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4.夢から醒めて
しおりを挟む 閨の練習台としての役目を終え、もとの生活に戻ったラルスは、いつもどおりに厩舎で馬の手入れをしている。
だが気がつくとアルバートのことを考えていて、仕事が手につかない。
あの夜は、夢のようなひとときだった。アルバートはラルスを愛おしそうに何度も抱いた。「痛くないか」「苦しくないか」と声をかけてくれて、ラルスはアルバートの優しさの中、後ろでも前でも何度も達した。練習なんていらなかったのではと思うくらいに、アルバートとの行為は気持ちよかった。
行為が終わると、アルバートはラルスの身体を拭き綺麗に清めてくれて、「疲れただろう。朝まで眠れ」と温かい手で抱きしめてくれた。
別れ際、ミンシアに思ったことを述べるように言われてアルバートは完璧だったと感想を伝え、ラルスは後ろ髪引かれる思いで送りの馬車に乗ってウィンネル伯爵の屋敷に帰ってきた。
「殿下、かっこよかったなぁ」
ラルスは大きなため息をつく。昨夜の相手は誰もが憧れるアルバート王太子殿下だ。本来であれば平民のラルスは接点すらない御方で、閨の練習台になることすら高貴な身分でないと叶わないほどの相手だ。
「でも、もう会うことはないんだろうな……」
ミンシアの言うとおり、閨の相手は昨夜が最初で最後だ。もう二度とアルバートに触れられることはないし、会うことすらないだろう。
「ラルスっ」
名前を呼ばれてハッと顔を上げるとフィンがにこやかな顔でひらひらと手を振っていた。
「フィンさまが厩にいらっしゃるなんてっ。せっかくの服が汚れてしまいます。馬が必要ならば、僕が連れて行きますから」
「ラルスったら。そんなの気にしないよ。それにさま付けして呼ばなくていい。友達なんだから呼び捨てにしてよ」
フィンは伯爵令息なのに、いつも気さくに話しかけてくれる。失礼なことだとわかっているのに、親友と呼びたいくらいの相手だ。
フィンは「ちょっとだけ話そう」とラルスの手から干し草をかき集めるための熊手を取り上げ、ラルスを中庭のベンチに連れて行く。
「ねぇ、ラルス。殿下に会った?」
「えっ……!」
なるほど、フィンは昨晩の話をラルスから聞き出そうとしているようだ。
「あ、会ったよ。そりゃあ僕はフィンさまの身代わりになったんですから」
「だよね。本当にありがとう、ラルス」
フィンは丁寧に頭を下げてきた。それをラルスは慌てて「そんなことしちゃダメだよ、フィンは伯爵令息なんだから」と制する。
「で、どうだった? 殿下に少し興味は持った?」
「興味って言われても……もう二度と会わないような人だから……」
アルバートのことは考えないようにしている。好意を抱いてもどうにもならない相手だ。それなのにフィンはどうしてそのようなことを聞いてくるのだろう。
「それがね、もう一度殿下に会ってきてくれないかな?」
「えっ……?」
ラルスは目を丸くした。アルバートには二度と会えないと思っていたのに。
「殿下はまだ不安らしい。もう一度、閨の練習相手をしてほしいと秘密裏に伯爵家に依頼がきたんだ。それで、大変申し訳ないんだけど……またラルスに身代わりをお願いできないかなって……」
「や、やりますっ、やらせてくださいっ!」
食い気味に返事をしてしまって、すぐに後悔する。
これはフィンに与えられた極秘のお役目だ。それなのにアルバートを騙して、ラルスが身代わりになるという話だ。
決して褒められたことではないのに、まるで自分に閨相手の話がきたのように飛びつくなんていけないことだ。
「……いいの?」
「はい」
ラルスは静かに頷いた。本当は、もう一度アルバートに会える喜びで胸が高鳴っているが、あんまり表立って喜んではいけない。
「ありがとう! 持つべきものは優しい親友だ!」
フィンはラルスに飛びついてきた。
「ダ、ダメっ、僕は汚いからっ」
馬の世話で家畜臭いのに、フィンに抱きつかれたらフィンまで匂いが移ってしまう。
「ラルスは細かいことを気にしすぎっ」
「フィンさまが気にしなさすぎなんですって、僕はただの平民で……」
「何言ってるの。友達になるのに身分なんて関係ない。貴族の友達は足の引っ張り合いばかり。いつだって僕を助けてくれるのはラルスだった。僕がいじめられているときに、馬に乗っていじめっ子に突っ込んでくれたじゃないか。ムカつく伯爵令息の顔に泥をかけてやったとき、どれだけスカッとしたか」
「あ、あ、あれはフィンさまを助けなきゃって必死で……!」
それは昔の話だ。フィンの帰りが遅くて、心配になって辺りじゅうを馬に乗って探し回っていたとき、大勢に囲まれているフィンを見つけたのだ。まさにフィンが手を出されそうになっていたので、何も考えずにそのまま馬で無我夢中で突っ込んでいった。後になって周りの子どもたちが貴族の令息だったと知り、ラルスは手酷く叱られたのだが、そのときたまたま居合わせた、国王の城からやってきていた使いの者がその場を収めてくれた。
「そういえばさ、ラルスは殿下とどこまでしたの?」
「はっ……?」
「最後まで、されたの?」
なんてことを聞いてくるんだ! と心の中で悲鳴を上げながら、「なっ、なんにもないっ」と意味のないことを言い、両手で顔を覆った。
「ごめん。冗談。答えなくていいよ」
フィンは、ふんわりとラルスの身体を抱く。
「僕も閨係は一度だけだと思っていたんだ。それを、もう一度殿下が願われるなんてなぜなんだろうって思っただけ」
「そうですよね……」
ラルスには他の人と交わった経験はない。だが、アルバートはお世辞抜きにキスもお夜伽もとても上手だった。
そしてそれをラルスは侍女のミンシアにしっかりと伝えたのに、アルバートは何が不安なのだろうか。
「僕はラルスの幸せをなによりも願っているから」
フィンの温もりを感じて、胸がじんとなる。優しいフィンのことは好きだし、フィンの気持ちはありがたいと思う。
フィンの身代わりとしてもう一度、アルバートに会える。
アルバートにとってはただの閨事の練習相手だ。でも、それでもこの身がアルバートの役に立つのならいくらでも差し出していいと思った。
それに、アルバートに会えるのも、今度こそ最後だろう。婚姻前だから閨の練習相手が必要なだけで、いざ結婚してしまえば二度と呼ばれることはなくなる。
人生で最後の良い夢を見よう。
アルバートと過ごす最高のひとときを。
だが気がつくとアルバートのことを考えていて、仕事が手につかない。
あの夜は、夢のようなひとときだった。アルバートはラルスを愛おしそうに何度も抱いた。「痛くないか」「苦しくないか」と声をかけてくれて、ラルスはアルバートの優しさの中、後ろでも前でも何度も達した。練習なんていらなかったのではと思うくらいに、アルバートとの行為は気持ちよかった。
行為が終わると、アルバートはラルスの身体を拭き綺麗に清めてくれて、「疲れただろう。朝まで眠れ」と温かい手で抱きしめてくれた。
別れ際、ミンシアに思ったことを述べるように言われてアルバートは完璧だったと感想を伝え、ラルスは後ろ髪引かれる思いで送りの馬車に乗ってウィンネル伯爵の屋敷に帰ってきた。
「殿下、かっこよかったなぁ」
ラルスは大きなため息をつく。昨夜の相手は誰もが憧れるアルバート王太子殿下だ。本来であれば平民のラルスは接点すらない御方で、閨の練習台になることすら高貴な身分でないと叶わないほどの相手だ。
「でも、もう会うことはないんだろうな……」
ミンシアの言うとおり、閨の相手は昨夜が最初で最後だ。もう二度とアルバートに触れられることはないし、会うことすらないだろう。
「ラルスっ」
名前を呼ばれてハッと顔を上げるとフィンがにこやかな顔でひらひらと手を振っていた。
「フィンさまが厩にいらっしゃるなんてっ。せっかくの服が汚れてしまいます。馬が必要ならば、僕が連れて行きますから」
「ラルスったら。そんなの気にしないよ。それにさま付けして呼ばなくていい。友達なんだから呼び捨てにしてよ」
フィンは伯爵令息なのに、いつも気さくに話しかけてくれる。失礼なことだとわかっているのに、親友と呼びたいくらいの相手だ。
フィンは「ちょっとだけ話そう」とラルスの手から干し草をかき集めるための熊手を取り上げ、ラルスを中庭のベンチに連れて行く。
「ねぇ、ラルス。殿下に会った?」
「えっ……!」
なるほど、フィンは昨晩の話をラルスから聞き出そうとしているようだ。
「あ、会ったよ。そりゃあ僕はフィンさまの身代わりになったんですから」
「だよね。本当にありがとう、ラルス」
フィンは丁寧に頭を下げてきた。それをラルスは慌てて「そんなことしちゃダメだよ、フィンは伯爵令息なんだから」と制する。
「で、どうだった? 殿下に少し興味は持った?」
「興味って言われても……もう二度と会わないような人だから……」
アルバートのことは考えないようにしている。好意を抱いてもどうにもならない相手だ。それなのにフィンはどうしてそのようなことを聞いてくるのだろう。
「それがね、もう一度殿下に会ってきてくれないかな?」
「えっ……?」
ラルスは目を丸くした。アルバートには二度と会えないと思っていたのに。
「殿下はまだ不安らしい。もう一度、閨の練習相手をしてほしいと秘密裏に伯爵家に依頼がきたんだ。それで、大変申し訳ないんだけど……またラルスに身代わりをお願いできないかなって……」
「や、やりますっ、やらせてくださいっ!」
食い気味に返事をしてしまって、すぐに後悔する。
これはフィンに与えられた極秘のお役目だ。それなのにアルバートを騙して、ラルスが身代わりになるという話だ。
決して褒められたことではないのに、まるで自分に閨相手の話がきたのように飛びつくなんていけないことだ。
「……いいの?」
「はい」
ラルスは静かに頷いた。本当は、もう一度アルバートに会える喜びで胸が高鳴っているが、あんまり表立って喜んではいけない。
「ありがとう! 持つべきものは優しい親友だ!」
フィンはラルスに飛びついてきた。
「ダ、ダメっ、僕は汚いからっ」
馬の世話で家畜臭いのに、フィンに抱きつかれたらフィンまで匂いが移ってしまう。
「ラルスは細かいことを気にしすぎっ」
「フィンさまが気にしなさすぎなんですって、僕はただの平民で……」
「何言ってるの。友達になるのに身分なんて関係ない。貴族の友達は足の引っ張り合いばかり。いつだって僕を助けてくれるのはラルスだった。僕がいじめられているときに、馬に乗っていじめっ子に突っ込んでくれたじゃないか。ムカつく伯爵令息の顔に泥をかけてやったとき、どれだけスカッとしたか」
「あ、あ、あれはフィンさまを助けなきゃって必死で……!」
それは昔の話だ。フィンの帰りが遅くて、心配になって辺りじゅうを馬に乗って探し回っていたとき、大勢に囲まれているフィンを見つけたのだ。まさにフィンが手を出されそうになっていたので、何も考えずにそのまま馬で無我夢中で突っ込んでいった。後になって周りの子どもたちが貴族の令息だったと知り、ラルスは手酷く叱られたのだが、そのときたまたま居合わせた、国王の城からやってきていた使いの者がその場を収めてくれた。
「そういえばさ、ラルスは殿下とどこまでしたの?」
「はっ……?」
「最後まで、されたの?」
なんてことを聞いてくるんだ! と心の中で悲鳴を上げながら、「なっ、なんにもないっ」と意味のないことを言い、両手で顔を覆った。
「ごめん。冗談。答えなくていいよ」
フィンは、ふんわりとラルスの身体を抱く。
「僕も閨係は一度だけだと思っていたんだ。それを、もう一度殿下が願われるなんてなぜなんだろうって思っただけ」
「そうですよね……」
ラルスには他の人と交わった経験はない。だが、アルバートはお世辞抜きにキスもお夜伽もとても上手だった。
そしてそれをラルスは侍女のミンシアにしっかりと伝えたのに、アルバートは何が不安なのだろうか。
「僕はラルスの幸せをなによりも願っているから」
フィンの温もりを感じて、胸がじんとなる。優しいフィンのことは好きだし、フィンの気持ちはありがたいと思う。
フィンの身代わりとしてもう一度、アルバートに会える。
アルバートにとってはただの閨事の練習相手だ。でも、それでもこの身がアルバートの役に立つのならいくらでも差し出していいと思った。
それに、アルバートに会えるのも、今度こそ最後だろう。婚姻前だから閨の練習相手が必要なだけで、いざ結婚してしまえば二度と呼ばれることはなくなる。
人生で最後の良い夢を見よう。
アルバートと過ごす最高のひとときを。
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