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6.真実は
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「あ、秋元さんっ」
どこまで来たのだろう。整備された海が近い川沿いの遊歩道にまで辿り着いた。
「クソッ、あいつをクビにしてやるっ……!」
秋元はまだ怒っている様子だ。苛々を遊歩道の柵を蹴飛ばすことで晴らしている。
秋元の怒りの原因は自惚れではないが、日夏と空木の関係についてなのだろう。
秋元は二人の経緯をよく知っているはずだ。まさか秋元との関係がこんなに続くことになるとは思わず、秋元と初めて知り合った日に空木が散々日夏の文句をぶち撒けたからだ。……後半は何を言ったか覚えていないほどに。
「秋元さん、もう終わったことです。俺はもう日夏のことなんてすっかり忘れましたから」
「そうなのか……。空木君は強いな。俺だったらあいつの悪事を家にも会社にも全部バラしてあいつの人生めちゃくちゃにしてやりたいと思うけどな」
秋元ほどの男でもそんな風に思うのかと思わず笑ってしまう。
「正直俺もそう思いましたよ」
日夏にコケにされた時、空木も同じことを思った。
「でも、そうしなかったのは秋元さんのお陰です」
「俺?!」
秋元は心底驚いた顔をしている。
「はい。秋元さんがいつも俺の傍にいてくれたので、寂しさも怒りも吹っ飛んじゃいましたよ」
秋元に微笑みかける。秋元には本当に感謝している。
日夏に捨てられて、怒りのあまりに全て暴露して日夏に復讐することも考えた。でもそれでは自分自身も虚しいし、日夏の妻子まで不幸にしてしまう。空木さえ黙って耐えれば日夏の妻子は何も知らずに家庭円満。それが一番いいと考え直したのだ。
まぁ、結局、空木が何もしなくても日夏は妻に勘づかれてしまい、別居中のようだったが。
「空木君……。今日はわざわざ来てくれて本当にありがとう」
「いいえ。俺の方こそ、お礼を言わなくちゃ。毎週俺に会いに来てくれてありがとうございます」
二人、川を眺めている。湾岸にそびえ立つビル群の夜景の中、海風が吹いている。
「俺はこれからも君に会いに行くよ。だって俺は君のことが好きだから」
秋元は目の前の川を眺めていた視線を横にいる空木に移した。秋元の真摯な眼差し。
秋元と一緒にいたい。
この眼差しを信じたい——。
「俺、まだ秋元さんの告白の返事、してませんでしたよね……」
この人なら、きっと——。
「パパぁー!」
二人の間に幼い女の子が乱入した。三歳くらいに見える女の子は秋元のスーツの裾を掴んでいる。
「え?!」
この子は、誰だ……?
「ごめんなさいっ」
女の子を追いかけてきたのは母親のようだ。
「あら、主人のお友達ですか? 主人がいつもお世話になっております」
女の子の母親と思われる女は空木を見るなり、ぺこりと頭を下げた。その姿は夫を支える献身的な妻だ。
「いや、あの……」
突然のことにどうしたらいいのかわからない。ただ一歩、二歩と後ずさる。
これは状況的に。
秋元の、妻と子供が現れたという事か……?
「待て。俺はパパじゃないだろ?」
秋元はやんわりとスーツの裾から女の子を引き剥がそうとするが、女の子は「パパなんで知らないふりするの?」と離れない。
「この人の前だからって嘘つかないでよ! 私はみんなわかってるんだから。相手が男だからって油断してたけど、博多でいつもこの人と会ってたんでしょ?! 浮気するなんて絶対に許せない!」
女は秋元に抗議している、と思ったらその矛先は空木にも向かう。
「ねぇ、人の旦那を盗るなんてどうかしてると思わないの?! そんなに人のモノが羨ましいの? やめてよっ。人の幸せを壊さないで!」
おしとやかな妻の顔から一変、心の底から空木を嫌っている、憎悪の表情を向けられる。
「いや、あの……知らなくて……」
自分で言いながら、知らなかったでは言い訳にならないのではと思ってしまう。
「私はあんたを絶対に許さないんだから! 人の旦那を誘惑しないで! 二度と近づかないで!! 早くここから消えてよ!!」
人にこんな罵倒されたのは初めてだ。ショックが大きすぎて言葉が出ない。
「おいっ! お前、何を言ってるんだ?! いきなり現れてどういう事だよ!」
「あなたこそなんなの?! 隠そうとしたって無駄なんだから!」
二人が言い合っている。女は秋元の身体を掴んで揺さぶり、怒りをぶつけている。
空木はいたたまれなくなり、その場を離れる。
「待ってくれっ!」
空木を呼び止める秋元の声が聞こえた気がする。でも振り返りたくない。
あの女の言う通り、自分はここから早く姿を消した方がいい。
秋元とは結局は何もなかった。でも秋元の妻にしてみれば、出張先で旦那が自分以外の誰かを口説いてたなんて知ったらショックだろう。
しかも秋元は毎週末博多に来ていた。なんて言い訳をして博多に来ていたのだろう。
以前秋元は空木が好きだからと見合いを断った話をしていた。あれは結婚していることを隠すための作り話だったのか?
日夏と話している時の秋元は? あれも演技……?
一度疑い出すと秋元の言動全てが怪しく思えてくる。
既婚者だと知らなかった、向こうから言い寄ってきた、ではやっぱり不倫の言い訳にはならないのだろう。だからといって誰が許してくれるのだろうか。
闇雲に東京の街を歩く。
夜のビル街。一人で歩くにはぴったりだ。
やがて見たことのある風景を見つけた。福岡生まれの空木にもわかる。いつか見たことのある景色。
あ。ここが銀座か——。
銀座は人が溢れている。この雑踏に紛れてしまえば空木がどこにいるかなんてわからないだろう。
さっきからずっと空木のスマホは着信やLINEを受信し続けている。
スマホを見ると、やはり秋元からの着信だ。空木は電話に出る気はない。電話が切れたと思うと今度はLINE。LINEもまるで見る気がしない。
何もかも面倒くさくなってスマホの電源を切った。
さて。
飛行機の時間までこの街を彷徨うことにしよう。
秋元のことを早く忘れられるように。
どこまで来たのだろう。整備された海が近い川沿いの遊歩道にまで辿り着いた。
「クソッ、あいつをクビにしてやるっ……!」
秋元はまだ怒っている様子だ。苛々を遊歩道の柵を蹴飛ばすことで晴らしている。
秋元の怒りの原因は自惚れではないが、日夏と空木の関係についてなのだろう。
秋元は二人の経緯をよく知っているはずだ。まさか秋元との関係がこんなに続くことになるとは思わず、秋元と初めて知り合った日に空木が散々日夏の文句をぶち撒けたからだ。……後半は何を言ったか覚えていないほどに。
「秋元さん、もう終わったことです。俺はもう日夏のことなんてすっかり忘れましたから」
「そうなのか……。空木君は強いな。俺だったらあいつの悪事を家にも会社にも全部バラしてあいつの人生めちゃくちゃにしてやりたいと思うけどな」
秋元ほどの男でもそんな風に思うのかと思わず笑ってしまう。
「正直俺もそう思いましたよ」
日夏にコケにされた時、空木も同じことを思った。
「でも、そうしなかったのは秋元さんのお陰です」
「俺?!」
秋元は心底驚いた顔をしている。
「はい。秋元さんがいつも俺の傍にいてくれたので、寂しさも怒りも吹っ飛んじゃいましたよ」
秋元に微笑みかける。秋元には本当に感謝している。
日夏に捨てられて、怒りのあまりに全て暴露して日夏に復讐することも考えた。でもそれでは自分自身も虚しいし、日夏の妻子まで不幸にしてしまう。空木さえ黙って耐えれば日夏の妻子は何も知らずに家庭円満。それが一番いいと考え直したのだ。
まぁ、結局、空木が何もしなくても日夏は妻に勘づかれてしまい、別居中のようだったが。
「空木君……。今日はわざわざ来てくれて本当にありがとう」
「いいえ。俺の方こそ、お礼を言わなくちゃ。毎週俺に会いに来てくれてありがとうございます」
二人、川を眺めている。湾岸にそびえ立つビル群の夜景の中、海風が吹いている。
「俺はこれからも君に会いに行くよ。だって俺は君のことが好きだから」
秋元は目の前の川を眺めていた視線を横にいる空木に移した。秋元の真摯な眼差し。
秋元と一緒にいたい。
この眼差しを信じたい——。
「俺、まだ秋元さんの告白の返事、してませんでしたよね……」
この人なら、きっと——。
「パパぁー!」
二人の間に幼い女の子が乱入した。三歳くらいに見える女の子は秋元のスーツの裾を掴んでいる。
「え?!」
この子は、誰だ……?
「ごめんなさいっ」
女の子を追いかけてきたのは母親のようだ。
「あら、主人のお友達ですか? 主人がいつもお世話になっております」
女の子の母親と思われる女は空木を見るなり、ぺこりと頭を下げた。その姿は夫を支える献身的な妻だ。
「いや、あの……」
突然のことにどうしたらいいのかわからない。ただ一歩、二歩と後ずさる。
これは状況的に。
秋元の、妻と子供が現れたという事か……?
「待て。俺はパパじゃないだろ?」
秋元はやんわりとスーツの裾から女の子を引き剥がそうとするが、女の子は「パパなんで知らないふりするの?」と離れない。
「この人の前だからって嘘つかないでよ! 私はみんなわかってるんだから。相手が男だからって油断してたけど、博多でいつもこの人と会ってたんでしょ?! 浮気するなんて絶対に許せない!」
女は秋元に抗議している、と思ったらその矛先は空木にも向かう。
「ねぇ、人の旦那を盗るなんてどうかしてると思わないの?! そんなに人のモノが羨ましいの? やめてよっ。人の幸せを壊さないで!」
おしとやかな妻の顔から一変、心の底から空木を嫌っている、憎悪の表情を向けられる。
「いや、あの……知らなくて……」
自分で言いながら、知らなかったでは言い訳にならないのではと思ってしまう。
「私はあんたを絶対に許さないんだから! 人の旦那を誘惑しないで! 二度と近づかないで!! 早くここから消えてよ!!」
人にこんな罵倒されたのは初めてだ。ショックが大きすぎて言葉が出ない。
「おいっ! お前、何を言ってるんだ?! いきなり現れてどういう事だよ!」
「あなたこそなんなの?! 隠そうとしたって無駄なんだから!」
二人が言い合っている。女は秋元の身体を掴んで揺さぶり、怒りをぶつけている。
空木はいたたまれなくなり、その場を離れる。
「待ってくれっ!」
空木を呼び止める秋元の声が聞こえた気がする。でも振り返りたくない。
あの女の言う通り、自分はここから早く姿を消した方がいい。
秋元とは結局は何もなかった。でも秋元の妻にしてみれば、出張先で旦那が自分以外の誰かを口説いてたなんて知ったらショックだろう。
しかも秋元は毎週末博多に来ていた。なんて言い訳をして博多に来ていたのだろう。
以前秋元は空木が好きだからと見合いを断った話をしていた。あれは結婚していることを隠すための作り話だったのか?
日夏と話している時の秋元は? あれも演技……?
一度疑い出すと秋元の言動全てが怪しく思えてくる。
既婚者だと知らなかった、向こうから言い寄ってきた、ではやっぱり不倫の言い訳にはならないのだろう。だからといって誰が許してくれるのだろうか。
闇雲に東京の街を歩く。
夜のビル街。一人で歩くにはぴったりだ。
やがて見たことのある風景を見つけた。福岡生まれの空木にもわかる。いつか見たことのある景色。
あ。ここが銀座か——。
銀座は人が溢れている。この雑踏に紛れてしまえば空木がどこにいるかなんてわからないだろう。
さっきからずっと空木のスマホは着信やLINEを受信し続けている。
スマホを見ると、やはり秋元からの着信だ。空木は電話に出る気はない。電話が切れたと思うと今度はLINE。LINEもまるで見る気がしない。
何もかも面倒くさくなってスマホの電源を切った。
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飛行機の時間までこの街を彷徨うことにしよう。
秋元のことを早く忘れられるように。
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