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1.不倫の片棒
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「俺、東京に戻る事になったんだ」
日夏は急に切り出してきた。
10月の人事か。前々から言われていたからいつかはこの日が訪れると覚悟していた。
空木と日夏との出会いは博多天神の屋台だった。「東京から出向になって、博多は全然わからなくて……。お勧めの店とかあれば教えてくれませんか?」と日夏から声をかけられ、そこから恋仲に進展し、二人は互いの家を行き来してばかり。
ほとんどの夜を二人で過ごし、同棲しているとも言えるような生活すること二年間。
日夏のいる部屋に帰るのは楽しくて、温かくて、幸せな毎日だった。
こんな生活がずっと続くと思っていたのに、遠距離恋愛になるなんて空木には耐えられない。
いつか日夏は東京に帰ってしまうとわかっていた。その時が来たら日夏について行き、一緒に東京で暮らしたいと思っていた。
空木の仕事は看護師なので、日本全国どこでも仕事にありつける。東京に行っても同じ業種の仕事を続けることは容易だ。
その事は日夏も知っているだろうから、あとは日夏からのひと言を空木は待っている。
「空木。俺と一緒に東京に来てくれないか」のひと言だ。
「日夏。俺は日夏と離れたくないよ……」
空木は自分の想いを日夏にぶつける。きっと日夏も同じく空木を想ってくれていると信じている。
「空木。話がある」
日夏の真剣な眼差しに、空木の胸も期待で高鳴っていく——。
「お前とはもう会えない」
……え?
どういうことだ……?
日夏の冷たい言葉に空木の表情は固まる。
遠距離になるくらいで会えないなんて大袈裟だ。なんなら東京について行く覚悟もできているというのに。
「実は俺には東京に妻子がいるんだ」
その一言で血の気が引いた。
サイシ……?
サイシって、あの妻子のことかと理解が追いつかない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。意味がわからない。お前、結婚してたのか?!」
日夏にそんな様子は微塵も感じられなかった。当然指輪もしていないし、空木の前で他の誰かと密に連絡を取っている様子もなかった。
確かに日夏のスマホを盗み見した事などはない。空木の知らない日夏の裏の顔があったなんて信じたくない。
「ごめん、黙ってて。俺、博多に知り合いなんていないし寂しくてさ。誰か傍にいて欲しかったんだ」
「だからって……!」
既婚者なら既婚者だと最初から言えよ!
未婚のフリして近づいてくるなんて卑怯すぎる。
「俺は離婚するつもりもないし、東京に帰ったら良き夫、良きパパとして暮らしたいんだ」
たいがいにせえよ。お前、都合が良すぎるだろ!
「待てよ日夏。俺はどうなる?! お前、俺を騙し続けた二年間、少しでも俺に悪いなと考えなかったのか?!」
「何言ってるんだ? 俺は本気でお前のことが好きだったよ。でもお前男だろ? お互い結婚も子供も考えなくていいから後腐れなく別れられるだろ?」
「おいっ、結婚とか子供とか、そんなのなくたって一緒にいられるんだよ。お互い想い合ってたら、ずっと一緒にいたいと思うもんなんじゃないのか?!」
少なくとも空木はそう信じていたし、一生一緒にいられるパートナーを求めていた。
例えそこに法律上のものが何もなくとも。かすがいになるような子供の存在がなくとも。
「うわ、空木。お前そんなに俺に本気だったのか?」
まるで嫌なものでも見るような目でみられる。これがきっと日夏の本性だ。
「重すぎるからやめてくれ。俺は最初からお前は博多にいるとき限定の恋人だって思ってたんだから」
こいつ何言ってんだ……? 「ずっと一緒にいよう」とか「俺にはお前だけだ」とかあの言葉はどのクチで言ってたんだよ!
「あ、間違っても俺を追って東京に来るなよ。ストーカーとかマジで気持ち悪ィから」
ふざけるな、俺に不倫の片棒を担がせやがって! 既婚者だって知ってたら初めから手なんて出すか!
「行くわけねぇだろっ。お前、最低だぞ。俺は不倫なんて絶対にしたくないと思ってたんだ。なのに俺を騙すようなことしやがってっ……!」
「へぇ。散々俺とイイコトしておいてよく言うなぁ」
やめろ。今日からお前の存在は俺の人生最大の汚点だ。
「既婚者なら、結婚してるなら最初から言えよっ!」
「は? 言ったらお前と付き合えねぇじゃん」
わかってて、やってたのか。それで都合が悪くなったらすぐにポイ?! ばりムカつくな!
「もういい! お前がどれだけクソ野郎なのかよくわかった。お前の望み通り今日で別れてやるっ!」
「マジで?! 助かるわ。じゃあな、博多では世話になったよ」
もうこいつに言う言葉などない。
怒りに震える身体、殴ってやりたいと思うくらいの衝動を抑えたまま、空木は日夏の部屋を飛び出した。
日夏は急に切り出してきた。
10月の人事か。前々から言われていたからいつかはこの日が訪れると覚悟していた。
空木と日夏との出会いは博多天神の屋台だった。「東京から出向になって、博多は全然わからなくて……。お勧めの店とかあれば教えてくれませんか?」と日夏から声をかけられ、そこから恋仲に進展し、二人は互いの家を行き来してばかり。
ほとんどの夜を二人で過ごし、同棲しているとも言えるような生活すること二年間。
日夏のいる部屋に帰るのは楽しくて、温かくて、幸せな毎日だった。
こんな生活がずっと続くと思っていたのに、遠距離恋愛になるなんて空木には耐えられない。
いつか日夏は東京に帰ってしまうとわかっていた。その時が来たら日夏について行き、一緒に東京で暮らしたいと思っていた。
空木の仕事は看護師なので、日本全国どこでも仕事にありつける。東京に行っても同じ業種の仕事を続けることは容易だ。
その事は日夏も知っているだろうから、あとは日夏からのひと言を空木は待っている。
「空木。俺と一緒に東京に来てくれないか」のひと言だ。
「日夏。俺は日夏と離れたくないよ……」
空木は自分の想いを日夏にぶつける。きっと日夏も同じく空木を想ってくれていると信じている。
「空木。話がある」
日夏の真剣な眼差しに、空木の胸も期待で高鳴っていく——。
「お前とはもう会えない」
……え?
どういうことだ……?
日夏の冷たい言葉に空木の表情は固まる。
遠距離になるくらいで会えないなんて大袈裟だ。なんなら東京について行く覚悟もできているというのに。
「実は俺には東京に妻子がいるんだ」
その一言で血の気が引いた。
サイシ……?
サイシって、あの妻子のことかと理解が追いつかない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。意味がわからない。お前、結婚してたのか?!」
日夏にそんな様子は微塵も感じられなかった。当然指輪もしていないし、空木の前で他の誰かと密に連絡を取っている様子もなかった。
確かに日夏のスマホを盗み見した事などはない。空木の知らない日夏の裏の顔があったなんて信じたくない。
「ごめん、黙ってて。俺、博多に知り合いなんていないし寂しくてさ。誰か傍にいて欲しかったんだ」
「だからって……!」
既婚者なら既婚者だと最初から言えよ!
未婚のフリして近づいてくるなんて卑怯すぎる。
「俺は離婚するつもりもないし、東京に帰ったら良き夫、良きパパとして暮らしたいんだ」
たいがいにせえよ。お前、都合が良すぎるだろ!
「待てよ日夏。俺はどうなる?! お前、俺を騙し続けた二年間、少しでも俺に悪いなと考えなかったのか?!」
「何言ってるんだ? 俺は本気でお前のことが好きだったよ。でもお前男だろ? お互い結婚も子供も考えなくていいから後腐れなく別れられるだろ?」
「おいっ、結婚とか子供とか、そんなのなくたって一緒にいられるんだよ。お互い想い合ってたら、ずっと一緒にいたいと思うもんなんじゃないのか?!」
少なくとも空木はそう信じていたし、一生一緒にいられるパートナーを求めていた。
例えそこに法律上のものが何もなくとも。かすがいになるような子供の存在がなくとも。
「うわ、空木。お前そんなに俺に本気だったのか?」
まるで嫌なものでも見るような目でみられる。これがきっと日夏の本性だ。
「重すぎるからやめてくれ。俺は最初からお前は博多にいるとき限定の恋人だって思ってたんだから」
こいつ何言ってんだ……? 「ずっと一緒にいよう」とか「俺にはお前だけだ」とかあの言葉はどのクチで言ってたんだよ!
「あ、間違っても俺を追って東京に来るなよ。ストーカーとかマジで気持ち悪ィから」
ふざけるな、俺に不倫の片棒を担がせやがって! 既婚者だって知ってたら初めから手なんて出すか!
「行くわけねぇだろっ。お前、最低だぞ。俺は不倫なんて絶対にしたくないと思ってたんだ。なのに俺を騙すようなことしやがってっ……!」
「へぇ。散々俺とイイコトしておいてよく言うなぁ」
やめろ。今日からお前の存在は俺の人生最大の汚点だ。
「既婚者なら、結婚してるなら最初から言えよっ!」
「は? 言ったらお前と付き合えねぇじゃん」
わかってて、やってたのか。それで都合が悪くなったらすぐにポイ?! ばりムカつくな!
「もういい! お前がどれだけクソ野郎なのかよくわかった。お前の望み通り今日で別れてやるっ!」
「マジで?! 助かるわ。じゃあな、博多では世話になったよ」
もうこいつに言う言葉などない。
怒りに震える身体、殴ってやりたいと思うくらいの衝動を抑えたまま、空木は日夏の部屋を飛び出した。
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