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11.知らなかったこと
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今日はシグルドはいつものお勤めだ。訓練と城の夜の警備を終え、明日の昼間には帰ってくる予定だという。
「お気をつけて。いってらっしゃい」
侍女たちに混ざってリオルもお勤めに向かうシグルドを見送る。
「ああ。行って来るよ、また明日話そう」
シグルドはリオルの頬をそっと撫でてから、マントを翻し馬に跨った。
シグルドの軍服の胸には、さまざまな戦で活躍したときに君主からいただいた勲章が光っている。リオルの夫は本当にかっこいい。その凛々しい姿に惚れ惚れする。
「行ってしまわれましたね……」
マーガレットがシグルドの背中を見送りながらポツリと呟いた。
たしかに、主のいないこの屋敷は少しさみしく感じる。
「食事にしましょうか。今日はキノ豆のスープを作りますね。リオルさまがお好きだと、シグルドさまから教えていただきましたから」
マーガレットは腕まくりをしながら、屋敷の中に戻ろうとする。だがその言葉、リオルは聞き捨てならない。
「シグルドがそんなことを言ってたの?」
「はい。以前、シグルドさまがお作りになっているのを見ていて、私もそのときに調理法を教えてもらったんです。あのときはシグルドさまのリオルさまに対する愛情を感じました。だってシグルドさまが調理台の前に立つときは、決まってリオルさまのためなんですもの」
さらりと信じられないようなことをマーガレットに言われて、リオルは思わずマーガレットを引き止めた。
「どういうこと……? シグルドが料理?」
「あれ? ご存知ありませんでした? シグルドさまは何度かリオルさまに手料理を振る舞っていらっしゃるのに。まさかシグルドさまは、自分の手料理だとリオルさまに黙ってらしたのですか?」
「いつのこと?」
まったく身に覚えがない。出された料理はすべてマーガレットの手料理だとばかり思っていた。
「最近だと、キノ豆のスープを作ってヒート明けで具合が悪くて寝室に戻られたリオルさまに持っていかれましたよ?」
「えっ? あのスープはシグルドの手作りだったのっ?」
シグルドはそんなことひと言も言わなかった。まさかシグルドの手料理とは思わず、リオルも何も聞かなかった。
「そうですよ。シグルドさまは、わざわざリオルさまの実家まで行かれたらしいです」
アリシアが会話に加わってきた。今度はアリシアの言葉にリオルはびっくりだ。
「シグルドが僕の実家に? なんで?」
「リオルさまのことをもっと知りたいとおっしゃってました。そこでリオルさまの好物がキノ豆のスープだと知り、その調理法をリオルさまのご実家で教えてもらい、こと細かに紙に書き写し、キノ豆をたくさん買って帰ってきたんですよ」
「あの、シグルドが……」
リオルのためにそこまでしてくれていたとは知らなかった。
シグルドはリオルのことをあまり嫌っていないのかもしれない。嫌いだったらそこまで時間と手間のかかることをするだろうか。
「なんたってシグルドさまの初恋のお相手は——」
「こら! マーガレットっ!」
何かを言いかけたマーガレットのことをアリシアが止める。
「リオルさまのご負担になるようなことは言うなと言われているでしょう?」
アリシアに咎められ、マーガレットは「失礼いたしました」とそそくさとホウキを手に取り、話を誤魔化すように家の掃除を始めた。
ふたりの話を聞いていて、リオルはぐるぐると思考を巡らせる。
もしかしたら自分は大きな勘違いをしている、ということはないだろうか。
シグルドは、リオルが思っている以上にリオルのことを大切に思ってくれている……?
でも、もしシグルドがリオルを愛してくれているのならば、どうしてヒートのときにいつもおいてけぼりにするのだろう。
シグルドの気持ちがわからない。シグルドはリオルのことをどう思っているのだろう。
政略結婚で仕方なく結婚した相手、幼馴染、それとも可哀想なオメガだと同情しているのだろうか。
明日シグルドが帰ってきて、時間があれば少し話をしてみようか。
今まではシグルドが怖くて話をすることを極力避けてきたが、シグルドとゆっくり話がしたいと思った。
遠い遠い昔のことを、シグルドは今でも覚えているのだろうか。
「お気をつけて。いってらっしゃい」
侍女たちに混ざってリオルもお勤めに向かうシグルドを見送る。
「ああ。行って来るよ、また明日話そう」
シグルドはリオルの頬をそっと撫でてから、マントを翻し馬に跨った。
シグルドの軍服の胸には、さまざまな戦で活躍したときに君主からいただいた勲章が光っている。リオルの夫は本当にかっこいい。その凛々しい姿に惚れ惚れする。
「行ってしまわれましたね……」
マーガレットがシグルドの背中を見送りながらポツリと呟いた。
たしかに、主のいないこの屋敷は少しさみしく感じる。
「食事にしましょうか。今日はキノ豆のスープを作りますね。リオルさまがお好きだと、シグルドさまから教えていただきましたから」
マーガレットは腕まくりをしながら、屋敷の中に戻ろうとする。だがその言葉、リオルは聞き捨てならない。
「シグルドがそんなことを言ってたの?」
「はい。以前、シグルドさまがお作りになっているのを見ていて、私もそのときに調理法を教えてもらったんです。あのときはシグルドさまのリオルさまに対する愛情を感じました。だってシグルドさまが調理台の前に立つときは、決まってリオルさまのためなんですもの」
さらりと信じられないようなことをマーガレットに言われて、リオルは思わずマーガレットを引き止めた。
「どういうこと……? シグルドが料理?」
「あれ? ご存知ありませんでした? シグルドさまは何度かリオルさまに手料理を振る舞っていらっしゃるのに。まさかシグルドさまは、自分の手料理だとリオルさまに黙ってらしたのですか?」
「いつのこと?」
まったく身に覚えがない。出された料理はすべてマーガレットの手料理だとばかり思っていた。
「最近だと、キノ豆のスープを作ってヒート明けで具合が悪くて寝室に戻られたリオルさまに持っていかれましたよ?」
「えっ? あのスープはシグルドの手作りだったのっ?」
シグルドはそんなことひと言も言わなかった。まさかシグルドの手料理とは思わず、リオルも何も聞かなかった。
「そうですよ。シグルドさまは、わざわざリオルさまの実家まで行かれたらしいです」
アリシアが会話に加わってきた。今度はアリシアの言葉にリオルはびっくりだ。
「シグルドが僕の実家に? なんで?」
「リオルさまのことをもっと知りたいとおっしゃってました。そこでリオルさまの好物がキノ豆のスープだと知り、その調理法をリオルさまのご実家で教えてもらい、こと細かに紙に書き写し、キノ豆をたくさん買って帰ってきたんですよ」
「あの、シグルドが……」
リオルのためにそこまでしてくれていたとは知らなかった。
シグルドはリオルのことをあまり嫌っていないのかもしれない。嫌いだったらそこまで時間と手間のかかることをするだろうか。
「なんたってシグルドさまの初恋のお相手は——」
「こら! マーガレットっ!」
何かを言いかけたマーガレットのことをアリシアが止める。
「リオルさまのご負担になるようなことは言うなと言われているでしょう?」
アリシアに咎められ、マーガレットは「失礼いたしました」とそそくさとホウキを手に取り、話を誤魔化すように家の掃除を始めた。
ふたりの話を聞いていて、リオルはぐるぐると思考を巡らせる。
もしかしたら自分は大きな勘違いをしている、ということはないだろうか。
シグルドは、リオルが思っている以上にリオルのことを大切に思ってくれている……?
でも、もしシグルドがリオルを愛してくれているのならば、どうしてヒートのときにいつもおいてけぼりにするのだろう。
シグルドの気持ちがわからない。シグルドはリオルのことをどう思っているのだろう。
政略結婚で仕方なく結婚した相手、幼馴染、それとも可哀想なオメガだと同情しているのだろうか。
明日シグルドが帰ってきて、時間があれば少し話をしてみようか。
今まではシグルドが怖くて話をすることを極力避けてきたが、シグルドとゆっくり話がしたいと思った。
遠い遠い昔のことを、シグルドは今でも覚えているのだろうか。
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