冷蔵庫見ただろ? ケーキはあっち!」
そのあと、稜にケーキにされて最後まで美味しく食べられることになるとは思いもしなかった。
——完。
148
お気に入りに追加
617
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(5件)
あなたにおすすめの小説
嘘をついて離れようとしたら逆に離れられなくなった話
よしゆき
BL
何でもかんでも世話を焼いてくる幼馴染みから離れようとして好きだと嘘をついたら「俺も好きだった」と言われて恋人になってしまい離れられなくなってしまった話。
爽やか好青年に見せかけたドロドロ執着系攻め×チョロ受け
俺の彼氏には特別に大切なヒトがいる
ゆなな
BL
レモン色の髪がキラキラに眩しくてめちゃくちゃ格好いいコータと、黒髪が綺麗で美人な真琴は最高にお似合いの幼馴染だった。
だから俺みたいな平凡が割り込めるはずなんてないと思っていたのに、コータと付き合えることになった俺。
いつかちゃんと真琴に返すから……
それまで少しだけ、コータの隣にいさせて……
鬼の愛人
のらねことすていぬ
BL
ヤクザの組長の息子である俺は、ずっと護衛かつ教育係だった逆原に恋をしていた。だが男である俺に彼は見向きもしようとしない。しかも彼は近々出世して教育係から外れてしまうらしい。叶わない恋心に苦しくなった俺は、ある日計画を企てて……。ヤクザ若頭×跡取り
お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
彼氏未満
茉莉花 香乃
BL
『俺ら、終わりにしない?』そんなセリフで呆気なく離れる僕と彼。この数ヶ月の夢のような時間は…本当に夢だったのかもしれない。
そんな簡単な言葉で僕を振ったはずなのに、彼の態度は……
ハッピーエンド
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
感想ありがとうございます。
完璧すぎて返す言葉がないくらいの感想だ😳
稜は実はかなりヤンデレ……?
溺愛されること間違いないです。
素直じゃない健人にはこのくらいしつこくてグイグイ攻めてくる男がピッタリかもしれません🤣
雨宮先生💗素敵な番外編❣️ありがとうございます🤤
本当に健人くん🤭ツンですね🩷 稜くんはそんな
ツンな健人くんも可愛くて、仕方がないのでしょうが🙌
「好き」😘をありがとうございます🙏✨
とっても素敵な誕プレ🎁💝で、稜くん❣️良かったですね🥹🤗
いつまでもお幸せに〜〜(´ε` )💓💓💓
健人はツンツンしてますが、デレ💕が時々炸裂します🤣
番外編までお読みくださりありがとうございます!
これからふたりは幸せになることでしょう!
健人は、素直になれないツンツンしてる性格ですが、稜はそれを見抜いて甘々に甘やかしてくれることと思います💕
感想ありがとうございます✨
動画視聴も、ありがとうございます✨