不倫の片棒を担がせるなんてあり得ないだろ

雨宮里玖

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8.いい人……?

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「せっかく一緒に来たから搭乗口まで見送らせてほしい」

 秋元は車を羽田空港の駐車場へと進める。
 空港まで来てあっさり車から降ろされるかと思ったが、もう少しだけ一緒に居てくれるつもりらしい。
 車のデジタル時計に目をやると今は19時20分。フライトは20時。本当にギリギリだが、あと少しだけなら秋元と一緒にいられる。
 色々あったからもっと時間が経っていたかと思ったのに、フライトに間に合いそうでホッとした。



「秋元さん……」

 ——もうダメだ。

 空木はすっかり秋元に惹かれている。これはもう疑いようのない感情だった。そしてこのまま、秋元と離れたくないと強く思っている。

「そうだ。博多に帰ったら、屋台であまりお酒は飲み過ぎないでね。俺と会った時みたいに」
「はいはい、わかってます。俺の酒癖は最悪でしたよね……。秋元さんには迷惑かけちゃいました」

 秋元との出会いを思い出す。きっと秋元にとって災難だっただろう。

「迷惑か……。まぁ確かに俺の人生はあの時君に出会って大きく狂わされたな」

 秋元は車を駐車させた。

「酔ったときの君は最高に可愛かったよ。あんな顔は俺以外の他の誰にも見せないでくれ」
「か、可愛いですか?!」

 あんな顔……? 空木にはあの時の記憶がまるでない。ただ秋元は空木の醜態を広い心で受け止めてくれたようだ。

「そうだよ。すごく可愛かった。可愛すぎて危険なくらいだったよ。今も可愛いけどね」

 可愛いと連呼され、妙に気恥ずかしい。


「俺が東京にいる間、君を誰かに取られそうで怖いんだ。正直に言うけど、酔った君を屋台の店から担いで家まで送り届けた時、ベッドで寝ている無防備な君を見て、俺は君を……襲いたいと思った…。だから他の男とあんまり飲むな。か、身体目的の奴もいるかもしれないし……」

 秋元は心配してくれているのか。空木にしてみれば、自分ごときが屋台で一人酒を飲み過ぎようが誰も寄っても来ないと思っているのに。

「秋元さん、あの時俺を襲いたかったんですか?」

 意地悪な顔で秋元に言ってやる。秋元の反応をちょっと見てみたい。

「えっ?! ごめんっ! でも手は出してない。君の許可なしにそんなこと……ただ可愛いなと死ぬほど思っただけで……誓って何もしてないっ。あ、安心してくれ……」

 おい動揺し過ぎだ。秋元の様子が可笑しくてつい笑顔になる。

「わかりました。秋元さんはいい人ですからね」

 面白いのでもっと揶揄おうかと思ったが、可哀想なのでやめておく。

「いい人か……。その言葉……ちょっとだけ堪えるな……」

 空木の何気ない言葉をどう勘違いしたのか、秋元がショックを受けているようだ。

 いい人……?
 ああ。自分はいい人止まりなんじゃないかと思ったのか?
 そんなこと、あるわけないのに。



「そうだ。秋元さん」

 すっかり忘れていたが、空木は秋元に渡したいものがあった。鞄からゴソゴソとそれを取り出す。

「秋元さん。お誕生日おめでとうございます。大したものじゃないですけど、良かったら」

 気に入ってくれるかはわからないが、いつもの感謝を込めての誕生日プレゼントを秋元に手渡した。

「え?! 俺に?! 空木君から?!」

 空木は頷く。

「開けてみて下さい。気に入ってくれるか自身ないですけど……」

 中身は普通のネクタイ。スーツで仕事をするなら消耗品だ。

「ありがとう、空木君っ。一生大切にするよ」

 いや、消耗してくれて構わないとプレゼントしたのに。
 秋元はとても喜んでくれている。そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。

 でも良かった。実は同じものを自分用にもう一つ買った。なんとなく秋元とお揃いのものを持っていたかったから。離れていても一緒にいるような気持ちになれるから。

「秋元さん……」

 そして秋元に伝えたい。

「俺も、秋元さんのことが……」

 秋元はいつだって空木のことを想い、助けてくれる。こんなに空木を想ってくれる人はいない。

「好き……です……」

 秋元とこのままずっと一緒にいたい。離れたくない。ただ素直にそう思った。



 空木の言葉を聞いて、秋元が空木を抱き締めてきた。
 温かくて優しい。
 秋元に抱き締められてわかった。
 本当はもっと早くからこうしていたいと望んでいたことが——。 

「空木君。じゃあ俺の恋人になってくれる……?」

 秋元は今にも涙が溢れそうな潤んだ瞳で、空木に訊ねてきた。

「はい」

 空木が頷くと、秋元が空木に顔を寄せてくる。空木に唇を近づける——。
 空木は秋元のキスを受け入れる。まるで恋人になった証みたいなキスだ。

「空木君。大好きだ」

 そう囁いて、秋元はまたキスを重ねてくる。何度も。な、何度も。

 何回キスしたら気が済むんだ……?

 キスをやめたと思ったら、今度は空木を抱き締め、いつまでも離さない。

「あの……秋元さん……俺、20時の飛行機なんです……」

 空木は車の時計を指差した。車の時計は19時30分。飛行機の出発時刻まであと30分しかない。

「空木君。その時計、一時間遅れてるんだ」
「えっ!!」

 ということは、今は20時30分?!
 飛行機は既に飛び立っていってしまった……?

「どうしよう……! 今日の最終便だったのに……」

 明日は夜勤だから出勤の時間が遅いとはいえ、仕事だ。


「空木君。このまま俺の家に泊まらないか?」
「え……」

 秋元は意味あり気な視線で空木を見る。




 
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