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7.本当のこと

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「空木君っ」

 適当に銀座を歩いて、数寄屋橋の交差点を渡っていたら、声をかけられた。

 嘘だろ。秋元だ。

「なっ、なんでここに……」

 思わず逃げようとしたが、秋元は空木の腕を掴んでそれを阻止しようとする。

「探したぞ。会えて良かった!」
「離してっ! もう俺に構わないでくださいっ」

 なんなんだ、秋元は。もう不倫は懲り懲りだ。既婚者には関わりたくもない。それともまさか友達になろうとか言い出すのか?!

 空木の猜疑的な目に秋元は大きくため息をついた。

「空木君。俺は結婚なんて一度もしたことないよ」
「じゃあさっきの人はなんなんですか……」
「日夏の奥さんと子供だよ」
「え……?」

 意外なことを言われて頭が真っ白になる。


「空木君。彼女が君と話したがっている」
「えっ……」
「すぐそこの駐車場に俺の車が停めてあるから。俺についてきてくれるかい?」

 空木は頷き、秋元に従うことにした。




 秋元の愛車・レンジローバーに乗って、連れてこられた先は聖路加の47階にあるレストランだった。
 東京湾やビルの夜景が綺麗な場所だ。


 そのレストランの個室に案内され、中に入るとそこにはさっきの女と娘がいた。
 女は空木を見るなり「ごめんなさいっ」と頭を下げた。


 それから日夏の妻・美佳子みかこは空木に事情を話してくれた。
 ふたりが話している間、秋元は美佳子の娘に絵本を読んで聞かせたり、手遊びに付き合ったり、上手に子供と遊んでいた。秋元はいいパパになりそうだなと感心するくらい、仲良しだった。


 さっきまでの事情はこうだ。

 美佳子は日夏との離婚の話し合いのため、日夏のウィークリーマンションに向かっていた。
 その途中、美佳子は川沿いに秋元と空木の姿を見つけたらしい。

 空木のことは以前から日夏のSNSを見て知っていたらしい。最初、空木のことは日夏の仲の良い友人だと思っていたが、女の第六感で二人の不穏な関係に気がついた。
 日夏夫婦は日夏が東京に帰ってきてからそのことで大喧嘩。そこから別居状態となった。

 なぜ博多にいるはずの男が東京に? と空木を見つけて美佳子はすぐに思ったらしい。まさか夫をつけ狙ってきたのではないかとも。

 目の前の夫の浮気相手は笑顔だった。そして見ていると二人は恋人同士のようないい雰囲気だ。夫だけじゃない、この男のことも自分のものにしようと狙っているようだ。なんて貪欲で嫌な男なんだろうと空木のことを侮蔑した。

 自分は苦しんでいるのに、幸せそうな浮気相手が許せないと思った。こっちが壊れるなら、空木も不幸になればいいと子供まで使ってひと芝居打った。
 空木と秋元の仲を引き裂いてやりたかった。空木に文句を言ってやりたかった。
 ……ということらしい。


 日夏の妻が空木にぶつけてきた言葉は演技とは思えなかった。日夏を取られたと空木を恨んでいたからこその、本気の言葉だったのだろう。


 既婚者だと知らなかったとはいえ、不倫は不倫だ。悪いことをしたんだなとなんだか気が滅入る。


「そのあと、秋元さんから事情を聞きました。空木さんは何も知らなかったって。もう別れますけど、うちのクソ旦那があなたまで騙してたって」

 美佳子にそう言われて空木は思わず秋元を見た。秋元が誤解を全部解いてくれたようだ。

「あの人、私が妊娠中のときも不倫してたんです。隙さえあればすぐに不倫するような人なんです。私、もう別れることに決めましたから」
「そうですか……」

 日夏の浮気癖は今に始まったものではなかったのか。そういう男は寄りを戻してもまた不倫をするんじゃないかと思うから、別れるのが正解だろう。

「私、目いっぱい慰謝料をふんだくってやるんです! 秋元さんが離婚問題に詳しくて、腕のいい弁護士さんとお友達なんですって! その人を紹介してもらいました。空木さんも私と一緒に訴えませんか?!」
「えっ……」

 秋元はそんなところまで美佳子の世話を焼いていたのか。

「うちの会社に日夏にぴったりな部署がある」

 急に会話に参戦してきた秋元は不敵な笑みを浮かべた。

「日夏には馬車馬のようにみっちり働いてもらおう。慰謝料と養育費、そして我が社のためにね……」

 秋元はほくそ笑んでいる。
 温和で優しい人だと思っていた秋元の、裏の顔を垣間見た気がした。





 美佳子と別れ、レンジローバーに乗り、羽田空港へと出発してすぐに秋元は「今日は君とゆっくり過ごせると思ってたのに、もう帰る時間になっちゃったね」と寂しそうに話しかけてきた。

「確かに今日は俺もびっくりしました」

 本当に騙された。秋元の妻が現れたと思った時は空木には絶望しかなかった。

「俺もだよ。こんな嘘で君を失うなんて絶対に嫌だ。空木君と連絡がとれなくて、まさかこのまま俺と会ってくれなくなるんじゃないかと本当に怖かった」

 さっきから秋元は、空木のことを想ってばかりだ。

 空木のために日夏を怒鳴りつけ、空木のために日夏の妻・美佳子の誤解を解いて、美佳子に手を貸してやり、空木を失いたくないと、夜の東京の街を当てもなく探し回ってくれた。

 きっとこの人なら信じても大丈夫。
 まっすぐで、誠実な人に違いない。
 

 それから車の中の僅かなふたりの時間を過ごした。和やかな時間はあっという間で、羽田空港が見えてきた。
 秋元との別れの時だ。
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