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5.東京
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二週間後の木曜日。空木は秋元との約束通りに東京にやってきた。東京に初めて来たわけではないが、AT商事の本社ビルがある新富町の駅に降り立つのは初めてだった。
AT商事は中堅の総合商社で従業員400名以上を抱える規模の株式会社だ。東京の本社ビルには150名ほどが勤めているらしいと以前日夏から聞いたことがある。
新富町駅近くのカフェで秋元と待ち合わせをすることになっていた。でもなんとなく散歩がてらに駅の周辺を歩いていた時にAT商事の本社ビルの前を通りがかる。
そこをなんの気なしに通り過ぎようとしたところで、「空木!」と声をかけられた。
——聞き覚えのある声。
振り返るとそこには日夏がいた。
「空木! こんなところでお前に会えるなんて嘘みたいだ……!」
日夏に腕を掴まれ、本社ビルの隣の小さな公園とも空き地とも呼べるような場所に連れて行かれる。
「ありがとう、空木! ずっとお前に連絡しようと思ってたんだ。でも勇気が持てなくて……。嬉しいよ。お前、俺に会いに来てくれたんだろ?」
なんだこいつは……。日夏はものすごい勘違いをしているようだ。
そしてこの手のひらを返したような態度は何だ?
「日夏。俺がお前に会いたいと思うわけないだろ。既婚者は浮気なんてしないでさっさと家に帰れ!」
定時で上がれたのなら、真っ直ぐ家に帰って家族サービスでも何でもすればいいだろ。
もうこれ以上日夏に関わりたくない。
「空木、なんでそんな冷たいこと言うんだよ。俺はお前とやり直したい」
やり直したいだと……?
日夏のふざけた態度に苛々して思いっきり睨みつける。
「今、訳あって俺は会社近くのウィークリーマンションに暮らしてる。俺の家庭は冷え切っててさ。……女の勘ってのは怖いな。もう気が付いてるみたいなんだ。今日もこれから嫁と話し合いなんだよ。これでダメなら弁護士を通して話をすることになるかもしれない……」
「へぇ。大変だな。でも俺にはどうでもいい話だ」
今更こいつに興味などない。
「なぁ、空木。俺と一緒に東京で暮らさないか? お前こそ俺の本当の恋人だ。ずっと一緒にいよう」
日夏は俺の話を聞いているのか? お前のことなんてどうでもいいって言っただろ。
「日夏。はっきり言ってやるっ! 俺は、お前のことが大嫌いなんだよっ! これ以上俺に構うな!」
これでさすがの日夏もわかっただろうと思ったのに、日夏は空木の腕を掴んできた。
「嫌だ! 空木と一緒にいたい。俺を見捨てないでくれ、寂しくて仕方ないんだよ。俺には——」
日夏が空木に縋ろうとした時、現れたのは秋元だった。
「離せ」
秋元のものとは思えない程冷たい声。秋元は空木を掴む日夏の手を、思い切り振り払った。
「じょ、常務?!」
日夏が秋元を知らないわけがない。秋元は日夏の勤める会社の社長の息子で取締役だ。
「お前なんかに空木君は渡さない。たとえ俺が振られてもだ。日夏、お前だけは絶対に許さない!」
穏やかな秋元しか見たことがなかった。こんなにも激情に駆られている秋元の姿にびっくりする。
「え? いや、ど、どういうことですか?! 常務と空木は知り合いなんすか?!」
日夏は状況が理解できていないようだ。無理もない。
「俺が一方的に空木君を追いかけ回してる」
「え?! 常務がこいつを?! そんなことって……」
「おいっ。こいつ呼ばりするなっ。今日だって俺が頼み込んでわざわざ来てくれたんだ。時間が勿体ないからこれ以上お前に構ってる暇はないっ!」
秋元はそう日夏に吐き捨てるように言い、空木を連れてズカズカと歩いていく。
AT商事は中堅の総合商社で従業員400名以上を抱える規模の株式会社だ。東京の本社ビルには150名ほどが勤めているらしいと以前日夏から聞いたことがある。
新富町駅近くのカフェで秋元と待ち合わせをすることになっていた。でもなんとなく散歩がてらに駅の周辺を歩いていた時にAT商事の本社ビルの前を通りがかる。
そこをなんの気なしに通り過ぎようとしたところで、「空木!」と声をかけられた。
——聞き覚えのある声。
振り返るとそこには日夏がいた。
「空木! こんなところでお前に会えるなんて嘘みたいだ……!」
日夏に腕を掴まれ、本社ビルの隣の小さな公園とも空き地とも呼べるような場所に連れて行かれる。
「ありがとう、空木! ずっとお前に連絡しようと思ってたんだ。でも勇気が持てなくて……。嬉しいよ。お前、俺に会いに来てくれたんだろ?」
なんだこいつは……。日夏はものすごい勘違いをしているようだ。
そしてこの手のひらを返したような態度は何だ?
「日夏。俺がお前に会いたいと思うわけないだろ。既婚者は浮気なんてしないでさっさと家に帰れ!」
定時で上がれたのなら、真っ直ぐ家に帰って家族サービスでも何でもすればいいだろ。
もうこれ以上日夏に関わりたくない。
「空木、なんでそんな冷たいこと言うんだよ。俺はお前とやり直したい」
やり直したいだと……?
日夏のふざけた態度に苛々して思いっきり睨みつける。
「今、訳あって俺は会社近くのウィークリーマンションに暮らしてる。俺の家庭は冷え切っててさ。……女の勘ってのは怖いな。もう気が付いてるみたいなんだ。今日もこれから嫁と話し合いなんだよ。これでダメなら弁護士を通して話をすることになるかもしれない……」
「へぇ。大変だな。でも俺にはどうでもいい話だ」
今更こいつに興味などない。
「なぁ、空木。俺と一緒に東京で暮らさないか? お前こそ俺の本当の恋人だ。ずっと一緒にいよう」
日夏は俺の話を聞いているのか? お前のことなんてどうでもいいって言っただろ。
「日夏。はっきり言ってやるっ! 俺は、お前のことが大嫌いなんだよっ! これ以上俺に構うな!」
これでさすがの日夏もわかっただろうと思ったのに、日夏は空木の腕を掴んできた。
「嫌だ! 空木と一緒にいたい。俺を見捨てないでくれ、寂しくて仕方ないんだよ。俺には——」
日夏が空木に縋ろうとした時、現れたのは秋元だった。
「離せ」
秋元のものとは思えない程冷たい声。秋元は空木を掴む日夏の手を、思い切り振り払った。
「じょ、常務?!」
日夏が秋元を知らないわけがない。秋元は日夏の勤める会社の社長の息子で取締役だ。
「お前なんかに空木君は渡さない。たとえ俺が振られてもだ。日夏、お前だけは絶対に許さない!」
穏やかな秋元しか見たことがなかった。こんなにも激情に駆られている秋元の姿にびっくりする。
「え? いや、ど、どういうことですか?! 常務と空木は知り合いなんすか?!」
日夏は状況が理解できていないようだ。無理もない。
「俺が一方的に空木君を追いかけ回してる」
「え?! 常務がこいつを?! そんなことって……」
「おいっ。こいつ呼ばりするなっ。今日だって俺が頼み込んでわざわざ来てくれたんだ。時間が勿体ないからこれ以上お前に構ってる暇はないっ!」
秋元はそう日夏に吐き捨てるように言い、空木を連れてズカズカと歩いていく。
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